無個性は個性をつくる 作:匿名希望
修復した『透過』を保存容器へ収め、翌日、私はもう一度病院へ向かった。
作業自体は難しくない。
通形さんの身体から破損した個性因子を取り出した時点で、安全な摘出が他人にも問題なく使えることは確認している。再移植についても、自分の研究補助個性では何度も実施済みだった。
違うのは、修復した他人の個性を元の持ち主へ戻すのが初めてという点だけだ。
病院側には、再移植後に発現確認を行いたいと伝えてある。
案内された部屋へ入ると、通形さんは既に待っていた。
「おはよう、空木君!」
「おはようございます」
「持ってきた?」
「はい」
私は保存容器を見せる。
中身を肉眼で見ても特に意味はないが、通形さんは少し身を乗り出した。
「それが俺の『透過』?」
「修復後のものです。回収した時とは構造がかなり違いますが、元の個性と同じものだと考えて構いません」
「おお……」
通形さんは容器をしばらく見ていた。
個性消失弾を受けてから、今日でおよそ十日になるらしい。
弾丸による傷の治療。個性が使えなくなったことの確認。病院側での検査。その後、私への相談。
私が診察してからは、摘出と三日間の修復作業。
合わせれば、それくらいになる。
十日。
私から見れば短い。
でも、生まれてからずっと自分の一部だった機能が突然なくなった側からすると、感じ方は違うのだろう。
「十日くらいなんだよなあ」
通形さんが自分の手を開いたり閉じたりしながら言う。
「はい」
「もっと長かった気がするよ。何かに触るたびに、あ、もう抜けないんだって思うからさ」
なるほど。
『透過』は発動時だけ存在する道具ではない。
長年かけて身体感覚の一部として扱ってきた個性だ。
特に通形さんの場合、個性そのものが非常に扱いづらい。身体の一部だけを透過させる操作や、解除時の押し出しを利用した移動まで、長期間の訓練で身につけている。
十日程度で、その操作感覚まで忘れるとは思えない。
むしろ確認したいのは、再定着後に以前と同じ感覚で接続できるかだった。
「では始めます」
「よろしく!」
◇ ◇ ◇
再移植前に、通形さんの身体をもう一度確認する。
『透過』の残留因子はない。
前回の摘出で、個性消失弾によって散らされた断片まで回収できている。
身体側には、個性が存在していた痕跡が残っていた。
これは都合がいい。
完全に無個性として形成された身体へ新しい個性を入れるのとは違う。
本来そこにあったものを、本来の位置へ戻す。
修復した因子の構造も本人由来。
適合上の問題はかなり少ないはずだった。
「今から『透過』を身体へ戻します。何か強い痛みや異常を感じたら、すぐに言ってください」
「分かった!」
私は保存状態を解除する。
修復した個性因子を移植可能な状態へ展開し、通形さんの身体側へ接続する。
まず一部。
拒絶反応なし。
接続。
正常。
そこから全身へ。
『透過』は身体全体を対象にする個性だ。局所へ一つの器官として置けば終わりではなく、全身に関係する構造を正しく定着させる必要がある。
だから急がない。
身体側の接続先を確認しながら、修復した構造を一つずつ戻していく。
通形さんは黙っていた。
普段より静かなので、少し珍しい。
「何か感じますか?」
「……なんか、分かる」
「具体的には?」
「うまく言えないんだけど、戻ってきてる感じがする」
感覚的な回答だが、それでいい。
本人にしか分からない発現感覚はある。
私は個性因子知覚で客観側を確認する。
定着率。
上昇。
身体との接続。
正常。
修復箇所の崩れ。
なし。
不足生成した部分も安定している。
個性消失弾を受けた後のような断裂も起きていない。
最後の接続を終える。
全体を確認。
一つの個性として成立している。
「入りました」
通形さんが目を見開く。
「もう?」
「はい。構造上は定着しています」
自分の時もそうだったが、再移植そのものに何時間もかかるわけではない。
時間が必要だったのは、壊れた個性を直す方だ。
「使っていい?」
「最初は小さい範囲だけにしてください」
