無個性は個性をつくる 作:匿名希望
合同戦闘訓練の翌日、学校から正式に解析依頼が来た。
対象は緑谷出久。
理由は、昨日突然発現した黒い個性について。
予想通りだった。
あれだけ明確に、本人の認識していなかった機能が暴走したのだから、学校側が詳しく調べない方がおかしい。
指定された時間に研究室で待っていると、緑谷さんがやってきた。
そして、その隣にはオールマイトがいた。
「よろしくお願いします、空木君!」
「よろしくお願いします!」
二人とも妙に力の入った挨拶だった。
私は少しだけオールマイトを見る。
なぜ付き添いがオールマイトなのだろう。
緑谷さんの担任は相澤先生だ。
昨日の訓練にも相澤先生はいた。
ただ、オールマイトは今年から雄英へ来た新任教師だったはずなので、単純に時間が空いていたのかもしれない。
特に重要な疑問でもなかった。
「では、始めましょう」
「う、うん!」
緑谷さんが少し緊張した様子で椅子に座る。
オールマイトはその少し後ろへ立った。
◇ ◇ ◇
緑谷さんの装備には、以前にも何度か触ったことがある。
ただし、本格的な個性解析をしたわけではない。
破損しやすい部分を補強したり、身体の動きに対して装備側の追従が悪いところを直したり、固定位置を調整したりした程度だ。
内容としては、ほとんど不具合修正に近い。
当時の私は、緑谷さんの個性を単純な身体能力増強系だと認識していた。
発現を見る限り、筋力、速度、跳躍、打撃といった身体性能が大きく上昇する。
珍しくはあるが、構造まで知りたいと思うほど未知でもなかった。
だから、こっそり詳しく解析することもしていない。
必要性がなかった。
その判断が昨日ひっくり返った。
身体強化しか持っていないはずの人間から、まったく別系統の黒い個性が出た。
本人まで驚いていた。
本当に知らなかったらしい。
よく分からない。
それが楽しい。
「まず、普段使っている方を低出力で発現してください」
「はい」
緑谷さんが頷く。
身体に力が流れる。
昨日まで何度も見ている発現。
ただし今日は、その表面だけではなく個性因子そのものを見る。
個性因子知覚を深く向ける。
「そのままでお願いします」
「はい」
最初に見えたのは、想定より遥かに大きな構造だった。
単純な身体強化ではない。
強化として外へ出ている力は、全体のごく一部に過ぎなかった。
内部に巨大な蓄積領域がある。
身体へ出力を流す経路。
そして、その奥。
いくつもの異なる構造が重なっていた。
私は少し姿勢を変え、さらに詳しく見る。
「……これは」
「何か、分かった?」
緑谷さんが不安そうに聞く。
「まだ途中です」
私は観察を続けた。
面白い。
昨日の黒いものだけが異常なのではない。
元になっている個性そのものが、最初から普通ではなかった。
◇ ◇ ◇
まず分かったことが一つある。
これは緑谷さんが生まれた時から持っていた個性ではない。
青山さんを調べた時にも見たことがある。
身体と一緒に自然形成された因子ではなく、後から外部から入れられた痕跡。
ただし、青山さんとは状態が違う。
青山さんの個性は身体との適合が悪く、接続そのものに不自然さが残っていた。
緑谷さんの方は、かなり深く馴染んでいる。
それでも履歴までは消えない。
「緑谷さん」
「はい!」
「この個性、生まれつきではありませんね」
緑谷さんが固まった。
後ろでオールマイトの表情も止まる。
分かりやすい。
「……どうして、そう思うんだい?」
オールマイトが聞いた。
「身体との形成時期が違います。後から個性因子が定着した痕跡がありますので」
二人が顔を見合わせる。
これで確定した。
知っている。
私は再び解析へ戻った。
後付けであること自体は珍しいが、既に青山さんという例を知っている。
問題は、その中身だった。
◇ ◇ ◇
さらに奥を見る。
巨大な蓄積構造の中に、異なる個性因子由来の情報が存在している。
一つではない。
昨日出た黒い構造もその一つ。
でも、それだけではなかった。
私は接続順序を見る。
同時にまとめて入れられたものではない。
層になっている。
古いもの。
その次。
さらに次。
後から後から、同じ中核へ情報が積み重なっている。
人間の個性因子には、その身体へ存在していた痕跡が残る。
私が安全な摘出や再移植を行う時にも、その違いは確認できる。
この個性には、それが異常に多かった。
