無個性は個性をつくる 作:匿名希望
翌日、もう一度緑谷さんに研究室へ来てもらった。
昨日の時点で、ワン・フォー・オールの大まかな構造は分かっている。
後から身体へ入れられた個性。
力を蓄積する中核。
所有者を変えながら受け継がれてきた履歴。
内部に残っている六つの個性構造。
そこまでは見えた。
ただし、六つの中身までは分からなかった。
「昨日の続きですか?」
「はい。今日は内部の個性を詳しく見ます」
緑谷さんは少し緊張した様子で椅子へ座った。
今日もオールマイトがいる。
昨日、ワン・フォー・オールの秘密を話した以上、同席する理由は分かるようになった。少なくとも、単に新任教師で暇だったからではなかったらしい。
「昨日は見えなかったんですか?」
緑谷さんが聞く。
「存在していることは分かりました。ただ、普通の個性因子と構造が違います」
私は昨日の解析記録を表示した。
「ワン・フォー・オールの中に残っている個性は、そのまま六つ並んでいるわけではありません。長期間の継承と蓄積で、中核の内側へかなり複雑に折り畳まれています」
保存庫へ六つの物を入れているような単純な構造ではない。
個性そのものが何代も受け継がれ、そのたびに出力と因子情報を取り込み続けた結果、元の個性構造が圧縮され、重なり、ワン・フォー・オール全体の一部として組み込まれている。
昨日まで使っていた私の個性因子知覚でも、外側から「別構造が六つある」ことまでは分かった。
ただ、それぞれを展開して読むところまでは想定されていなかった。
「ですので、少し見方を変えてきました」
オールマイトがこちらを見る。
「一晩で?」
「大きな変更ではありませんよ」
個性因子を視認するために昔から使っている研究補助個性へ、一つ機能を追加しただけだ。
普通の個性を解析する性能はほとんど変わらない。
発現を十分に観察しなければ未知の機能まで分からない、という制限も同じ。
今回追加したのは、ワン・フォー・オールのように複数の因子構造が異常な形で圧縮・重層化している場合、その接続関係を追って一時的に見やすく展開する機能だった。
普段の個性にはほぼ必要ない。
今回専用に近い。
「そんなに特殊な状態なのかい?」
「かなり特殊ですね。複数個性を持つだけなら、もっと簡単な構造にできます」
私は既に自分でも複数の人工個性を使っているし、個性兵にも複合能力を搭載している。
あえてこんな詰め込み方をする理由はない。
ワン・フォー・オールは設計された完成品ではなく、継承を繰り返した結果として今の形になった。
だから複雑なのだろう。
◇ ◇ ◇
本当なら、血液でもあればもう少し作業は単純になる。
個性因子を体外へ取り出し、機器と直接知覚の両方で分離して見ればいい。
ただ、昨日聞いた話で継承方法まで分かった。
ワン・フォー・オールは、所有者の意思と身体由来物質を介して次へ渡る。
そんな秘密の個性について説明した翌日に、
血液をください。
持ち帰って調べます。
と言って、素直に渡してもらえるとは思えない。
別に血液が必須でもない。
断られるための提案をする意味もないので、最初から聞かなかった。
「昨日と同じように、低出力でワン・フォー・オールを発現してください」
「分かりました」
緑谷さんの身体へ力が流れる。
私は個性因子知覚を使う。
昨日より、深く。
外側にある巨大な蓄積構造を見る。
その内側。
重なった因子情報。
そこから、昨日作った新しい認識処理を使って接続を一つずつ追う。
複雑ではある。
でも、規則性がないわけではない。
継承された順序がそのまま層になっている。
一番外へ近いところから戻るのではなく、中核との結合位置を基準に分離していく。
一つ目。
昨日発現したもの。
これはもう分かりやすい。
身体から黒いエネルギー状の構造を伸ばし、対象へ絡ませ、引き寄せ、移動や拘束へ使う。
「昨日の黒いものは、そのまま独立した一つの個性ですね」
「やっぱり……」
緑谷さんが自分の右手を見る。
私はさらに奥へ進む。
残り五つ。
◇ ◇ ◇
二つ目。
身体内部で動作を蓄積する構造がある。
単純に力を貯めるのではない。
同じ動作を繰り返すことで運動エネルギーに近いものを蓄え、後からまとめて放出する。
「蓄積して放出する個性があります」
「それってワン・フォー・オールの力の蓄積とは別なの?」
「別ですね」
そこは明確に分かれる。
ワン・フォー・オールの中核が長期的に力を蓄え、継承者へ渡していくものなのに対して、こちらは本人の反復運動を短時間保存して利用する。
用途も構造も違う。
「動作による蓄積と、瞬間的な放出。そういう機能です」
オールマイトが考えるように目を細めた。
