無個性は個性をつくる 作:匿名希望
翌日、私は完成した暴走抑制装置を持って、もう一度病院へ向かった。
昨日、相澤先生からもらった血液で『抹消』を解析し、エリの『巻き戻し』だけを対象にした発現抑制機構へ作り替えてある。
制作に一日も必要なかった。
『巻き戻し』の暴走状態を検知する方法は、エリを検査した時点で分かっていた。人工個性をサポートアイテムへ組み込むことも、今では何度も使っている技術だ。
新しかったのは『抹消』の構造だけだった。
それも血液から解析できたので、残りは既存技術を組み合わせればいい。
病室へ入ると、昨日と同じようにエリと相澤先生がいた。
「おはようございます」
「早かったな」
「昨日のうちに完成しましたので」
私はケースを机へ置いた。
エリがこちらを見る。
「できたの?」
「はい」
ケースを開く。
中に入っているのは、小型のアクセサリー型装置だった。日常生活で身につけ続けても邪魔になりにくく、本人が意図せず外してしまいにくい形にしている。
私は装置を取り出し、エリへ見せた。
「これが暴走抑制装置です」
「これで、とまる?」
「危険な状態まで『巻き戻し』の出力が上がった場合、自動的に個性の発現を止めます」
昨日説明した通り、個性因子そのものを身体から外すわけではない。
相澤先生の『抹消』から、個性の発現経路だけを停止させる機能を使っている。
装置はエリの個性状態を常時監視する。通常の発現範囲なら何もしない。本人の制御から外れ、出力と発現経路が危険域へ入った場合だけ抑制機能が作動する。
「一度作動すると、状態が安全になったことを確認するまで解除しません。暴走中に停止と再発動を繰り返すこともありません」
相澤先生が装置を手に取って確認する。
「本人が普通に使おうとした時は?」
「設定範囲内なら止めません。制御の練習もできます」
「故障した場合は?」
「抑制が作動しなくなる側の故障と、抑制したままになる側の故障を分けて監視しています。異常が出れば通知します。装置が壊れたことで『巻き戻し』を強制発動させる構造にはなっていません」
「分かった」
相澤先生がエリへ返す。
私は取り付け方を説明した。
操作する部分はほとんどない。本人が毎回設定を変える必要もない。
装着。
状態確認。
『巻き戻し』との接続。
正常。
監視開始。
抑制機構は待機状態。
問題なし。
「これで使えます」
エリはアクセサリーへ触れた。
「もう、あばれない?」
「装置が正常に動いている限り、危険な暴走状態へ入れば止まります」
「じゃあ、もうだいじょうぶ?」
「少なくとも、以前より安全です」
絶対に何があっても問題が起きない、と言う必要はない。
機械は壊れる可能性がある。
未知の条件も存在し得る。
それでも、既知の暴走パターンに対しては十分対応できる。
エリはしばらく装置を見た後、明らかに嬉しそうな顔をした。
「これでもう、かってに出てもだいじょうぶなんだ」
「そういう使い方をするな」
相澤先生がすぐに言った。
エリが顔を上げる。
「でも、とまるんでしょ?」
「止まる。だからって道具に頼り切っていいわけじゃない」
「ちゃんとつけるよ?」
「そういう話じゃない」
相澤先生は少し姿勢を変え、エリへ視線を合わせる。
「自分で制御できるようになる練習はするぞ」
エリがアクセサリーを両手で押さえた。
「これがあるのに?」
「あるから練習できるんだ。失敗しても止まる。だから今のうちに自分で止める感覚を覚える」
「……うん」
「最終的には、これがなくても暴走しないようになれ」
エリは少し考えてから、今度は強く頷いた。
「できるようになる」
「そうしろ」
「でも、それまではこれつける」
「それはつけろ」
「ずっと?」
「必要なくなるまでは」
「じゃあ、ちゃんとできるようになったら外していい?」
「その時に判断する」
「できるようになるから」
