無個性は個性をつくる 作:匿名希望
個性因子を、直接検出する方法。
紙にそう書いてから、最初に分かったのは、今の道具では足りないということだった。
市販の測定機器は便利だった。
説明書通りに使えば、説明書に書かれているものを測れる。
当然だ。
血液中の成分を調べる機器なら血液中の成分を測る。
電気信号を拾う機器なら電気信号を測る。
顕微鏡なら、光学的に見えるものを見る。
けれど、私が知りたい個性因子というものは、既存の機器へ試料を入れれば専用の数値が表示されるような対象ではなかった。
論文を読めば、研究機関では複数の検査を組み合わせて推定している。
遺伝情報。
細胞の状態。
発現時の身体変化。
個性使用前後の差。
他にも色々ある。
一つの測定で見つけているわけではない。
なら、同じことをする必要がある。
問題は、私の家に研究機関と同じ設備がないことだった。
それは困る。
ただ、ないなら用意すればいい。
◇ ◇ ◇
小学校へ入る頃には、机の周囲に本以外のものが増えていた。
市販の測定器。
工具。
電子部品。
小型の顕微鏡。
簡単な遠心装置。
試料を保存するための容器。
最初から高性能なものを買ってもらったわけではない。
買える範囲のものを使った。
不足している機能があれば追加する。
制御が粗ければ、自分で回路を変更する。
市販品の部品で足りなければ、別の機器から使えるものを探す。
「零司」
机に向かっていると、父に呼ばれた。
「はい」
「これ、前に買ったやつじゃなかったか?」
父が持っているのは、小型の測定器だった。
正確には、その外装だったものだ。
中身はほとんど残っていない。
「そうです」
「壊れたのか?」
「分解しました」
「なんで?」
「精度が足りなかったので」
父が手の中の外装を見る。
「直すの?」
「元に戻す予定はありません」
「じゃあ、新しいの買う?」
「必要ありません。使える部品は残っています」
元の機器は、私が必要としている測定には向いていなかった。
しかし、内部に使われているセンサーや変換回路まで無価値というわけではない。
必要な部分だけ取り出す。
別の回路と組み合わせる。
制御用の部品を追加する。
測定範囲を変える。
ノイズを減らす。
そうすれば、元より目的に近い機器になる。
「それ、自分で作るってことか?」
「はい」
「できるのか?」
「作ってみないと分かりません」
私は答えた。
理論上できることと、実際に精度を出せることは違う。
だから作る。
動かす。
測る。
問題があれば直す。
その繰り返しになる。
最初に作ったものは、あまり良くなかった。
測定値が安定しない。
温度変化の影響を受ける。
振動にも弱い。
電源側のノイズも入る。
原因を分け、一つずつ処理した。
二号機の方が良かった。
二号機で得られたデータを使うと、三号機の設計はさらに良くなった。
精度が上がれば、それまで見えなかった差が見える。
新しい差が見えると、また別の機能が必要になる。
その機能を持った機器を作る。
その機器を使って、さらに精度の高い機器を作る。
両親が最初に買ってくれた市販品は、そのうち原形を残さなくなった。
代わりに、机の上には用途ごとに作った装置が並ぶようになった。
◇ ◇ ◇
個性因子の研究には、当然ながら個性を持つ人間の試料が必要だった。
最初は、簡単だった。
「血ですか?」
母が聞いた。
「はい。少量で構いません」
「何に使うの?」
「個性のある人と、私の血液の違いを比較します」
母は自分の指先を見る。
「病院みたいにいっぱい採る?」
「必要ありません。今の装置なら少量で測れます」
採血用の器具は市販されている。
私は危険が出ない量を計算していた。
母は少し迷ったあと、了承した。
父にも頼んだ。
知人については、両親を通して説明してもらった。
何を調べたいのか。
どれくらい必要なのか。
試料を何に使うのか。
許可が取れるなら、その方が簡単だった。
隠す必要がない。
何度か追加で頼むこともできる。
条件も聞ける。