私は記録へ仮名を入れる。
発勁。
機能を考えれば、その表現で十分だった。
次。
三つ目。
これは対象の運動そのものへ干渉する。
「速度……いえ、もっと広いですね」
物体の移動速度。
運動状態。
それを外から変更する。
単純な加速能力ではない。
対象の速度変化へ直接作用している。
かなり強い。
「接触した対象の速度を変化させる個性があります」
「人にも?」
「構造上は、対象条件を満たせば可能だと思います。ただ、今の緑谷さんが扱えるかどうかは別です」
私は能力の存在を見ているだけだ。
使用可能な出力。
制御。
反動。
現在のワン・フォー・オールによる増強を受けた時の挙動。
その辺りは実際に発現してみなければ分からない。
仮分類。
変速。
◇ ◇ ◇
四つ目は分かりやすかった。
周囲から自分へ向けられる危険を感知する。
物理攻撃だけに限定されていない。
害意や危険な事象に反応する警戒系統。
私は少しだけ興味を持った。
最近、自分の護衛型へ『予知』を改造した危険予測機能を入れたばかりだ。
方向は近い。
ただ、こちらは未来そのものを見ているわけではない。
現在存在する危険を特殊な感覚として拾っている。
「危険を察知する個性があります」
「危険?」
「本人へ危害が及ぶ可能性を感覚として伝えるタイプだと思います。私が最近作った予知式のものとは仕組みが違いますが、用途は似ていますね」
緑谷さんが少し驚いた顔をした。
「空木君、そんなものも作ってるの?」
「護衛用です」
それ以上説明する必要はない。
記録する。
危機感知。
五つ目。
空中へ大量の微粒子を放出する構造。
毒性や攻撃性は見当たらない。
視界を遮る用途が中心。
「煙を出す個性です」
オールマイトが瞬きをした。
「煙?」
「はい。かなり広く拡散できると思います」
「それはまた、ずいぶん方向性が違うね」
「六人別々の個性なので、当然だと思います」
身体強化。
拘束。
蓄積。
速度操作。
危険感知。
煙。
統一性を求める方がおかしい。
仮名。
煙幕。
残り一つ。
◇ ◇ ◇
最後の構造を追う。
これは単純だった。
重力を消しているわけではない。
身体を空中へ保持するための上向きの作用。
対象条件はほぼ使用者本人に固定されている。
「浮遊ですね」
「飛ぶってこと?」
緑谷さんが聞く。
「飛行よりは浮遊に近いと思います。少なくとも、この構造単体では自由な高速飛行能力ではありません」
空中へ留まる。
落下しない。
そこから別の移動手段と組み合わせる。
ワン・フォー・オールの身体能力と黒い拘束能力まで考えれば、利用範囲は広いだろう。
これで六つ。
私は一度、全体を閉じて見る。
昨日までは一つの巨大な塊の奥に、六つの形が埋まっているようにしか見えなかった。
今は区別できる。
そして、どれも壊れてはいない。
ただ眠っている。
発現経路が表側へ繋がっていないだけだ。
◇ ◇ ◇
「一度解除してください」
「はい」
緑谷さんがワン・フォー・オールを止める。
私は記録を整理した。
六個性。
一つ目。
黒鞭。
身体から黒いエネルギー状の構造を伸ばし、捕縛、牽引、移動補助等へ利用する。
既に暴走という形で発現済み。
二つ目。
発勁。
反復動作によって力を蓄積し、一度に放出する。
三つ目。
変速。
接触対象の運動速度へ直接干渉する。
四つ目。
危機感知。
本人へ迫る危険を特殊感覚として検出する。
五つ目。
煙幕。
大量の煙を発生させ、周囲の視界を遮る。
六つ目。
浮遊。
本人を空中へ維持する。
機能として見ると、それぞれは単独の個性として成立している。
そして全てがワン・フォー・オール内部で長期間力を受け続けている。
元の所有者が使っていた時とまったく同じ出力だと考えない方がいい。
「解析は終わりました」
二人へ向き直る。
緑谷さんの背筋が伸びた。
オールマイトも真剣な表情になる。
「六つとも分かったのかい?」
「はい」
◇ ◇ ◇
私は画面を二人から見える向きへ回した。
「昨日発現した黒いものを含めて、ワン・フォー・オール内部には六つの独立した個性機能があります」
順番に説明する。
黒鞭。
発勁。
変速。
危機感知。
煙幕。
浮遊。
名前については機能をそのまま分類したものだが、重要なのは構造の方だ。
オールマイトは途中から明らかに反応を変えていた。
特に浮遊を説明した時。
「……浮遊」
小さく呟く。
知っているらしい。
昨日聞いた話を考えれば、歴代所有者についてある程度情報を持っていても不思議ではない。
「心当たりがありますか?」
「ああ」
オールマイトは少し遠を見るような顔をした。
「七代目の個性が『浮遊』だった」
なら一致した。
