無個性は個性をつくる   作:匿名希望

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第54話 抹消

「『抹消』の構造が分かれば可能だと思います」

 

私がそう答えると、相澤先生は少しだけ眉間の皺を緩めた。

 

「なら、調べればいい」

 

「そうですね」

 

エリの『巻き戻し』を身体から外す方法は、既に作れる。

 

でも、目的は個性を取り除くことではない。暴走した時に止められればいい。それなら相澤先生の提案の方が処理として軽い。

 

問題は、『抹消』の構造をまだ知らないことだけだった。

 

「では、一度『抹消』を解析させてください」

 

「ああ。何をすればいい?」

 

「実際に使っていただくのが一番早いです」

 

そう言ってから、部屋を見る。

 

いるのは私と相澤先生、それからエリだけ。

 

相澤先生が私を見る。

 

「誰に使うんだ」

 

「そうですね」

 

エリへ使って『巻き戻し』を止めてもらうこともできる。ただ、検査のためだけに本人へ個性を発動させる意味はない。

 

私自身を対象にするのも適切ではなかった。

 

既に私には複数の個性があるが、研究のために『抹消』を受ける必要はない。それに、後で対策を作る予定ならともかく、現時点ではどの程度影響するかを自分で試す理由もなかった。

 

個性兵も連れてきていない。

 

「対象がいませんね」

 

「だから言っただろ」

 

「では、血をいただけますか?」

 

相澤先生が黙った。

 

「……血?」

 

「はい」

 

「発動を見なくていいのか」

 

「因子そのものがあれば、今回はそちらを直接見た方が早いです」

 

体育祭の頃なら、微量血液から因子を取得し、培養して調べていた。

 

今では発現を十分観察するだけでも構造は理解できるし、至近距離から長時間見る方法もある。ナイトアイの『予知』では実際にそれを試した。

 

でも、本人が目の前にいて、血液提供にも問題がないなら、わざわざ遠回りする理由はない。

 

「少量で十分です」

 

「……本当に何でも研究材料になるな、お前」

 

「個性因子が入っていますので」

 

「褒めてない」

 

そうですか。

 

◇ ◇ ◇

 

病院なので採血場所には困らなかった。

 

別室へ移動し、通常の検査と同じように注射で少量の血液を採ってもらう。

 

私は横で待つだけだった。

 

採血が終わると、保存容器へ入れられた血液を受け取る。

 

「これでいいのか?」

 

「十分です」

 

量としてはむしろ多いくらいだった。

 

エリは相澤先生の腕と、私が持っている容器を交互に見ている。

 

「これで、あばれなくなるの?」

 

「装置ができれば、暴走した時に『巻き戻し』だけを止められるようにします」

 

「……なくならない?」

 

前回の話を覚えているらしい。

 

私は頷く。

 

「今回は外しません。あなたの個性は身体に残したままです」

 

エリの表情が少し緩んだ。

 

相澤先生がこちらを見る。

 

やはり、こちらの方法を選んだ方がよさそうだった。

 

本人にとっての意味まで考える必要があるかは別として、安全装置として同等以上に機能するなら、より介入の少ない方法を選んでも問題はない。

 

「今日これを持ち帰ります」

 

「どれくらいかかる?」

 

相澤先生に聞かれ、少し考える。

 

『抹消』の解析。

 

個性発現の停止機構を抽出。

 

エリの『巻き戻し』の暴走検知機構と接続。

 

装備化。

 

既に知っている作業ばかりだった。

 

「明日には持ってきます」

 

「一日でできるのか」

 

「たぶん、一日も必要ありません」

 

相澤先生が何か言いたそうな顔をしたが、そのまま黙った。

 

◇ ◇ ◇

 

自宅の研究拠点へ戻る。

 

寮へ入ってからも、個性因子を深く扱う作業は自宅の方がやりやすい。

 

私は採取した血液から個性因子を分離し、解析を始めた。

 

『抹消』。

 

視認した相手の個性発現を停止する。

 

異形そのものを消すわけではないが、個性因子から発生している機能を一時的に止める。

 

原理を見る。

 

対象の個性因子を破壊しているわけではない。

 

身体から外しているわけでもない。

 

因子と身体の接続も維持される。

 

作用しているのは発現経路だった。

 

「なるほど」

 

個性因子が存在していても、機能を外へ出せなければ発現しない。

 

『抹消』はその状態を対象へ強制する。

 

私が最初に考えた暴走対策よりかなり穏当だった。

 

個性を一時摘出する場合、身体との接続そのものを解除する必要がある。安全にできるとはいえ、処理としては大きい。

 

『抹消』なら接続はそのまま。

 

発現だけを止める。

 

停止が解除されれば、そのまま元へ戻る。

 

エリ用なら、こちらで十分だった。

 

◇ ◇ ◇

 

必要な部分を抜き出して設計する。

 

相澤先生の『抹消』をそのまま再現する必要はない。

 

視線で対象を指定する機能。

 

複数人を見分ける機能。

 

瞬きを条件に解除する構造。

 

そういう部分は不要だった。

 

必要なのは一つだけ。

 

装着者自身の『巻き戻し』が危険な発現状態へ入った時、その発現経路を即座に停止させること。

 

暴走の検知については既に設計できている。

 

前回、エリ本人と『巻き戻し』の接続を見た時点で、通常状態と危険域の違いは把握した。

 

出力上昇。

 

本人の制御との乖離。

 

発現経路の急激な活性化。

 

その複数条件を監視する。

 

