無個性は個性をつくる 作:匿名希望
それから数日後。
緑谷さんの六個性については、相澤先生の監督下で訓練が始まっていた。
一度発現経路を開いてしまえば、私が関わることはほとんどない。あとは本人がそれぞれの出力と感覚に慣れ、ワン・フォー・オール本来の身体強化と組み合わせられるようにするだけだ。
私は通常の研究へ戻っていた。
そこへ、今度はオールマイトから連絡が来た。
相談したいことがあるらしい。
内容までは書かれていなかったが、ここ数日ずっと緑谷さんの個性を調べていたので、何となく予想はできた。
指定した時間に研究室へ来たオールマイトは、いつもの細い姿だった。
「時間を取ってもらってすまないね、空木少年」
「構いません。それで、相談というのは?」
「ああ」
オールマイトが少し言いにくそうに間を置く。
それから、自分の身体へ視線を落とした。
「私のワン・フォー・オールも、何とかならないだろうか」
大体予想通りだった。
◇ ◇ ◇
詳しく聞く。
オールマイトは既にワン・フォー・オールを緑谷さんへ譲渡している。
神野の戦いまでは残り火があり、それを使って戦うことができた。
しかし、今はもう使えない。
以前なら、それで終わりだった。
一度譲ったワン・フォー・オールを取り戻すという発想自体がなかったらしい。
ただ、ここ数日で事情が変わった。
私は緑谷さんの中にあるワン・フォー・オールを解析した。
内部の六個性まで見つけた。
休眠していた五つを外部装置で目覚めさせた。
さらに、個性を人工的に作れることもオールマイトは知っている。
なら、自分の分もどうにかできないか。
そう考えたらしい。
「できますか、と聞かれれば、たぶんできます」
私が答えると、オールマイトの姿勢が少し前へ出た。
「本当かい?」
「まず診てみましょう。元のワン・フォー・オールが何か残っているなら、それを利用した方が簡単かもしれません」
「頼む」
今日は相談だけかと思っていたが、本人がいるなら確認はすぐできる。
私は個性因子知覚を使った。
◇ ◇ ◇
オールマイトの身体を見る。
生まれつき無個性だったことは、既に本人から聞いている。
だから探すべきものは一つ。
長年保有していたワン・フォー・オールの痕跡。
身体に定着していた経路。
残存因子。
発現に使われていた構造。
何かしら残っていれば、そこから再構成する方法も考えられる。
ただ。
「……ありませんね」
「ない?」
「はい」
もう一度見る。
結果は同じだった。
「少なくとも、利用できる形では何も残っていません。ワン・フォー・オールの個性因子も、発現可能な残存構造もありません」
「完全に消えている、ということかい?」
「そう考えていいと思います」
長期間使った身体なので、身体側には戦い方や負荷へ適応した痕跡がある。
だが、それは個性因子そのものではない。
神野まで使っていた残り火も、もう存在しない。
今のオールマイトは、本来の状態へ戻っている。
無個性。
加えて、過去の重傷による大きな身体欠損と後遺症を抱えている。
「元から無個性だったという話とも一致します」
「そうか……」
オールマイトは少しだけ目を伏せた。
落胆はしているようだったが、驚いてはいない。
本人も、もう残っていないと思っていたのだろう。
◇ ◇ ◇
「ただ、元の因子が残っていないことと、戻せないことは別です」
「というと?」
「緑谷さんのワン・フォー・オールは、もう詳しく解析しています」
構造は知っている。
中核。
蓄積。
譲渡。
内部の六個性。
特殊な折り畳み方も、今では見える。
同等の人工個性を設計すること自体は可能だった。
「緑谷さんのワン・フォー・オールと同じ機能を持つ個性を作って、オールマイトへ移植する方法があります」
オールマイトが目を見開く。
「ワン・フォー・オールを……作る?」
「正確には、現在解析できている構造を基準にした人工個性です。同じ歴史を作り直すわけではありません」
七代分の履歴。
オールマイト自身が使っていた期間。
歴代継承者の人生。
そういうものまで作る話ではない。
個性として必要な機能を再現する。
それだけだ。
