無個性は個性をつくる 作:匿名希望
オールマイトの人工個性が完全に定着し、私が追加で確認することもなくなった。
学校側から届いていた経過記録を見る限り、近全盛期級の身体能力にも既に適応しているらしい。元々何十年も同じような速度と筋力で動いていた人なので、そこは予想通りだった。
依頼は終わった。
私は研究室で記録を保存し、次の作業へ移ろうとした。
ただ、その前に別の資料が目に入った。
文化祭の頃、クラスメイトに卒業後の予定を聞かれた時のことを思い出す。
会社を作る。
その方針自体は変わっていない。
問題は、何のための会社にするかだった。
◇ ◇ ◇
サポートアイテムを作って売る。
それだけなら、今からでもできると思う。
ヒーロー科から受けた依頼だけでも、かなりの種類を作ってきた。外部出力増幅まで含めれば、既存のサポートアイテム企業と競争するだけの技術は十分ある。
人工個性を組み込んだ物品も作れる。
個性兵も作れる。
人工生命へ任務用の個性を持たせれば、人間では難しい仕事を代行する製品として売ることもできるだろう。
ただ。
「別に、それをやりたいわけではないんですよね」
誰もいない研究室で呟く。
売れるかどうかという意味では、おそらく売れる。
利益も出る。
かなり大きな額になる可能性もある。
でも、金を増やすこと自体に興味はない。
今でも研究に必要な物の多くは自分で作れるようになっている。将来さらに製造技術が進めば、設備や材料へ必要な金額の重要性はもっと下がる。
サポートアイテムを大量に作ることも、それ自体は研究ではない。
一度仕組みが完成したものを、顧客ごとに調整して売り続ける。
必要ならできる。
でも、それを毎日の中心にしたいとは思わない。
私がやりたいのは、個性の研究だ。
◇ ◇ ◇
その前提から、会社を作る意味を考える。
研究室だけなら、自分で用意できる。
人工個性。
個性兵。
解析設備。
シミュレーション。
製造設備。
少なくとも、今の自宅研究拠点を拡張していけば、一人で研究を続けること自体には困らない。
問題になるのは、研究対象だった。
個性は人間が持っている。
一人で研究室にいるだけでは、新しい個性は増えない。
雄英へいる今はかなり恵まれている。
ヒーロー科には珍しい個性が集まる。
サポート依頼が来る。
学校や病院、公安から特殊な案件が回ってくることもある。
個性消失弾。
ミリオさんの壊れた『透過』。
エリの『巻き戻し』。
相澤先生の『抹消』。
緑谷さんのワン・フォー・オール。
学校へいるだけで、普通なら接触できない個性をかなり見られた。
卒業すれば、その環境はなくなる。
どこかの企業へ就職しないと決めた時点で、自分で代わりを用意する必要がある。
「研究対象が向こうから来る仕組みが必要ですね」
それなら会社を作る意味がある。
◇ ◇ ◇
利用者が会社へ来る。
自分の個性について相談する。
検査する。
必要ならサポートする。
その過程で、個性の情報が得られる。
既に知っている構造なら記録するだけ。
珍しい構造なら詳しく調べる。
今まで見たことがないものなら、私へ回す。
それを国内だけでなく、もっと広くできればいい。
日本には一億人以上いる。
世界ならさらに多い。
全員の個性を私自身が一人ずつ診る必要はない。
むしろ、それは効率が悪い。
個性の検査方式を標準化する。
検査結果を集める。
既存データと自動比較する。
よくある個性なら、その場で処理する。
既存分類から大きく外れているものだけを私が見る。
個性兵の自律OSと解析設備を組み合わせれば、その程度の選別は可能だと思う。
会社そのものを、大きな研究網にする。
そう考えると分かりやすかった。
◇ ◇ ◇
何を商品にするかは、そのための手段でしかない。
サポートアイテム。
個性を組み込んだ装備。
個性の詳しい検査。
個性因子の治療。
摘出や再移植。
人工個性。
今の技術なら、提供できるものはいくつもある。
ただ、それらを全部売る必要もない。
技術的に重要な部分まで外へ渡せば、私自身の管理できないところで複製される可能性が出る。
個性を自由に作る基盤そのものを売る理由はない。
個性兵を大量に一般販売して、人間の労働市場を置き換えることにも特に興味はない。
私が欲しいのは、世界中で個性を使って商売をする会社ではなく。
世界中の個性に接触できる会社だ。