得られる情報量が多い。
だから、基本的には許可を取った。
ただ、許可を取るのが常に効率的とは限らなかった。
例えば、同じ学校にいる人間の個性が研究上気になった場合。
血液をください、と頼めば理由を聞かれる。
説明すれば、さらに別の大人へ話が行く可能性がある。
両親。
教師。
場合によっては学校。
その対応に時間がかかる。
必要なのが大量の血液なら仕方がない。
だが、私の装置は以前より高感度になっていた。
必要量はかなり少ない。
数滴どころか、もっと少なくていい場合もある。
健康への影響は事実上ない。
本人が痛みとして認識しない程度にもできる。
それなら、許可を取る必要性は低い。
私は極細の採取器具を作った。
大きなものではない。
皮膚へ一瞬だけ接触し、ごく微量を内部へ回収する。
その程度だった。
ある日、気になっていた個性を持つ同級生の近くを通った時に使った。
相手は気付かなかった。
採れた量は予定通り。
出血も目立たない。
私はその日のうちに試料を処理した。
問題はなかった。
本人に知らせていないことについても、特に気にはならなかった。
実害はない。
発覚する可能性も低い。
必要量も極めて少ない。
そして研究上の価値がある。
なら、わざわざ手続きを増やす理由はない。
少なくとも、その頃の私はそう判断していた。
◇ ◇ ◇
試料が増えると、比較できるものも増えた。
無個性である私の血液。
個性を持つ両親。
別の個性を持つ人。
同じ試料でも、保存条件を変える。
時間を置く。
細胞を分ける。
反応を見る。
何度も測る。
最初にできたのは、個性因子そのものを見ることではなかった。
差を見つけることだった。
無個性の私にはなく、個性を持つ試料では共通して確認できる特徴。
一方で、個性ごとに異なる特徴。
それらを分ける。
一度見つけただけでは足りない。
測定誤差かもしれない。
試料の保存状態かもしれない。
個人差かもしれない。
条件を変えて繰り返した。
同じ傾向が残るなら、候補として扱う。
さらに別の方法で測る。
そうして、個性因子を検出するための指標を少しずつ増やした。
やがて、試料の中に個性因子が存在するかどうかを、かなり高い精度で判別できるようになった。
次は分析だった。
存在するかどうかだけでは足りない。
何が違うのかを知りたい。
そのために装置を作り直した。
また測る。
また分解する。
また作る。
何年か経つ頃には、最初に使っていた市販機器と比べる意味がない程度には別物になっていた。
◇ ◇ ◇
検出と分析ができるようになると、次の問題が出た。
試料が減る。
当たり前だった。
一度採取した血液は有限だ。
繰り返し測ればなくなる。
なら、増やせないかと考えた。
細胞培養そのものは、すでに存在する技術だった。
問題は、個性因子を研究可能な状態で維持できるかどうかだ。
最初は失敗した。
細胞は維持できても、欲しい状態が崩れる。
測定値が変わる。
培養条件によって挙動も違った。
温度。
栄養。
時間。
周囲の細胞。
刺激。
条件を一つずつ変えた。
どこまでなら元の特徴を保つのか。
どこから崩れるのか。
崩れたものは戻るのか。
何度も繰り返した。
小学校の高学年になる頃には、条件を整えれば、採取した個性因子を含む試料を研究用に維持できるようになった。
維持できるなら、増やせる。
培養。
複製。
保存。
同じ試料を何度も使える。
研究速度はそれまでより上がった。
一度きりの試料を慎重に消費する必要がなくなる。
失敗しても、保存してあるものからやり直せる。
それはかなり便利だった。
当然、次に考えたのは、変えられるかどうかだった。
◇ ◇ ◇
個性因子へ手を加えること自体は可能だった。
ただし、自由にはいかなかった。
一部を変える。
培養する。
変化した状態が安定するまで待つ。
確認する。
さらに少し変える。
また培養する。
一度に大きく変えると、構造が崩れた。
機能を失う。
安定しない。
予想と違う反応をする。
だから、小さく変える必要がある。