「技術的には問題ありません。緑谷さんの個性構造を基準にするので、本人にも説明して許可を取っておいた方がいいとは思いますが」
勝手に作っても技術上は困らない。
ただ、本人たちが秘密として扱ってきた個性だ。
わざわざ余計な問題を増やす必要はない。
正式に進めるなら、緑谷さんと学校側を通した方が楽だった。
オールマイトはしばらく黙っていた。
「それなら……また、ワン・フォー・オールを使えるのか」
「使えるようにはできます」
私は答えてから、少し考える。
できる。
でも。
必要だろうか。
◇ ◇ ◇
「ただ、ワン・フォー・オールを作る必要はないと思います」
オールマイトが止まった。
「……どういうことだい?」
「オールマイトが欲しいのは、ワン・フォー・オールそのものですか?」
「それは……」
すぐには答えなかった。
私は続ける。
「今の話だと、目的はもう一度ヒーローとして動ける身体を得ることですよね」
「そうだ」
「それなら、もっと単純にできます」
ワン・フォー・オールは非常に特殊な個性だ。
力を蓄積する。
所有者間で継承する。
過去所有者の個性を内部へ保持する。
現在は六種類の追加個性まで発現できる。
それらは緑谷さんにとっては意味がある。
九代目として受け継いでいるからだ。
でも、オールマイトを再び戦える状態へするという目的だけなら、不要な機能が多い。
「オールマイトに必要なのは、継承機能ではありません」
私は端末へ必要条件を書き出していく。
「筋力。速度。反応速度。耐久性。この四つがまず必要です」
全盛期のオールマイトの映像資料は大量に残っている。
神野以前には、その機能を参考にした人工ヒーローまで試作した。
本人そのものを再現したわけではないが、オールマイト級の身体強化がどういう要素で成立するかは、既に設計経験がある。
ただし、本人へ入れるなら人工身体とは条件が違う。
「それから、身体側も補助した方がいいですね」
「身体側?」
「今のオールマイトは、単純に個性がないだけではありませんから」
大きな古傷がある。
長年の戦闘で身体にも負担が蓄積している。
年齢も若くはない。
そこへ全盛期級の筋力だけを追加しても、身体側がついてこなければ意味がない。
「循環器系。呼吸。代謝。高出力運動時のエネルギー供給。加齢による身体機能低下の補正。それから古傷によって失われた機能の補助」
オールマイトが静かに聞いている。
「筋力を上げた結果、その筋力で自分の身体を壊さないための保護も必要です。関節、骨、腱、内臓への過負荷を自動的に抑える機能も入れた方がいいでしょう」
「待ってくれ」
オールマイトが手を上げた。
私は止める。
「つまり君は……」
少し間を置いてから聞いてきた。
「ワン・フォー・オールを戻すんじゃなくて、私が昔のように動ける個性を新しく作ると言っているのかい?」
「そうです」
その方が簡単だ。
◇ ◇ ◇
目的から逆算する。
オールマイトを再び全盛期に近い能力で動かす。
必要なのは、全盛期の彼がワン・フォー・オールによって得ていた結果だ。
力。
速度。
頑丈さ。
反応。
長時間戦闘を成立させる身体性能。
今の負傷した身体でも、それを安全に使える補助。
それらを一つの複合人工個性へまとめればいい。
ワン・フォー・オールの再現より、よほど設計しやすい。
「緑谷さんが使っている六個性も必要ありません。浮遊したいなら別ですが」
「いや……特には」
「煙幕は?」
「必要ないかな……」
「危機感知も、オールマイトの戦闘経験を考えれば必須ではないと思います。追加したければできますが」
「いや、待ってくれ空木少年。そういう注文方式なのかい?」
「人工個性なので」
必要な機能だけ入れればいい。
余計な機能を増やす意味はない。
オールマイトは額へ手を当てた。
最近、教師からよく似た反応をされる気がする。
◇ ◇ ◇
「一つ確認したい」
「はい」
「それを受け取った場合、私は……また戦えるのかい?」
そこは少し慎重に答える。
「設計通り適合すれば、近い水準までは戻せると思います」
全盛期そのもの。
そう断言する必要はない。
当時の本人を完全に計測したデータがあるわけではない。
映像。
