無個性は個性をつくる 作:匿名希望
オールマイトから依頼を受けた翌日まで、私は特に何もしていなかった。
正確には、オールマイトの件に関して何もしていなかった。
授業へ出て、依頼されていたサポートアイテムの調整をして、研究室で別の作業を進める。
人工個性そのものは作れる。
移植もできる。
問題になるのは、オールマイトへ新しい個性を与えることを学校だけで決めていいのか、という部分だった。
本人は元プロヒーローで、今も雄英教師。
新しく持たせるのは、近い全盛期の戦闘能力を再現するための高出力個性になる。
そこは私が勝手に処理するより、必要なところへ話を通してもらった方がいい。
だから待っていた。
すると翌日、根津校長から研究室へ呼ばれた。
◇ ◇ ◇
「早かったですね」
机の上に置かれた書類を見て、私は言った。
かなりの量がある。
根津校長がいつもの笑顔で答えた。
「八木君がずいぶん頑張ったからね」
向かいに座っているオールマイト――八木俊典本人が、少し疲れた顔で笑った。
「いやあ……久しぶりに書類で戦った気分だよ」
「戦ってはいないと思いますが」
「比喩だよ、空木少年!」
そうですか。
私は書類を確認する。
本人の正式な同意。
医療側の確認。
雄英側の承認。
警察を含めた関係機関への必要な手続き。
人工個性移植を行うこと。
目的が戦闘能力を含む身体機能の回復であること。
施術後の検査と管理。
情報の扱い。
必要な項目が一通り揃っている。
抜けも見当たらなかった。
「問題ありませんね」
「本当に?」
オールマイトが聞く。
「はい。私の方で追加してもらうものはありません」
根津校長が満足そうに頷いた。
「それならよかった」
ずいぶんきれいに整えてある。
以前なら、私の技術で個性を作って人へ入れる、というだけでも説明から始める必要があったと思う。
今はミリオさんの『透過』を摘出、修復、再移植した実績もある。
学校と医療側も、私が他人の個性因子へ安全に介入できることを既に知っている。
その分、話は通しやすかったのだろう。
私には手続きそのものへの興味はない。
終わっているなら、それでいい。
◇ ◇ ◇
身体情報も揃っていた。
オールマイトは長年リカバリーガールの治療や健康管理を受けている。
過去の負傷。
手術。
失われた身体機能。
神野以前と以後の状態。
引退後の変化。
かなり詳細な記録が残っていた。
そこへ今回、最新の再検査まで追加されている。
「今日のデータですか?」
「ついさっき測ったものさ」
リカバリーガールが言った。
今回は医療側の立会いとして研究室へ来ている。
「昔の記録だけで作らせるわけにもいかないだろう。今の八木をきっちり診たよ」
「助かります」
過去の全盛期データだけあっても意味がない。
人工個性を入れる先は、今のオールマイトだ。
年齢。
筋肉量。
骨格。
循環器。
呼吸器。
代謝。
神経反応。
古傷による欠損。
現在の食事量と栄養状態。
必要な情報は揃っている。
私は自分でも一度確認した。
個性因子知覚ではなく、今日は主に身体状態の再検査になる。
記録と実際の状態に大きな差はない。
「これなら設計できます」
「どれくらいかかりそうだい?」
オールマイトが聞く。
「数時間くらいだと思います」
「……数時間?」
「はい」
根津校長は笑っている。
リカバリーガールは特に驚いていない。
最近、この辺りの反応に差が出てきた気がする。
◇ ◇ ◇
一から考える必要はなかった。
神野より前。
有名ヒーローの能力を参考にした人工生命を試作していた頃、私はオールマイト型も作っている。
ワン・フォー・オールをコピーしたものではない。
オールマイトの戦闘映像から必要な機能を抜き出し、
高い筋力。
高速移動。
衝撃へ耐える肉体。
高速戦闘へ追従する反応。
それらを一つの役割個性としてまとめたものだった。
あの時は人工生命用だった。
今回は人間へ入れる。
しかも本人。
