無個性は個性をつくる 作:匿名希望
「『抹消』の構造が分かれば可能だと思います」
私がそう答えると、相澤先生は少しだけ眉間の皺を緩めた。
「なら、調べればいい」
「そうですね」
エリの『巻き戻し』を身体から外す方法は、既に作れる。
でも、目的は個性を取り除くことではない。暴走した時に止められればいい。それなら相澤先生の提案の方が処理として軽い。
問題は、『抹消』の構造をまだ知らないことだけだった。
「では、一度『抹消』を解析させてください」
「ああ。何をすればいい?」
「実際に使っていただくのが一番早いです」
そう言ってから、部屋を見る。
いるのは私と相澤先生、それからエリだけ。
相澤先生が私を見る。
「誰に使うんだ」
「そうですね」
エリへ使って『巻き戻し』を止めてもらうこともできる。ただ、検査のためだけに本人へ個性を発動させる意味はない。
私自身を対象にするのも適切ではなかった。
既に私には複数の個性があるが、研究のために『抹消』を受ける必要はない。それに、後で対策を作る予定ならともかく、現時点ではどの程度影響するかを自分で試す理由もなかった。
個性兵も連れてきていない。
「対象がいませんね」
「だから言っただろ」
「では、血をいただけますか?」
相澤先生が黙った。
「……血?」
「はい」
「発動を見なくていいのか」
「因子そのものがあれば、今回はそちらを直接見た方が早いです」
体育祭の頃なら、微量血液から因子を取得し、培養して調べていた。
今では発現を十分観察するだけでも構造は理解できるし、至近距離から長時間見る方法もある。ナイトアイの『予知』では実際にそれを試した。
でも、本人が目の前にいて、血液提供にも問題がないなら、わざわざ遠回りする理由はない。
「少量で十分です」
「……本当に何でも研究材料になるな、お前」
「個性因子が入っていますので」
「褒めてない」
そうですか。
◇ ◇ ◇
病院なので採血場所には困らなかった。
別室へ移動し、通常の検査と同じように注射で少量の血液を採ってもらう。
私は横で待つだけだった。
採血が終わると、保存容器へ入れられた血液を受け取る。
「これでいいのか?」
「十分です」
量としてはむしろ多いくらいだった。
エリは相澤先生の腕と、私が持っている容器を交互に見ている。
「これで、あばれなくなるの?」
「装置ができれば、暴走した時に『巻き戻し』だけを止められるようにします」
「……なくならない?」
前回の話を覚えているらしい。
私は頷く。
「今回は外しません。あなたの個性は身体に残したままです」
エリの表情が少し緩んだ。
相澤先生がこちらを見る。
やはり、こちらの方法を選んだ方がよさそうだった。
本人にとっての意味まで考える必要があるかは別として、安全装置として同等以上に機能するなら、より介入の少ない方法を選んでも問題はない。
「今日これを持ち帰ります」
「どれくらいかかる?」
相澤先生に聞かれ、少し考える。
『抹消』の解析。
個性発現の停止機構を抽出。
エリの『巻き戻し』の暴走検知機構と接続。
装備化。
既に知っている作業ばかりだった。
「明日には持ってきます」
「一日でできるのか」
「たぶん、一日も必要ありません」
相澤先生が何か言いたそうな顔をしたが、そのまま黙った。
◇ ◇ ◇
自宅の研究拠点へ戻る。
寮へ入ってからも、個性因子を深く扱う作業は自宅の方がやりやすい。
私は採取した血液から個性因子を分離し、解析を始めた。
『抹消』。
視認した相手の個性発現を停止する。
異形そのものを消すわけではないが、個性因子から発生している機能を一時的に止める。
原理を見る。
対象の個性因子を破壊しているわけではない。
身体から外しているわけでもない。
因子と身体の接続も維持される。
作用しているのは発現経路だった。
「なるほど」
個性因子が存在していても、機能を外へ出せなければ発現しない。
『抹消』はその状態を対象へ強制する。
私が最初に考えた暴走対策よりかなり穏当だった。
個性を一時摘出する場合、身体との接続そのものを解除する必要がある。安全にできるとはいえ、処理としては大きい。
『抹消』なら接続はそのまま。
発現だけを止める。
停止が解除されれば、そのまま元へ戻る。
エリ用なら、こちらで十分だった。
◇ ◇ ◇
必要な部分を抜き出して設計する。
相澤先生の『抹消』をそのまま再現する必要はない。
視線で対象を指定する機能。
複数人を見分ける機能。
瞬きを条件に解除する構造。
そういう部分は不要だった。
必要なのは一つだけ。
装着者自身の『巻き戻し』が危険な発現状態へ入った時、その発現経路を即座に停止させること。
暴走の検知については既に設計できている。
前回、エリ本人と『巻き戻し』の接続を見た時点で、通常状態と危険域の違いは把握した。
出力上昇。
本人の制御との乖離。