「他のものも歴代継承者の個性と考えていいと思います」
「六人分……全部、残っていたのか」
「残っているだけではありません。構造上は発現可能です」
緑谷さんが目を見開く。
「使えるの?」
「今すぐ自由に使える、という意味ではありません」
そこは区別する。
「個性そのものは壊れていません。ただし現在、表側へ正常な発現経路が繋がっているのは、昨日出た黒鞭だけです。他はワン・フォー・オール内部に折り畳まれた状態で、休眠しています」
「じゃあ、いつか出てくる可能性がある……?」
「あります」
昨日の黒鞭と同じように。
何らかの条件で発現経路が開けば、他の個性も表へ出る。
それが明日なのか数年後なのかは、今の情報だけでは分からない。
自然に任せるなら、待つしかない。
◇ ◇ ◇
オールマイトが画面を見る。
「空木少年。昨日は六つあることしか分からなかったと言っていたね」
「はい」
「今日は、発現していない五つまでここまで分かる」
「見えるように調整しましたから」
「その解析能力自体が大きく進歩した、ということかい?」
「いえ」
そこは違う。
「普通の個性に対する解析能力は昨日までとほぼ同じです。今回見えなかった原因は、ワン・フォー・オール内部の保存方法が特殊だったからです」
私は画面上で重なった構造を示す。
「例えるなら、文字が小さすぎて読めなかったのではなく、紙を何十回も折り畳んだまま読もうとしていたようなものです。今回は、折り目を追って広げて見る機能を加えました」
だから通常の未知個性を一目見ただけで全部分かるようになったわけではない。
発現していない機能を無条件に見抜けるようになったわけでもない。
ワン・フォー・オールの場合は、既に六つの完成した個性構造が内部へ物理的に近い形で保存されていた。
それを見える状態へしただけだ。
「同じような形成をした個性が他にもあれば役に立ちますが、かなり珍しいと思います」
「……ワン・フォー・オール専用に近い機能を一晩で追加した、と」
「そうですね」
オールマイトは黙った。
何か問題があるだろうか。
◇ ◇ ◇
緑谷さんは画面に並んだ六つの項目を見続けていた。
「これが、歴代の人たちの……」
「個性構造としては、そうだと思います」
そこに歴代所有者本人がいる、とまでは私は言わない。
個性因子に人格情報のようなものが残る可能性はあるが、機能構造とは別問題だ。
今回の依頼は個性解析。
なら、報告すべきなのは機能側になる。
「一つ気をつけた方がいいことがあります」
「何?」
「これらの個性は、元の状態より強くなっている可能性が高いです」
ワン・フォー・オールは何代にもわたって力を蓄積してきた。
内部の個性も、その蓄積構造から切り離されているわけではない。
黒鞭が昨日あれほど大きく暴走した理由の一部も、おそらくそこにある。
元の所有者が扱っていた感覚で同じ出力が出るとは限らない。
「もし他の個性が発現した場合、最初から制御できるとは考えない方がいいです」
「……うん」
緑谷さんが真剣に頷く。
「昨日みたいになる可能性があるってことだね」
「あります。個性によっては黒鞭より周囲へ影響が出るかもしれません」
特に速度へ干渉するもの。
危険感知も、感覚入力が急激に増えれば本人への負荷がある可能性がある。
煙幕なら制御を失えば視界が塞がる。
浮遊なら突然足場を失う。
発勁も、蓄積量と放出量を把握せず使えば身体操作に影響する。
能力そのものより、突然使えるようになることの方が問題だった。
◇ ◇ ◇
「以上が、今日の解析結果です」
私は記録を確定する。
昨日分と合わせれば、ワン・フォー・オールの構造はかなり明確になった。
継承する中核。
力の蓄積。
過去所有者の履歴。
内部へ保存された六個性。
現在発現した黒鞭。
残る五つの休眠構造。
今日の依頼としては十分だった。
「この結果は学校側へ提出します。ワン・フォー・オールの名称や継承事情については、昨日と同じく閲覧範囲をそちらで決めてください」
「分かった。ありがとう、空木少年」
「ありがとうございます、空木君」
「どういたしまして」
緑谷さんはまだ画面を見ている。
昨日まで、自分の個性を一つだと思っていた。
その中に六つ眠っていると言われれば、考えることもあるのだろう。
私にとっては、解析対象としてかなり珍しい例だった。
ぐちゃぐちゃに折り畳まれた複数個性。
継承のたびに増えた情報。
通常ならしない保存方法。
それを見られるようにするため、自分の研究補助個性まで少し作り直した。
久しぶりに、分からない構造を一つずつ解いていく作業だった。
結果も出た。
それで満足だった。
今日は、六つの中身が分かった。
そこまででいい。