「了解!」
通形さんは右手を前へ出した。
少し集中する。
個性因子が動いた。
私はその発現を直接見る。
修復後、初めての『透過』。
右手の指先。
発動。
病院側が用意した確認用の板へ指を近づける。
抵抗なく通った。
「あ」
通形さんの声が止まった。
指先が板の向こうへ消えている。
数秒。
それから解除。
指が押し戻されるように、正常な位置へ戻った。
「……戻った」
私は因子状態を確認する。
異常なし。
「そうですね」
「戻った!」
今度は大きな声だった。
通形さんは自分の手を何度も見る。
透過。
解除。
もう一度。
今度は手首近くまで。
正常。
「空木君! 戻ったよ!」
「はい。見ています」
「俺の個性だ!」
それも見れば分かる。
ただ、通形さんにとっては確認する必要があるらしい。
十日間、使おうとしても何も起きなかった。
それが今は、意識した通りに身体が物質を通り抜ける。
私は発現時の個性因子を観察する。
修復部分に負荷。
問題なし。
培養部分。
問題なし。
不足生成部分。
正常に発現へ参加している。
再定着も維持。
「もう少し範囲を広げても大丈夫です」
「よし!」
今度は腕全体。
透過。
解除。
続いて片脚。
床を抜けないよう、病院側が用意した試験環境の範囲で確認してもらう。
その後、身体の複数箇所を別々に透過させる。
切り替えも速い。
十日間使っていなかったとは思えないほどだった。
もっとも、本人からすれば十日しか使っていない期間がないとも言える。
長年の訓練で作った操作技術が消えたわけではない。
戻した瞬間から扱えるのは自然だった。
想定通り、即日適応で問題なさそうだった。
◇ ◇ ◇
「もう全身やってもいい?」
「構いません。ただし、最初なので短時間にしてください」
「分かった!」
通形さんの身体全体が『透過』へ移行する。
その瞬間、外界との相互作用が大きく変化する。
私は発現状態を追う。
光。
空気。
物質。
身体の各部。
本人はすぐに解除した。
大きく息を吐く。
「懐かしい!」
十日なら、懐かしいというほどでもない気はする。
でも、本人がそう感じるならそうなのだろう。
「操作性に違いはありますか?」
「ない! 前と同じ!」
「本当に?」
「うん。少なくとも今は全然変な感じしないよ」
私はもう一度確認する。
構造差はない。
修復時にも意図的な改良はしていない。
出力も、発現条件も、透過範囲も、副作用も元のまま。
私なら扱いやすくすることもできる。
でも今回は、それをしていない。
通形さんが取り戻したかったのは、私が改善した別の『透過』ではない。
ずっと使ってきた、自分の個性だった。
それなら同じに戻す方が適切だ。
「では、修復成功と判断してよさそうですね」
その言葉を聞いて、通形さんが笑った。
いつも明るい人なので笑っていること自体は珍しくない。
でも、今まで見た中では一番分かりやすく喜んでいた。
「ありがとう、空木君!」
「どういたしまして」
技術的には予定通りだった。
それ以上でも、それ以下でもない。
ただ、本人にとって十日間失っていたものが戻ったことの意味は大きいらしい。
◇ ◇ ◇
病院側も発現確認を行った。
身体状態。
異常なし。
再移植部位。
問題なし。
『透過』発現時の各種反応。
個性喪失以前の記録と比較して、大きな差はない。
ここまで確認して、治療終了となった。
担当者が私へ聞く。
「つまり、今回は個性そのものを治した、という理解でいいんでしょうか」
「そうですね」
「身体へ何か薬を入れて、個性が自然に戻ったわけではなく?」
「違います。一度『透過』の個性因子を全身から摘出しています。外で再構築してから、先ほど再移植しました」
相手は少し黙った。
前回も説明していたはずだが、実際に成功例を見ると意味が違って感じられるのかもしれない。
「他人の個性でも、外せるんですか」
「安全に摘出できる構造なら可能です」
「それを保存して、また戻せる?」
「はい」
「壊れていても?」