「なら練習しろ」
会話が続いている。
私が入る必要はなさそうだった。
装置の動作も正常。
説明も終わった。
依頼内容は完了している。
「では、私はこれで失礼します」
二人がこちらを見る。
相澤先生が少し呆れたような顔をした。
「もう帰るのか」
「はい。装置は完成しましたので」
「……そうか」
エリが私へ向き直る。
「ありがとう」
「どういたしまして」
私は一度頭を下げ、病室を出た。
あとは本人が個性制御を覚えるかどうかの話になる。
そこは私の担当ではない。
◇ ◇ ◇
空木が帰った後も、エリは何度も新しい装置へ触れていた。
俺から見ても、小さい。
昨日までの話を知らなければ、あれ一つで暴走した『巻き戻し』を自動停止できるとは思わないだろう。
「相澤先生」
「なんだ」
「れんしゅう、いつからするの?」
「まず医者と相談してからだ。今日いきなり始めるな」
「うん」
素直に返事をする。
少なくとも、昨日より表情は明るかった。
自分の個性がまた誰かを傷つけるかもしれない、という不安が少し減ったのなら、装置を頼んだ意味はある。
問題は、作った側だった。
◇ ◇ ◇
学校へ戻った後、根津校長に装置が完成したことを報告した。
そこにはパワーローダーとリカバリーガールもいた。
最近の空木関係の案件に関わっていた人間が自然と集まった形だ。
「つまり、問題なく完成したんだね?」
根津校長が聞く。
「ああ。昨日俺から血を採って、今日には完成品を持ってきた」
パワーローダーが顔をしかめる。
「昨日?」
「正確には、あいつの話じゃ数時間だ」
「数時間……」
リカバリーガールが小さく笑った。
「驚くところが今さらじゃないかい?」
「いや、驚くだろ」
パワーローダーが即座に返した。
「相澤の個性だぞ。『抹消』だぞ。それを血をちょっと渡したら、数時間後には必要な機能だけ抜き出してサポートアイテムに入れたってことだろ?」
「そうなる」
「その言い方だと余計ひどいな」
俺も否定できなかった。
空木本人にとっては、ごく普通の作業だったらしい。
血液を受け取った時も、特別な研究材料を手に入れたような反応ではなかった。
必要だから調べる。
構造が分かったから作る。
それだけだ。
「しかも、最初にあいつが提案した方法は何だったと思う」
「何だ?」
「暴走したらエリの個性を外す装置だ」
パワーローダーが黙った。
リカバリーガールは額へ手を当てた。
根津校長だけは普段通りの顔をしている。
「……外す?」
「個性を身体からだ」
「それを安全装置として?」
「ああ」
「普通、そんな発想になるか?」
「空木には普通なんだろ」
通形の治療で、もう証明されている。
他人の個性を身体から安全に取り出す。
保存する。
壊れていれば直す。
戻す。
本人に再定着させる。
少し前なら、そんな話をされたところで信じられなかった。
だが、通形ミリオは実際に『透過』を取り戻した。
約十日間、完全に使えなかった個性をだ。
「俺が、外さず止められないかと言ったら、そこで初めて『抹消』を調べることになった」
「そして翌日には完成」
「そうだ」
パワーローダーが椅子の背へもたれた。
「……あいつ、思ってたよりやばくないか?」
誰もすぐには否定しなかった。
◇ ◇ ◇
少し前までなら、俺も空木をそこまで特殊な生徒だとは思っていなかった。
サポート科に、非常に優秀な一年がいる。
体育祭では異常な数の装備を持ち込み、ヒーロー科相手に三位まで残った。
その時点でも十分変わっていたが、まだ「非常に優秀なサポート科生徒」で説明できなくはなかった。
神野でそれが崩れた。
トップヒーローを参考にした人工生命を複数作っていた。
それぞれが自律的に判断し、個性を扱い、救助や消火を行い、戦闘にも対応できる。
しかも試作品だった。
「神野の時点で相当だと思ってたんだがな」
