無個性は個性をつくる 作:匿名希望
雄英高校を受けると決めてからも、研究内容は特に変わらなかった。
受験勉強へ時間を大きく割く必要がなかったからだ。筆記試験の範囲は確認した。知らない項目があれば補う。一度解いて、出題形式にも問題がないことを確認する。それで終わった。
私にとって重要なのは、入学できるかどうかであって、受験対策そのものではない。
空いた時間はそれまで通り研究へ使った。個性因子の培養条件を調整する。装置の精度を上げる。道具へ組み込んだ因子の安定性を確認する。
雄英へ入れば、今より良い設備が使える。だからといって、入学するまで研究を止める理由はなかった。
そうして試験日になった。
◇ ◇ ◇
雄英高校は、外から見るだけでも大きかった。有名校なのだから当然ではある。
一般にはヒーロー科の印象が強い。門の前にも、それらしい受験生が多かった。身体つきが良い。目立つ個性を持っている。緊張している。興奮している。色々いる。
私は案内に従ってサポート科の受験会場へ向かった。
ヒーロー科の試験内容には興味がない。正確には、個性の観察対象としてなら興味はある。ただし今日は受験が目的だ。わざわざ別会場へ行く理由はない。
受付を済ませる。持ち込み品の確認もあった。
私は筆記用具以外、特に変わったものを持っていなかった。普段の研究で使っている装置もない。人工個性を搭載した道具もない。当然だった。今回、それらは必要ない。
サポート科入試で評価されるのは、提示された課題に対して何を設計し、どう作るかだ。少なくとも事前に公開されている範囲ではそうなっている。
個性因子技術を使えば、できることは増える。だが、増やす必要がない。学校から与えられる材料と工具だけで要求仕様を満たせるなら、それで十分だ。
それに、自分の研究内容を入学前から詳細に見せる意味もなかった。隠すこと自体が目的ではない。説明が増える。質問される。場合によっては安全性について追加確認を求められる。手間がかかる。
必要がないなら使わない方が効率的だった。
自分へ搭載している研究補助個性も、今日の課題には使う理由がない。個性因子を見る必要はない。機械なら、普通に設計すればいい。
◇ ◇ ◇
筆記試験は予定通り終わった。特に問題はなかった。分からない問題もない。見直しをして、時間が余った。
途中退出はできなかったので、残り時間は答案をもう一度確認した。計算間違いは見つからなかった。
終了後、実技会場へ移動する。こちらの方が興味はあった。設備を実際に見られるからだ。
作業台、加工機、工具、測定器、安全設備、材料保管区画。当然、入学後に使える設備すべてが受験生へ開放されているわけではない。それでも、中学校や自宅にあるものとは違う。
私は案内を聞きながら、機械の型や配置を確認した。使いやすそうだった。少なくとも、自宅に大型加工設備を無理に置くよりはいい。
受験先として選んだ判断は間違っていなかったらしい。
「受験番号順に指定された作業台へ移動してください」
指示に従う。周囲の受験生も動いた。
緊張している人が多い。工具を何度も確認する人。配布された説明書をすぐに読み始める人。隣の作業台では、桃色の髪をした女子が材料箱の中身を見た瞬間に笑っていた。
楽しそうではある。
私は自分の机へ向いた。課題の仕様書を読む。
使用できるのは支給された材料、部品、工具。制限時間内に設計、製作、動作確認まで行う。完成度だけでなく、安全性、整備性、発想、製作工程も評価対象。
基本的には想定していた形式だった。
私は材料箱を開けた。モーター、配線、センサー、金属材、樹脂材、締結部品、簡単な制御系。その他、規格化された部品がいくつか。
特別なものはない。だから十分だった。
まず要求仕様を分解する。
最低限必要な機能。余裕があれば追加する機能。必要出力。想定荷重。安全率。使用者側の操作。故障した場合の挙動。整備時に交換する部分。製作時間。使える材料。
順番に決める。
試験である以上、時間制限がある。理論上最高性能のものを作る必要はない。時間内に完成しなければ意味がないからだ。
性能を上げる場所と、上げなくていい場所を分ける。
私は紙に概略図を描いた。一度書き終え、消す。配置を変更する。再び書く。必要な部品数を数える。加工順序を決める。
ここまでで数分。問題はなさそうだった。
製作へ移る。
◇ ◇ ◇
工作自体は、研究機器を自作してきた時と大きく変わらない。違うのは、自分の工具ではないことと、材料が限定されていることくらいだった。
金属材を切る。加工する。穴を開ける。位置を合わせる。固定する。駆動部を組む。配線する。センサーを置く。制御を組む。
作業中、何度か試験官が後ろを通った。特に話しかけられない。こちらから話す理由もない。
組み上がった部分から動作を確認する。最初の試験で、僅かに振動が出た。許容範囲ではある。ただ、長時間使用すると固定部に余計な負荷がかかる。
一度外す。支持位置を変える。部品を追加するより、配置を変えた方が軽い。再度動かす。振動は減った。
次に、想定外の入力を与える。使用者が操作を誤った場合。荷重が急に変わった場合。電源が落ちた場合。一部のセンサーが故障した場合。
正常に動くことより、異常時に危険な動きをしない方が重要だった。ヒーロー用の装備ならなおさらだ。
実際の現場で使う道具が、少し壊れただけで使用者や救助対象を傷つけるのでは困る。
制御を変更する。機械的な停止機構も入れる。電子制御だけに依存させない。
最後に外装。
見栄えは評価対象ではあるが、装飾に時間を使う意味は薄い。手が触れる箇所。挟み込みの危険がある箇所。配線が露出している箇所。必要な部分だけ処理する。
完成した。
残り時間を見る。余裕はある。
私はもう一度、最初から検査を始めた。
◇ ◇ ◇
しばらくして、大きな音がした。反射的にそちらを見る。
