無個性は個性をつくる 作:匿名希望
それから、しばらく経った。
こちらから公安へ連絡する必要はなかった。
向こうから依頼が来た。
「やはり来ましたか」
雄英を通して届いた面談依頼を見ながら、私はそう思った。
以前にも公安関係の仕事は受けている。
個性消失弾の解析をはじめ、私の技術についてもある程度は向こうへ情報が渡っている。オールマイトへ人工個性を移植した件では行政や警察も正式な手続きへ関わった。
今後また何か頼まれる可能性は高いと思っていた。
ちょうどいい。
こちらにも頼みたいことがある。
◇ ◇ ◇
面談は雄英の会議室で行われた。
私の他に根津校長。
公安側から数人。
学校の生徒へ国家規模の仕事を依頼するのだから、雄英を通すのは当然なのだろう。
資料の持ち込みにもかなり厳しい制限があるらしく、端末は独立したものが用意されていた。
「機密指定の内容を含みます」
公安の担当者が最初にそう言った。
「外部への共有はしないでください」
「分かりました」
画面へ資料が表示される。
最初に出てきた名前は、異能解放軍。
聞いたことがないわけではない。
昔から存在する思想や、その系譜くらいは一般知識として知っている。
ただ、今その名前が大きな組織として活動していることまでは知らなかった。
説明を聞く。
ヴィラン連合。
死柄木弔。
そして、異能解放軍と呼ばれていた大規模組織。
両者が衝突した後、片方が消滅したわけではなく、事実上統合された。
人員。
資金。
拠点。
社会内部へ入り込んだ協力者。
規模は、これまでのヴィラン連合とは比較にならないらしい。
「現在は超常解放戦線と名乗っています」
公安の担当者が言った。
資料には構成員の推定人数が表示されていた。
多い。
「これを相手に、大規模な一斉作戦を準備しています」
「戦争に近いですね」
私が言うと、相手は少し間を置いた。
「我々も、その認識です」
それなら話は分かりやすい。
◇ ◇ ◇
私へ求められていたのは、前線に立つことではなかった。
個性兵による後方支援。
「神野で、君が人工生命を複数運用したことは把握しています」
「はい」
「その後も、研究拠点の警備や個人護衛用として発展させている」
「そうですね」
そこまでは雄英へ開示済みだ。
公安にも必要な範囲で情報が渡っているのだろう。
ただし、向こうも私の個性兵で具体的に何ができるのかまでは把握していない。
「我々が知っているのは、人工的な肉体へ人工個性と自律行動機能を持たせられる、という概要までです」
担当者が資料を閉じる。
「実際の大規模作戦で、どの程度の支援が可能ですか?」
かなり広い質問だった。
「要望次第ですね」
私は少し考える。
「既存個体をそのまま使う必要もありません。目的が分かれば、任務に合わせて新しく設計できます」
「新しく?」
「はい」
「作戦のために?」
「必要なら」
相手が黙る。
根津校長は何も言わない。
最近はこの程度では止めなくなった。
◇ ◇ ◇
後方支援といっても種類が多い。
救助。
避難誘導。
負傷者搬送。
瓦礫除去。
障壁による防護。
火災への対応。
危険区域の観測。
通信や情報共有の補助。
物資搬送。
拠点警備。
拘束した相手の監視。
人間が入りにくい場所での活動。
「どこまでを個性兵へ任せたいのかで、設計が変わります」
私は説明する。
「例えば、瓦礫の下から生存者を探して運び出すだけなら、戦闘能力はほとんど必要ありません。その分、感知、掘削、重量物の移動、身体を傷つけず搬送する機能を優先できます」
「防衛なら?」
「障壁や衝撃吸収。建物そのものを支える機能でもいいですね。攻撃を止めるだけなら、相手を倒す必要はありません」
「戦闘支援もできる?」
「できます。ただ、それは後方支援とは別に考えた方がいいと思います」
必要なら戦闘用も作れる。
高出力。
高耐久。
拘束。
非致死制圧。
既に人工ヒーローを試作した経験もある。
ただ、何をどこまで投入するのかは、私が決めることではない。
公安とヒーロー側が決めればいい。
「先に要望をまとめてもらえれば、それに合わせて設計します」
「現在存在しない機能でも?」
「構造を設計できるものなら」
担当者が隣の人物を見る。
少し小声で何か相談していた。
私は待つ。
たぶん、想定していた答えより範囲が広かったのだろう。
◇ ◇ ◇
「確認したい」
別の担当者が口を開く。
「君の個性兵は、どの程度自律して動ける?」
「任務を限定すれば、人間が一体ずつ操作する必要はありません」
『黒影』を基にしたOSは、既にかなり安定している。
命令を理解する。
状況を判断する。
優先順位を処理する。
必要なら会話する。
