無個性は個性をつくる 作:匿名希望
ナイトアイの治療から戻った翌日、研究室で昨日の記録を整理していると病院から連絡が来た。
昨日とは違い、リカバリーガールを通したものではない。私自身への相談だった。
「個性を破壊する弾丸について、解析をされたと伺っています」
「はい」
公安へ提出した報告のどこまで共有されているのかは分からないが、病院側が私へ連絡してきた理由はすぐに説明された。
八斎會の取り締まりで、完成品と思われる個性消失弾を撃ち込まれた人間がいる。
通形ミリオ。
雄英高校ヒーロー科三年。
それまで使用できていた『透過』が、弾丸を受けた直後から完全に発現しなくなっているらしい。
「治せないか、一度見ていただくことはできますか」
治せるか。
そこまでは分からない。
私は弾丸の作用そのものは解析している。個性因子を消滅させるのではなく、全身に存在する構造を破砕して使用不能へするものだというところまで把握した。
ただ、実際に完成品を受けた人間はまだ見ていない。
「治せる保証はできませんよ」
「それでも構いません。状態を確認していただけるだけでも」
少し考える。
依頼というほど正式な話ではない。診察して、治療可能性を確認してほしいという相談に近い。
断る理由は特にない。
何より、個性を実際に破壊された人間を観察できる機会は、おそらく今を逃せばかなり少ない。
製造元が摘発された以上、同じ症例が大量に増える方が不自然だ。
「分かりました。見に行きます」
研究としても価値がある。
治るなら、その後に治せばいい。
◇ ◇ ◇
病院へ着き、案内された部屋に入る。
昨日治療したナイトアイは別の病室で療養中らしく、ここにはいなかった。
ベッド脇の椅子に座っていた金髪の青年が、私を見るなり立ち上がった。
「君が空木君?」
「はい。空木零司です」
「俺、通形ミリオ! よろしく!」
思ったより元気だった。
個性を失ったとは聞いているが、身体そのものが重傷というわけではない。弾丸による傷も既に処置されていて、普通に歩けるし、会話にも問題はない。
個性が使用できないことを除けば、少なくとも外見上は健康な高校生だった。
「今日は俺の個性を見てくれるんだよね?」
「そう聞いています。ただし、治せるかはまだ分かりません」
「うん。それは聞いた」
返答も明るい。
私は診察用の機器を準備しながら確認する。
「『透過』はまったく使えませんか?」
「全然! いつもの感じで使おうとしても、何も起こらない」
「発動しようとした時に痛みや違和感は?」
「それもないかな。出そうとしてるのに、何も返ってこない感じ」
「弾丸を受ける前と後で、それ以外の身体感覚に変化はありますか?」
「ないと思う」
なら、まず身体側を確認する。
◇ ◇ ◇
通形さんの『透過』について、基本的な情報は公開範囲でも知ることができる。
自身の身体を物質から透過させる個性。
発動中は物質だけでなく光や空気まで通過するため、視覚、聴覚、呼吸といった感覚や生理機能にも影響が出る。地面まで透過すれば落下し、解除した際に物質と重なっていれば押し出される。
かなり扱いの難しい個性だ。
もっとも、今日は発現を見るために来たわけではない。
使えないのだから、見ようがない。
私は個性因子知覚を使った。
そして、すぐに違和感があった。
「……ありますね」
「何が?」
「『透過』です」
通形さんが一度瞬きをした。
「あるの?」
「完全に消えてはいません」
予想通りだった。
個性消失弾の解析結果と一致する。
因子そのものが無くなったわけではない。個性として正常に機能できないほど壊されている。
ただ、弾丸単体を解析していた時より、実際の人体で見る方が分かりやすい。
破壊された個性因子は、一か所へまとまって残っているわけではなかった。
全身。
本来『透過』を成立させていた個性因子構造の破片が、身体の各所に散っている。
個々の断片だけを見れば意味をなさない。
しかし、元は一つの個性だった。
関連性は残っている。
私はさらに詳しく見る。
「少し時間をください」
「いくらでもどうぞ!」
そのまま解析を続ける。
◇ ◇ ◇
破損の仕方には規則性があった。
無作為に消えたわけではない。
大きな構造が砕かれ、個々の機能を成立させていた部分が分断されている。
発現開始。
対象範囲。
身体組織と透過状態の連動。
解除。