少し離れた作業台から煙が上がっていた。爆発というほどではない。何かが過負荷になったらしい。係員が動く。
「大丈夫です! ここをもうちょっと弄ればいけます!」
聞こえてきた声は明るかった。先ほど材料箱を見て笑っていた女子だった。
普通なら減点される状況だと思う。少なくとも安全性評価は下がる。
ただ、作っているもの自体は少し気になった。
私の位置からでは全体が見えない。見える範囲だけでも、仕様書の最低要求を満たすだけの構造ではなさそうだった。部品配置も、私とはかなり違う。使用目的を広げるつもりなのだろう。
それ以上見る必要はない。
私は自分の動作確認へ戻った。他人の製作物を観察して、自分の課題が未完成になるのは無意味だ。
◇ ◇ ◇
制限時間終了。
工具を置く。完成品には手を触れないよう指示され、その後は試験官が順番に確認していった。
私の番になる。数人が装置を見る。設計書も確認された。
「説明してください」
「はい」
私は起動する。まず通常動作。次に荷重を変える。安全機構を作動させる。一部の入力を切り、故障時の動作も見せる。
「要求された性能については、余裕を持って満たしています。駆動部は交換しやすいよう独立させています。主要部品も規格品を優先したので、損傷時に専用品を作り直す必要はありません」
試験官が装置を確認する。
「出力をもっと上げることは?」
「可能ですが、今回の構成では上げる意味が薄いです」
「どうして?」
「要求されている最大荷重を既に超えています。それ以上は重量と消費電力が増えます。用途を変更しない限り、現在の方が効率的です」
「もっと派手な機能を付けようとは思わなかった?」
質問の意図は分かる。サポート科だから、新規性も評価される。
「余った時間で追加することは可能でした」
「しなかった?」
「はい。要求仕様に対して必要性が低かったので」
私は答えた。
「使用者が現場へ持ち込む装備なら、使わない機能のために重量と故障箇所を増やす必要はないと思います」
試験官の一人が少し笑った。
「かなり堅実だね」
「そうですね」
否定する理由はない。実際、その通りだ。
「でもヒーロー用サポートアイテムは、状況に応じた応用性も大事だよ」
「はい。それは理解しています。ただ、応用性を上げることと、機能を無制限に追加することは別だと思います」
今回の装置にも調整幅はある。使用者側で部品を交換できる。出力設定も変えられる。
ただ、何でも一台で処理するようにはしていない。そうする必要がないからだ。
「分かりました。ありがとう」
「はい」
説明は終わった。私は装置を停止した。
評価が何点になるのかは知らない。必要なら学校側が判断する。私は作れるものを作った。それで十分だった。
◇ ◇ ◇
試験終了後、会場を出る時に、先ほどの女子の作ったものを少しだけ見ることができた。
完成していた。途中で煙を出していたはずだが、最終的には動作したらしい。
私のものより不安定そうではある。その代わり、発想が違った。要求された用途だけへ合わせていない。一つの機構から、別の使い方へ展開することを前提にしている。
効率よりも、できることを増やす方向。
私なら採らない設計だった。ただし、悪いとは思わない。
サポートアイテムとして使う人間がいるなら、ああいう設計にも価値はある。特に、ヒーローは使用環境が一定ではない。事前想定から外れた状況で使うことも多いだろう。
その意味では合理性がある。
作った本人がどこまで考えているのかは知らない。私は名前も知らなかった。
そのまま帰った。
◇ ◇ ◇
合格通知が届いた。両親と一緒に確認した。
結果は合格。それだけなら予定通りだった。
「順位まで出てるぞ」
父が言った。
「そうですか」
「見ないのか?」
「合格しているなら問題ありませんが」
「せっかくだし見ようよ」
母にも言われたので、確認する。
サポート科入試。
一位、発目明。
二位、空木零司。
名前を見て、少し考えた。
発目。聞いた覚えはない。受験会場で会話した相手はいない。ただ、順位と講評を見れば、たぶんあの女子だと分かった。
一位の評価には、新規性、発想、ヒーロー現場での利用可能性といった項目が目立っていた。製作中の問題もあったらしいが、それを上回る評価を取ったということだろう。
私の方は、設計精度、要求達成率、安全性、完成度。予想通りだった。
「二位だって」
母が嬉しそうに言う。
「はい」
「悔しくない?」
「特には」
「一位じゃなくて?」
「入学するために受けたので」
一位と二位で、入学後に使える設備が変わるという話は聞いていない。同じサポート科へ入れるなら、目的は達成している。
「でも、二位ってすごいぞ」
父が言った。
「そうですか」
「もうちょっと喜んでもいいと思うけどな」
喜ぶ必要がないとは思わない。合格したこと自体は良いことだ。これで予定していた環境へ移れる。
「設備を使えるようになるのは楽しみです」
そう答えると、父は少し考えたあと笑った。
「お前はそっちか」
「はい」
私はもう一度、合格通知を見る。
雄英高校サポート科。
これで、自宅では置けなかった設備が使える。加工精度も上げられる。大きなものも作れる。これまで扱いづらかった材料も試せるかもしれない。
それに、入試結果を見る限り、少なくとも一人、普通とは違う設計をする人間もいるらしい。その点には少し興味があった。
ただ、今すぐ考える必要はない。入学すれば確認できる。
私は通知を机へ置いた。その横には、受験前から続けていた個性因子の培養記録がある。
試験が終わったからといって、研究が終わるわけではない。むしろ、これから使える設備が増える。
私は記録を開いた。
雄英へ行く理由は、最初から変わっていなかった。ヒーローになるためではない。一位になるためでもない。
今より良い環境で、研究を続けるためだった。