パワーローダーが言う。
「オールマイトやエンデヴァーたちを参考にした戦力を、自宅で何体も作ってた。それでようやく研究規模が分かったと思ってた」
「分かったのは、一部だったみたいだね」
根津校長が言った。
「最近だけでも随分増えたもの」
数えれば、確かにそうだった。
リカバリーガールが指を折る。
「まず、あたしの『癒し』だね。患者の体力だけで治療費を払わなくて済むようにしてくれた」
「その装置でナイトアイが助かった」
俺が続ける。
あの負傷は、本来なら生存そのものが難しかった。
リカバリーガールの個性を使えても、患者本人が治療コストに耐えられなければ意味がない。
空木はそこを外部から補えるようにした。
「その後、個性を壊す弾丸を解析した」
根津校長が言う。
「公安から学校を経由した依頼だったね。かなり詳しい報告が返ってきている」
弾丸の材料。
個性因子への作用。
製造時に使われた別の個性。
その辺りまで調べたらしい。
俺は詳細な捜査情報までは知らないが、少なくともあの弾丸が「個性を完全に消しているわけではない」と空木が判断したことは知っている。
だから通形を治せた。
「それで、通形の個性を抜いた」
パワーローダーが言う。
「三日かけて直した」
「戻した」
リカバリーガールが続ける。
「普通に使えた」
数秒、部屋が静かになった。
一つ一つなら、まだ話として聞ける。
並べるとおかしい。
◇ ◇ ◇
「問題はさ」
パワーローダーが机へ肘をついた。
「あいつが、どれも大したことみたいに話さないんだよ」
それは分かる。
エリの検査でもそうだった。
暴走が危険。
なら個性を外せばいい。
俺が別案を出した。
なら『抹消』を調べる。
血を持ち帰る。
数時間で完成。
全部同じ調子だった。
「できることが増えすぎて、本人の中では特別じゃなくなってるんだろうね」
根津校長が言った。
「体育祭の頃には、まだ個性を一つ改造するにも時間が必要だった。今は構造を理解できれば、新しい人工個性として設計できる」
「それを学生がやってるんだぞ」
パワーローダーが返す。
「分かってるよ」
「校長、楽しそうに言うな」
「楽しんでいるわけではないさ」
根津校長は笑っていた。
説得力がない。
「ただ、興味深くはあるね」
やっぱり楽しんでいる。
リカバリーガールがため息をついた。
「少なくとも、患者側からすれば助かってるよ。ナイトアイも通形も、あの子がいなけりゃ今とは違った」
「そこは否定してない」
パワーローダーが言う。
「技術が役に立つのと、その技術を持ってる本人が危なくないかは別の話だ」
それも正しい。
空木は人を傷つけたいわけじゃない。
ルールを破ること自体を楽しんでいるわけでもない。
依頼すれば普通に仕事をするし、必要な説明もする。
学校側が安全情報を出せと言えば、それも守っている。
だから扱いやすい。
だが、安全に個性を外せる人間が「必要なら外せますよ」と何の躊躇もなく言うのは、やはり一般的な感覚ではない。
「以前の話し合いで、空木君を『実は問題児だった』と評価し直したけれど」
根津校長が言った。
「少し訂正が必要かもしれないね」
「どう訂正するんだ」
俺が聞く。
少し考えてから、根津校長は答えた。
「問題を起こす生徒、という意味ではない。彼はむしろ学校内ではかなり規則的に動いている」
「そうだな」
遅刻や無断欠席を繰り返すわけでもない。
授業を壊すわけでもない。
教師へ反抗して回るわけでもない。
必要な申請は、今のところ出している。
「問題なのは、本人が問題を起こさなくても、持っている技術の規模そのものが大きすぎることだよ」
それなら納得できた。
◇ ◇ ◇
パワーローダーが腕を組む。
「サポート科の一年だぞ」
「うん」
「個性を作れる」
「うん」
「人から外せる」
「うん」
「壊れてたら直せる」
「うん」