だから、そのまま流用するわけにはいかない。
でも、土台としてはかなり使える。
「以前、オールマイトの戦闘能力を参考にした人工個性は作っています」
「……私の?」
「はい」
オールマイトが何とも言えない顔をした。
「いつの間に……」
「神野の前ですね」
「聞いてないなあ!」
「話す必要がありませんでしたので」
当時は私的な研究だった。
後に神野で人工ヒーロー試作機を投入したことで、学校側にも存在は知られている。
別に今さら隠す話でもない。
「あの時の設計を、人間の身体で安全に動くよう調整します」
人工生命なら、個性へ合わせて身体側まで自由に設計できる。
オールマイト本人ではそうはいかない。
だから今の身体へ合わせる。
◇ ◇ ◇
まず、出力上限を決める。
目標は過去の全盛期記録。
ただし、単純に同じ筋力だけを出しても駄目だ。
今のオールマイトは、当時より年齢を重ねている。
古傷もある。
なら、その差を個性側で補う。
筋力強化だけではなく、骨、関節、腱、筋肉への負荷を分散する。
高速移動時には内臓が受ける慣性負荷も抑える。
神経伝達と反応速度を引き上げる。
心肺機能が高出力運動へ追従できるよう補助する。
酸素供給。
循環。
代謝。
熱処理。
必要な栄養とエネルギーを戦闘時に効率よく利用する。
年齢によって低下した部分は、若返らせるのではなく、動作時だけでも要求水準を満たせるよう補正する。
「若返るわけではないんだね」
途中経過を見ていたオールマイトが聞く。
「はい。年齢を変える必要はありませんから」
私自身は状態固定型の『巻き戻し』で肉体年齢まで調整できる。
でも、オールマイトへ同じものを入れる理由はない。
依頼は若返りではない。
ヒーローとして動ける能力を取り戻すことだ。
「見た目についても、全盛期と同じになる保証はありません。筋肉量は増えると思いますが」
「それで十分だ」
なら問題ない。
◇ ◇ ◇
設計を進めている途中で、一つ気になる部分があった。
食事。
オールマイトは過去の負傷で消化器官にも大きな損傷を受けている。
そのため、一度に取れる食事量もかなり制限されていた。
今までの生活なら、それでも成立していた。
しかし、近全盛期級の身体能力を使うなら話が違う。
「これも直した方がいいですね」
「何がだい?」
「食事です」
オールマイトが少し固まった。
リカバリーガールがこちらを見る。
「食事を?」
「はい。高出力で動く身体を作るのに、十分な食事を取れないままにする意味がありません」
人工個性側で代謝効率を上げることはできる。
外部からエネルギーを補う方法もある。
でも、本人は普通に食事ができる。
なら、その方が自然だった。
「失った胃そのものを治すんじゃないのかい?」
リカバリーガールが聞く。
「今回は治療個性を作っているわけではないので、別に再生させなくてもいいと思います」
私は設計へ機能を追加する。
「必要な時だけ、疑似的な胃として機能する生体組織を個性で常時維持します」
オールマイトが自分の腹を見る。
「胃を……作る?」
「人工生命の身体を生成する技術の流用です。消化器官一つなら難しくありません」
個性兵は肉体そのものから人工的に作る。
筋肉。
骨。
血管。
神経。
臓器。
それらを機能する状態で形成できる。
なら、人間の身体内部で限定的な生体組織を維持することもできる。
元の胃を戻すのではない。
不足している消化機能を人工個性が補助器官として形成し続ける。
損傷しても再形成する。
必要な分だけ働く。
既存の消化器系と連動させる。
「それで、普通に食べられるようになるのかい?」
「今よりは大幅に。検査しながら量は増やしてください。いきなり無制限に食べる必要はありません」
「それはそうさね」
リカバリーガールが頷く。
ヒーローは身体が資本だ。
近全盛期級まで戦闘能力を戻すのに、栄養摂取だけ以前の制限を残す理由はない。
機能として入れておく。
◇ ◇ ◇
数時間後。
設計が完成した。
