無個性は個性をつくる 作:匿名希望
改良した『癒し』用の補助装置をリカバリーガールへ渡してから数日後、今度は根津校長から呼び出しが来た。
場所は以前、神野で使った人工生命について説明した時と同じような会議室だった。ただし、今回は学校の人間だけではない。
「失礼します」
「来たね、空木君。座ってくれて構わないよ」
根津校長の隣に、見覚えのない大人が座っている。服装だけなら特別なところはないが、机の上には雄英のものではない資料ケースが置かれていた。
簡単な紹介を受ける。
ヒーロー公安委員会の関係者らしい。
私のことは、既に知っていた。
「神野で活動した、あの人工的な存在についても?」
「把握しています」
担当者はそう答えた。
どうやら、雄英より後から知ったわけでもないらしい。神野では複数のプロヒーローや警察が、所属不明の個体が救助や消火をしているところを見ていた。それだけなら正体不明の協力者で終わる可能性もあったが、能力の特徴が問題だった。
身体能力、高熱、繊維操作、身体変形、障壁、拘束、泡、大型化と飛行。複数の有名ヒーローを思わせる能力を持った存在が、同時に何体も現れた。
しかも、その性能が低くない。
「現場報告では、少なくとも役割ごとの能力については、参考元と思われるトップクラスのヒーローと比較して大きく見劣りしないと評価されています」
「そうなるように設計しましたので」
「その返答も報告通りですね」
何の報告だろう。
少し気になるが、聞くほどではない。
私が人為的に作った身体へ人工個性を搭載し、自律的に活動できるようにしていることは、雄英から必要な範囲で共有されたらしい。具体的な製造法までは伝えていない。
トップヒーローの機能を再構成したものを、学生が自宅で複数作っていた。
公安委員会まで情報が行くのは、それほど不自然ではないらしい。
私としては、試作品を外へ出した以上、どこかで知られる可能性は想定していた。研究を禁止されない範囲なら、誰が知っているか自体にはあまり興味はない。
「それで、今日はその件ではありません」
担当者が机の上のケースへ手を置いた。
「むしろ、その技術を知ったからこそお願いしたいことがあります」
ケースが開く。
中に入っていたのは、弾丸だった。
◇ ◇ ◇
「個性を壊す弾丸です」
説明は簡潔だった。
死穢八斎會に関係する捜査と事件の中で確認され、実際に個性へ異常を生じさせた特殊な弾丸。回収されたものの一部が、解析対象として確保されたらしい。
私はケースの中を見る。
外見だけなら特殊な弾丸には見えない。
「個性を壊す、というのは具体的にどういう状態ですか?」
「命中した人間の個性が使えなくなります。効果時間が限定されるものが確認されています。状況からして恒常的に個性を使えなくしてしまう完成品があるとも考えられます」
一時的なものと完成品。
同じ原理を、作用の強さか持続性の違いで調整している可能性が高い。
「対象の身体機能そのものは?」
「個性以外への直接的な作用については、現時点の情報では限定的です」
「なるほど」
個性だけを狙う。
それなら、かなり興味深い。
私はケースを受け取った。
「解析して構いませんか?」
「そのために持ってきました。ただし、現物を破壊する検査は事前に相談してください」
「分かりました」
根津校長がこちらを見る。
「空木君、念のため言っておくけど、安全情報の提出対象だからね」
「分かっています。今回は学校からの正式な依頼ですから、研究室で扱います」
「うん。それならいいよ」
以前なら自宅へ持ち帰っていたと思う。
少しだけ手続きが増えた。
◇ ◇ ◇
研究室へ戻り、弾丸を隔離した状態で測定する。
最初に外装。次に内部構造。化学組成、生体由来成分、人工物、個性因子反応。
そこまで進んだところで、私は測定を一度止めた。
「人間由来ですか」
弾丸の中に、生体物質が含まれている。
それだけなら特殊な薬剤の材料として人間由来成分を使った可能性もあるが、これは違う。
個性因子が残っている。
しかも、単なる混入ではない。
弾丸の作用そのものに組み込まれている。
私は個性因子知覚を使い、内部を詳しく確認した。
通常、個性を理解するには十分な発現情報が必要になる。外から起きた現象を見ただけでは、観測されていない機能まで知ることはできない。
ただ今回は条件が違った。
目の前にある弾丸そのものが、個性因子を加工して作られた物体だった。
発動した結果だけを見るのではなく、その構造が残っている。
なら、本人を見る必要はない。
◇ ◇ ◇
最初に分かったのは、材料側の個性だった。
単純な「個性を消す」能力ではない。
構造を過去側へ戻す。
生体状態そのものへ作用し、現在の状態から、それ以前に存在していた状態へ変化させる。
対象範囲もかなり広い。
少なくとも、単純な治療や細胞再生だけでは説明できない。
「巻き戻し、ですか」
呼び方としては、それが一番近い。
この弾丸では、その機能全体を使っているわけではない。本来もっと広い対象へ働く構造のうち、個性因子へ作用する部分だけが偏って利用されている。
さらに加工されている。
対象の個性因子を単純に発現停止させるのではなく、個性として成立している構造そのものを崩す方向へ調整されていた。
だから使えなくなる。
私は解析結果を並べる。
個性因子は全身に関係している。
一か所にある器官を取り除けば終わるものではない。
この弾丸は、その全身に存在する個性因子の構造へ連鎖的に作用し、正常な個性として成立する情報を破砕する。
完全に消滅させているわけではない。
壊している。
違いはかなり大きい。
「これなら、残る可能性がありますね」
完全な無ではない。
破片になっているだけなら、理論上は元の構造を推定できる。