発現経路の急激な活性化。
その複数条件を監視する。
一つだけで作動させると誤検出が増えるので、複合判定にする。
危険域へ入る。
抑制機構が発動。
『巻き戻し』の発現停止。
状態が落ち着いた後も即座には解除せず、一定の安全確認を挟む。
本人が装置を外した場合も、何かの拍子に突然発現が再開しないようにする。
それだけだった。
個性をサポートアイテムへ搭載する技術も、今では新しくない。
小型化も問題ない。
常時身につけられる程度でいい。
私はアクセサリー型にまとめることにした。
日常生活の邪魔になりにくく、本人が無意識に外しにくい構造。
発動時には本人へ分かるよう通知を入れる。
周囲にも異常を知らせられるようにする。
試作。
シミュレーション。
修正。
もう一度確認する。
数時間もかからなかった。
「これでいいですね」
明日持っていくためのケースへ入れる。
エリの暴走対策は終わった。
◇ ◇ ◇
そこで作業を終えてもよかった。
ただ、解析した『抹消』の構造が残っている。
私はデータを見直す。
相手の個性を一時的に使用不能にする。
戦闘ではかなり厄介な能力だった。
個性兵も同じだ。
人工身体そのものは残るとしても、任務個性を停止されれば性能が大きく落ちる。
私自身も、研究用や防御用の人工個性を複数使っている。
今まで相澤先生と敵対する理由がなかったので、特に対策していなかった。
でも、『抹消』と同系統の能力が相澤先生だけに存在するとは限らない。
既に構造を知った以上、そのまま弱点として残す理由はない。
まず、自分用の防御を設計する。
個性因子の発現経路へ外部から停止命令が入った時、それを受け付けない。
ただし、自分自身の操作による停止や、着脱用個性による制御まで弾いてはいけない。
以前作ったAFO対策と考え方は似ている。
外部からの無許可干渉だけを拒否する。
強制摘出。
強制挿入。
構造改変。
因子侵入。
そこへ、新しく発現停止を加える。
試験用人工身体で確認する。
『抹消』式の停止作用を当てる。
防御なし。
人工個性が停止。
正常。
防御あり。
停止作用を検出。
遮断。
人工個性は発現継続。
問題なし。
私は自分へ組み込んだ。
個性因子知覚で状態確認。
既存防御との競合なし。
通常発現にも影響なし。
これでいい。
◇ ◇ ◇
次は個人護衛型。
私の影の中にいる中核を呼び出す。
普段は複数の不可視小型体を周囲へ展開しているが、研究室内なので一部だけ可視化させた。
まず、抹消耐性。
これは私と同じ。
役割個性の発現を外部から停止されないようにする。
個人護衛型の場合、個性が止まった瞬間に私への防御力が落ちる。
優先度は高い。
搭載。
動作確認。
問題なし。
それから、もう一つ。
解析した『抹消』そのものを護衛型へ組み込む。
今作るのは、あくまで私有の個人護衛型へ追加する防御機能だった。
視界に入った相手が、私へ危険な個性を発動しようとした場合。
その個性発現を停止させる。
護衛型は私より周囲を見ている。
複数の小型体が、正面だけでなく背後や上方まで監視している。
そこへ『抹消』を加えれば、攻撃が届く前に発現そのものを止められる可能性が高い。
もちろん万能ではない。
見えていない相手。
既に発生済みの現象。
個性とは無関係な物理攻撃。
異形として常時存在する身体構造。
全部を消せるわけではない。
それでも、護衛機能としての価値は高かった。
私は役割個性へ統合する。
試験用個性を発現させる。
護衛型が認識。
抹消。
停止。
対象を外す。
復帰。
正常。
「使えますね」
新しい防御層が一つ増えた。
◇ ◇ ◇
そこで、他の個性兵についても考える。
すべてへ『抹消』そのものを載せる必要はない。
それは役割が違う。
特に学校から正式に提供された個性データを、関係のない戦闘個体へ勝手に広げるのは余計な問題を増やす。
必要なら、その時に確認すればいい。
でも、抹消される側の防御は別だった。
個性兵の中核や任務機能を維持するための防御。
これはAFO対策と同じで、重要個体なら持たせておく価値がある。
自宅・研究拠点防衛型。
個人護衛型。
今後作る、失うと困る私有の重要個性兵。
そこには標準で入れておいた方がいい。
強制摘出防止。
強制挿入防止。
因子侵入防止。
因子構造改変防止。
そして、抹消式の発現停止防止。
防御体系へ追加する。
私は設計ライブラリを更新した。
明日エリへ持っていく暴走抑制装置も完成している。
依頼されたのは、そちらだけだった。
『抹消』まで自分たちの防御へ利用する必要はなかったが、構造を知ってしまった。
既知の干渉手段を、わざわざ弱点として残す理由はない。
ケースの中には、エリ用の小さな抑制装置。
私の影には、昨日までより一つ対策の増えた個人護衛型。
一つの依頼から得られた結果としては、十分だった。