無個性は個性をつくる 作:匿名希望
文化祭当日。
朝から1-Hの展示区画はかなり慌ただしかった。
前日までに設営は終わっている。展示台も、電源も、安全装置も確認済みだった。それでも実際に来場者が入るとなると、説明用の資料を並べ直したり、実演機を起動したり、最後の調整をしたりする必要がある。
私は一通り、自分が関わった部分を確認した。
配線に異常なし。
固定も問題なし。
発目さんの試作品も、昨日より部品が増えていたが、少なくとも通路側へ倒れてくる構造ではなくなっていた。
「空木君! 見てください! 昨日から機能を三つ増やしました!」
「増やすとは思っていました」
「分かってましたか!」
「昨日の状態で完成だとは思っていませんでしたので」
「さすがです!」
別に褒めたわけではない。
発目さんはそのまま自分の展示へ戻っていった。
他のクラスメイトも、それぞれ自分の制作物の近くへ立ち始めている。
来場者が興味を持った時、自分の言葉で説明するためだ。
文化祭そのものを楽しむというより、こちらが本番なのだろう。
「空木」
声をかけられて振り向く。
昨日、進路の話をしていたクラスメイトだった。
「今日の当番なんだけどさ」
「はい」
「空木、外していいよ」
少し考える。
「人手は足りていますか?」
「足りてる。それに、ほら」
周囲を見る。
展示に参加している生徒の多くは、自分の作品の横から動くつもりがなさそうだった。
「企業の人が来るかもしれないだろ。興味持ってくれた時に作者本人がいないの、もったいないし。できるだけみんな自分のところにいた方がいいって話になったんだ」
「なるほど」
「で、空木は昨日、就職する気ないって言ってたじゃん」
「はい」
「自分の展示も特にないし」
「そうですね」
「だったら当番に入れても意味薄いから、自由に回っていいって」
合理的ではある。
私はクラス全体の設備には手を入れたが、文化祭で自分を売り込むための作品は用意していない。
私がここに立っていても、来場者へ説明するのは他の生徒の作品だ。それなら本人が説明した方がいい。
「分かりました。では、何か問題があれば連絡してください」
「文化祭くらい普通に回ってこいよ」
「そのつもりです」
一応。
せっかく開催しているなら、見るくらいはしておこうと思う。
研究室へ戻ってもいいが、学校行事の最中にそこまで急いで処理したい研究もなかった。
今日は文化祭へ参加することにした。
◇ ◇ ◇
一人で校内を歩く。
普段の雄英とはかなり違った。
廊下には装飾があり、教室ごとに看板が並び、生徒だけでなく招待された一般客も歩いている。
食べ物を扱っているところもあれば、展示、ゲーム、演劇、体験型の企画もある。
同じ学校でも、科が違えばやっていることはかなり違う。
ヒーロー科。
普通科。
経営科。
サポート科。
普段なら授業内容も行動範囲も分かれているので、わざわざ他科の生徒が何をしているのか見る機会は少ない。
私は近いところから順番に回ってみた。
特に目的地はない。
人の流れに合わせて歩き、気になった展示があれば止まる。
経営科の企画では、客の動線や宣伝方法まで含めてかなり計算されていた。
商品そのものを作ることばかり考えるサポート科とは、明らかに見ている部分が違う。
卒業後に会社を作るなら、こういう部分も誰かに任せる必要はあるのだろう。
私が全部やる意味はない。
必要になった時に考えればいい。
別の教室では、普通科が大がかりな装飾を使った企画をしていた。
構造として見ると単純だが、雰囲気を作るための配置はよく考えられている。
普段なら効率に関係しない部分なので、自分から研究することはまずない。
文化祭らしいと言えば、そうなのかもしれない。
しばらく歩いていると、時間を知らせる校内放送が流れた。
次は1-Aの演目らしい。
ライブ。
特に予定もないので、見ていくことにした。
◇ ◇ ◇
会場へ入ると、既にかなり人が集まっていた。
私は空いている席を探し、一人で座る。
別に誰かと一緒に見る必要はない。
しばらくすると照明が落ちた。
演奏が始まる。
最初に目についたのは、やはり耳郎さんだった。
普段の授業や装備相談で見る時とはかなり印象が違う。
音楽そのものについて専門的な知識があるわけではないが、中心が誰なのかはすぐ分かった。
その後ろでは爆豪さんがドラムを叩いている。
「……器用ですね」
戦闘時の爆発制御を見る限り、細かいタイミングを取る能力が高いことは知っていたが、それがそのまま演奏へ繋がるわけでもない。
それでも普通に成立している。
他の生徒も楽器、照明、演出、ダンスに分かれて動いていた。
個性もかなり使われている。
ただ、戦闘のように出力を競う使い方ではない。
光。
浮遊。