「七つ……」
「え?」
緑谷さんが反応する。
私は数え直す。
間違いない。
中核そのものとは別に、七代分。
七人の人間を通過したような因子履歴が積み重なっている。
そのうち、六つには明確な個性構造が残っていた。
昨日の黒い能力も、その六つのうち一つだ。
残り一つ。
そこには人間を経由した痕跡はある。
でも、独立した個性機能がない。
「一人、無個性ですね」
今度こそ二人とも完全に黙った。
緑谷さんが目を見開いている。
オールマイトは口を結んだまま、こちらを見ていた。
「どういう意味だい?」
声が先ほどより慎重だった。
「この個性は、一人の身体だけで形成されたものではありません」
私は画面へ簡単な模式図を出す。
「中核になる個性構造へ、複数人分の履歴が順番に重なっています。少なくとも七代分。そのうち六つは別の個性因子構造を残していますが、一つには個性機能がありません」
緑谷さんが息を呑んだ。
「それって……」
「たぶん、継承型ですね」
そこまで来れば推測は難しくない。
「人から人へ移動する機能を持つ個性があって、所有者が変わるたびに前の持ち主由来の情報を内部へ残した。さらに、それぞれの所有者が個性を持っていた場合は、その構造まで一緒に取り込んだ」
私は蓄積領域を見る。
「それを何代も繰り返した結果、今の形になっているように見えます」
だから身体強化だけでは説明できなかった。
今表へ出ている強大な力も、一人分ではない。
何代にもわたって蓄積された結果だ。
そして昨日、内部に眠っていた別の個性構造が表へ出た。
筋が通る。
「ずいぶん変な個性ですね」
私としては、その感想が一番近かった。
◇ ◇ ◇
しばらく沈黙が続いた。
緑谷さんはオールマイトを見る。
オールマイトも緑谷さんを見る。
何か相談しているらしい。
言葉はないが、隠し続けるべきか迷っていることくらいは分かる。
私は待った。
こちらから聞き出す必要はない。
解析で必要な構造は既にかなり見えている。
名称や来歴は、技術的にはなくても困らない。
やがてオールマイトが大きく息を吐いた。
「……ここまで分かってしまったのなら、説明した方がいいだろうね」
「そうですか」
「君には秘密にしてほしい」
「学校からの解析依頼に必要な情報として扱います」
それ以上の約束を求められても面倒だ。
オールマイトは少しだけ迷った後、話し始めた。
「その個性の名は、ワン・フォー・オール」
一人から、一人へ。
力を受け渡す個性。
代々の継承者が受け継ぎ、育て、次へ渡してきた。
そして、その始まりにはオール・フォー・ワンが関わっている。
◇ ◇ ◇
最初の所有者は、オール・フォー・ワンの弟だったらしい。
本人は無個性だと思われていた。
ただ、実際には「自分の個性を他人へ譲渡する」という、それ単体ではほとんど意味を持たない個性があった。
そこへオール・フォー・ワンが、力を蓄える個性を強制的に与えた。
二つが混ざった。
蓄積した力ごと、次の人間へ渡せる個性になった。
それがワン・フォー・オールの始まり。
その後は所有者を変えながら、力を蓄積し続けた。
「私は八代目だった」
オールマイトが言う。
なるほど。
解析時に見えた、独立した個性機能を持たない一人分の履歴。
「無個性だったのはオールマイトですね」
「……そこまで一致するのか」
「はい」
「私は元々、個性を持っていなかった」
そして緑谷さんも。
話によれば、彼も元々無個性だったらしい。
オールマイトからワン・フォー・オールを譲り受けた。
今は九代目。
それなら観測結果とも合う。
中核となった最初の構造を除けば、内部へ積み重なっている七代分の継承痕。
六つの追加個性。
一つの無個性所有者。
昨日発現したものは、そのうちの一つ。
「なるほど」
私は一通り話を聞いた。
大体理解できた。
◇ ◇ ◇
「……驚かないのかい?」
オールマイトが聞いた。
「何にですか?」
「ワン・フォー・オールに、だ」
少し考える。
「来歴は珍しいと思います」
それは本当だった。
自然に発生した継承個性が、何代も人間を渡り歩く過程で所有者の個性を取り込み、現在の巨大な複合構造になった。
もしそうなら、かなり興味深かったと思う。
自然発生した個性が、継承によって自己拡張する。
研究する価値は高い。
ただ、実際の始まりは違った。
「でも、最初から自然にこの構造が発生したわけではないんですよね」
