無個性は個性をつくる 作:匿名希望
既知の弱点を、そのまま残しておく理由はなかった。
それで、神野事件に関係する研究は一段落した。
人工ヒーローの試作も片付けた。自宅防衛、個人護衛、家事。必要な実用品だけ残した。
あとは次の研究へ進めばいい。
そう思っていた。
数日後、雄英から連絡が来た。
「学校へ来てください」
パワーローダー先生。
用件は、研究について。それと、今後の生活について。
生活。
研究なら分かる。生活はよく分からない。
聞き返すほどでもない。行けば分かる。
◇ ◇ ◇
雄英。
夏休み。普段より人が少ない。
指定された部屋へ入る。
パワーローダー先生。根津校長。他にも学校側の人間が数名。
私は空いている席へ座る。
「失礼します」
「来てくれてありがとう、空木君」
根津校長。いつもの柔らかい声。
ただ、話は私の研究からではなかった。
「まず、学校全体に関係する話からしておこうか」
「はい」
「林間合宿への襲撃を受けて、雄英では生徒の安全管理を大幅に見直すことになった」
そこは知っている。
ヒーロー科。襲撃。負傷。爆豪さん、拉致。神野。その後。
「現在、全寮制への移行を進めている」
「全寮制ですか」
「うん。生徒を学校の管理下へ置いて、外部から狙われる危険を減らす。登下校中や自宅周辺まで学校が完全に守るのは難しいからね」
なるほど。合理的。
神野の件で、ヴィラン側が生徒を狙った。なら、学校側が生活場所までまとめる。
理解できる。
「原則として、君も対象になる」
「そうですか」
それ自体は特に問題ない。
寝る場所が変わる程度なら。
ただ、研究室。
そこが問題。
根津校長も分かっているらしい。
「そこで、君についてはもう一つ話がある」
端末を操作。
画面。映像。住宅街。神野。私の家。
「これについてだよ」
◇ ◇ ◇
家の門が開く。
そこから人工ヒーロー試作が外へ出る。
身体強化型。泡型。大型飛行型。障壁型。他。
事件当日、私が外へ出した時の近所の防犯映像。
次。
スマートフォンで撮影された映像。
遠くから、私の家へ何体か戻っていく。
「なるほど」
発覚。
そこだった。
「君の家だね?」
「はい」
「この映像に映っているものも?」
「私が作りました」
パワーローダー先生が両手で顔を覆った。
少し、間。
「……やっぱりか」
「確認できてよかったね」
根津校長は落ち着いている。
「神野の現場では、所属不明の救助活動者が複数確認されている。ヒーローでも警察でもない。登録されたサポート機器とも違う。そして、その一部が空木君の家から出て、事件後に戻ったところを複数人に見られていた」
「そうですね」
「そうですね、じゃないんだよ」
パワーローダー先生。少し声が大きい。
私は待つ。
「まず聞く。あれは何だ?」
答えは簡単。
「人工的に作った身体へ、人工個性と自律行動用の機能を搭載したものです」
沈黙。
少し長い。
◇ ◇ ◇
「人工的に作った身体?」
「はい」
「ロボットじゃない?」
「機械部品も使えますが、基本的には人工生命です」
「人工生命」
「はい」
「自分で考えて動く?」
「人間と同じ意味ではありませんが、状況認識、命令理解、行動選択はできます」
「指示を一つ一つ出さなくても?」
「はい」
「個性を使う?」
「使います」
「その個性も君が作った?」
「はい」
パワーローダー先生は黙る。
根津校長も、今度は少しだけ間を置いた。
「つまり君は、人工的に個性を製造して、それを人工生命へ搭載し、自律して活動させるところまで到達している?」
「はい」
「いつから?」
「人工生命までなら、保須事件の後です」
「保須……」
「脳無を見て、人工の身体へ個性を搭載する用途を思いつきました」
パワーローダー先生が額を押さえた。
「よりによって脳無を見て、そっちに行くのか……」
「構造としては別物です」
「そういう問題じゃない」
◇ ◇ ◇
画面が切り替わる。
神野。救助活動。
報道映像。市民撮影。ヒーロー側の記録。複数、まとめられている。
身体強化型。瓦礫を持ち上げる。
泡型。火災を消す。
拘束救助型。倒壊物を固定。
大型飛行型。負傷者を搬送。
障壁型。飛来物を防ぐ。
繊維操作型。破損した構造物を固定。
根津校長が言う。
「現場にいたプロにも聞き取りをしている」
資料が出る。
能力。推定出力。行動速度。判断。連携。
「評価はかなり高い」
「そうですか」
「驚かないんだね」
「性能試験はしていますから」