筋力。
速度。
反応。
耐久。
循環・呼吸補助。
代謝補助。
加齢による低下の補正。
旧傷による機能欠損の補助。
高出力時の自己損傷防止。
疑似消化器官の形成と維持。
それらを一つの複合人工個性へまとめる。
外部から見れば能力は単純だ。
オールマイトが以前のように強く、速く、頑丈に動ける。
内部では、その状態を成立させるためにかなり多くの補助が動く。
「完成しました」
「もう?」
「はい」
「本当に数時間だったね……」
「元の設計がありましたので」
完全新規なら、もう少し考える部分はあったと思う。
今回は以前作ったオールマイト型個性兵の設計を、人間用、本人用へ調整しただけだ。
身体データも十分。
難しい要素は少なかった。
◇ ◇ ◇
翌日。
正式な施術日になった。
移植そのものは、もう珍しい作業ではない。
自分への再移植。
ミリオさんへの『透過』再定着。
既に経験している。
今回は元々無個性の身体へ、新しく人工個性を定着させる。
だから既存個性との競合もない。
オールマイトが施術台へ座る。
リカバリーガールが横にいる。
根津校長も立ち会っていた。
「準備はいいですか?」
「頼む、空木少年」
「では始めます」
人工個性を身体へ入れる。
接続。
神経。
循環。
筋肉。
骨格。
既存の臓器機能。
古傷周辺。
一つずつ適合を確認する。
拒絶反応なし。
因子接続正常。
出力は最低状態。
まずは身体補助だけを有効化する。
呼吸。
循環。
代謝。
それから疑似消化器官。
身体内部に必要な組織が形成される。
異常なし。
次に筋力強化。
耐久。
神経反応。
高出力保護。
全部を一度に最大まで上げる必要はない。
低いところから接続確認をする。
「何か違和感はありますか?」
オールマイトが自分の手を開閉する。
「……身体が、軽い」
「痛みは?」
「ない」
「呼吸は?」
大きく息を吸う。
以前より明らかに深い。
「楽だ」
正常。
私は出力を少し上げる。
身体が変化する。
痩せていた手足へ筋肉が戻る。
ただし、昔の姿を完全に再現するようにはしていない。
必要な身体性能に合わせて、現在の八木俊典の身体が強化されていく。
「おお……」
根津校長が興味深そうに見る。
リカバリーガールは計測値を追っている。
「心拍は安定してる。血圧も問題ないね」
「では、立ってください」
オールマイトが立ち上がった。
以前より、明らかに大きい。
◇ ◇ ◇
最初にやるのは歩行だった。
廊下を普通に歩く。
戻る。
問題なし。
少し速く歩く。
問題なし。
階段を上る。
息切れなし。
「ここまでなら大丈夫ですね」
「空木少年」
「はい」
「もっと動いていいだろうか」
表情がかなり明るい。
「検査しながらなら」
リカバリーガールを見る。
「無茶しなけりゃね」
許可が出た。
その日のうちに、訓練施設へ移動した。
◇ ◇ ◇
リハビリは最低出力から始める。
軽い屈伸。
歩行。
小走り。
短距離の加速。
急停止。
跳躍。
着地。
一つずつ身体へ負荷をかけ、人工個性側の補助が追従しているかを見る。
問題はない。
「次、二十パーセントまで上げます」
「分かった!」
走る。
速い。
現役の一般的なプロヒーローと比べても十分高い速度だと思う。
でも、オールマイト本人にとってはまだ遅いらしい。
動きに余裕がある。
「身体は?」
「問題ない!」
「では三十」
さらに上げる。
床を蹴る音が変わる。
加速。
停止。
関節負荷。
正常。
筋肉損傷なし。
古傷部への異常なし。
循環追従。
代謝追従。
「本当に、動ける……」
オールマイトが自分の拳を見る。
今度は少し感情の混じった声だった。
私はデータを見る。
まだ全盛期級ではない。
でも、今日いきなり最大出力を出す必要もない。
身体が新しい個性の補助へ慣れる時間は取った方がいい。
◇ ◇ ◇
「今日はここまでですね」
「もうかい?」
「初日ですから」
リカバリーガールも頷いた。
