無個性は個性をつくる 作:匿名希望
入学式が終わった。
校舎を出る生徒や保護者が多い中、私は両親と正門近くまで歩いた。
「じゃあ、私たちはこのまま帰るから」
母が言った。
「はい」
「本当に大丈夫?」
「昨日も確認しましたが、問題ありません」
「昨日大丈夫でも、今日から一人なの」
「生活条件は変わっていません」
両親が家にいるかどうかで、洗濯機の使い方や近所の店の位置が変わるわけではない。
母は何か言いたそうだったが、父が横から笑った。
「困ったら連絡しろよ」
「分かっています」
「困ってなくても、たまにはな」
「生存報告ですね」
「そう、それ」
昨日決めた内容だった。私は頷く。
母はまだ少し心配そうだったが、最終的には諦めたらしい。
「ちゃんと食べるのよ」
「はい」
「夜更かししすぎない」
「必要な睡眠時間は取ります」
「戸締まり」
「確認します」
「研究に集中して学校遅刻しない」
「通学時間から逆算します」
「……うん」
一通り確認が終わった。
両親は仕事の都合で、今日中に元の家へ戻る。私だけが神野区に残る。これで一人暮らしが正式に始まることになる。
もっとも、今はそのことより学校の方が重要だった。午後にはサポート科の案内がある。使える設備や授業内容を確認する方が優先順位は高い。
「では、行ってきます」
「もう学校の中にいるけどね」
「そうですね」
母に言われて気付いた。正確には、戻ります、の方が適切だったかもしれない。
父が笑う。
「行ってこい」
「はい」
私は二人と別れ、校舎へ戻った。
◇ ◇ ◇
雄英高校へ入学して、最初に興味を持ったものは教室ではなかった。実習設備だった。
サポート科の案内で実習棟へ入る。入試の際にも一部は見ている。ただ、受験生へ公開されていた範囲は限られていたらしい。
大型加工機、工作機械、測定設備、各種工具、材料保管区画、安全設備。自宅では大きさや電源の問題で置けないものが並んでいる。
今住んでいる家は広い。使っていない部屋も多い。しかし、広いことと工作機械を導入できることは別だった。
重量、電源、騒音、振動、安全管理、維持費。家庭へ置くより、学校の設備を利用した方がいい。少なくとも現在はそう判断している。
「すごいでしょう?」
案内をしていたパワーローダーが言った。サポート科の教師で、プロヒーローでもあるらしい。
「そうですね。公開されていた資料より設備の種類が多いです」
「資料?」
「学校案内と、外部向けに公開されていた設備情報です」
「そこまで調べたの?」
「設備を目的に受験したので」
近くにいた生徒がこちらを見た。パワーローダーも一瞬黙る。
「……まあ、サポート科を選ぶ理由としては正しいか」
「はい」
私としては、かなり重要だった。ヒーロー科の知名度で学校を選んだわけではない。設備がなければ、別の学校も検討していた。
「ただし、何でも好き勝手に使っていいわけじゃないからな」
「当然だと思います」
大型設備なら利用申請、危険な加工には監督、学校の材料にも使用制限。予想できる範囲だ。利用できるなら問題ない。
私は説明を聞きながら、設備の型と配置を確認していった。
◇ ◇ ◇
私が所属するのは一年H組だった。
教室へ入る。席はすでに指定されている。私は自分の席へ座り、配布された資料を開いた。
授業予定、実習規則、工作機械の利用条件、材料申請、課題提出、安全管理。知りたかった内容が並んでいる。
周囲では会話が始まっていた。出身中学、個性、入試、好きなヒーロー、作りたいサポートアイテム。高校へ入った直後なら、こういう話題になるのだろう。
私は利用規則を読む。
「なあ」
声をかけられた。顔を上げる。同じクラスの男子だった。
「空木って、入試二位の空木だよな?」
「そうですね」
「やっぱり。俺、順位表で名前見た」
「そうですか」
「何作ったんだ?」
質問されたので説明する。