特殊な身体構造。
それぞれが演出へ組み込まれている。
体育祭の時なら、私は観客席から個性構造を観察することばかり考えていたと思う。
今はその必要がない。
見たことのある個性が多いし、必要なら学校経由で正式にデータを取れる。
だから普通に舞台を見る。
会場全体の反応はかなり良かった。
音量は大きい。
演出も派手だ。
サポート科なら、機械設備を使って似たような演出を組むこともできるだろう。
ただ、目的は同じでも作り方が違う。
その違いを見るのは、それなりに面白かった。
途中、観客席の別の場所に見覚えのある姿があった。
エリだった。
相澤先生も近くにいる。
身につけている暴走抑制装置も見える。
遠目に確認した範囲では正常に作動しているらしい。
本人は舞台を見ていた。
以前病院で会った時より、かなり表情が明るい。
装置の動作確認のために近づく必要はない。
異常があれば通知も出る。
私はそのまま舞台へ視線を戻した。
ライブが終わると、会場はかなり大きな拍手に包まれた。
私も周囲に合わせて拍手する。
少なくとも文化祭の演目としては成功なのだろう。
会場を出る人の表情を見れば、それくらいは分かった。
◇ ◇ ◇
ライブの後、また一人で校内を歩いた。
途中で食べ物を一つ買う。
別に空腹で困っていたわけではないが、昼の時間だった。
歩きながら食べるのも邪魔なので、空いていた場所で済ませる。
その後、案内を見る。
次に時間が合いそうなのは1-Bの劇だった。
題名を見た。
一度読む。
もう一度見る。
複数の有名な物語の名前が一つにまとめられている。
「何をするんでしょう」
少し興味が出た。
技術的な意味ではない。
題名から内容を推測できなかった。
時間もある。
そのまま会場へ向かった。
◇ ◇ ◇
1-Bの劇は、始まって数分で題名通りだと分かった。
いろいろ混ざっている。
恋愛劇のような場面から始まったと思えば、魔法のような演出が入り、冒険ものになり、さらに別の物語を思わせる人物が出てくる。
一つの作品を再現するというより、誰でも知っている話を大量に組み合わせて一本にしているらしい。
私は観客席から舞台を見る。
「ずいぶん詰め込みましたね」
悪い意味ではない。
むしろ、ここまで混ぜて破綻させず進行している方が不思議だった。
出演者は全力だった。
台詞。
衣装。
舞台装置。
個性を利用した演出。
場面転換もかなり多い。
サポート科として見るなら、舞台機構には改善できそうな部分もある。
ただ、わざわざ今指摘することではない。
文化祭の劇として成立しているなら、それでいい。
途中からは、次に何が混ざってくるのかを予想する方が面白くなった。
一度予想する。
外れる。
また別の有名な要素が出てくる。
構成を考えた人は、かなり楽しんで作ったのだろう。
最後まで見た後、会場を出る。
1-Aのライブとはまったく違う方向だったが、こちらはこちらで観客は楽しそうだった。
普段の授業だけでは分からないものはあるらしい。
◇ ◇ ◇
午後も適当に校内を歩いた。
ゲームをやっている教室。
飲食物を売っている場所。
展示をしている部活。
中には技術的に興味を引くものもあったが、研究対象として持ち帰りたいほどのものはなかった。
それで問題ない。
今日は研究のために歩いているわけではない。
途中、一度だけ1-Hへ戻った。
展示エリアは朝より人が多い。
クラスメイトたちは自分の制作物へ興味を示した来場者に、かなり熱心に説明していた。
企業関係者らしい大人と話している生徒もいる。
なるほど。
確かに、本人がここに残っていた方がいい。
私に気づいたクラスメイトが手を上げた。
「空木、戻ったの?」
「様子を見に来ただけです」
「問題なし! そっちは?」
「1-Aのライブと1-Bの劇を見ました」
「ちゃんと文化祭してるじゃん」
「そうですね」
普通に見て回っているだけなので、そうなる。
「こっちは大丈夫だから、まだ回ってきていいよ」
「分かりました」
本当に人手は足りているらしい。
私は展示物の固定と電源だけ簡単に確認し、また教室を出た。
◇ ◇ ◇
文化祭だからといって、特別な研究成果が出るわけではない。
新しい個性を作るわけでもない。
誰かから珍しい因子をもらうわけでもない。
事件が起きるわけでもない。
ただ校内を歩いて、他の生徒が準備したものを見る。
それだけだった。
でも、学校行事としてはそれで正しいのだと思う。
体育祭では研究対象を集めた。
I・アイランドでは研究設備を見た。
最近は病院や公安から技術相談が続いていた。
それに比べれば、今日はかなり普通だった。
私は一人で次の展示へ向かう。
まだ終了までは時間がある。
せっかくなので、残っているところも一通り見て回ることにした。