「問題はそこなんだよ」
映像が一つずつ止まる。
身体強化。炎。高速飛行。遠隔羽。繊維。身体変形。障壁。木質拘束。泡。大型飛行。
根津校長がこちらを見る。
「特徴が分かりやすい」
「有名ヒーローを参考にしたからですね」
パワーローダー先生がゆっくりこちらを見る。
「自分から言うのか……」
◇ ◇ ◇
「これはオールマイトを参考にした?」
「機能だけですが」
身体強化型。
「こちらはエンデヴァー」
「炎と高熱です」
「翼のものはホークス」
「高速飛行、遠隔羽、羽を介した知覚を参考にしました」
「繊維操作」
「ベストジーニスト」
「身体を薄くするもの」
「エッジショット」
「障壁」
「クラスト」
「木質系の拘束」
「シンリンカムイ」
「泡」
「ウォッシュ」
「大型化と飛行」
「リューキュウ」
パワーローダー先生は無言。
「人物そのものを作ったわけではありません」
私は補足する。
「外見、人格、声、本人の経験などは再現していません。公開情報から、機能だけを設計課題として再構成しました」
「それで、これか」
現場映像がまた流れる。
根津校長が資料を指す。
「神野で確認された範囲では、単なる模倣品とは評価されていない」
「そうですか」
「少なくとも個別の役割性能については、モデルになったトップクラスのヒーローと比較しても遜色がない、という評価が複数のプロから出ている」
「そうなるように作りましたから」
「学生が言う台詞じゃないんだよなあ……」
パワーローダー先生。小さい声。
◇ ◇ ◇
「訓練期間は?」
根津校長が聞く。
「特にありません」
「完成直後から?」
「必要な判断規則を自律機能側へ入れています。身体も個性に合わせて設計しているので、人間のように生まれた身体へ個性を適応させたり、長期間訓練して操作方法を身につけたりする必要がありません」
「だから、作った時点で一定以上の性能を持つ」
「はい」
「同じ設計なら、同じものをまた作れる?」
「作れます」
パワーローダー先生が口を挟む。
「何体?」
「必要数です」
「上限は?」
考える。
製造時間。材料。エネルギー。管理。場所。今の設備。
「固定した上限はありません。現実には製造設備や運用上の都合で決まります」
静か。
「……根津校長」
「うん」
「寮に入れるだけで解決する生徒じゃないですよね、これ」
「その話をしようと思っていたところだよ」
◇ ◇ ◇
全寮制。
そこへ戻る。
根津校長が、私の家の外観、研究設備、学校側が把握している情報を並べる。
「通常なら、生徒には寮へ移ってもらえばいい。自宅は自宅として残る。それだけだ」
「はい」
「でも、君の場合は違う」
その通り。
今、私の家は生活場所でもある。でも、それ以上。
研究室。解析設備。工作設備。試料。人工生命製造。試作品。自宅防衛個体。家事用個体。その他。
かなり研究施設。
「君を寮へ移したからといって、この建物を普通の留守宅として扱えるわけではない」
「そうですね」
「かといって、これだけの研究設備を学生寮へ持ち込ませるわけにもいかない」
「それは狭いですね」
「狭さが第一の問題じゃない」
パワーローダー先生がすぐ返す。
◇ ◇ ◇
根津校長が続ける。
「さらに、研究成果としてトップヒーロー級の戦闘能力を持つ自律個体を作れることも分かった」
「はい」
「これを通常のサポート科生徒の自主制作と同じ規則だけで管理するのは無理がある」
それはそうだと思う。
通常のサポートアイテム。爆発、故障、事故はある。
でも、自分で移動、判断。トップヒーロー級。
そこまで通常課題ではない。
「だから、禁止ではなく、制度を作る」
「制度ですか」
「君の研究を扱うための特例だね」
◇ ◇ ◇
まず、生活。
原則、他の生徒と同じく寮へ。
これは全寮制、安全管理、学校方針。
私だけ完全に外す理由は、学校側にはない。
私も強く拒否する理由はない。
「寮を基本の生活場所にすること自体は問題ありません」
「ずいぶんあっさりしてるな」
「研究設備が使えるなら、寝る場所には特にこだわりません」
「予想通りではある」
次、今の家。
単なる自宅ではなく、雄英在学中に利用する私設研究拠点。
そういう扱いへ正式に切り替える。
学校側へ、所在、研究区画、危険設備の種類、外部影響。最低限、登録。
「研究内容そのものを全部提出する必要は?」
「ないよ」
根津校長、即答。