「構造情報が十分残っていれば修復できます。足りない部分についても、元の構造を推定できるなら補えます」
担当者の視線が、通形さんと私の間を往復する。
神野の後、私はこの技術を自分の研究補助個性の整理に使っていた。
学校には個性因子を扱えること自体は説明している。
ただ、「他人の個性を安全に丸ごと外し、保存し、直して、また本人へ戻せる」という形で見せたことはなかった。
今回で、それが実例になった。
おそらく、この情報は雄英側にも伝わる。
別に隠す必要はない。
核心となる製法や設計理論まで話すつもりはないが、できることを知られたところで研究が止まるわけでもない。
むしろ治療として正式に使った以上、できないふりをする方が面倒だった。
◇ ◇ ◇
検査が一通り終わった頃、病室の扉が開いた。
入ってきたのは車椅子に乗ったナイトアイだった。
片腕はない。
胸腹部の致命傷はリカバリーガールの『癒し』で治療できたが、欠損した腕そのものは戻っていない。
それでも、数日前の瀕死状態と比べればかなり安定して見える。
「サー!」
通形さんが立ち上がった。
ナイトアイは、その様子を見てから言った。
「復活したと聞いた」
「ああ! 戻ったよ、サー!」
通形さんは嬉しそうに自分の腕を示した。
それだけでは何も分からない。
少し考えてから、確認用の板へ手を通す。
「ほら!」
ナイトアイの表情がわずかに変わった。
大きく感情を表へ出す人ではないが、安心したのは分かる。
「そうか」
短い言葉だった。
通形さんは笑う。
「空木君が直してくれたんだ。俺の『透過』を一回全部身体から出して、壊れたところを直して、それから戻してくれた!」
説明は大体合っている。
ナイトアイがこちらを見る。
「君が?」
「はい」
「個性を取り出した、と?」
「壊れた因子が全身へ散っていましたので、一度すべて摘出しました。自宅の研究拠点で再構築し、今日戻しました」
「……そのようなことまで可能なのか」
「神野の後にはできるようになっています」
ナイトアイは黙った。
その反応は病院側と似ている。
トップヒーロー級の人工生命を複数作れることより、他人の個性を外して戻せることの方が、人によっては理解しづらいらしい。
「サー、本当に前と同じなんだ!」
通形さんが言う。
「分かった。病室で調子に乗って床を抜けるな」
「やらないよ!」
即答だった。
少しだけ間が空く。
それからナイトアイは通形さんを見る。
「……よかった」
今度も短い。
でも、通形さんは一瞬黙った後、さらに大きく笑った。
「うん!」
私は二人の会話を聞きながら、再移植後の測定値を確認する。
異常なし。
定着継続。
発現後も構造崩壊なし。
治療は完全に成功したと判断していい。
◇ ◇ ◇
帰る前に、通形さんへいくつか注意事項だけ伝えた。
「今日は高負荷の連続使用は避けてください」
「分かった!」
「明日以降、問題がなければ通常の訓練へ戻して構いません。ただ、違和感が出たら連絡してください」
「了解!」
「あと、修復したからといって以前より強くなっているわけではありません」
「そこはちょっと残念だなあ」
「元通りにしてほしいという依頼でしたので」
「うん。それが一番だよ」
通形さんは自分の手を見る。
また少しだけ透過させ、戻した。
何度も確かめたいらしい。
約十日。
個性が使えなかった期間として、長いか短いかは私には判断しにくい。
でも、幼い頃からずっと持っていて、長い訓練で自分の身体のように扱ってきた能力なら、なくなった時の違和感は大きかったのだろう。
今は戻った。
完全に。
私にとっても、それで十分だった。
個性消失弾で破壊された個性因子は、修復できる。
他人の個性でも安全に摘出できる。
体外で保存し、再構築し、元の持ち主へ戻せる。
そして、再定着した個性は以前と同じように発現できる。
実例が一つできた。
私は検査記録を保存する。
通形さんはまだ、透過させた指を見ていた。
十日ぶりに戻った『透過』は、もう壊れた破片ではない。
通形ミリオの個性として、再び正常に身体の中へ収まっていた。