戦闘記録。
現在の身体。
本人の証言。
既知のワン・フォー・オール出力。
それらから設計する。
「年齢そのものを若返らせる話ではありません。身体の外見も、昔と完全に同じになるとは限りません」
私自身なら『巻き戻し』を使って年齢制御までしている。
しかし、それをオールマイトへ入れる必要はない。
今回の目的は若返りではなく、戦闘能力の回復だ。
「ただ、筋力、速度、反応、耐久と、高出力運動を支える身体機能をまとめて補えば、少なくとも今より大幅に動けるようにはできます。設計目標を全盛期の戦闘記録へ置くこともできます」
オールマイトは黙った。
その顔からは、すぐに答えを出していいのか迷っていることが分かる。
私は急かさない。
どちらでも作れる。
◇ ◇ ◇
「ワン・フォー・オールには、思い入れがある」
しばらくして、オールマイトが言った。
「私が師から受け継いだ力だ。長い間、私の人生の中心でもあった。そして今は緑谷少年へ渡した」
「はい」
「できるなら、もう一度あの力を使いたいと思った。それは本当だ」
それは理解できる。
私には同じ感覚はないが、長年使っていたものなら愛着はあってもおかしくない。
「だが、君が作るものは、私が志村師匠から受け取ったワン・フォー・オールそのものではないんだね」
「そうですね」
同じ機能を持つ因子を作ることはできる。
でも、あの時渡された個体そのものではない。
「緑谷さんから取り返すわけでもありません。解析結果から新しく作るだけです」
「なら……」
オールマイトが少し笑った。
「コピーにこだわる必要はないかもしれないな」
「私もそう思います」
欲しい結果が同じなら、設計しやすい方を使えばいい。
◇ ◇ ◇
「新しい個性の場合、名前はどうなるんだい?」
「必要になれば後で決めればいいと思います」
「そこはずいぶん軽いね!?」
「機能に影響しませんので」
まず作る。
名前は登録時に必要なら考えればいい。
今決めることではない。
オールマイトは少し笑ってから、改めて真剣な表情になった。
「では、お願いしたい」
「ワン・フォー・オールのコピーではなく、新規の人工個性で?」
「ああ」
頷く。
「私は元々無個性だった。ワン・フォー・オールを受け継いだから、ヒーローとして戦うことができた」
その声は静かだった。
「だが、今のワン・フォー・オールは緑谷少年のものだ」
「はい」
「私が再び立てるのなら、その方法まで同じである必要はない」
依頼内容は決まった。
◇ ◇ ◇
私は診察結果を保存する。
現状。
ワン・フォー・オール残存因子なし。
本来無個性。
重度の古傷と、それに伴う身体機能低下。
加齢による能力低下あり。
希望。
再びヒーロー活動が可能な身体性能。
設計目標。
過去の全盛期に近い戦闘能力。
必要機能として、筋力、速度、反応、耐久、循環・呼吸・代謝補助、加齢低下補正、旧傷による機能損失への補助、高出力時の自己損傷防止。
細部は実際の身体データを取ってから決めればいい。
「次は詳細な身体検査が必要になります。それから設計です」
「どれくらいかかる?」
「まだ検査前なので確定はしませんが、ワン・フォー・オールを一から再現するよりは簡単です」
人工個性を作ること自体はもう難しくない。
問題はオールマイトの身体へ安全に合わせること。
出力を上げすぎればいいわけではない。
全盛期級の動きを、今の身体で継続して使えるようにする必要がある。
そこを詰める方が重要だった。
「正式に進めるなら、学校や医療側の手続きも必要になると思います」
「当然だ。そこは私からも話を通そう」
「お願いします」
勝手に移植して後から問題になる方が面倒だ。
今回は本人が希望している。
雄英も関わっている。
正式に進めればいい。
オールマイトが立ち上がる。
今はまだ、細く、古傷を抱えた身体のままだ。
それをどこまで戻せるか。
正確には、戻すのではない。
現在の身体へ、新しく必要な性能を与える。
ワン・フォー・オールをもう一つ作る必要はない。
オールマイトがオールマイトとして動くために必要な機能だけを作ればいい。
依頼内容としては、その方がずっと分かりやすかった。