無個性は個性をつくる   作:匿名希望

61 / 120
第58話 黒鞭

今日は、少し変わった授業だった。

 

サポート科で作った装備が、実際の訓練でどう使われているのかを見る。

 

完成品を提出して終わりではなく、使用者が動いた時の挙動、操作の癖、想定外の使われ方、耐久性、改善点まで確認するための実地観察だった。

 

サポートアイテムを作る以上、本来はかなり重要な工程だと思う。

 

ただし、一年生の段階でこの授業に参加できる生徒はほとんどいないらしい。

 

「一年からは、お前ら二人だけだ」

 

パワーローダー先生にそう言われ、隣を見る。

 

発目さんがいた。

 

「実地データ! 私のベイビーたちの実地データですよ!」

 

「そうですね」

 

いつも通りだった。

 

一年生の多くは、まだ授業課題や校内試作を中心にしている。ヒーロー科から正式に依頼を受け、実際の訓練や現場を想定した装備を複数納品している生徒となると、それだけでかなり限られる。

 

発目さんは以前から積極的に自分の発明品を売り込んでいる。

 

私も、体育祭以降かなり多くの依頼を受けていた。

 

数だけなら、おそらく私の方が多い。

 

大小を区別しなければ、ヒーロー科のかなりの人数へ何かしら手を入れていると思う。

 

葉隠さんの服のように装備全体を新しく作ったもの。

 

爆豪さんのガントレットのように既存構造を大きく調整したもの。

 

青山さんの射出補助。

 

外部出力増幅機能。

 

小さな固定具や耐久補強、放熱、計測、制御補助だけを頼まれたこともある。

 

依頼の規模はかなり違う。

 

でも、実際に使用される装備へ関わった件数という意味なら多かった。

 

「空木君、今日は何人分見るんですか?」

 

発目さんが聞く。

 

「対象になっているものは一通り見るつもりです」

 

「全部!」

 

「そのための授業では?」

 

「いいですねえ!」

 

発目さんは楽しそうだった。

 

私も実際の運用データが取れること自体には価値を感じる。

 

研究というほどではないが、机上の設計だけで終えるよりはいい。

 

◇ ◇ ◇

 

今回観察するのは、ヒーロー科A組とB組の合同戦闘訓練だった。

 

複数のチームに分かれ、模擬市街地で対戦する。

 

ヒーロー科側にとっては戦闘訓練。

 

私たちにとっては装備の実地確認。

 

目的が違うだけで、同じ訓練を見ることになる。

 

観察用の場所にはモニターも用意されていた。

 

実際の動きと映像の両方を確認できる。

 

パワーローダー先生から言われたのは、故障や危険がなければ途中で介入しないこと。

 

当然だ。

 

訓練中に装備の調整を始めたら、データにならない。

 

私は端末を開いた。

 

使用者。

 

装備。

 

出力。

 

負荷。

 

異常。

 

改善候補。

 

必要な項目だけ記録する。

 

隣では発目さんが既に複数画面を開いていた。

 

「もっとセンサー積めばよかったですね!」

 

「観測したい項目が増えたからといって、全部を使用者側へ積む必要はありませんよ」

 

「でも空いてる場所があるじゃないですか!」

 

「空いている場所は、空けてある場合もあります」

 

「もったいない!」

 

そこが発目さんとの違いの一つだった。

 

発目さんは空間や重量に余裕があると、かなりの確率で何かを追加したがる。

 

機能が一つ増やせるなら増やす。

 

センサーが入るなら入れる。

 

補助機構が載るなら載せる。

 

技術者としては面白い。

 

ただ、まだ個性や戦闘技術そのものを習得途中の学生が使う装備として考えると、必ずしも機能が多い方がいいとは限らない。

 

操作項目が増える。

 

確認する情報が増える。

 

壊れる箇所も増える。

 

何より、装備を使いこなすために本人の意識を取られる。

 

プロとして既に自分の動きが固まっているなら、高機能装備に慣れる意味もある。

 

でも一年生は、本人の戦い方自体がまだ変わる。

 

私なら、必要な機能だけ確実に使える方を優先する。

 

たぶん、その辺りも依頼件数の差に影響している。

 

発目さんの装備が悪いわけではない。

 

むしろ技術的には面白いものが多い。

 

ただ、使用者を選ぶ。

 

「学生向けなら、機能を減らすのも設計だと思いますよ」

 

「減らすんですか!?」

 

本当に理解しにくそうな顔をされた。

 

「必要になれば後から増やせますから」

 

「最初から全部積んだ方が早いですよ!」

 

「使う側にとってはそうでもありません」

 

意見は一致しなかった。

 

いつものことだった。

 

◇ ◇ ◇

 

訓練が始まる。

 

最初の試合から、私は装備の動きを追った。

 

腕を振る。

 

跳ぶ。

 

壁へ衝突する。

 

個性を発動する。

 

装備側にかかる負荷は、工作台の上では再現しづらい。

 

特にヒーロー科の動きは激しい。

 

