無個性は個性をつくる 作:匿名希望
さらに翌日。
私は五つの腕輪を持って、緑谷さんたちのところへ向かった。
昨日、ワン・フォー・オールの内部に残っている六個性について解析結果を伝えた。
そのうち『黒鞭』だけは既に発現している。
残りは休眠状態。
発現経路が表側へ繋がっていないだけで、個性そのものは正常に存在していた。
なら、自然に目覚めるのを待つ必要はない。
そもそも黒鞭は、合同戦闘訓練の最中に突然出てきた。
次も同じように、本人が予想していない状況で発現する可能性がある。
『煙幕』なら周囲が見えなくなる程度で済むかもしれない。
『浮遊』も高さ次第では対処できる。
しかし、『変速』や『発勁』が不本意なタイミングで大きく発現すれば、本人だけでなく周囲へ被害が出る可能性もある。
それなら安全を確保した場所で全部起こしてしまった方がいい。
ヒーローを目指しているなら、早いうちから六個性すべての習熟訓練を始められること自体も利点になる。
どうせ、そのうち似たような相談が来ると思った。
だから、先に作っておいた。
◇ ◇ ◇
今回使う場所は、雄英の訓練施設だった。
緑谷さん。
オールマイト。
相澤先生。
そして私。
人数は必要最低限に抑えられている。
ワン・フォー・オールの事情を考えれば、その方がいいのだろう。
相澤先生が私の持っているケースを見る。
「それが昨日言ってたやつか」
「昨日は作るとは言っていませんよ」
「じゃあ何だ」
「今日持ってきただけです」
「同じだろ」
そうだろうか。
私はケースを開いた。
中には五つの腕輪が並んでいる。
特に装飾はない。
単純な無地のバンド。
それぞれ表面に、黒いマジックで文字を書いてある。
『浮遊』
『煙幕』
『危機感知』
『発勁』
『変速』
緑谷さんが覗き込んだ。
「……手書き?」
「はい」
「空木少年、普段のサポートアイテムに比べて、ずいぶん簡素だね」
オールマイトにも言われた。
「一度使えばほぼ用済みですので」
見た目を整える意味がない。
今日の目的は、腕輪を継続して装備させることではない。
ワン・フォー・オール内部で眠っている個性の発現経路へ、一度だけ外部から刺激を入れる。
本人側からその経路へアクセスできる状態になれば、その腕輪の役割は終わる。
耐久性も、長期装着性も、外観も必要最低限でいい。
文字についても同じだ。
どれがどれか分かればいいので、印刷する必要すらなかった。
「中身は大丈夫なんだろうな」
相澤先生が聞く。
「それは確認しています」
「見た目との差がすごいな……」
オールマイトが小さく呟いた。
◇ ◇ ◇
腕輪そのものに個性を入れたわけではない。
ワン・フォー・オールも改造しない。
内部に既にある個性へ対し、発現経路の位置を外部から指定して刺激する。
昨日の解析で、五つがどこへ折り畳まれ、どの経路を通れば表側へ繋がるのかは分かった。
後は、その経路を一度開けばいい。
「安全面について確認します」
私は相澤先生を見る。
「発現した個性が制御できなくても、すぐには『抹消』しないでください」
「昨日の黒鞭みたいになってもか?」
「はい。暴走状態も含めて、本人がどの程度扱えるか確認した方がいいです」
発現した瞬間に止めれば、安全ではある。
ただ、それでは緑谷さん本人が個性を認識する前に終わる可能性がある。
「本人か周囲へ、不可逆的な被害が出る可能性が高いと判断した場合だけ止めてください。それ以前なら、多少制御を失っても続けた方がいいと思います」
相澤先生が私を見る。
「多少、の基準が怖いんだが」
「骨折程度なら治せます」
「そういう問題じゃない」
また違ったらしい。
ただ、緑谷さん自身もこれまでワン・フォー・オールで何度も身体を壊していると聞いている。
今は制御も上達しているし、ここには相澤先生もいる。
安全条件としては十分だ。
「俺が止めると判断したら止める。それでいいな」
「構いません」
最終判断を監督者へ任せるなら、それでもいい。
◇ ◇ ◇
最初は『浮遊』からにした。
緑谷さんの右腕へ腕輪を取り付ける。
「何か操作は?」
「ありません。起動はこちらでします」
「分かった」
緑谷さんが少し身構える。
私は腕輪を起動した。
内部の人工個性が、ワン・フォー・オールの特定箇所へ刺激を送る。