「その子の言う通りだよ。今日移植したばかりなんだ。動けるからってすぐ昔みたいに走り回るんじゃない」
「分かっているさ!」
声がかなり元気になっている。
少なくとも、本人の気分はいいらしい。
「それから食事も試します」
「今日?」
「はい。消化機能が正常か確認したいので」
オールマイトの顔が少し変わった。
戦闘能力より食事の方に反応したように見える。
◇ ◇ ◇
用意したのは、普通の食事だった。
最初から大量ではない。
ただし、以前のオールマイトなら一度に取るには負担が大きかった量だ。
「本当に食べていいのかい?」
「検査ですので」
「食べすぎるんじゃないよ」
リカバリーガールが釘を刺す。
「もちろん!」
オールマイトが食べ始める。
食事そのものは特別ではない。
でも、途中で止める必要がない。
人工個性が形成した疑似消化器官が働き、既存の消化系へ処理を繋いでいる。
負担なし。
異常なし。
吸収も正常。
「……食べられる」
オールマイトが言った。
「はい」
「普通に食べられるぞ!」
「そのために入れましたので」
「空木少年!」
何だろう。
「ありがとう!」
「どういたしまして」
戦えることと同じくらい喜んでいるように見えた。
長期間の制限だったなら、そういうものなのかもしれない。
◇ ◇ ◇
翌日以降も出力を段階的に上げた。
本人の戦闘経験は失われていない。
ワン・フォー・オールがなくなってから身体能力だけが落ちていたので、戻した後の適応はかなり早かった。
三十。
四十。
五十。
速度が上がる。
衝撃も増える。
それでも人工個性側の保護は正常。
筋力だけを強くしているわけではないので、身体の一部へ過剰な負荷が集中することもない。
過去映像と比較する。
移動速度。
踏み込み。
反応。
跳躍。
打撃速度。
まだ細部には差がある。
年齢も違う。
身体構造も昔そのままではない。
ただ、戦闘能力という意味なら近づいている。
「近全盛期級、と言って問題なさそうですね」
私が言うと、オールマイトが動きを止めた。
「全盛期に?」
「完全一致ではありません。今の身体を基準に、近い能力を再現しています」
「それで十分だ」
本人がそう言うなら問題ない。
◇ ◇ ◇
復帰については、そのまま秘密にはされなかった。
オールマイトほど知名度の高い人間が、再び高い身体能力を持った状態で活動するなら、隠し続ける方が難しい。
雄英。
医療側。
警察を含む関係機関。
必要な確認を経た後、人工個性によって身体能力が回復したことが公表された。
ワン・フォー・オールについては当然触れない。
元々重い負傷と個性喪失によって引退していたオールマイトが、新しい人工個性による身体補助を受け、再び高い戦闘能力を持つようになった。
公表されたのは、その程度だった。
それでも反響はかなり大きかった。
ニュースでも扱われた。
雄英の外でも話題になった。
平和の象徴が戻った、と騒ぐ人もいる。
ただ、本人は正式に以前とまったく同じ第一線の活動へ戻るというより、まず教師を続けながら必要な場面へ対応できる状態を整えるらしい。
その辺りはオールマイト本人と学校が決めることだった。
私には関係ない。
◇ ◇ ◇
研究室で最終記録を整理する。
オールマイト専用人工個性。
ワン・フォー・オールのコピーではない。
継承機能なし。
蓄積機能なし。
歴代所有者由来の六個性もなし。
必要なのは、本人が昔のように動くための機能だけ。
筋力。
速度。
反応。
耐久。
身体維持。
古傷補助。
加齢低下補正。
自己損傷防止。
消化機能補助。
それだけで、結果として近全盛期級まで戻った。
ワン・フォー・オールを再現するより、ずっと簡単だった。
少し前に作ったオールマイト型の個性兵が、こんな形で本人用の設計へ流用されるとは思っていなかった。
でも、既にあるものを使えるなら使えばいい。
外では、復帰した平和の象徴についてまだ騒いでいるらしい。
私にとっては、依頼が一つ終わっただけだった。