今すぐ必要な話ではないので、そこは記録だけしておく。
◇ ◇ ◇
もう一つ、妙な痕跡があった。
材料由来の個性因子とは違う。
こちらは弾丸の効果を担っているものではない。製造過程で付いた痕跡に近い。
物質構造が、一度かなり細かい単位まで崩されている。その後、別の構成として組み直されていた。
普通の化学加工ではない。
個性による作用。
しかも、かなり自由度が高い。
分解。
再構築。
元の物体や生体を崩し、任意の状態へ組み直す。
その処理を何度も受けた痕跡が、弾丸内部の生体材料へ残っていた。
「製造側にも個性を使っていますね」
私は解析を深める。
加工時の作用痕から、どの単位まで分解できるか、再構築時にどの程度構造を指定できるか、少なくとも今回の製造に使われた範囲はかなり詳しく分かる。
材料側の『巻き戻し』と、加工側の分解・再構築。
二種類。
前者をそのまま使えば、こんな弾丸にはならない。
後者で構造を崩し、必要な作用だけを切り出し、個性因子へ強く働くように再構成している。
発想としては、私が個性因子を改変する時とまったく同じではない。ただ、目的に合わせて元の個性を加工しているという点は似ている。
作った人間は、かなり個性を加工している。
◇ ◇ ◇
解析には数日かかった。
時間がかかった理由は、分からなかったからではない。確認が必要だったからだ。
一つの痕跡から推定して終わると、別の加工工程を同じ作用だと誤認する可能性がある。複数箇所を比較し、内部の生体材料と弾丸構造を分けて確認する。
結果は変わらなかった。
材料となった人間由来の個性は、生体や個性因子を以前の状態へ戻す性質を持つ。
製造には、対象を分解して再構築する別の個性が使われている。
弾丸は『巻き戻し』そのものではなく、それを加工して個性因子の構造破砕へ特化させたもの。
そして、完成品を受けた個性因子は消滅するのではなく、正常構造を失った状態で全身へ残る。
ここまでなら報告できる。
私は資料をまとめた。
◇ ◇ ◇
数日後。
同じ会議室で、公安委員会の担当者へ解析結果を渡す。
「まず、材料には人間由来の生体物質が使われています。その中に個性因子が残っていました」
担当者の表情が少し変わる。
「個性まで分かったんですか?」
「かなり高い精度で」
私は資料を開いた。
「生体状態を以前の状態へ戻す性質があります。単純な治癒ではありません。現在から過去の状態へ変化させる構造です。便宜上、『巻き戻し』と表現するのが分かりやすいと思います」
「実際の持ち主を調べなくても?」
「今回は因子そのものが弾丸内部に残っていますから。発現を外から推定しているわけではありません」
担当者が資料へ視線を落とす。
私は続ける。
「ただし、この弾丸はその能力をそのまま使っているわけではありません。個性因子へ作用するように加工されています。結果として、対象の個性因子を完全消滅させるのではなく、正常な構造を全身規模で破砕します。それが個性を使用不能にする主な仕組みです」
「消しているわけではない?」
「はい。少なくとも私が確認した試料では、痕跡まで含めて完全に無くなる構造ではありません。壊れた状態で残ります」
担当者は何かを書き込んだ。
「もう一つあります」
「まだ?」
「製造工程です」
今度は別の解析図を出す。
「材料に、製造時に使われた別の個性の作用痕がかなり残っています。物質を一度分解し、その後に再構築しています」
「それも分かるんですか?」
「どのような加工を受けたかは分かります。かなり高い自由度で分解と再構築ができる個性です。生体材料そのものを加工できる水準ですね」
死穢八斎會側の情報と照合すれば、誰の個性かを特定するのは公安側の仕事になる。
私から人物を探す必要はない。
分かったことは、全部伝えた。
◇ ◇ ◇
報告が一通り終わった後、担当者はしばらく資料を見ていた。
それから、少し言葉を選ぶように聞く。
「空木君。この二つの個性について、そこまで構造が分かっているということは……」
途中で止まった。
質問の続きは分かる。
再現できるのか。
人工的に作れるのか。
神野の件を知っているなら、そう考えるのは自然だった。
私は少し考えた。
嘘をつく必要はない。
ただし、聞かれていないことまで確定させる必要もない。
「今回の依頼範囲で必要な解析結果は、資料にまとめた通りです」
「……なるほど」
否定していない。
肯定もしていない。
相手が、もしかしたら作れるのではないかと思うことまでは予想できる。
それで問題ない。
人工個性の具体的な製造能力まで、今回の解析依頼に含まれているわけではない。
「追加で確認したい点があれば、試料を残していただければ調べます」
「分かりました。ひとまず、これはこちらで検討します」
担当者は資料を閉じた。
根津校長は、特に口を挟まなかった。
◇ ◇ ◇
研究室へ戻る。
弾丸そのものは、かなりよくできていた。
個性を使えなくするために、個性因子を完全に消す必要はない。正常な構造を維持できなくすればいい。
ただ、私なら同じ方法を選ぶかというと、少し違う。
神野の後、私は個性を壊さずに外す方法を既に作っている。
対象から取り除くことが目的なら、破砕する必要はない。
保存した方が、後で戻せる。
それでも今回の弾丸には別の価値があった。
『巻き戻し』。
分解と再構築。
どちらも、実際の使い手を見ていない。発動場面も観察していない。
それでも、加工された物質の中に個性の痕跡が十分残っていれば、構造は読める。
私は解析データを保存した。
特に『巻き戻し』は面白い。
治すのではない。
作り直すのでもない。
対象そのものを、以前の状態へ戻す。
使い方次第で、かなり広いことができそうだった。