無個性は個性をつくる 作:匿名希望
文化祭が終わってから数日後、自宅の研究拠点で以前の解析記録を整理している時、使い道を保留していた個性が目に入った。
サー・ナイトアイの『予知』。
治療中、至近距離から一時間ほど個性因子を観察して構造を把握したものだ。
その時は、同等の人工個性を作ること自体は可能でも、使う理由がなかった。
未来を見る。
確かに珍しい能力ではある。
ただ、研究で未来を知る必要はほとんどない。結果を先に見たところで、過程を検証しなくてよくなるわけでもない。
だから保留していた。
でも、別の用途ならある。
私は個人護衛型の設計記録を開いた。
「護衛には向いていますね」
今の個人護衛型は、かなり多くの防御手段を持っている。
複数の不可視小型体による周辺監視。
攻撃の迎撃。
拘束。
緊急時の移動補助。
因子への強制摘出、挿入、改変、侵入への防御。
最近は『抹消』も組み込み、個性による攻撃そのものを発現前後で止められるようになった。
それでも、すべて基本的には「何かが起きてから」対応する。
視認する。
危険だと判断する。
迎撃する。
十分速いが、順序としてはそうなる。
なら、その前を見ればいい。
◇ ◇ ◇
ナイトアイの『予知』をそのまま再現する必要はなかった。
本人の能力は、特定の人間を対象として、その人物の未来を詳しく見るものだった。
私が必要としているのは未来全体ではない。
明日何を食べるのか。
誰と会話するのか。
どこを歩くのか。
そんな情報を常に知っていても邪魔なだけだ。
必要なのは一種類。
私へ危害が加わる未来。
私は新しい設計を始めた。
対象は常に私。
時間軸上で起こり得る出来事を広く取得し、その中から身体損傷、拘束、個性干渉、研究継続を困難にする程度の事故といった危険だけを抽出する。
未来そのものを詳細映像として私へ流し込む必要もない。
護衛型へ直接渡せばいい。
例えば数秒後に背後から攻撃されるなら、攻撃そのものを見る前に護衛型が位置を変える。
移動先で事故が起きるなら、その場所へ入る前に経路を変更する。
誰かが個性を使って私へ干渉するなら、発現する前から警戒対象へできる。
未来を見る能力というより、護衛用の事前警戒機能へ変える。
その方が用途として分かりやすい。
◇ ◇ ◇
最初の試作は情報量が多すぎた。
私に影響する可能性がある出来事を広く拾わせると、危険とは呼べないものまで大量に混ざる。
廊下ですれ違う人。
落下する小物。
少しぶつかる可能性。
一時的な騒音。
予定より数分遅れる移動。
全部を警告されても意味がない。
護衛型の役割は、私の日常生活を逐一止めることではない。
私は条件を絞る。
肉体的な危害。
意識・精神への異常。
個性因子への外部干渉。
強制的な移動や拘束。
護衛型の防御能力で対処する価値があるもの。
それ以下は無視する。
さらに、未来の可能性が一つではない場合も問題だった。
護衛が動いたことで未来が変わる。
回避した結果、別の危険が発生することもある。
なら、一度見て終わりでは使いにくい。
常時更新する。
現在の状況から危険な未来を取得し、護衛型が行動する。状況が変われば、その時点からもう一度確認する。
予知。
行動。
再予知。
修正。
短い周期で繰り返す。
それなら未来を固定された答えとして扱う必要もない。
◇ ◇ ◇
試験用の環境を作る。
私自身へ危険を加える必要はないので、護衛型の保護対象を模した人工身体を置いた。
そこへ予知機能を仮搭載した個体を配置する。
まず、一定時間後に機械的な打撃が飛ぶよう設定する。
起動条件は護衛型へ知らせない。
開始。
まだ何も動いていない段階で、護衛型が人工身体の横へ移動した。
数秒後。
打撃装置が作動する。
護衛型は既に位置を取っていたので、そのまま遮断した。
正常。
次は飛来物。
回避。
床の一部を時間差で落とす。
人工身体が危険区域へ入る前に進路を遮る。
見えてから反応したのではない。
発生前から対処している。
「これなら使えますね」
未来全部を知る必要はなかった。
危険だけでいい。
◇ ◇ ◇
もう少し条件を複雑にする。
危険が発生しない試験を混ぜる。
護衛型は動かない。
軽い接触だけ。
無視。
損傷に至る強度。
介入。
さらに、個性因子へ干渉する人工能力を使う。
まだ発動していない段階から、護衛型の小型体が発生源へ注意を向けた。
発動直前。
『抹消』。
停止。
これまでなら相手の個性発現を確認してから止める必要があった。
今は、その一段階前から構えられる。
かなり相性がいい。
予知単体では危険を防げない。
『抹消』単体では、認識していない攻撃には反応できない。
物理防御も、攻撃方向が分かっていればより効率よく配置できる。
既存機能の前に、情報が一つ増えただけ。
それでも防御性能はかなり変わった。
私は設計を個人護衛型へ統合する。
◇ ◇ ◇
私の影の中にいる中核へ新しい人工個性を搭載する。
対象固定。
私。
取得情報。
私へ危害が加わる未来のみ。
出力先。
護衛型OS。
緊急度によって情報の優先順位を変える。
軽度なら護衛型内部で処理。
重大なら私にも共有する。
死亡や重大損傷に繋がるものは最優先。
ただ、今の私には状態固定型『巻き戻し』もある。
仮に攻撃が通って身体が壊れても、多くの場合は自動的に元へ戻る。
