無個性は個性をつくる   作:匿名希望

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第46話 治癒のコスト

夏休みが終わった。

 

林間合宿への襲撃と神野での一件を受け、雄英は全寮制へ移行した。私も原則通り寮へ入り、自宅は学校へ登録した私設研究拠点として扱うことになった。

 

もっとも、生活が大きく変わったかと言われると、そうでもない。

 

「空木、また研究室にいたのか」

 

「はい。何か問題がありましたか?」

 

「いや、門限までには戻れよ」

 

「分かりました」

 

授業が終われば、私は学校側から割り当てられた研究室へ移る。神野以降、私の研究内容を普通のサポート科実習室だけで扱うのは難しいということになり、機密性と安全性を確保できる区画が別に用意されていた。

 

自宅ほど設備は揃っていないが、学校で処理する研究やサポートアイテム制作には十分だった。必要なら申請して自宅の研究拠点へ行けばいい。

 

寮へ戻るのは、主に寝るためだった。以前は学校から自宅研究室へ移動していた。今は学校の研究室から寮へ移動する。私が一日の大半を研究設備の前で過ごしていることには変わりがない。

 

寮生活になった、という実感はあまりなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

むしろ変わったのは、依頼の量だった。

 

I・アイランドから帰った後に完成させた、外部装置による個性出力増幅。神野以前から学校へ技術登録はしていたが、二学期に入る頃にはヒーロー科側でもかなり知られるようになっていた。

 

そのため、研究室には定期的に依頼票が届く。

 

もっと出力を上げたい。瞬間的な最大出力だけ増幅したい。通常運用は変えず、必殺技の時だけ増幅したい。既存のサポートアイテムへ組み込めないか。

 

要望はいろいろある。

 

私は一件ずつ、本人の個性データと操作能力を確認して設計する。単純に大きくすればいいわけではない。

 

出力が二倍になっても、本人が二倍の出力を扱えなければ意味がない。個性固有の副作用も消えないし、身体そのものが負担するコストまで装置が肩代わりするわけでもない。

 

「最大出力はもう少し上げられますが、この設定だと制御精度が落ちます」

 

依頼人へ説明する。

 

「じゃあ、少し下げた方がいい?」

 

「現状なら、その方が実用的だと思います。慣れた後に上限を変更できるようにしておきます」

 

その程度のやり取りを繰り返す。

 

本人の個性そのものには手を加えない。外から増幅するだけなので、調整も戻すのも簡単だった。

 

以前なら一件ごとに面白かったが、仕組みが完成した後は応用問題に近い。それでも個性ごとに増幅しやすい部分や、制御上の癖は違うので、データとしての価値はある。

 

そうして、授業と装備依頼と自分の研究を処理しながら過ごしていた。

 

そんな時だった。

 

リカバリーガールから連絡が来た。

 

◇ ◇ ◇

 

呼ばれた先は保健室だった。

 

「来たね」

 

「お待たせしました」

 

「いや、こっちから呼んだんだからいいさ。座りな」

 

私は言われた通り椅子へ座る。

 

保健室へ来ること自体は珍しくない。サポート科でも怪我はするし、ヒーロー科ならさらに多い。私自身が治療を受ける機会はそれほど多くないが、リカバリーガールの個性は以前から知っていた。

 

『癒し』。

 

対象が本来持つ治癒力を大幅に活性化し、通常なら長期間かかる負傷を短時間で治す。非常に便利だが、当然ながら制約がある。

 

「最近、ヒーロー科の子たちの個性を強くする道具を作ってるそうじゃないか」

 

「個性そのものを強くしているわけではありません。外部装置で出力を増幅しています」

 

「細かいねえ」

 

「仕組みが違いますので」

 

「まあいい。それなら、あたしの個性にも何かできないかと思ってね」

 

そこは少し興味が出る。

 

「出力を上げたいという意味ですか?」

 

「逆だよ」

 

「逆?」

 