想定していた方向以外から力が加わることもある。

 

身体強化系なら、自分の装備を本人が壊すこともある。

 

放出系なら、熱や圧力をどう逃がすかが重要になる。

 

一つずつ確認する。

 

「あそこ、留め具ずれてますね」

 

発目さんがモニターを指差す。

 

「許容範囲です。次の調整で固定位置を少し変えた方がいいですね」

 

「今変えたい!」

 

「訓練中です」

 

「分かってます!」

 

分かっているならいい。

 

次の画面へ視線を移す。

 

私が手を入れた装備も、いくつか同時に動いていた。

 

大きな問題はない。

 

ただ、実際に使うと改善点は出る。

 

本人が無意識に触れる位置。

 

戦闘時に擦れる部分。

 

想定以上に使われる機能。

 

逆に、ほとんど使われない機能。

 

そういうものは、実地でないと分かりにくい。

 

「なるほど」

 

記録を追加する。

 

依頼時には本人も必要だと言っていた機能が、実際の戦闘では一度も使われない。

 

珍しくない。

 

使用者自身が、自分に何が必要なのか完全に理解しているとは限らない。

 

こちらも同じだ。

 

だから実際に見る。

 

◇ ◇ ◇

 

試合が進むにつれて、装備より戦い方そのものを見る時間も増えた。

 

A組とB組では個性の種類が違う。

 

当然、それぞれに合わせた戦術になる。

 

知っている個性も多いが、詳しく見る機会が少なかったものもある。

 

ただ、今日は研究目的で採取や解析をしているわけではない。

 

必要以上に個性因子を見ることはしなかった。

 

自分の装備が正しく動いているか。

 

使用者の動きを邪魔していないか。

 

そこが中心だ。

 

発目さんは途中から、自分の装備が映るたびにかなり前へ出ていた。

 

「そこです! その補助アームもっと使って!」

 

画面の向こうには聞こえない。

 

「使用者が使わないなら、必要性が低い可能性もありますね」

 

「違いますよ空木君! まだベイビーの魅力に気づいてないだけです!」

 

「それを含めて操作性の問題では?」

 

「あとで説明してきます!」

 

使用者側も大変そうだった。

 

◇ ◇ ◇

 

やがて最後の試合になった。

 

緑谷さんたちA組のチームと、物間さんたちB組のチーム。

 

心操さんも参加する。

 

私は少し注意を増やした。

 

緑谷さんの装備には、細かな部分まで含めると私が調整した箇所がある。

 

本人の身体強化は出力が大きい。

 

そのため、装備側も急激な加速や着地、衝撃へ耐える必要がある。

 

体育祭の頃と比べれば、本人の身体の使い方もかなり変わっていた。

 

以前より安定している。

 

動きも滑らか。

 

装備側への無駄な負荷も減っている。

 

「使用者側が上達すると、耐久要求も変わりますね」

 

私は記録する。

 

出力が上がっているのに、一部の衝撃は減っている。

 

制御が良くなったからだ。

 

これは良い変化だった。

 

少なくともサポート側から見る限り。

 

試合が進む。

 

物間さんが動く。

 

心操さんが位置を取る。

 

緑谷さんが追う。

 

その時だった。

 

◇ ◇ ◇

 

最初に感じたのは、装備の異常ではなかった。

 

緑谷さんの身体から、これまで見たことのない個性反応が出た。

 

「……?」

 

黒いものが伸びる。

 

一本ではない。

 

複数。

 

不規則に周囲へ広がった。

 

緑谷さん自身も制御できていない。

 

「何ですかあれ!」

 

発目さんの声が横から聞こえた。

 

私は答えなかった。

 

モニターを見る。

 

黒いエネルギー状の何か。

 

周囲の構造物へ絡みつく。

 

さらに伸びる。

 

緑谷さんの動きとは明らかに別。

 

これまで彼が使っていた身体強化ではない。

 

「装備の機能じゃないですよね?」

 

「違います」

 

そこは即答できる。

 

私が作ったものでもない。

 

他のサポート科装備にも、あんな機能はない。

 

そして何より、装備から出ていない。

 

緑谷さん本人から出ている。

 

個性因子知覚を向ける。

 

そこで、さらに違和感が増えた。

 

「……別の個性?」

 

これまで緑谷さんから観測していた発現とは違う。

 

単純な身体能力強化の延長ではない。

 

別系統の機能。

 

拘束。

 

伸長。

 

操作。

 

黒いエネルギー状の構造。

 

しかも制御されていない。

 

突然、内部から発現したように見える。

 

「空木君?」

 

「緑谷さんの装備ではありません。本人の個性側です」

 

「でも緑谷君ってパワー系じゃ?」

 

「私もそう認識していました」

 

だから、おかしい。

 

◇ ◇ ◇

 

現場では訓練どころではなくなっていた。

 

黒い何かが暴れ、周囲へ伸び続ける。

 

緑谷さん自身も止めようとしているようだが、収まらない。

 

麗日さんが接近する。

 

