無個性は個性をつくる 作:匿名希望
文化祭が近づくと、1-Hの空気も普段とは少し変わった。
サポート科にとって、文化祭は単なる学校行事ではない。
ヒーロー科なら、体育祭で全国へ自分の能力を見せられる。実際、あの時も多くのプロヒーローや事務所関係者がヒーロー科の生徒を見ていた。
一方で、サポート科の進路先はヒーロー事務所だけではない。
サポートアイテムメーカー。
装備開発企業。
素材メーカー。
研究機関。
各種技術企業。
そういう場所へ進みたい生徒にとっては、自分が何を作れるのかを学校行事の中で見せられる機会にもなる。
そのため、1-Hでも文化祭へ向けた準備が始まっていた。
「ここ、もう少し展示台を広げない?」
「通路が狭くなるぞ」
「でも実物置くなら足りないって」
「壁面使えばいいんじゃない?」
教室のあちこちで話し合いが続いている。
私は割り当てられた作業を進めながら、それを聞いていた。
文化祭そのものには、特に強い興味はない。
ただ、参加を拒否する理由もなかった。
学校行事へ一人だけ参加しないと言い出して、その説明や調整に時間を使う方が面倒だ。普通に必要な分だけ協力した方が早い。
だから、頼まれたものは作る。
設置用の固定具。
配線。
展示物を動かすための簡単な制御系。
安全確認。
そういう作業なら、普段の授業とそれほど変わらない。
「空木、それ終わった?」
「はい」
頼まれていた接続部品を渡す。
「もう?」
「複雑なものではありませんから」
「助かる。じゃあ次、こっち見てもらっていい?」
「構いませんよ」
準備への熱量が高いわけではないが、作業を遅らせる理由もない。
必要なことを処理する。
それで十分だった。
◇ ◇ ◇
しばらくすると、展示物の配置がだいたい決まった。
1-Hでは、普段の授業や自主制作で作ったものを中心に、いくつか実物を展示することになっている。
当然、文化祭用に新しく何か作る生徒もいる。
発目さんはその代表だった。
「空木君! ここなんですけど!」
呼ばれて見る。
試作機の一部が、展示スペースから明らかにはみ出していた。
「大きすぎますね」
「でもこのくらいあった方が目立ちますよ!」
「目立つかどうかではなく、通路を塞いでいます」
「じゃあ上に伸ばしましょう!」
「固定を増やしてください。倒れたら危ないので」
「なるほど!」
発目さんはすぐに作業へ戻っていった。
文化祭でも普段と変わらない。
むしろ、自分の発明品を外へ見せる機会なのでいつも以上に楽しそうだった。
周囲の生徒も似たようなものだった。
誰がどの企業を狙っている。
どの分野へ進みたい。
今年の文化祭で何を見せる。
そんな話が自然と増えている。
私は特に混ざらず、展示台の固定を続けていた。
すると、隣で作業していたクラスメイトに声をかけられた。
「空木は何出すの?」
「何、とは?」
「文化祭で見せるやつ」
「クラスの展示には必要な範囲で協力しますよ」
「いや、そうじゃなくて。自分の作品」
少し考える。
「特に予定していません」
「え?」
手が止まった。
「何も出さないの?」
「はい」
「もったいなくない?」
何がだろう。
表情を見る限り、本気で不思議らしい。
「空木なら、企業に見せたらかなり声かかるでしょ」
そこで意味が分かった。
進路先へのアピール。
文化祭へ力を入れている理由の一つがそれだった。
「就職先へのアピールという意味ですか?」
「そうそう。サポート科って、体育祭じゃヒーロー科みたいに見てもらえないじゃん。だから文化祭で企業の人に覚えてもらうの、結構大事だろ」
「なるほど」
言われてみれば合理的だった。
私には必要がないので、意識していなかった。
◇ ◇ ◇
「空木はどこ行きたいの?」
「どこというのは?」
「卒業したら。サポート会社とか研究所とか」
私は手元の固定具を確認しながら答える。
「就職するつもりはありません」
「……え?」
また止まった。
「じゃあ大学?」
「今のところ、その予定もありません」
「じゃあ何するの?」
「会社を作るつもりです」
今度は完全に作業が止まった。
近くにいた別の生徒までこちらを見る。
「会社?」
「はい」
「空木が?」
「そうです」
そんなに変なことだろうか。
卒業後も研究は続ける。
これは以前から決めている。
今は雄英の設備を使えるし、自宅も私設研究拠点として維持できている。学校を通すことでヒーロー科からサポート依頼も来るし、外部との手続きもかなり楽になっている。
でも、卒業後まで雄英へ所属し続けるわけではない。
どこかの企業へ入れば、当然その企業の方針や研究計画に合わせる必要が出る。
それ自体が悪いわけではない。
ただ、私がやりたい研究とは相性がよくない。
「自分で研究を続けるなら、自分の組織を作った方が都合がいいと思っています」
「いや、待って。もうそこまで考えてるの?」
「大まかには」
会社の名前も決めていない。
どの制度を使うかも決めていない。
具体的な組織構造もまだ必要ない。
今は一年生だ。
卒業まで時間がある。
ただ、就職するか自分で環境を作るかという程度なら、答えは既に出ていた。
「研究設備とかどうするんだ?」
「必要になれば用意します」
「会社って金いるだろ」
「そうですね」
今の段階では両親からの研究費も使っている。
だから、卒業後に完全独立するなら資金や制度の問題は考える必要がある。
