無個性は個性をつくる 作:匿名希望
翌日、私は必要な機材を持って病院へ向かった。
通形さんの『透過』を修復する方針は決まっている。まず全身に散った個性因子の断片を身体から取り出し、その後で分類、培養、修正を行う。
修復作業そのものは病院でも不可能ではない。ただ、私は自宅の研究拠点を使うことにした。
個性因子の培養と段階的な修正は、最近ほとんど使っていない古い研究方法だ。だからこそ、昔から使ってきた設備と配置の方が作業しやすい。
雄英へ登録済みの私設研究拠点でもある。通形さん本人と病院側から個性因子を持ち出して処置することへの同意を取り、必要な手続きも済ませた。
病室へ入ると、通形さんは昨日と変わらず元気そうだった。
「おはよう、空木君!」
「おはようございます。今日は個性因子を取り出します」
「朝一番の挨拶としてはすごいね!」
「そうですか?」
「普通はもっとこう、体調どう、とかじゃない?」
「体調は記録を見る限り問題ありませんでしたので」
「あっはっは! そっか!」
本人が気にしていないなら問題ない。
私は準備を始めた。
◇ ◇ ◇
神野の後に完成させた個性因子の摘出技術は、本来なら正常な一つの個性を身体から切り離すことを前提としている。
今回は少し違う。
『透過』は既に一つの構造として成立していない。
個性消失弾によって破砕された断片が全身に残り、それぞれが本来の接続先を失っている。
そのため、一度に一つの個性を外すというより、身体中から関連する因子だけを拾い集める作業に近い。
「始めます。痛みは基本的にありませんが、何か違和感があれば言ってください」
「了解!」
通形さんには横になってもらう。
私は個性因子知覚で全身を確認した。
昨日見た時と状態は変わっていない。
破損した『透過』。
断片。
それ以外の身体構造。
対象を間違えないよう、一つずつ識別する。
「では、抜きます」
安全な摘出機能を使う。
最初の断片を身体から切り離す。
保存容器へ。
次。
さらに次。
一つの大きな因子を引き抜く時とは違い、今回は数が多い。
ただ、難しくはない。
破片が細かいだけで、どれが『透過』由来なのかは見れば分かる。
私は位置を変えながら順番に回収していった。
「今どのくらい?」
途中で通形さんが聞く。
「三割程度です」
「全然分かんないな」
「元々発現していないので、抜いても変化を感じにくいと思います」
正常な個性を摘出すれば、本人にも何らかの違いが分かる可能性はある。
でも今の『透過』は壊れている。
既に使えないものを取り外しているだけなので、新たに失われる機能がない。
それからしばらく作業を続けた。
全身の確認を一巡。
二巡。
残留反応を探す。
微細な断片まで回収する。
最後に、発現経路だった場所をもう一度確認した。
「終わりました」
「全部?」
「確認できる範囲では全部です」
通形さんは起き上がり、自分の手を見る。
当然、見た目は何も変わらない。
「なんか、個性を本当に持ってなくなったってこと?」
「今はそうですね。破損した因子も含めて、身体の中には『透過』を構成するものがほぼ残っていません」
「おお……」
少し不思議そうな顔をしている。
昨日までは使えなくても、壊れた『透過』自体は身体にあった。
今は本当にない。
「ちゃんと戻ってくる?」
「そのために持ち帰ります」
私は保存容器を見る。
中にあるのは、通形さんが長年使ってきた個性の残骸だ。
「ここから修復します。予定通りなら数日です」
「よろしく!」
「はい」
◇ ◇ ◇
病院を出て、自宅へ戻る。
今では寮が生活上の基準になっているが、研究設備としてはこちらの方が圧倒的に充実している。
家事用の個性兵が通常通り屋内を管理し、研究拠点防衛型も稼働している。個人護衛型は私の影の中。
私は研究区画へ入り、保存容器を作業台へ置いた。
久しぶりに、この設備を本来の使い方に近い形で使う。
個性因子培養。
複製。
段階的な修正。
人工個性を自由に作れるようになってからは、ほとんど必要がなくなった方法だった。
新しい個性が欲しければ、設計して作ればいい。
既存個性の一部を変更したい場合でも、構造を直接設計し直した方が早い。
でも今回は、新しいものを作りたいわけではない。
通形ミリオが元々持っていた『透過』を、そのまま戻したい。
なら、残っている本人の因子を基準にする方がいい。
私は全断片を解析装置へ移した。
「まず、分類ですね」
作業を始める。
◇ ◇ ◇
断片を並べる。
大きさではなく、構造で分ける。
発現開始に関係する部分。
透過対象となる身体範囲を制御する部分。
物質との相互作用を切り替える部分。
解除。
身体との接続。
それ以外の補助構造。
壊れ方は一様ではない。
ほぼ原形を残している断片もあれば、元が何だったのかを単体では判断しにくいほど崩れている部分もある。
ただ、情報は十分だった。
一つの断片だけでは分からなくても、他と比較すれば接続関係を推定できる。
私は元の構造図を少しずつ組み立てていく。
弾丸を解析した時に、破壊の仕組みは理解している。
だから、どの方向から壊されたのかも分かる。
破砕過程を逆に辿る。
ここは元々一つだった。
こちらはその先。
この部分は接続情報だけが失われている。
これは構造自体が欠けている。
数時間も作業を続けると、大枠ができた。
「思ったより残っていますね」
完全に消す弾丸ではない。
改めて、それがよく分かる。
もし個性因子を情報ごと完全消滅させていたなら、本人由来の『透過』を元通りにするのはもっと面倒だった。