想定外の状況では上位命令へ戻る。
完全な人間人格ではないが、救助や警備の任務を一つずつ遠隔操作する必要はない。
「例えば『この区域の民間人を安全地点へ避難させる』と命令すれば、経路を判断し、障害物へ対応しながら動けます」
「通信が切れても?」
「事前命令の範囲なら継続します」
「損傷した場合は?」
「程度によります。自己修復可能な構成にもできます」
また沈黙。
「……君は、今どれくらい持っているんだ?」
「何をですか?」
「個性兵を」
具体数。
少し考える。
恒久運用しているもの。
自宅と研究拠点の防衛型。
個人護衛型。
家事用。
試験用。
用途ごとの差が大きいので、単純な数字にしてもあまり意味がない。
「作戦に使える個体数を聞いているのであれば、現時点の保有数より、必要数と用途を先に決めた方がいいと思います」
「必要なら増やせる?」
「はい」
根津校長が小さく笑った。
公安側は笑っていなかった。
◇ ◇ ◇
一通り説明したところで、相手が本題へ戻った。
「我々としては、まず後方支援を中心に考えています」
理由も説明された。
ヒーローを補う戦力として個性兵が有効なのは理解している。
一方で、正体を広く知られていない人工戦力を、いきなり大量に前線投入することには別の問題がある。
指揮系統。
法的責任。
誤認。
市民への影響。
警察・ヒーロー側との連携。
ヴィランへの殺傷基準。
戦闘後の扱い。
「なるほど」
そこは技術の問題ではない。
私が一番面倒だと思っている種類の話だった。
「なら、投入範囲はそちらで決めてください。私は要求された範囲で作ります」
「それでいいのか?」
「はい」
個性兵を戦場へたくさん出したいわけではない。
データが取れるなら興味はあるが、政治的に問題になるなら減らせばいい。
必要になった時に増やす方が合理的だ。
「ただし、緊急時に追加設計を求める場合、必要な情報と権限は早く出してください。制約が後から増えると、その分だけ設計し直しになります」
「分かった」
その程度でいい。
そして。
公安側の要件は大体聞き終わった。
次はこちらだった。
◇ ◇ ◇
「では、私からも条件があります」
担当者の表情が変わる。
根津校長は、たぶん予想していた。
「報酬の話かな?」
「いえ。金額はそれほど重要ではありません」
「では?」
私は前に考えておいた資料を出す。
まだ会社名もない。
具体的な拠点もない。
事業内容も確定していない。
ただ、何をしたいかだけはまとめてある。
「卒業後、個性関連の会社を作る予定です」
「会社?」
「はい」
文化祭の時にクラスメイトへ話した内容よりは、かなり具体的になっている。
「個性の検査、治療、将来的には摘出、移植、改造、人工個性の提供などを扱える形にしたいと思っています」
公安側の空気が変わった。
当然だと思う。
今の社会には、ほとんど存在しない事業だ。
「それを……民間で?」
「その予定です」
「空木君」
担当者の声が少し慎重になる。
「今言った中には、現在の法制度では想定されていないものがかなり含まれている」
「はい。そこをお願いしたいんです」
「……何を?」
「必要な制度を準備してください」
しばらく誰も話さなかった。
◇ ◇ ◇
私は続ける。
「個性を人工的に与える場合の許可。個性登録の変更。医療行為として個性を外す場合の扱い。他人へ移植する場合の同意。危険な能力の規制。海外へ事業展開する場合の取り扱い。その辺りを卒業後に一から私が調べるのは面倒です」
「面倒……」
「なので、今からそちらで進めてもらえませんか?」
担当者が額を押さえた。
何か問題があるのだろうか。
「君が言っているのは、新しい産業分野の法整備だ」
「そうですね」
「学生の起業手続きを手伝う、という規模ではない」
「だから公安や政府へお願いしています」
個人の行政書士に頼むより適切だと思う。
「私は技術側を用意します。政府側で法制度、許認可、行政との接続、必要な資格や監督制度を用意してください」
「簡単に言うね、空木君」
根津校長が言う。
「私がやるよりは、そちらの方が得意でしょうから」
「それは間違っていないけれどね」
なら問題ない。
◇ ◇ ◇
公安側から細かく質問された。
どこまでやるつもりなのか。
人工個性を誰にでも売るのか。
危険な個性も販売するのか。
個性兵そのものを一般流通させるのか。
私は現時点で決めている範囲だけ答える。
「無条件に誰へでも危険な個性を渡す必要はないと思います。許可制で構いません」
それで研究に不利益がなければ、制度は向こうへ任せる。
「個性兵の一般販売も、今のところ目的ではありません」
「利益を上げたいわけではない?」