休眠している『浮遊』。
発現経路。
接続。
反応が返ってくる。
「来ますよ」
「え?」
緑谷さんの身体が床から離れた。
数十センチ。
そのまま止まる。
「うわっ」
足を動かす。
当然、地面には届かない。
姿勢が少し傾いた。
オールマイトが一歩前へ出るが、相澤先生は動かない。
「落ち着け、緑谷」
「は、はい!」
緑谷さんが身体を動かし、どうにか姿勢を戻す。
個性因子を見る。
発現経路は開いている。
腕輪側からの刺激を切る。
それでも浮遊は続いた。
成功。
「自分で止めてみてください」
「止める……!」
数秒後。
身体が下がり、足が床へ触れた。
緑谷さんが自分の足を見る。
「できた……」
「では次です」
「もう!?」
「五つありますので」
一つに長時間使う予定はない。
今日は覚醒させる日だ。
訓練は後でやればいい。
◇ ◇ ◇
二つ目。
『煙幕』。
腕輪を交換する。
起動。
発現経路へ刺激。
直後、緑谷さんの身体から煙が噴き出した。
「うわっ!」
想定より多い。
一気に訓練区画の視界が悪くなる。
「空木君!? これ多くない!?」
煙の向こうから声が聞こえる。
「ワン・フォー・オール内部で増強されている可能性は昨日説明しました」
「説明は聞いたけど!」
さらに煙が増える。
相澤先生はまだ『抹消』を使わない。
毒性はない。
視界が悪いだけだ。
緑谷さん自身も発生を止めようとしている。
しばらくして、煙の追加放出が止まった。
換気設備を動かす。
少しずつ視界が戻る。
緑谷さんが咳き込んでいた。
「煙そのものに強い刺激性はありませんよ」
「びっくりしただけだよ!」
それなら問題ない。
『煙幕』も発現経路が開いた。
二つ目。
成功。
◇ ◇ ◇
三つ目は『危機感知』。
これは発現させただけでは確認しにくい。
腕輪を起動する。
個性因子側では接続が開いた。
ただ、緑谷さん本人には変化がない。
「何か感じますか?」
「……いや、何も」
「正常だと思います」
危険がないからだ。
私は少し離れる。
「相澤先生」
「何だ」
「緑谷さんへ危険だと認識される程度の攻撃動作をお願いします。当てなくて構いません」
「お前がやれ」
「私だと護衛型が反応するので」
影の中には個人護衛型がいる。
私が誰かへ攻撃する側なら問題ないが、余計な挙動を増やす必要もない。
相澤先生が捕縛布を持ち上げた。
何の予告もなく、緑谷さんの死角側から動かす。
「っ!」
緑谷さんが頭を押さえた。
捕縛布が届くより先だった。
「今の……!」
「危機感知ですね」
もう一度。
別方向。
また反応する。
本人の視界外でも同じだった。
ただ、二度目には少し顔をしかめている。
「頭の中に直接来る感じがする……」
「感覚入力型ですから、慣れないうちは負担があると思います」
周囲に危険が多い環境では、さらに情報量が増える可能性がある。
その辺りは訓練が必要になる。
三つ目も正常に覚醒。
◇ ◇ ◇
四つ目。
『発勁』。
腕輪を起動する。
経路が開く。
ただし、これは蓄積する動作が必要だ。
「同じ動きを何度か繰り返してください。大きくなくていいです」
緑谷さんが屈伸する。
一回。
二回。
三回。
個性側へ蓄積が始まった。
昨日見た構造通りだ。
「もう蓄積されています」
「これを出すには?」
「同じ動作へ乗せて放出するのが分かりやすいと思います。ただし最初なので、全量は出さない方がいいですね」
「分かった」
緑谷さんが軽く地面を蹴る。
次の瞬間、予想より大きく身体が前へ出た。
本人も驚きながら着地する。
「速っ……!」
転倒はしなかった。
ワン・フォー・オール自体による身体能力強化があるので、対応できたらしい。
ただし発勁単体の出力も、元の個性よりかなり増幅されているように見える。
「蓄積量と放出量の調整が必要ですね」
「これ、普通のワン・フォー・オールと一緒に使ったら……」
「さらに速くなるでしょうね」
今やる必要はない。
本人も同じ判断をしたらしく、その場で試そうとはしなかった。
四つ目。
成功。
残るのは一つ。
◇ ◇ ◇
最後の腕輪には、『変速』と書いてある。
相澤先生がそれを見る。
「最後が一番危なそうなのを残したな」
「対象の運動そのものへ干渉するので、確認しやすい環境を最後にしただけです」