小規模な改変。
培養。
安定化。
再改変。
再培養。
それを繰り返す。
一つの結果を得るまでに長い時間がかかった。
変更箇所が少ないならまだいい。
大きく性質を変えようとすると、手順が増える。
途中で失敗すれば、安定していた段階まで戻る。
面倒だった。
しかし、できないわけではない。
そこが重要だった。
個性は、生まれた時に決まり、そのまま変えられないものではない。
少なくとも個性因子そのものは、条件を整えて少しずつ手を加えれば変化する。
私はその事実を、特別な感慨なく記録した。
できるなら、次は精度を上げればいい。
◇ ◇ ◇
中学生になる頃、別の問題が目立つようになった。
機械を通して調べるのが面倒だった。
測定器は以前よりずっと高性能になっている。
それでも、試料を準備する必要がある。
装置へ入れる。
複数の測定をする。
結果を統合する。
時間がかかる。
個性因子が身体へどう適合しているかを調べる時は、さらに手順が増える。
もっと直接見られれば早い。
そう考えた。
普通の視覚では見えない。
顕微鏡だけでも足りない。
なら、個性で知覚できないか。
その発想自体は単純だった。
私には個性がない。
だが、個性因子を培養し、複製し、小規模に改変する技術はある。
既存の個性因子を研究用に調整し、自分へ使える形にすればいい。
問題は、どういう機能にするかだった。
万能である必要はない。
戦う必要もない。
物を壊す必要もない。
欲しいのは研究用の感覚だった。
個性因子が存在する場所。
大まかな構造。
身体との適合。
損傷。
異常。
それらを直接認識できれば、研究時間を大幅に減らせる。
私は手持ちの因子を基に、少しずつ調整を始めた。
当然、一度では完成しない。
変える。
培養する。
安定化を待つ。
試す。
不足している部分を確認する。
また変える。
それを繰り返した。
機械なら一晩で部品を交換できる。
個性因子はそうはいかなかった。
培養を待つ時間が必要だった。
何度もやり直した。
最終的に、自分へ搭載できる状態まで安定したものができた。
使ってみる。
最初に自分を見た。
何もない。
正確には、研究対象として確認していた個性因子に相当するものがない。
無個性という診断結果と一致する。
次に、保存していた試料を見る。
分かる。
機械の数値とは違う。
形として見えているわけでもない。
ただ、そこに存在するものを感覚として直接認識できる。
構造の違い。
状態。
崩れている場所。
培養によって変化した箇所。
今まで複数の機器を使い、数値を統合して判断していたものが、一度に入ってくる。
私は保存試料を次々確認した。
測定記録と照合する。
一致している。
多少の調整は必要だったが、方向は正しい。
研究補助用の人工個性。
自分が初めて持った個性は、戦うためのものでも、目立つためのものでもなかった。
個性因子を研究するための測定器だった。
それで十分だった。
むしろ、私にはその方が使い道がある。
◇ ◇ ◇
直接知覚できるようになると、研究速度はさらに上がった。
機械が不要になったわけではない。
数値として残すには機械の方がいい。
他の条件も測れる。
記録もできる。
私の感覚が正しいか確認する基準にもなる。
だから併用した。
ただ、毎回すべての機器を通す必要はなくなった。
異常箇所を先に見つける。
必要な部分だけ詳しく測る。
試行錯誤の回数が減る。
それによって、別のことへ時間を使えるようになった。
その一つが、個性因子を身体以外で働かせる研究だった。
個性は人間の身体へ存在する。
だからといって、必ず人間の中でしか機能しないとは限らない。
機能に必要な条件を外から与えればいい。
栄養。
エネルギー。
刺激。
制御。
維持。
身体がやっている役割を装置側へ置き換える。
最初はうまく動かなかった。
因子そのものは正常でも、発現しない。
発現しても安定しない。
装置側が個性因子の要求する条件を満たしていない。
直接状態を見ながら修正した。
不足しているものを追加する。