「機密、将来の特許、営業秘密になり得るものまで学校が取り上げるつもりはない。君専用の私的研究区画として扱う。ただし、安全性に関係する情報は別だ」
それなら問題ない。
◇ ◇ ◇
寮から研究拠点へ行く。その扱いも決める。
授業後、休日。研究目的で利用可能。
ただし、大規模な実験。外部へ影響するもの。危険性の高い研究。高出力戦闘能力を持つ人工生命の製造。
そういうものは事前申請、または学校側へ安全情報を提出。
「毎回、研究内容の許可を取る形ですか?」
「そこまではしない」
「では?」
「研究そのものを許可制にすると、君は研究内容を細分化して『これは申請対象ではありません』とやり始めるだろう?」
少し考える。
「可能性はあります」
「即答しないでほしかったな」
根津校長が少し笑う。
「見るのは、内容よりリスクだよ」
外部被害。高出力。生体危険。制御不能。学校や一般社会への影響。
そこを報告。
研究内容の核心は不要。
その方が合理的。
◇ ◇ ◇
さらに、外部研究拠点。
今の家以外。
今後、大規模な施設を借りる、作る、別の場所を使う。その場合、学校へ申請。
I・アイランドのような外部研究都市。大規模施設。長期利用。
それも学校側が把握。
「君を閉じ込めたいわけじゃない」
根津校長が言う。
「学校が、生徒の知らないところでトップヒーロー級の戦力を量産していました、では困るんだ」
「量産する予定は今のところありません」
「予定が変わった時に教えてほしい、という話だよ」
「分かりました」
それならできる。
◇ ◇ ◇
話が研究の起点へ戻る。
「どこから始まった技術なのかな」
「個性因子研究です」
パワーローダー先生が反応。
体育祭を思い出したらしい。
「……採血装置」
「はい」
あの時、微量血液。個性因子解析。一時耐性。
そう申請。機構。学校の検査も通した。
嘘ではない。
全部ではない。
「体育祭の時点で、どこまでできてた?」
「採取した個性因子の保存、培養、複製、小規模改変。道具への組み込みなどです」
「保存?」
「はい」
「培養?」
「はい」
「複製?」
「はい」
「聞いてないぞ」
「聞かれていませんでしたので」
「申請書にも書いてない!」
「体育祭で使用する装置の安全確認に必要な範囲は書いたと思います」
「用途をだいぶ隠してただろ!」
「それはそうですね」
「認めるのか!」
「事実なので」
◇ ◇ ◇
根津校長が間へ入る。
「体育祭で得たサンプルは?」
「研究に使いました」
「八百万君、常闇君、物間君のものも?」
「はい」
「今の技術へ繋がった?」
「かなり重要でした」
八百万さん。創造。
物間さん。コピー。
常闇さん。黒影。
そこから改造。人工個性製造。自律機能。人工生命。
繋がった。
必要な範囲で説明。
採取。培養。増幅。改変。道具化。人工個性。人工身体。人工個性付与。自律判断。命令。共有。自己分解。
具体的な製造方法、設計理論。
そこは話さない。
根津校長も要求しない。
パワーローダー先生は、途中からほぼずっとメモ。
◇ ◇ ◇
「……体育祭の時の違和感、全部これか」
パワーローダー先生が言う。
「どの違和感でしょう」
「普段のお前は、普通の工学課題を妙に堅実に仕上げる、すごく優秀で手のかからない生徒だった」
「そうですね」
「なのに体育祭だけ、急に個性そのものを道具として持ち込んできた」
「通常課題で個性因子技術を使う必要がなかったので」
「だから、その発想がおかしいんだよ」
「そうですか」
「しかも、その裏で人工生命まで行ってるとは思わないだろ!」
それは学校側の情報では分からないと思う。
だから今、驚いている。
◇ ◇ ◇
根津校長が一つ確認。
「人工個性の具体的な製法は?」
「開示しません」
「人工生命の中核設計は?」
「安全管理に必要な範囲以外は開示しません」
「君自身の中にある製造系統も?」
「同じです」
「分かった」
終わる。
パワーローダー先生が、こちらと根津校長を交互に見る。
「それでいいんですか?」
「無理に出させる方が問題になるよ」
根津校長が答える。
「我々に必要なのは、安全に管理できる情報だ。彼の研究成果そのものを学校の所有物にすることじゃない」
その区別は分かる。
なら、協力できる。
◇ ◇ ◇
次、体育祭。採血。
「本人に、保存して後の研究に使うと説明したか?」
パワーローダー先生が聞く。
「していません」
「空木」
「はい」
「それは問題だ」
「今なら、その扱いになることは理解しています」