「別の人間にも入れられるんだよな?」
「技術上は、そう説明を受けているね」
「人工生命に積める」
「神野で確認済みだね」
「トップヒーロー級の機能まで再現できる」
「それも確認済み」
「個性を外から強化する装置もある」
「あるね」
「治療用にも使い始めた」
「そうだね」
「昨日渡した血から、今日は『抹消』式の道具が完成した」
「正確には昨日のうちだ」
俺が訂正すると、パワーローダーがこっちを見た。
「訂正するな。悪化しただろ」
確かに。
リカバリーガールが笑った。
「今さら一覧にするとすごいねえ」
「笑い事じゃねえんだよ」
「でも、禁止するのかい?」
その言葉で、パワーローダーは黙った。
禁止。
簡単に言えばそうなる。
だが、俺たちは一度それを検討した上で、別の結論を出している。
空木の研究を全部止める。
自宅研究拠点を使わせない。
個性研究を禁止する。
それで安全になる保証はない。
むしろ、学校から見えない場所へ移るだけかもしれない。
「今の管理方針を変える必要はないと思っているよ」
根津校長が言った。
「安全情報は出してもらう。大規模・高リスク研究は申請してもらう。外部へ影響するものも学校側で把握する。でも核心技術の開示まで強要しない」
「研究そのものは止めない」
「その方がいいだろうね」
根津校長の判断は神野後から変わっていない。
空木本人も、その条件を受け入れている。
研究が続けられるからだ。
「それに」
根津校長は少し間を置いた。
「今回のエリさんの件は、こちらから頼んだ仕事だよ」
誰も反論しなかった。
俺たちが頼んだ。
暴走を防げないか。
空木はできる方法を提示した。
俺がもっと負担の小さい方法を提案した。
次の日には作って持ってきた。
少なくとも今回、あいつは何も問題を起こしていない。
むしろ完璧に依頼を終わらせている。
それが余計に困る。
◇ ◇ ◇
「じゃあ結局、どうするんだ?」
パワーローダーが聞いた。
根津校長は少し考える。
「今まで通りだね」
「それだけか?」
「ただし、こちら側が認識を更新する必要はある」
「認識?」
「空木君に『できますか』と聞く時は、本当に実現されても困らない内容か考えてから聞く」
俺は少しだけ納得した。
リカバリーガールも頷いている。
パワーローダーはしばらく黙ってから、深く息を吐いた。
「それ、大事だな」
かなり大事だと思う。
普通の生徒へ「こんなことできるか」と聞けば、できる範囲で案を出す。
空木の場合は違う。
方法がまだ存在しなくても、必要なら作る。
しかも、こちらが思っているより早い。
「あともう一つ」
俺は言った。
三人がこちらを見る。
「空木に血を渡す時も、何ができるようになるか考えた方がいい」
パワーローダーが額を押さえた。
「相澤、お前それ今言うか?」
「昨日渡した後で気づいた」
「何かされたのかい?」
リカバリーガールが聞く。
「知らん」
本当に知らない。
あいつが持ち帰った『抹消』の因子を、エリ用装置以外に使ったかどうかまでは聞いていない。
依頼外の核心研究について、空木が自分から全部報告するとも思っていない。
ただ、今となっては一つだけ確信できる。
何も思いつかなかった、ということはないだろう。
根津校長が楽しそうに目を細めた。
「次に会った時、確認してみようか」
「やめろ。聞いたらまた何か増えてそうだ」
パワーローダーが即座に止めた。
珍しく、俺も同意だった。
空木零司。
静かで、礼儀正しくて、授業態度も悪くない。
頼めば仕事もする。
教師へ噛みつくこともない。
それだけ見れば、扱いやすい生徒だ。
ただし。
個性を作る。
外す。
直す。
戻す。
止める。
それを人工生命にも載せる。
ここ最近で、俺たちはそれを立て続けに見せられた。
パワーローダーが小さく呟いた。
「……やっぱり、思ってたよりやばいな」
今度は、誰も否定しなかった。