人間へ使う必要はない。
訓練用の小さな物体を用意する。
一定速度で移動するだけの簡単な標的。
緑谷さんへ腕輪を装着する。
「これは接触対象へ作用します。まず自分ではなく、あれに使ってください」
「うん」
起動。
発現経路へ刺激。
これまでと同じように、休眠構造が表側へ繋がる。
緑谷さんが標的へ近づき、手を触れた。
最初は何も起きない。
「速度を変える意識です」
「速度……」
標的が動き出す。
一定速度。
その途中で、急に速くなった。
緑谷さんが手を離す。
標的は設定していた速度より明らかに速いまま移動し、壁側の緩衝材へ突っ込んだ。
「変わった……!」
「はい」
速度設定へ干渉している。
もう一度。
今度は減速。
移動していた標的が、不自然なほど急に遅くなる。
正常。
相澤先生は最後まで『抹消』を使わなかった。
必要な被害も出ていない。
五つ目。
成功。
◇ ◇ ◇
私は緑谷さんの個性因子を確認する。
昨日までは、黒鞭以外の五つはワン・フォー・オール内部へ折り畳まれ、発現経路が閉じたままだった。
今は違う。
変速。
発勁。
危機感知。
黒鞭。
煙幕。
浮遊。
六つすべてに、現在の所有者からアクセスできる経路が存在している。
「これで全部使えます」
緑谷さんは五つの腕輪を見る。
「本当に、一日で全部……」
「一日で個性を作ったわけではありませんよ。元から中にあったものを起こしただけです」
そこは重要だ。
私が六個性を与えたわけではない。
ワン・フォー・オールへ新しい機能も追加していない。
休眠していたものへ外から刺激を入れただけ。
「腕輪はもう必要ありません」
私は緑谷さんから最後の一つを外す。
役目を終えた五つをケースへ戻す。
外観を適当にしたのは正解だった。
本当に一回ずつしか使っていない。
オールマイトが腕輪を見る。
「これだけ簡単そうに見えると、何とも言えない気持ちになるね……」
「装置が簡単というより、起こす場所が昨日の解析で全部分かっていましたので」
場所が分かっているなら、刺激するだけだ。
難しい工程ではない。
◇ ◇ ◇
「空木」
相澤先生が呼ぶ。
「これで、もう突然新しい個性が出てくることはないんだな?」
「少なくとも、確認できている六つについては全て発現可能状態になりました」
「使いこなせるかは?」
「別問題です」
私は緑谷さんを見る。
浮遊では姿勢を崩した。
煙幕は出しすぎた。
危機感知には驚いていた。
発勁の放出量もまだ分かっていない。
変速も、今は単純な標的を速くしたり遅くしたりしただけ。
黒鞭に至っては最初から暴走している。
「使えるようになっただけです。習熟はこれからですね」
「やっぱりそうか……」
緑谷さんは少し困ったように笑った。
ただ、嫌そうではない。
むしろ五つ全部を試した直後なのに、頭の中では既に使い方を考え始めているように見える。
ヒーロー科なら、それでいいのだろう。
「今後は一つずつ練習しろ」
相澤先生が言う。
「いきなり全部同時に使おうとするなよ」
「はい!」
「特に変速と発勁。出力が分からないうちに全力で試すな」
「はい!」
「煙幕もだ。訓練相手まで何も見えなくするな」
「はい!」
指導が続いている。
そこから先はヒーロー科の授業になる。
私の仕事ではない。
◇ ◇ ◇
五つの腕輪をケースへ収める。
昨日、六個性の構造が分かった時点で、今日の結果はほぼ予想できていた。
いつ目覚めるか分からないものを待つ。
不意に発現して、そのたびに事故へ対応する。
その後で一つずつ訓練する。
それより、管理された環境で全部起こしてしまえばいい。
安全性も高い。
訓練開始も早い。
ワン・フォー・オール自体を改造する必要もない。
緑谷さんには、これから六つの個性を使う時間がある。
使えることと、使いこなせることは違う。
なら、早く使えるようにしておく方がいい。
「では、私は戻ります」
「空木君、ありがとう!」
「どういたしまして」
「空木少年、本当に助かったよ」
「依頼でしたから」
私はケースを持って訓練施設を出る。
後ろでは、さっそく相澤先生が緑谷さんの訓練方法について話し始めていた。
五つの休眠個性は、もう眠っていない。
後は本人が使いこなすだけだった。