同等能力を新しく作ることはできる。
ただし、それは通形さんが元々持っていた個性を修復したものではない。
今回は、そこまでしなくていい。
残骸だけで十分だった。
◇ ◇ ◇
一日目の夜。
分類した断片のうち、使えるものから培養を開始する。
必要量に足りない。
個性消失弾は全身の因子を壊しているので、正常な部分だけを拾ってつなげれば完成、というほど単純ではなかった。
残っている正常に近い部分を増やす。
安定させる。
そこへ、破損した断片から読み取った構造を反映する。
昔よくやっていた作業だった。
小さく修正する。
培養。
安定化。
次の修正。
また培養。
今なら、改造『コピー』と『創造』を使えば、完成形を直接生成できる。
それでも今回は使わない。
できないからではない。
本人由来の因子を可能な限り維持したまま修復するという方針を選んだからだ。
私が新しく設計した『透過』へ置き換える必要はない。
同じ機能でも、目的が違う。
私は培養状態を確認しながら、欠損部分の復元を進めた。
◇ ◇ ◇
二日目。
増やした因子を比較する。
修正前。
修正後。
接続。
安定性。
発現経路。
不自然な構造がないかを確認する。
一部は修正をやり直した。
破損した断片をつなげるだけなら形にはなる。
でも、形だけ元に戻しても意味はない。
本人へ戻した後、正常に発現しなければ治療したことにはならない。
私は元の因子断片を基準として、修復後の構造を何度も比較する。
「ここが違いますね」
発現範囲の制御部分。
一見すると正常だが、接続方向が少しずれている。
このままでも何らかの透過能力は発現する可能性がある。
でも、通形さんが使っていた『透過』と同じ動作になる保証がない。
修正する。
別の部分。
解除側。
こちらも微調整。
少しずつ精度を上げる。
昔なら、この程度の修復にもかなり時間がかかった。
今は構造そのものを理解できる。
何を直せばいいか分かった状態で古い手法を使っているので、速度は比べものにならない。
培養を待つ時間だけは残る。
その間に別の断片を処理する。
複数工程を並行させる。
待っているだけの時間はほとんどなかった。
◇ ◇ ◇
二日目の後半には、『透過』として必要な大部分の構造が戻った。
問題は、弾丸によって情報自体が失われた部分だった。
残っている断片だけでは完全に埋まらない。
そこは作る必要がある。
私は周囲の構造から欠損部分を推定する。
発現前。
発現中。
解除。
それぞれの接続関係を成立させるには、何が入っていなければならないか。
構造を絞る。
さらに、通形さんの身体へ残っていた接続痕も参考にする。
個性因子が身体へどう定着していたか。
そこにも元の形の情報は残っていた。
推定が終わる。
不足部分を生成。
既存の修復因子へ接続する。
これで一つの個性として形が戻った。
ただし、まだ完成ではない。
「一度、安定化が必要ですね」
新しく繋げた部分が、全体として自然に動くかを確認する。
培養環境へ戻す。
待つ。
測定。
問題なし。
さらに増やして、同じ構造が維持されるかを見る。
崩れない。
変異もない。
安定している。
ここまで来れば、かなりいい。
◇ ◇ ◇
三日目。
最終確認を始めた。
修復した『透過』の構造と、回収直後の断片から復元した元構造予測を比較する。
差分。
不要な変化なし。
私が便利だと思った機能を追加したりもしていない。
出力を上げてもいない。
副作用を勝手に消してもいない。
本当に元へ戻すだけだ。
通形さんは、あの扱いにくい『透過』を長年かけて使いこなしている。
そこで私が気を利かせて別物へ変える方が、かえって面倒になる可能性が高い。
必要なのは改良ではない。
修復。
そこは分ける。
次に量を確認。
十分。
再移植時に全身へ正常に定着できる量を確保する。
さらに、身体へ入れるための状態へまとめる。
培養中の個性因子をそのまま注入するわけではない。
移植時に扱える形へ整理し、必要な構造を維持したまま圧縮する。
私が神野の後、自分の研究補助個性を更新した時に使った方法と同じだ。
切り離された個性因子を保存し、必要な状態へ整え、身体へ再接続する。
今回はその途中に、修復工程が入っただけ。
数時間後。
最終処理が終わった。
私は保存容器の中にある個性因子を見る。
三日前。
これは全身に散らばった破片だった。
発現できない。
相互接続もない。
一つの個性として成立していなかった。
今は違う。
『透過』。
一つの完全な個性因子構造として成立している。
私は個性因子知覚で細部まで確認した。
発現開始。
正常。
身体範囲制御。
正常。
透過機能。
正常。
解除。
正常。
身体との接続領域。
正常。
不足なし。
破損なし。
「完成ですね」
正確には、修復工程が完成した。
治療はまだ終わっていない。
これが正常な『透過』であることと、通形さんの身体へ定着して再び発現することは分けて確認する必要がある。
私は修復済みの因子を保存状態へ移し、病院へ連絡を入れた。
「空木です。通形さんの個性因子の修復が終わりました」
相手が何か確認する。
私は手元の測定結果を見る。
「はい。元の『透過』と同等の構造まで戻っています。あとは本人へ再移植して、定着と発現を確認します」
三日間。
久しぶりに使った、培養と段階修正。
昔なら当たり前だった作業。
今ではかなり遠回りな方法に見える。
でも、今回には合っていた。
壊れたものを取り出す。
直す。
戻す。
必要だったのは、それだけだ。
私は保存容器を閉じた。
あとは、これを通形さんへ戻せばいい。