ただ、それは技術とは別の問題だった。
必要なら後で処理すればいい。
◇ ◇ ◇
「じゃあ、企業にアピールする意味ないのか」
「少なくとも、就職目的ではありませんね」
クラスメイトは少し納得したようだったが、すぐに別の疑問が出たらしい。
「でも会社作るなら、実績とか名前売るの必要じゃない?」
「それはもう十分では?」
自然に答えると、また沈黙した。
「十分?」
「はい」
少なくとも、卒業後に研究を続けられるかという意味では、今さら文化祭の展示一つで評価を増やす必要性は低い。
体育祭ではサポート科として三位になった。
I・アイランドにも招待された。
雄英ではヒーロー科向けのサポートアイテムを何度も作っている。
爆豪さんの装備。
青山さんの装備。
葉隠さんの服。
外部装置による個性出力増幅。
神野では、人工的に作った個体を外へ出した結果、学校だけでなく公安にも技術の一部を知られた。
最近ではリカバリーガールの『癒し』を補助する装置を作り、それで瀕死のプロヒーローを治療している。
個性消失弾の解析もした。
通形さんの壊れた『透過』を摘出し、修復して戻した。
エリの暴走抑制装置も作った。
全部を一般向けの実績として公開できるわけではない。
それでも、必要な相手には十分知られている。
「進路先に見せる実績、という意味なら、学校経由の依頼だけでも足りていると思います」
「……まあ、そうか」
「体育祭もあるしな」
近くで聞いていた別の生徒が言う。
「サポート科で三位だもんな」
「I・アイランドにも行ってたよね?」
「はい」
「ヒーロー科の装備も結構作ってるし」
「そうですね」
そこまではクラスメイトにも知られている。
神野以降の研究内容については、詳しく説明する必要がない。
「じゃあ文化祭で必死に売り込む必要、本当にないのか」
「そうだと思います」
「なんか腹立つな」
「なぜですか?」
「こっちは企業の人に覚えてもらうために展示の見せ方まで考えてるのに」
「必要なら手伝いますよ」
「そういうところだよ」
よく分からない。
ただ、手伝いが不要という意味ではなさそうだった。
◇ ◇ ◇
話を聞いていた別の生徒が口を挟む。
「会社って、何の会社にするの?」
「まだ決めていません」
「サポートアイテム?」
「それだけに限定する理由はないと思っています」
今の私が扱っているものは、もう普通のサポートアイテムだけではない。
でも、ここで個性の売買や移植まで事業にする予定だと話すことはできない。
そもそも、まだそこまで具体的に決めていない。
私が必要としているのは、研究を継続できる環境だ。
研究対象。
設備。
データ。
法的に問題なく研究できる立場。
それを維持する手段として会社が使いやすいなら、会社を作る。
今のところはその程度だった。
「卒業する頃までに決めます」
「結構適当だな……」
「まだ一年生ですから」
「会社作るって言ってる一年生の台詞じゃないだろ」
それはそうかもしれない。
◇ ◇ ◇
話はそこで終わった。
文化祭の準備は続く。
展示台を組む。
電源を引く。
発目さんの試作品が予定より大きくなったので配置を変更する。
安全上問題のある部分を直す。
展示物の説明文を作っている生徒から、技術用語が一般客へ分かりにくくないかと聞かれたので確認する。
「この説明、どう?」
「専門知識がない人向けなら、最初の二行は逆の方が分かりやすいと思います」
「どっち?」
「先に何ができる装置なのかを書いて、その後に仕組みを書いた方がいいです」
「なるほど」
別の場所では、動作展示用の機材が不安定だった。
「空木、これ見て!」
「電源ですか?」
「途中で落ちる」
確認する。
負荷が増えた時だけ電圧が不安定になる。
「この構成だと容量が足りません。こちらを交換してください」
「予備あったっけ?」
「私の方にあります」
「なんで持ってるんだよ」
「よく使うので」
必要な部品を渡す。
文化祭に積極的かと言われれば、違うと思う。
私は自分から企画を増やしていない。
目立つ展示も用意していない。
企業へ売り込むための作品も作っていない。
でも、1-Hとして参加する以上、割り振られた作業はする。
頼まれれば技術的な相談にも答える。
拒否して関係を悪くするより、その方が簡単だった。
◇ ◇ ◇
放課後になっても、教室には何人も残っていた。
私は最後に、自分が担当した部分を確認する。
固定。
問題なし。
配線。
問題なし。
安全装置。
正常。
これなら、少なくとも準備中に展示物が倒れたり、電源が焼けたりする可能性は低い。
「空木、明日も残れる?」
「必要なら」
「じゃあ発目のあれ手伝って。たぶんまた大きくなる」
少し離れた場所を見る。
昨日より明らかに部品が増えている。
「分かりました」
「会社作ったら発目も雇えば?」
「本人が希望するなら考えますが、たぶん発目さんも自分のやりたいことを優先すると思いますよ」
「それはそう」
発目さんはこちらの会話を聞いていない。
聞いていたとしても、今作っているものの方を優先するだろう。
私も同じなので、その方が分かりやすい。
文化祭まで、まだ少し準備期間がある。
私は工具を片付ける。
会社のことを詳しく考えるのは、まだ先でいい。
今は学校にいる。
なら、必要な学校行事を終わらせる。
明日はまた、1-Hの展示準備だった。