「利益は会社を維持できればいいです」
「では、何のために会社を?」
そこは決まっている。
「個性を研究するためです」
私は答えた。
「世界中の利用者が検査を受ければ、個性データが集まります。既知のものは自動で分類して、珍しい構造だけ私へ回す仕組みにしたいと思っています」
また沈黙。
今度は先ほどより長かった。
「……つまり」
公安の担当者が確認するように言う。
「会社そのものを、君の研究用データ収集網にするつもりなのか?」
「最終的には、そうですね」
サービスが利用される。
利用者の個性を検査する。
データが増える。
海外へ展開すれば、さらに増える。
私は研究室にいながら、新しい個性だけを確認できる。
そのための会社だ。
「なるほど」
担当者は完全には納得していない顔だったが、目的は伝わったらしい。
◇ ◇ ◇
そこからは取引の話になった。
公安側は、私の要求をその場で全部承認できるわけではない。
当然だ。
法律を公安だけで作れるわけではない。
医療。
行政。
警察。
個性登録制度。
海外との調整。
関係するところは多い。
ただし、政府内で検討を始め、卒業後の事業化へ向けた許認可ルートや制度整備を進めることはできる。
必要なら、私の技術について関係機関へ説明する場も作る。
社会的信用の面でも、正式な公共安全協力の実績があれば話は進めやすくなるらしい。
十分だった。
「それでお願いします」
「まだ条件がある」
公安側が言う。
「こちらも、今回一度だけの協力では足りないと考えている」
「どこまでですか?」
資料に再び死柄木弔と超常解放戦線が表示される。
「今回の作戦で全部終わる保証はない」
それはそうだと思う。
AFO本人は既にタルタロスへ収監されている。
それでも、ヴィラン連合は残った。
今はさらに大きな組織と合流している。
ハイエンドのような研究成果も存在する。
一度の作戦で完全に消えると考える方が不自然だった。
「我々が求めたいのは、オール・フォー・ワンを起点とする一連の勢力、現在の超常解放戦線を含む脅威が解消されるまでの継続的な技術協力だ」
一回限りではない。
今後必要になった場合も協力する。
解析。
個性兵。
装備。
新規開発。
ただし、何でも無制限にやるという意味ではない。
「無関係な案件まで全部引き受ける、という話ではありませんよね?」
「もちろんだ。作戦上関係する範囲に限る」
「それなら構いません」
私にとっても悪くない。
長く協力するほど、政府側が卒業後の準備を進める理由は強くなる。
公安が必要とする技術を作る過程で、新しい個性や資料へ接触できる可能性もある。
研究上の損失は少ない。
むしろ利益の方が大きい。
◇ ◇ ◇
一つだけ確認した。
「タルタロスにいるオール・フォー・ワン本人へ何かするのも契約に含みますか?」
担当者が少し考えた。
「現時点では含めない」
「分かりました」
既に収監済みの人間だ。
今回の超常解放戦線への作戦とは別になる。
なら、それでいい。
私から、
個性を全部外せますよ。
と提案する理由もない。
必要になったら、正式に依頼してもらえばいい。
◇ ◇ ◇
契約内容が整理される。
政府・公安側。
卒業後の個性関連事業へ向けて、法制度、許認可、行政連携、個性登録、医療制度等の準備を進める。
必要な政府機関との接続も行う。
私の側。
AFOを起点とする勢力と超常解放戦線の脅威が終わるまで、公共安全側へ積極的な技術協力を行う。
個性兵を中心とした支援。
必要に応じた新規技術開発。
作戦に直接関係しない案件は別扱い。
既存収監者への施術も自動的には含まない。
分かりやすい。
「では、これでお願いします」
私は書類を確認した。
以前、オールマイトの人工個性移植で見たものより、かなり長い。
全部読む。
問題になりそうな部分はない。
署名する。
公安側も手続きを進める。
これで成立した。
◇ ◇ ◇
会議が終わった後、今後必要になる支援の一覧だけ受け取った。
まだ確定した設計依頼ではない。
救助。
防衛。
観測。
搬送。
医療補助。
必要なら制圧。
具体的な作戦内容が固まり次第、さらに要求が来るらしい。
私は資料を閉じる。
前話で考えた通りになった。
自分で役所を回る必要はなくなった。
会社を作るまでにはまだ時間がある。
その間に政府側が制度を準備してくれる。
代わりに、私はしばらく公安側へ技術協力する。
その方が、たぶん双方とも早い。
そして。
大規模作戦用の個性兵。
今までより広い範囲での運用。
必要なら新規開発。
そちらにも、いくつか考える余地がある。
契約は成立した。
あとは、向こうが何を必要とするのか。
それを見て作ればよかった。