入試で与えられた要求仕様、駆動機構、安全機構、交換可能な部品構成、電子制御だけへ依存しない停止方式。
話している途中で、相手の反応が曖昧になった。
「……結構細かいな」
「必要だったので」
「とにかく、完成度が高かったってこと?」
「要求された性能は満たしていました」
「二位なのに自己評価低くない?」
「評価は学校側がするものだと思います」
私は合格するために作った。合格した。目的は達成している。
「一位じゃなくて悔しくなかった?」
またその質問だった。
「特には」
「マジか」
「順位によって入学後の設備利用条件が変わるわけではありませんから」
「そういう考え方なんだ……」
会話はそこで止まった。別の生徒が彼を呼ぶ。相手はそちらへ行った。
私は資料へ戻った。
しばらくすると、別の生徒が話しかけてくる。
「空木くんって、個性は何?」
「無個性です」
「え?」
分かりやすく止まった。
「個性はありません」
「……本当に?」
「はい」
「それで入試二位?」
「サポート科の入試では個性を使う必要はありませんでした」
厳密には、私には研究用に後天的に搭載しているものがある。ただ、それを今回の質問で説明する必要はない。
私が生来無個性であることは事実だ。入試でも個性因子技術は使っていない。
「そっか。まあサポート科なら関係ないか」
「今回の試験ではそうですね」
相手は少し気まずそうに笑った。私は特に気にしなかった。無個性だと伝えた時に相手の反応が変わることには慣れている。
その後も何人かに話しかけられた。私は聞かれたことへ答えた。必要なら質問も返した。全員に同じように敬語で話す。同級生だから言葉遣いを変える理由は特にない。
会話を避けるつもりもなかった。同じクラスなら、今後共同作業をすることもある。関係を悪くして得るものはない。
ただし、会話が途切れた後に新しい話題を探してまで続ける必要も感じなかった。用件が終われば、自分の作業へ戻る。それだけだった。
◇ ◇ ◇
「あなたが空木零司ですね!」
それまでより大きな声が聞こえた。顔を上げる。
桃色の髪。目の周囲に特徴的な器官。見覚えがあった。
入試会場で、途中で装置から煙を出していた女子だ。そして名前も知っている。入試一位、発目明。
「そうですが」
「二位の!」
「はい」
呼び方として正しいかどうかは別として、誰を指しているかは分かる。
発目さんは私の机の前まで来た。
「入試で何作ったんですか!?」
先ほどと同じ質問だった。私は同じように説明を始める。
ただし、途中で違いが出た。
「停止機構って電子式ですか?」
「電子制御と機械式を併用しています」
「なんで両方?」
「電源喪失時でも停止できるようにするためです」
「でもそれだと再始動遅くなりません?」
質問が具体的だった。私は発目さんを見る。
「標準状態では少し遅くなります。ただ、停止機構自体を交換できるようにしていました」
「交換式?」
「はい」
「どうやって?」
私は手元のノートを開いた。
「概略でよければ」
構造を書く。発目さんがすぐ横から覗き込んだ。
「ここです。駆動軸側を共通化して、保持機構を独立させています」
「なるほど! じゃあこっち側に補助駆動入れられません?」
「可能ですが、入試の要求仕様では不要ですね」
「でも速くなる!」
「重量も増えます」
「軽くすればいいんです!」
「どこをですか?」
発目さんは図を指す。
「ここ! あとここ!」
私は見る。材料を変更すれば成立する。入試で支給されたものでは強度に余裕がないが、学校の設備と材料なら可能だろう。
「材料次第ですね」
「ありますよ、ここなら!」
「そうでしょうね」
「じゃあ作れます!」
「作る理由はありますか?」
発目さんが止まった。
「より良くなるからです!」
「何が改善されるかによります」
「速くなる!」
「要求されている速度はすでに満たしています」
「もっと速い方がいいじゃないですか!」