そういった構造がばらばらになり、相互に接続できなくなっている。
だから、発動しない。
逆に言えば。
破片はある。
「これなら、戻せますね」
気付けば口に出していた。
通形さんが身を乗り出した。
「本当!?」
「おそらく」
「おそらく?」
「まだ実際に治療していませんので、成功したとは言えません。ただ、治療方法はあります」
病院の担当者もこちらを見る。
私は測定結果を表示した。
「個性が消えているわけではありません。『透過』を構成していた個性因子が破壊され、断片化した状態で全身に残っています」
「それを修復できる?」
「できます」
今回は、かなり確度が高い。
どう直せばいいかも見えている。
◇ ◇ ◇
方法はいくつかある。
一つは『巻き戻し』。
私は個性消失弾の解析から、その構造を理解している。自分用には既に、正常な身体状態へ自動的に戻り続ける状態固定型へ作り直して搭載した。
同じ原理を他人へ使えるように再設計し、通形さんの身体を弾丸を受ける前の状態へ戻す。
理論上は可能だと思う。
ただし、今あるものは私自身へ限定した設計だ。
他者へ安全に使用するなら、対象指定、巻き戻す範囲、基準状態、停止条件、個性因子だけを戻すのか身体全体を扱うのか。その辺りを改めて設計する必要がある。
治療一件のために新しい仕組みを作ることになる。
もう一つ。
壊れた『透過』を、一度身体から外す。
破片を集める。
分類する。
元の構造を推定する。
培養して必要量を増やしながら、壊れた部分を少しずつ修正する。
足りない部分があれば補う。
元の『透過』と同じ構造へ戻した後、本人へ再移植する。
こちらの方が確実だった。
技術としては古い。
培養して、少し変えて、安定させ、また修正する。
体育祭より前まで、私が個性因子研究で使っていた方式に近い。
今では、個性を一から設計して製造できるので、普段わざわざ使うことはない。
でも、今回は新しい個性を作るのが目的ではない。
既に存在する個性を、元通りにするだけだ。
それなら、古い方法でも十分だった。
◇ ◇ ◇
「治療方法について説明します」
通形さんと病院側へ向き直る。
「まず、身体に散っている『透過』の個性因子断片を一度取り出します」
「取り出す?」
通形さんが首を傾げた。
「個性って、取り出せるの?」
「はい」
病院側の人間も同じような反応をしている。
当然だと思う。
この技術については、学校にも公安にも詳しく話していない。
神野でAFOの個性奪取を観察した後、私は安全な摘出、保存、再移植まで完成させた。
でも、自分の研究補助個性を整理するために使っていただけで、他人へ施術したことはまだない。
「身体から個性因子を安全に切り離して保存することはできます。今回は正常な一つの構造ではなく、全身へ破片として散っていますので、それぞれ回収します」
「それで、俺の個性を外に出す?」
「そうです。その後、断片を分類します」
私は画像を拡大する。
「ここまで壊れていても、元の構造情報が全部失われているわけではありません。複数の断片を比較すれば、どこがどこへ繋がっていたかはかなり推定できます」
「パズルみたいな感じ?」
「大まかには」
完全なパズルとは違う。
足りない部分があるからだ。
でも説明としては、それほど間違っていない。
「回収した因子を培養して必要量を確保し、構造を少しずつ修正します。失われた部分については、残っている情報から本来の構造を再構築します」
病院側から質問が入る。
「それができれば、元の個性へ?」
「はい。最終的には、再移植できる状態へまとめて通形さんへ戻します」
「新しい個性を入れるわけではないんだね」
通形さん。
そこは重要。
「違います。元々あなたが持っていた『透過』を修復します」
本人由来の因子。
本人の身体へ戻す。
適合性も問題になりにくい。
◇ ◇ ◇
「じゃあ、すぐできる?」
「すぐではありません」
「そっか!」
落胆した様子はあるが、声は明るいままだった。
「断片を取り出した後に、分類と再構築が必要です。実物を確認してからでないと正確な時間は言えませんが、数日は見た方がいいと思います」
現時点の推定なら、三日前後。
ただ、まだ施術前だ。
断定はしない。
「その間、俺はどうなる?」
「今とほぼ同じです。既に『透過』は発現できていませんので、破損した因子を一時的に外しても、新しく失う機能はほとんどありません」