結果として同じように見える部分はあるかもしれない。
でも目的は違う。
◇ ◇ ◇
そこで問題になる。
会社を作るだけならいい。
国内で研究施設を作るだけでも、それほど難しくないと思う。
しかし、人間の個性を直接扱い始めると話が変わる。
個性を新しく与える。
外す。
他人へ移す。
身体へ合うよう改造する。
危険な個性を販売する。
医療として使う。
犯罪者へ使う。
海外へ持ち出す。
今まで存在しなかったことを事業にするなら、当然、今の制度のままでは処理できない部分が出る。
許可。
医療資格。
安全基準。
危険物扱い。
警察。
司法。
国外輸送。
未成年。
同意。
保管。
責任範囲。
考えるだけで面倒だった。
「これは私がやる必要がありますかね」
たぶん、ない。
私は個性を作る側だ。
法律を書く理由はない。
制度の申請書を一から作る理由もない。
役所ごとに同じ説明を繰り返して許可を取る時間があるなら、その分研究をした方がいい。
誰かに任せるべきだった。
問題は誰に任せるか。
◇ ◇ ◇
会社を作る専門家へ依頼する。
弁護士。
行政関係。
そういう選択肢もある。
ただ、個性を安全に摘出して別人へ移植できる、と説明するところから始める必要がある。
人工個性を一から製造できる。
必要なら量産できる。
人工生命へ搭載できる。
そういう話まで全部理解してもらった上で、複数の行政機関と調整してもらうことになる。
それなら最初から、ある程度知っている組織の方が早い。
私は少し考えた。
「公安でいいのでは?」
ちょうどいい組織があった。
◇ ◇ ◇
公安は既に私の技術の一部を知っている。
神野の件もある。
個性消失弾の解析依頼も受けた。
オールマイトの人工個性についても、正式手続きの中で関係機関へ情報は回っている。
政府側との接続もある。
警察やヒーロー行政とも関係が深い。
危険な個性をどう扱うかという問題も、私より向こうの方が詳しい。
こちらが、
こういう会社を作りたい。
こういう技術を扱いたい。
将来は海外にも出たい。
利用者の個性を体系的に検査して研究データとして蓄積したい。
そのために必要な法律、許可、規制、他省庁との調整を用意してほしい。
そう伝えればいい。
実現できない部分があるなら、向こうから修正案を出してもらう。
私にとって問題がなければ採用する。
全部自分で調べるより、明らかに楽だった。
◇ ◇ ◇
もちろん、向こうも無料では動かないだろう。
学生一人の卒業後の会社のために、政府機関が何年も前から制度を整える理由は普通ならない。
なら、交換条件を出せばいい。
私にできることは多い。
人工個性の設計。
特殊装備。
解析。
個性兵。
医療。
安全な個性摘出。
その全部を無条件で提供するつもりはないが、制度準備の対価として何かを引き受けることはできる。
公安にとって価値があり、私にとって大きな手間ではないもの。
そういう条件なら成立する可能性は高い。
「こちらの時間を使わずに準備が進むなら、その方がいいですね」
私は簡単な案を記録する。
会社の目的。
個性研究。
運営上の目的。
利用者を通じた個性データ収集。
必要なサービス。
個性検査を中心に、将来的に人工個性、摘出、移植、改造等も扱える構造。
ただし中核製造技術そのものは外へ渡さない。
制度準備。
外部委託。
候補。
公安を含む政府側。
そこまで書いて止めた。
まだ一年生だ。
今すぐ会社を作るわけではない。
具体的な法制度を決める時期でもない。
ただ、方向はかなり明確になった。
◇ ◇ ◇
文化祭の時には、就職せず会社を作る、としか考えていなかった。
今は、その会社を何のために使うかも見えてきた。
利益を最大化するためではない。
サポートアイテムメーカーになるためでもない。
個性兵を売るためでもない。
私が研究室から動かなくても。
世界中から、新しい個性の情報だけが集まってくる。
最終的には、そういう仕組みにしたい。
そのための面倒な部分は、できるだけ他人に任せる。
公安なら、その相手としてはかなり都合がいい。
今すぐこちらから連絡するほどではない。
以前にも公安から依頼は来ている。
今後も何か頼まれる可能性はあるだろう。
その時にでも。
「交換条件として出してみましょうか」
私は記録を保存した。
向こうが何を欲しがるかは、その時に聞けばいい。
こちらが欲しいものは、もう大体決まっていた。