「え?」
「譲渡機能を持つ個性に、オール・フォー・ワンが別の蓄積個性を入れた。それが融合して今の中核になった」
「そうだ」
「なら、人為的な複合個性が偶然安定したものです」
オールマイトが少し複雑そうな顔をした。
技術的にはその理解で間違っていないと思う。
「それでも八代、九代と受け継がれてきた力なんだ」
緑谷さんが言う。
「はい。それは分かります」
歴史的な意味はあるのだろう。
ただ、私が興味を持つ部分とは違う。
◇ ◇ ◇
ワン・フォー・オールと同じことをしたいだけなら、今の私には難しくない。
複数の個性を一つの構造へまとめる。
身体から安全に抜く。
保存する。
別の人間へ移植する。
そこで新しい個性を追加し、また摘出して次へ渡す。
それを何度も繰り返せば、似た履歴を持つ個性は作れる。
もっと簡単に済ませるなら、最初から必要な機能を全部設計して一つの人工個性として作ればいい。
わざわざ何世代も待つ意味はない。
力を蓄積する機能。
譲渡。
複数個性の保持。
過去所有者由来の機能保存。
設計上は全部再現できる。
「技術としては、もう特に新しいものではありませんね」
「そ、そうなのかい?」
オールマイトが少し肩を落としたように見えた。
「はい」
「ワン・フォー・オールだぞ?」
「名称は今知りました」
「いや、そうではなくてだね」
言いたいことは分かる。
長い歴史がある。
オール・フォー・ワンへ対抗するために受け継がれてきた。
歴代所有者の意志がある。
おそらくヒーロー側にとっては非常に重要な個性なのだろう。
でも、それは研究価値とは別だった。
「自然発生でこの構造になったのなら、かなり面白かったと思います」
私は正直に答える。
「ただ、起点が人工的な複合なら、構造自体は理解できます」
緑谷さんが何とも言えない顔をした。
オールマイトも似たような顔をしている。
◇ ◇ ◇
「じゃあ空木君は、ワン・フォー・オールを作れるの?」
緑谷さんが聞いた。
「同じ機能を持つものなら作れると思います」
「え」
「完全に同じ来歴を持たせることはできませんが、それは機能ではありませんから」
歴代所有者本人の人格や人生まで再現する話ではない。
個性の機能だけなら別だ。
ただし、作れることと作る理由があることは違う。
「今のところ、作る必要はありません」
「そ、そうなんだ……」
「私自身は別の方法で身体能力を上げられますし、複数個性も既に持っています。継承させたい相手もいません」
用途がない。
それだけだった。
むしろ今必要なのは、昨日出た黒い個性がなぜ今まで眠っていたのか。
そして、内部に残る他の構造がどういう状態なのか。
そこになる。
ただ、それは次の解析工程だ。
今日は依頼された個性全体の確認と、異常発現の原因を把握するところまででいい。
◇ ◇ ◇
「現時点で分かったことをまとめます」
私は二人へ向き直る。
「緑谷さんの個性は、身体強化だけではありません。人為的に作られた継承型の複合個性です」
二人とも黙って聞く。
「現在の大きな出力は、長期間にわたって蓄積された力によるもの。内部には複数の過去所有者由来構造が残っています」
昨日の黒いもの。
それ以外。
まだ機能までは詳しく見ていない。
「昨日発現したものは、その内部構造の一つが表面化したものだと考えられます」
「やっぱり、ワン・フォー・オールの中に……」
緑谷さんが自分の手を見る。
「はい。ただし、なぜ今になって発現可能になったのかは、もう少し詳しく調べないと分かりません」
そこはまだ未知だった。
いい。
分からないことが残っている。
「今日はここまでにします」
「もういいのかい?」
「全体像は分かりましたので」
オールマイトから聞いた歴史も、観測結果と矛盾しない。
十分だった。
「後で解析結果を学校側へ提出します。秘密指定が必要な部分は、そちらで範囲を決めてください」
「あ、ああ。そこは根津校長とも相談しよう」
「お願いします」
私は記録を保存する。
ワン・フォー・オール。
名前も由来も今日初めて知った。
長い歴史を持つ、ヒーロー側にとって重要な力。
ただ、技術そのものはもう再現可能な範囲にある。
だから、そちらへの興味は薄れた。
代わりに一つだけ残っている。
内部に眠っている、まだ発現していない構造。
何が入っているのか。
そちらは、まだ知らない。