リカバリーガールは自分の手を軽く振った。

 

「あたしの『癒し』は、怪我人の治癒力を無理やり引き上げる。治るのは早いけど、その分だけ本人の体力を食う」

 

「はい」

 

「軽い怪我ならいい。若くて元気な子なら、多少ひどくてもどうにかなる。でも怪我が大きけりゃ、それだけ使う体力も増える。身体が弱ってる相手に強く使えば、治すどころか別の危険が出る」

 

それも知っている。

 

だから『癒し』は、どんな負傷でも無条件に治せる能力ではない。治癒を加速する以上、その加速分の資源は患者が負担する。

 

私は少し考えた。

 

「つまり、治癒速度ではなく、コストの方をどうにかしたいんですね」

 

「そういうことさ」

 

「それなら、出力増幅装置とは別になります」

 

「できないかい?」

 

「いえ。たぶん、できます」

 

頭の中で構造を組みながら答えると、リカバリーガールが目を細めた。

 

「言うと思ったよ」

 

◇ ◇ ◇

 

まず『癒し』を正式に観察させてもらった。

 

これまでにも発現自体は見ているが、装置を作るなら体系的なデータが必要になる。学校側の手続きも済ませ、実際の治療記録と発現時の変化を確認する。

 

傷が治る。細胞増殖と組織修復が急激に進み、骨、筋肉、皮膚、血管といった損傷部位の治癒速度が大幅に上昇する。その一方で、患者側の消耗も増える。

 

仕組み自体は分かりやすい。

 

問題は、『癒し』が治療に必要なエネルギーや物質を患者の身体から調達することだった。

 

なら、そこを変えればいい。

 

「個性そのものを改造する必要はありませんね」

 

私は測定結果を見ながら言った。

 

「どうするんだい?」

 

「『癒し』が治療を進める時、患者側から必要分を引き出しています。その不足分を外部から補えるようにします」

 

「そんなことができるのかい?」

 

「似たことは以前やっています」

 

八百万さんからいただいた『創造』を改造した時、元々は本人の脂肪を変換して物質を作る個性だったものから脂肪依存を外し、外部の光や熱などからエネルギーを取れる構造へ変えた。

 

今回はリカバリーガール本人の個性因子を改造しない。外部装置側で同じ考え方を使う。

 

『癒し』が患者へ要求する治癒コストの一部を検出し、それに対応する形へ変換した外部供給を割り込ませる。

 

患者自身の体力だけではなく、外部電源や事前に蓄積したエネルギー、場合によっては別の供給源も利用する。患者一人に負担を集中させる必要はない。

 

◇ ◇ ◇

 

設計を始める。

 

重要なのは、治癒そのものを装置へやらせないことだった。それなら新しい治療個性を一から作る話になる。

 

今回はそうではない。

 

治すのはリカバリーガールの『癒し』で、装置は治療に必要なコストを補う。役割を分ける。

 

治癒対象の状態を測定し、『癒し』の発現を検出する。患者側から消費される量を推定し、安全範囲を超える分については外部から供給する。そのエネルギーを患者の身体が治癒へ利用できる形へ変換して渡す。

 

単純な電気を人体へ流し込むわけではない。それでは意味がない。『癒し』が身体側で利用できる状態へ変換する必要がある。

 

私は人工個性を組み込んだ補助装置を設計した。

 

形を大げさにする必要はない。治療台に接続できる本体、患者側の状態測定部、リカバリーガールの発現を拾う部分、外部エネルギーの蓄積部。それに、必要なら交換できる供給ユニット。

 

試作して検証し、問題があれば修正する。それを何度か繰り返した。

 

◇ ◇ ◇

 

「これなら、患者の体力消費をゼロにできるのかい?」

 

途中経過を見に来たリカバリーガールが聞いた。

 

「完全にゼロへ固定するより、患者自身の回復系も正常に使わせた方が自然です。外部供給は不足分と過剰負荷分を肩代わりする形にします」

 