心操さんも動く。

 

教師陣も状況を見ている。

 

私は装備の記録を止めた。

 

今はそちらではない。

 

緑谷さんを見る。

 

発現。

 

別構造。

 

同じ身体。

 

以前から存在していた身体強化との関係。

 

私は短時間で見える範囲を整理する。

 

後から別の個性を入れられた青山さんとは違う。

 

あの時は身体と個性の接続に明らかな不自然さがあった。

 

緑谷さんの場合、今出ているものも身体側の大きな個性構造と繋がっている。

 

でも、一つの単純な身体強化として説明できない。

 

何かが内部にある。

 

それが今、表へ出た。

 

「単純な強化個性じゃないですね」

 

私は呟いた。

 

発目さんがこちらを見る。

 

「何か分かったんですか?」

 

「まだ、分からないことが増えただけです」

 

十分な観察情報がない。

 

いきなり出た一種類だけで、全体構造まで断定することはできない。

 

ただ。

 

今までの認識が間違っていたことだけは確実だった。

 

緑谷出久の個性は、身体能力を強化するだけのものではない。

 

◇ ◇ ◇

 

やがて暴走は止まった。

 

心操さんの『洗脳』が関係したように見える。

 

黒いものも消える。

 

緑谷さんは倒れずに残っている。

 

教師側が状態確認へ動いた。

 

訓練は一時中断。

 

私たちサポート科側にも、その場で待つよう指示が出た。

 

発目さんはモニターへ顔を近づけている。

 

「今の、サポートアイテムにできませんかね?」

 

「まだ何の個性かも分かっていませんよ」

 

「でも伸びてましたよ!」

 

「伸びていましたね」

 

それ以上はまだ言えない。

 

私の興味は装備から完全に外れていた。

 

黒い個性。

 

緑谷さん自身が驚いていた。

 

つまり、本人も今まで使えなかったか、存在を知らなかった可能性が高い。

 

個性が成長して新機能を得た。

 

そう考えることもできる。

 

でも、私には別々の個性構造に見えた。

 

少なくとも、単純な派生能力とは言い切れない。

 

「面白いですね」

 

自然にそう思った。

 

久しぶりに、よく分からない。

 

◇ ◇ ◇

 

訓練は安全確認の後で再開された。

 

緑谷さんも参加するらしい。

 

それ自体は教師側の判断なので、私が口を出すことではない。

 

私は再びサポートアイテムの記録も取った。

 

ただ、意識の一部は緑谷さんへ残ったままだった。

 

先ほどの黒いものは、その後すぐには出ない。

 

身体強化の方は普通に使えている。

 

つまり、元の能力が黒いものへ置き換わったわけでもない。

 

二つが同じ身体の中に存在している。

 

その可能性が高い。

 

複数個性。

 

その言葉が浮かぶ。

 

脳無。

 

AFO。

 

個性兵。

 

複数の個性を一つの身体へ持たせる例自体は、もう珍しくない。

 

私自身も複数の人工個性を持っている。

 

ただ、緑谷さんについてはそういう情報を聞いていなかった。

 

後付けなら痕跡があるはずだが、遠目の観察だけではまだ足りない。

 

何より、本人が理解していない。

 

そこが妙だった。

 

◇ ◇ ◇

 

訓練終了後。

 

本来の授業としては、かなり有意義だった。

 

実運用したサポートアイテムから大量の改善点が取れた。

 

耐久。

 

操作。

 

位置。

 

重量。

 

使われなかった機能。

 

逆に想定以上に使われた部分。

 

発目さんは既に修正案を大量に書き込んでいる。

 

「空木君! ここの空間、まだ部品入りますよ!」

 

「今日のデータから、機能を減らした方がよさそうなところもありましたよ」

 

「なんで減らすんですか!」

 

「またその話ですか」

 

そこは変わらない。

 

ただ、今日最大の収穫はサポートアイテムではなかった。

 

私は緑谷さんがいた訓練場を見る。

 

黒い個性。

 

今までになかった発現。

 

単純な身体強化ではない。

 

しかも、本人にも予想外。

 

現時点では、それ以上は分からない。

 

勝手に本人を捕まえて調べる理由もない。

 

学校側が何も依頼しないなら、私の仕事でもない。

 

それでも、雄英側があれを放置するとも思えなかった。

 

あれだけ明確な個性の異常発現が起きた。

 

たぶん、何らかの検査はする。

 

私へ話が来る可能性もある。

 

「空木」

 

パワーローダー先生に呼ばれた。

 

「今日の装備データ、後でまとめて出せ」

 

「分かりました」

 

「発目もだ」

 

「はい!」

 

発目さんが元気よく返事をする。

 

私は端末を閉じる。

 

今日確認する予定だったものは、ヒーロー科へ渡したサポートアイテムだった。

 

それ自体は予定通り終わった。

 

ただ最後に、一つだけ予定外のものを見た。

 

緑谷出久の中から出てきた、黒い個性。

 

あれが何なのか。

 

今のところ、私は知らなかった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。