設計思想が違う。
私は仕様から必要性能を決める。必要以上の性能が別の問題を生むなら上げない。発目さんは、上げられるなら上げるらしい。
入試で見た装置もそうだった。要求へ合わせるより、できることを増やす方向へ進んでいた。
「速度を上げることが目的なら、補助駆動を追加するより基部から変更した方がいいと思います」
発目さんの動きが止まる。
「どういうことです?」
私は図を書き直す。
「この構造へ後付けすると、既存の動作系と干渉します。最初から多軸化した方が可動範囲を確保できます」
「多軸!」
「はい。ただし制御系が複雑になります」
「できます!」
「重量も増えます」
「減らします!」
「使用者の操作負担も増えますよ」
「そこも作ればいいんです!」
即答だった。
問題を、やめる理由として扱わない。次に解決する項目として扱っている。そこは分かりやすかった。
「なら、入力系を先に決めた方がいいですね」
「なんでです?」
「装着者が操作できなければ、可動部だけ増やしても意味がありません」
「筋電!」
「候補にはなります」
「視線入力!」
「戦闘中の視界を操作へ占有するのは避けたいですね」
「音声!」
「騒音環境では信頼性が落ちます」
「じゃあ全部!」
「冗長化が目的なら意味はあります」
「ですよね!」
会話が続いた。
私はそこで気付いた。先ほどまでの相手には、途中から説明を簡略化していた。詳細を話しても必要とされていなかったからだ。
発目さんには、その処理が必要ない。こちらが技術的な話をすれば、内容を理解した上で次の話が返ってくる。しかも、私とは違う方向から。
その差は大きかった。
◇ ◇ ◇
「お前ら」
声がした。二人で顔を上げる。
パワーローダーが教室へ入っていた。
「初日から設計会議するのは結構だが、そろそろ席に戻れ」
「はい!」
「分かりました」
発目さんが自分の席へ戻る。私はノートを見る。
入試課題の装置について、本来必要のなかった改良案が増えていた。実際に作る予定はない。ただ、検討そのものには意味があった。
自分なら採用しない方向から設計を見ると、別の問題が見える。
私はノートを閉じた。パワーローダーが教壇へ立つ。
「改めて、雄英高校サポート科へようこそ」
教室が静かになる。
授業についての説明、実習、提出物、サポートアイテム開発、安全管理、ヒーロー側との連携。一通り話した後、パワーローダーは言った。
「お前たちはこれから、実際に人が使うものを作る」
私は聞く。
「性能が高けりゃいいわけじゃない。使いやすさ、耐久性、安全性、整備性。現場で壊れた時のことも考えろ。作った本人しか扱えないものじゃ困る場合もある」
妥当だった。
研究用の装置なら、私だけが使えればいいこともある。サポートアイテムは違う。使用者が別にいる。評価基準が変わる。
その違いは学ぶ価値がある。
「それから、サポート科はヒーロー科の下請けじゃない」
パワーローダーは続ける。
「自分たちで考えろ。何が必要か、どうすれば良くなるか。ただし、自分が面白いからって安全性を無視するな」
なぜか発目さんの方を見ている。発目さんは笑っていた。
すでに何かしたのだろうか。私は知らない。
◇ ◇ ◇
休み時間。
発目さんはすぐに戻ってきた。
「空木くん!」
「はい」
「さっきのやつ、作りません?」
「必要性がありません」
「あります!」
「用途は?」
「まだ決めてません!」
「では、用途が決まってからでいいと思います」
「作ってから用途を考えればいいんですよ!」
「通常は逆では?」
「逆じゃないです!」
この点では合わないらしい。ただ、話が成立しないわけではなかった。
発目さんは自分のノートを開く。大量の図があった。複数の装置、途中で線が消えているもの、上から別案を書き足したもの、部品のメモ、計算。
「じゃあこれ見てください!」
一つを指す。
「何をするものですか?」