「全部機械任せにはしない?」

 

「はい。患者本人の代謝状態も治癒条件の一部です。そこまで切り離すなら、別の治療能力として設計した方が早いです」

 

「なるほどね」

 

「ただ、外部供給率は調整できます。重傷者や体力が落ちている患者では、ほとんどを外部側へ寄せることも可能です」

 

リカバリーガールは装置を眺めた。

 

「重傷者ほど治したいのに、重傷者ほど体力が足りない。それが面倒だったんだよ」

 

「かなり相性の悪い制約ですね」

 

「個性なんてそんなもんさ」

 

それはそうだと思う。

 

生まれ持った個性は、最初から用途に合わせて設計されているわけではない。できることと制約、出力と副作用。それらが全部まとめて本人へ付いてくる。

 

だから、外から補う意味がある。

 

◇ ◇ ◇

 

試作機が完成した後は、保健室で段階的に試験した。

 

日常的に発生する軽傷のうち、本人の同意が取れたケースから使う。最初は外部供給を低く設定し、通常の『癒し』と比較する。

 

治癒速度は同じ。患者の消耗は減った。

 

次に供給率を上げる。治癒速度は維持され、消耗はさらに減少した。

 

出力自体を無理に増やしているわけではないため、リカバリーガール側の操作感も大きく変わらない。

 

「変な感じはするね」

 

「どの部分ですか?」

 

「いつもなら、治すほど相手がぐったりする。今日はそれが少ない」

 

「想定通りです」

 

「これ、もっと大きい怪我でもいけるのかい?」

 

「装置側の供給量が足りれば。ただし、損傷そのものが『癒し』で修復可能な範囲である必要はあります」

 

『癒し』が持っていない機能を増やしたわけではない。治せないものまで治せるようになる装置ではない。

 

ただ、これまで患者の体力不足が理由で強く使えなかった場面では、かなり使用範囲が広がる。

 

◇ ◇ ◇

 

数日かけて調整を続けた。

 

据え置き電源と蓄積ユニットを併用し、外部供給を複数系統から切り替えられるようにする。患者の消耗を監視し、危険域へ近づけば自動で外部側の負担割合を増やす。逆に軽傷なら、大げさな供給は行わない。

 

装置が壊れても『癒し』そのものへ悪影響が出ないよう、接続も一方向に近い構造へした。

 

完成した装置をリカバリーガールへ渡す。

 

「これで、患者側の体力だけに依存しなくなります。通常は蓄積分から供給して、足りなければ外部電源を使えます。別の供給源を繋ぐ構成にもできますが、学校で使うなら蓄積と外部電源だけで大半は足りると思います」

 

「ずいぶん変わったねえ」

 

「『癒し』そのものは変えていませんよ」

 

「分かってるよ。それでもさ」

 

リカバリーガールは、試作機から完成機になった装置を軽く叩いた。

 

「今までは、患者が耐えられるところまでしか治せなかった。それが、治せるところまで治せるようになる」

 

正確には、個性側の限界や本人の出力もある。

 

それでも、方向としては合っている。

 

「そうですね」

 

私は頷いた。

 

◇ ◇ ◇

 

研究室へ戻り、今回の設計を改めて確認する。

 

新しい個性は作っていない。誰かの身体も改造していない。既存個性の出力も上げていない。

 

変えたのは、コストの支払い先だけだった。

 

それでも、使用できる範囲はかなり変わった。

 

個性の制約は、必ずしも本人の身体だけで受け入れる必要はない。出力、副作用、消費、発動条件。その中には、外部から補助できる部分がある。

 

私は設計データを保存した。

 

治療は、今までそれほど研究対象にしていなかった。

 

でも、個性の制約を外から組み替えるという意味では面白い。

 

何より、リカバリーガールの『癒し』はこれで以前よりかなり使いやすくなった。

 

治すために、患者を消耗させすぎる必要はもうなかった。

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