「今なら?」
「当時は、採取量が極微量で身体的影響もなく、研究上有用なら問題ないと考えていました」
パワーローダー先生が天井を見る。
「大人しい優等生だと思ってたんだぞ……」
「授業態度や課題提出には問題なかったと思います」
「そういう話じゃない!」
根津校長は少し笑っている。
◇ ◇ ◇
パワーローダー先生が指を折る。
「研究範囲を勝手に広げる」
「必要なら」
「学校には必要最低限しか言わない」
「研究内容を全て報告する必要はないと思っていました」
「微量とはいえ血液を取って保存する」
「はい」
「家を研究所にする」
「結果的には」
「人工生命を作る」
「はい」
「人工個性を作って載せる」
「はい」
「トップヒーロー級まで性能を上げる」
「はい」
「神野で実戦投入する」
「研究拠点へ被害が届く可能性があったので」
「それで手のかからない優等生扱いだったのか、お前は」
少し考える。
「学校では、大きな問題を起こしていませんでしたので」
「起こしてなかったんじゃない。把握されてなかっただけだ!」
それは今となっては、その通り。
◇ ◇ ◇
根津校長が資料を揃える。
「学校側の評価は修正しよう」
「評価ですか」
「非常に優秀で大人しい、手のかからない生徒」
パワーローダー先生、即答。
「最初だけ残してください」
「非常に優秀?」
「それは否定できません」
「大人しい?」
「表面上は」
「手がかからない?」
「今日で消えました」
「そうかい」
私は特に異論なし。
評価より、研究できれば問題ない。
◇ ◇ ◇
最終的に話はまとまる。
雄英、全寮制。
私も原則、寮へ移る。
今の家は、在学中は登録された私設研究拠点として継続利用。
研究区画の核心情報を学校へ強制提出することはなし。
ただし、危険性、事故時の停止方法、外部影響、高出力個体。そういう安全情報は提出。
大規模研究、危険研究、外部施設利用。必要に応じて申請。
学校は研究を全面禁止しない。
私は制度に従う。
研究は続く。
「それで問題ありません」
パワーローダー先生が少し意外そう。
「もっと抵抗するかと思った」
「研究が止まらないのであれば、寮に住むこと自体には興味ありません」
「家にこだわりは?」
「研究設備にはあります」
「……そうだろうな」
◇ ◇ ◇
「一つ聞く」
パワーローダー先生。
「神野で出した連中。まだ家にいるのか?」
「試作品は廃棄しました」
「廃棄?」
「必要なデータは取り終わったので」
「トップヒーロー級を?」
「必要なら、また作れます」
また静か。
「今残しているのは?」
「家事用。自宅防衛用。個人護衛用です」
「個人護衛?」
「はい」
「今も?」
「いますよ」
パワーローダー先生が周囲を見る。
私は足元を見る。
影、変化なし。
「見えないようにしています」
「今、この部屋にいるのか?」
「はい」
「最初に言え!」
「研究内容の聞き取りだったので、護衛の説明が必要だとは思いませんでした」
「必要だ!」
根津校長は楽しそう。
「その個体についても、安全情報の提出対象にしようか」
「分かりました」
パワーローダー先生、ため息。
◇ ◇ ◇
部屋を出る前、パワーローダー先生が呼ぶ。
「空木」
「はい」
「これから、とんでもないもの作ったら」
間。
「せめて危険性だけは先に言え」
「研究内容ではなく?」
「安全面だけでいい」
合理的。
核心は守れる。学校は必要な情報を持てる。研究は続く。
「分かりました」
「本当に?」
「はい」
「トップヒーロー級を五体作りました、とか後から言うなよ」
「作る必要が出た場合は、安全情報を先に提出します」
「作らないとは言わないんだな」
「必要なら作りますので」
また、ため息。
◇ ◇ ◇
帰宅。
今後、ここは生活場所ではなく、学校へ登録された私設研究拠点。
そういう扱いになる。
家事型、出迎え。
拠点防衛型、正常。
護衛型、影で待機。
研究設備、変化なし。
寮へ持っていくものを考える。
服。端末。最低限。
研究は、ここへ来ればいい。
手続きが一つ増える。
でも、学校に研究を止められるよりかなりまし。
私は安全情報提出用の書式を開く。
学校での評価。
大人しい優等生。
そこへ何か、かなり余計なものが加わったらしい。
問題児。危険。管理対象。
呼び方は何でもいい。
研究を続けられるなら、重要ではない。
全寮制も、特別扱いも、私設研究拠点の登録も。
結局、研究のための手続きだった。