「高速移動用です!」
説明を聞く。駆動、姿勢制御、衝撃吸収。複数の機構を一つへまとめようとしている。
「この配置だと、着地時に荷重がここへ集中しますね」
「やっぱり?」
「装着者側にも負担が出ると思います」
「じゃあ分ける?」
「分ける前に、力をどこへ逃がすか決めた方がいいですね」
私はノートを借りる。線を追加する。
「脚部へ直接入れるより、外装側で受けて分散した方が――」
そこからまた技術の話になった。私は途中で止めようとは思わなかった。内容に意味があるからだ。
発目さんの案には、無理がある部分も多い。安全性を後回しにしている部分もある。だが、その分だけ発想の制限が少ない。
こちらが問題を指摘すると、次の案を出す。私がそれを検討する。また問題が出る。さらに変える。
少なくとも、雑談より情報量が多かった。
「空木くんは何作りたいんです?」
話の途中で聞かれた。
「学校で、ですか?」
「はい!」
私は少し考える。
「今のところ、特には」
「ないんですか!?」
「課題が出れば、それに必要なものを作ります」
「自分のベイビー作りたくないんですか?」
ベイビー。おそらく彼女なりの呼び方なのだろう。
「個人的に研究しているものはあります」
発目さんの反応が変わる。
「研究!?」
「はい」
「何の?」
「個性です」
「個性?」
「個性そのものの構造について調べています」
どこまで話すかは考える。
個性因子を検出し、培養し、複製し、小規模な改変までできる。研究補助用の人工個性も自分へ搭載している。道具へ個性因子を組み込むこともできる。
ただ、それらは学校の授業とは別の研究だ。初日にすべて説明する必要はない。
「サポートアイテムとは違うんですか?」
「一部は関係しますが、目的は少し違います」
「道具にできます?」
「できますよ」
発目さんの目がさらに大きくなった。
「見たいです!」
「今日は持ってきていません」
「今度持ってきてください!」
「必要があれば」
「あります!」
「何に必要なんですか?」
「私が見たいです!」
用途としては明確だった。研究上の必要性はない。
「授業で必要になったら検討します」
「約束ですよ!」
「約束はしていません」
「ええー!」
私は発目さんへノートを返した。
◇ ◇ ◇
放課後。
教室から生徒が減っていく。一緒に帰る相談をしている人、連絡先を交換している人、部活動を見に行く人。
私は荷物をまとめた。帰宅後は研究の続きがある。新しい家で一人になるのも今日からだ。
食料はある。必要な家事も把握している。問題はない。
「空木くん、また明日!」
発目さんが言った。
「はい。また明日」
同じクラスなので、明日も会う。
私は教室を出た。
初日だけで何人かと話した。名前を覚えた相手もいる。これから同じクラスで過ごすなら、必要な関係は作ればいい。
課題なら協力する。話しかけられれば応じる。こちらから確認する必要があることなら質問する。それで十分だ。
その中で、一人だけ少し違う相手がいた。
発目明。入試一位。設計思想は私とかなり違う。
私は目的から必要な機能を決める。発目さんは、作れる機能を増やしてから用途まで広げようとする。安全性より発想が先へ出る部分もある。そのまま採用したくない案も多い。
ただ、技術の話が成立する。説明を簡略化する必要がない。私が一つ問題を示せば、理解した上で別の案を返す。こちらが考えていなかった方向も出てくる。
技術の話をする意味がある相手。現時点では、それが一番正確だった。
友人かどうかは知らない。今日初めて話した相手をそう判断する材料はない。そもそも、友人を作るために雄英へ来たわけでもない。
私は実習棟の方を見る。
使いたかった設備がある。専門の教師もいる。そして、技術についてそのまま話せる相手も一人いた。
入学先としては、想定していたより悪くない。
あとは授業で、実際に何を学べるか確認すればよかった。