一つだけで作動させると誤検出が増えるので、複合判定にする。

 

危険域へ入る。

 

抑制機構が発動。

 

『巻き戻し』の発現停止。

 

状態が落ち着いた後も即座には解除せず、一定の安全確認を挟む。

 

本人が装置を外した場合も、何かの拍子に突然発現が再開しないようにする。

 

それだけだった。

 

個性をサポートアイテムへ搭載する技術も、今では新しくない。

 

小型化も問題ない。

 

常時身につけられる程度でいい。

 

私はアクセサリー型にまとめることにした。

 

日常生活の邪魔になりにくく、本人が無意識に外しにくい構造。

 

発動時には本人へ分かるよう通知を入れる。

 

周囲にも異常を知らせられるようにする。

 

試作。

 

シミュレーション。

 

修正。

 

もう一度確認する。

 

数時間もかからなかった。

 

「これでいいですね」

 

明日持っていくためのケースへ入れる。

 

エリの暴走対策は終わった。

 

◇ ◇ ◇

 

そこで作業を終えてもよかった。

 

ただ、解析した『抹消』の構造が残っている。

 

私はデータを見直す。

 

相手の個性を一時的に使用不能にする。

 

戦闘ではかなり厄介な能力だった。

 

個性兵も同じだ。

 

人工身体そのものは残るとしても、任務個性を停止されれば性能が大きく落ちる。

 

私自身も、研究用や防御用の人工個性を複数使っている。

 

今まで相澤先生と敵対する理由がなかったので、特に対策していなかった。

 

でも、『抹消』と同系統の能力が相澤先生だけに存在するとは限らない。

 

既に構造を知った以上、そのまま弱点として残す理由はない。

 

まず、自分用の防御を設計する。

 

個性因子の発現経路へ外部から停止命令が入った時、それを受け付けない。

 

ただし、自分自身の操作による停止や、着脱用個性による制御まで弾いてはいけない。

 

以前作ったAFO対策と考え方は似ている。

 

外部からの無許可干渉だけを拒否する。

 

強制摘出。

 

強制挿入。

 

構造改変。

 

因子侵入。

 

そこへ、新しく発現停止を加える。

 

試験用人工身体で確認する。

 

『抹消』式の停止作用を当てる。

 

防御なし。

 

人工個性が停止。

 

正常。

 

防御あり。

 

停止作用を検出。

 

遮断。

 

人工個性は発現継続。

 

問題なし。

 

私は自分へ組み込んだ。

 

個性因子知覚で状態確認。

 

既存防御との競合なし。

 

通常発現にも影響なし。

 

これでいい。

 

◇ ◇ ◇

 

次は個人護衛型。

 

私の影の中にいる中核を呼び出す。

 

普段は複数の不可視小型体を周囲へ展開しているが、研究室内なので一部だけ可視化させた。

 

まず、抹消耐性。

 

これは私と同じ。

 

役割個性の発現を外部から停止されないようにする。

 

個人護衛型の場合、個性が止まった瞬間に私への防御力が落ちる。

 

優先度は高い。

 

搭載。

 

動作確認。

 

問題なし。

 

それから、もう一つ。

 

解析した『抹消』そのものを護衛型へ組み込む。

 

今作るのは、あくまで私有の個人護衛型へ追加する防御機能だった。

 

視界に入った相手が、私へ危険な個性を発動しようとした場合。

 

その個性発現を停止させる。

 

護衛型は私より周囲を見ている。

 

複数の小型体が、正面だけでなく背後や上方まで監視している。

 

そこへ『抹消』を加えれば、攻撃が届く前に発現そのものを止められる可能性が高い。

 

もちろん万能ではない。

 

見えていない相手。

 

既に発生済みの現象。

 

個性とは無関係な物理攻撃。

 

異形として常時存在する身体構造。

 

全部を消せるわけではない。

 

それでも、護衛機能としての価値は高かった。

 

私は役割個性へ統合する。

 

試験用個性を発現させる。

 

護衛型が認識。

 

抹消。

 

停止。

 

対象を外す。

 

復帰。

 

正常。

 

「使えますね」

 

新しい防御層が一つ増えた。

 

◇ ◇ ◇

 

そこで、他の個性兵についても考える。

 

すべてへ『抹消』そのものを載せる必要はない。

 

それは役割が違う。

 

特に学校から正式に提供された個性データを、関係のない戦闘個体へ勝手に広げるのは余計な問題を増やす。

 

必要なら、その時に確認すればいい。

 

でも、抹消される側の防御は別だった。

 

個性兵の中核や任務機能を維持するための防御。

 

これはAFO対策と同じで、重要個体なら持たせておく価値がある。

 

自宅・研究拠点防衛型。

 

個人護衛型。

 

今後作る、失うと困る私有の重要個性兵。

 

そこには標準で入れておいた方がいい。

 

強制摘出防止。

 

強制挿入防止。

 

因子侵入防止。

 

因子構造改変防止。

 

そして、抹消式の発現停止防止。

 

防御体系へ追加する。

 

私は設計ライブラリを更新した。

 

明日エリへ持っていく暴走抑制装置も完成している。

 

依頼されたのは、そちらだけだった。

 

『抹消』まで自分たちの防御へ利用する必要はなかったが、構造を知ってしまった。

 

既知の干渉手段を、わざわざ弱点として残す理由はない。

 

ケースの中には、エリ用の小さな抑制装置。

 

私の影には、昨日までより一つ対策の増えた個人護衛型。

 

一つの依頼から得られた結果としては、十分だった。

 

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