だからといって、攻撃を受ける意味はない。
治すより、受けない方がいい。
予知機能。
『抹消』。
既存の防御。
状態固定。
複数の層で守ればいい。
「起動してください」
護衛型が応答し、新しい機能を有効化する。
特に何も起きない。
今この瞬間、私へ危害が加わる予定がないなら、それが正常だった。
不可視の小型体も普段通り周囲へ散っている。
外見上の変化はない。
私は簡単な動作試験を行った。
意図的に研究室内の機械へ危険動作を予約する。
実行前に護衛型から警告。
停止。
もう一度。
別方向。
警告。
遮断。
問題なし。
これでいい。
◇ ◇ ◇
作業を終え、記録を保存する。
サー・ナイトアイの『予知』を理解した時には、使う理由がないと思っていた。
今も、本人と同じ使い方をする理由はない。
他人の未来を一時間見る能力が欲しいわけではなかった。
でも、危険だけを事前に拾えるなら価値がある。
個性は、元の使い方をそのまま再現する必要はない。
必要な機能だけ残して設計し直した方が扱いやすい。
私は端末を閉じた。
今日はここまででいい。
研究室から生活区画へ戻る。
家事用の個性兵が室内を管理しているので、私が長時間研究していても生活側で特に問題は起きない。
何となく端末のニュースを表示した。
研究が終わった直後に見ることはそれほど多くない。
ただ、画面には大きくヒーローの名前が出ていた。
エンデヴァー。
新しいナンバーワンヒーロー。
そして。
巨大な黒い人型。
◇ ◇ ◇
映像は戦闘の途中だった。
市街地。
高熱。
破壊された建物。
空中で戦うエンデヴァー。
相手は黒い大型の人型だった。
一目見て、普通の人間ではないことは分かる。
「脳無ですか」
保須の事件後、私は報道された脳無を見た。
人工的に改造した身体。
複数の個性。
命令に従って動く戦闘体。
それを見て、人工の身体を一から作り、自律機構と人工個性を入れれば同じ目的をもっと扱いやすく実現できると考えた。
個性兵を作るきっかけになったものだ。
今ニュースに映っているものは、あの時見た脳無より明らかに完成度が高い。
動きが違う。
反応も違う。
複数の個性を使い分けている。
高い再生能力。
身体能力。
飛行。
戦闘中の判断。
そして言葉まで使っている。
単純な命令実行用の戦闘生物ではない。
映像だけでも、その程度は分かった。
「発展型ですね」
誰かが脳無の研究を続けている。
保須で見た段階で終わらず、より高性能な人工戦闘体へ発展させたらしい。
◇ ◇ ◇
映像を少し戻して見る。
相手は強い。
かなり強い。
エンデヴァーが高出力の炎を使っても簡単には倒れない。
損傷しても再生する。
複数個性を組み合わせ、相手の動きへ対応する。
単純な性能だけなら、以前の脳無とはかなり違う。
ただ。
私がそこから新しい発想を得ることはなかった。
複数個性を一つの人工身体へ搭載する。
人工の身体に高い戦闘能力を持たせる。
自律判断させる。
損傷へ対応する。
どれも既にやっている。
むしろ私は、人間の死体や改造人体を使わず、最初から人工生命として作っている。
役割個性も自由に設計できる。
自律OSもある。
個性因子への干渉防御もある。
必要なら『抹消』も使える。
今は未来の危険まで事前に拾う護衛型も完成した。
ハイエンドと呼ばれているらしいこの個体を見ても、技術体系が一段進むような刺激はなかった。
昔なら違ったと思う。
保須の脳無を見た時には、人工生命と個性を組み合わせる発想そのものが新しかった。
今は違う。
「あちらも頑張っているみたいですね」
誰に言うでもなく呟く。
私以外にも、複数個性を使う高性能な人工戦闘体を本格的に研究している人間がいる。
方法はかなり違うようだが、研究を続けて性能を上げていること自体は分かる。
少し興味深い。
それだけだった。
◇ ◇ ◇
画面の中では戦闘が続いていた。
エンデヴァーもかなり消耗している。
それでも前へ出る。
炎の出力を上げる。
周囲ではホークスも動いている。
ニュース映像は途切れながら状況を伝えていた。
私は研究者側の方が少し気になった。
このハイエンドを作った人間は、どの段階から研究を始めたのだろう。
複数個性への耐性。
身体改造。
再生。
知能を残したまま命令へ従わせる方法。
脳無は人間由来の改造体らしいので、人工身体から始める私とは前提が違う。
制約も違うだろう。
ただ、今すぐ詳しく調べるほどではない。
実物もない。
正式な解析依頼もない。
ニュース映像から分かる範囲だけで十分だった。
「別の研究者がいる、という確認くらいですね」
映像の中でエンデヴァーがさらに炎を強める。
街の人間がそれを見上げている。
ヒーローとしてどういう意味を持つ戦いなのかは、私にはそれほど重要ではない。
新しいナンバーワンが最初の大きな戦いをしている。
相手は、高性能化された脳無。
その程度の認識で十分だった。
やがて戦闘は決着した。
私は結果まで確認してニュースを閉じる。
ハイエンド。
かなり高性能。
別系統の人工戦闘体研究としては参考になる。
でも、新しい研究を始めるほどではない。
今日の研究成果は別にある。
私の影の中では、新しく『予知』を組み込んだ個人護衛型が静かに稼働している。
今のところ、警告はない。
なら問題ない。
私は次に処理する研究記録を開いた。