「普通に動ける?」
「身体側に問題がなければ」
病院の担当者が確認する。
「危険性は?」
「摘出そのものは私自身で何度も試しています。正常な因子の安全な着脱は確認済みです。ただ、他人の全身から破損断片を回収するのは初めてです」
そこは隠す理由がない。
「修復についても、古いですが十分扱ったことのある技術です。ただし、通形さんの『透過』を実際に修復した実績があるわけではありません」
治せる保証はできない。
病院へ来る前にもそう言った。
ただ、診察前と今では見通しが違う。
「現時点では、かなり高い確率で元に戻せると考えています」
通形さんは少し黙った。
◇ ◇ ◇
「他の方法もあるんだよね?」
「あります」
先ほど考えた『巻き戻し』についても説明する。
個性消失弾の材料になっていた個性。
対象を以前の状態へ戻す能力。
「それを使えば、撃たれる前に戻せる?」
「理論上は可能です。ただし、そのまま使えるものはありません」
私自身に入っている状態固定型は、私専用だ。
「他人へ安全に使える形を新しく設計する必要があります。どの状態まで戻すか、どこだけ戻すか、停止条件をどうするかを決めて、試験も必要になります」
「そっちの方がすごそうだけど?」
「新しく作る必要がありますから」
それに対して、もう一方は知っている技術だけで完結する。
「今回については、破損した個性因子を直接修復する方を勧めます。時間はかかりますが、何をしているか一段ずつ確認できます」
「確実だから?」
「そうですね」
珍しく古い方法の方が向いている。
新しい技術だから優れている、という話ではない。
目的に合っている方を使えばいい。
◇ ◇ ◇
病院側から、もう少し詳しい説明を求められた。
摘出時に身体へどんな影響があるか。
回収した個性因子をどこで管理するか。
修復途中で問題が見つかった場合はどうするか。
再移植後、すぐ使えるのか。
最後の部分だけは、まだ分からない。
「構造上は元通りにできます。ただ、本人が発現感覚をどの程度維持しているかまでは別問題です」
個性を失ってから、それほど時間は経っていない。
長年使ってきた操作技術が消えるとは考えにくい。
ただし、個性因子が戻った瞬間に以前とまったく同じ感覚で使えると保証する必要はない。
「再移植後は安全確認をして、段階的に発現を試す方がいいと思います」
「分かった!」
通形さんは迷いなく頷きかけたが、私は止める。
「まだ同意の確認があります」
「同意?」
「あなたの個性を身体から取り出しますので」
たとえ戻す前提でも、本人へ何も聞かず始める処置ではない。
それに今回は、学校のサポートアイテム調整とは違う。
身体そのもの。
個性そのもの。
そこへ直接手を加える。
「途中で中止する場合、摘出した因子は保存できます。修復に失敗した場合も、勝手に別の個性へ変更したりはしません。元の断片を保存した状態へ戻せます」
「つまり、失敗しても今より悪くはしない?」
「それを前提に進めます」
「じゃあお願いするよ」
今度は止めない。
「本当にいいですか?」
「うん」
通形さんは、自分の手を見る。
「俺、やっぱり『透過』でヒーローやりたいからさ」
理由としては十分だ。
本人が望んでいる。
修復方法もある。
私としても、実際に個性消失弾で壊された因子を修復できるか確認できる。
全員の目的が一致している。
「分かりました。では治療を引き受けます」
正式な同意書と、病院側の手続きを進める。
今回はここまで。
身体から破片を抜き出す作業は、準備を整えてからの方がいい。
保存設備。
分類用の解析系。
培養環境。
修正工程。
必要なものを研究室側に揃える。
◇ ◇ ◇
病院を出る前に、もう一度だけ通形さんの個性因子を見る。
全身に散った『透過』の破片。
正常な個性としては、もう働いていない。
でも、無くなってはいない。
弾丸を解析した時に考えた通りだった。
完全に消えていないなら、戻す方法はある。
今回は、新しい人工個性を作る必要もない。
他者用の『巻き戻し』を新しく設計する必要もない。
身体から一度外して、壊れたものを直し、同じ場所へ戻す。
やることは単純だった。
手間がかかるだけだ。
私は研究室へ戻る途中で、必要な工程を整理した。
まずは、全身に散った破片を全部取り出す。
そこからだった。