余計な刺激を減らす。
制御方法を変える。
やがて、小型の装置へ個性因子を組み込み、外部からの操作で機能させることに成功した。
人体へ移植しなくてもいい。
道具として使える。
それは便利だった。
自分へ何でも入れる必要がなくなる。
必要な機能を必要な時だけ持ち運べる。
壊れても装置を交換すればいい。
人体側への負担も減らせる。
私はその方式を記録した。
後から考えれば、それが私の作るサポートアイテムの原型になった。
ただ、その時点ではまだ、研究装置が一つ増えた程度の認識だった。
◇ ◇ ◇
問題は、場所だった。
私の部屋は、もう子供部屋とは呼びにくくなっていた。
本棚。
工作机。
測定機器。
培養設備。
保存設備。
部品棚。
試料。
配線。
両親にはかなり自由にさせてもらっている。
必要なものも、多くは買ってもらった。
それでも限界はある。
家庭用電源。
置ける設備の大きさ。
騒音。
温度管理。
安全性。
加工できる材料。
使える工作機械。
欲しい設備を全部家へ入れるのは難しい。
高校進学について考える時期になり、私は学校を調べた。
普通科にはあまり興味がなかった。
授業内容だけなら、自分で読めるものが多い。
重要なのは環境だった。
設備。
工作機械。
材料。
技術。
専門教師。
外部との接点。
研究や開発を行うための場所。
条件を並べて探すと、一つの学校が目立った。
雄英高校。
一般には、ヒーロー科で有名な学校だった。
私も名前は知っている。
ただ、調べるとヒーロー科以外にも学科がある。
その中に、サポート科があった。
ヒーロー用装備。
機械設計。
加工。
開発。
試作。
設備も、普通の高校よりかなり良い。
少なくとも資料を見る限り、今の家よりできることは多い。
私は入試情報を確認した。
ヒーローになるつもりはない。
それには興味がなかった。
人を助ける仕事を否定する理由もないが、私がやる必要も感じない。
欲しいのは、設備だった。
それと技術環境。
自宅では使えない工作機械がある。
専門的な材料も扱える。
技術者と接する機会も増える。
研究を続けるには都合がいい。
夕食の時、両親へ話した。
「高校ですが、雄英を受けようと思います」
母の手が止まった。
父もこちらを見る。
「雄英?」
「はい」
「……ヒーロー科?」
「いえ。サポート科です」
二人とも、少しだけ安心したように見えた。
なぜ安心したのかは分かる。
私は無個性だ。
ヒーロー科を受けると言えば、また別の話になるだろう。
「サポート科って、ヒーローの道具を作るところよね?」
「そうですね」
「ヒーローの道具を作りたいの?」
「特には」
母が止まった。
父が笑いを堪えるような顔をする。
「じゃあ、なんで雄英なんだ?」
「設備が良いからです」
私は答えた。
「今より大きな工作機械が使えます。扱える材料も増えますし、開発環境も良いです。研究を続けるなら、他の学校より都合がいいと思います」
「それだけ?」
「今のところは」
学校へ夢を求めているわけではない。
ヒーローに憧れているわけでもない。
友人を作りたいわけでもない。
必要なのは環境だ。
今より多くのものを作れる場所。
今より精度の高い機器を作れる場所。
まだ分からないものを、もっと調べられる場所。
両親は少し相談してから、反対しなかった。
私は食事を終え、自分の部屋へ戻った。
机には培養中の試料がある。
横には、途中まで組んだ新しい測定装置。
その隣には、個性因子を組み込んだ試作品。
中学生になっても、分からないことは減らなかった。
むしろ増えている。
最初は、なぜ無個性というだけで評価が変わるのかを知りたかった。
今は、それだけではない。
個性因子はどこまで変えられるのか。
どんな条件なら安定するのか。
身体の外ではどこまで機能するのか。
異なる個性には、どんな構造の違いがあるのか。
調べたいことはいくらでもあった。
雄英高校サポート科。
そこなら、今より研究を進められる。
それが、私が雄英を受ける理由だった。