無個性は個性をつくる 作:匿名希望
研究室へ戻ってから、最初に黒霧のデータを整理した。
身体の方ではない。
人格制御や脳無としての構造も記録してあるが、今すぐ続けて研究する理由はない。公安側が白雲朧さんから必要な情報を聞き出せるようになった時点で、依頼としては終わっている。
今、私が見ているのは『ワープゲート』だった。
黒霧が使用していた空間接続型の人工個性。
複数の個性因子を組み合わせ、離れた二地点を一時的につないでいる。
仕組みは把握できた。
なら、次は使いやすい形に作り直せばいい。
「まず、これはいりませんね」
黒霧の発現映像を止める。
画面には、広がった黒い霧が映っている。
視認性は高い。
何かが発動していることも分かりやすい。
ただ、それ以外の利点は特にない。
黒霧の場合、あの霧状の身体と個性が強く結び付いていたので意味があったのだろう。私が同じ身体を持っているわけでもないし、黒霧を再現するつもりもない。
転移するために毎回黒い霧を広げる必要はなかった。
必要なのは、入口と出口だけだ。
◇ ◇ ◇
用途から考える。
一番多いのは、自分の移動になると思う。
学校。
自宅研究拠点。
今後、公安から呼ばれる施設。
必要になれば別の研究施設。
毎回普通に移動してもいいが、時間がかかる。
特に今回のように遠方の施設へ行く場合、移動時間そのものには研究上の意味がない。
そこを短縮できるなら使う価値はある。
次に個性兵。
こちらはさらに分かりやすい。
今までは、個性兵を現地で使うなら先に移動させる必要があった。飛行できる個体なら自力で行けるし、車両等で運んでもいい。
ただ、それでは距離が伸びるほど時間がかかる。
必要な場所へ直接送れるなら、その問題はなくなる。
そして今は公安との契約がある。
超常解放戦線への作戦で、個性兵だけではなくヒーローや警察を移動させる可能性もある。
作戦開始地点から現場へ。
別の戦場から増援を移す。
負傷者を後方へ戻す。
避難者を安全な場所へ移動させる。
用途はいくらでも考えられた。
「人一人が通れればいい、という設計にはしない方がいいですね」
必要な大きさは毎回違う。
私一人だけなら小さくていい。
複数人なら広げた方が早い。
大型の個性兵や物資を通すなら、さらに大きくする必要がある。
最初から一つの大きさへ固定する理由はなかった。
ゲートの開口部は可変式にする。
必要な範囲だけ開けばいい。
◇ ◇ ◇
黒霧の個性をそのまま再現するなら簡単だった。
既に構造は把握している。
同等の個性因子を製造して自分へ入れれば、似た能力は使えると思う。
ただ、それでは黒霧を調べた意味が薄い。
黒霧の『ワープゲート』は、複数の既存因子を組み合わせて成立していた。
元になった能力。
空間を指定する機能。
接続を維持する機能。
通過する物体を処理する機能。
それらが積み重なっている。
私は最初から一つの目的で設計できる。
なら、必要な機能だけ残した方がいい。
まず、二地点を指定する。
そこに入口と出口を設定する。
二つの空間を一時的に接続する。
入口へ入ったものは、そのまま出口へ出る。
ここまでは黒霧と同じ考え方でいい。
変えるのは、その周辺だった。
黒い霧は使わない。
私自身の身体を転移媒体にする必要もない。
入口と出口は空間上へ直接形成する。
大きさは自由に変更できるようにする。
一人だけなら人が通れる程度。
小さな物資なら、それに合わせて縮小。
大型個体を通すなら広げる。
開いたまま維持する必要がなければ、通過後に閉じればいい。
「この方が単純ですね」
構造を組む。
人工個性としては複雑だが、黒霧のものより整理しやすい。
元の能力から不要な部分を外し、新しく必要な機能を追加する。
それだけだった。
◇ ◇ ◇
最初から自分へ搭載する必要はない。
試験用の人工個性を作り、研究室内の装置へ組み込む。
入口は作業台の上。
出口は数メートル離れた床の上。
開口部は手を入れられる程度。
起動する。
空間の一部が変化した。
黒い霧は出ない。
派手な光も必要ない。
何も表示しなければ入口の位置が分かりにくいので、境界だけは視認できる程度にしてある。
向こう側が見える。
数メートル先の床。
私は小さな金属片を入口へ落とした。
消える。
同時に出口から出て、床へ落ちた。
位置。
向き。
形状。
異常なし。
次に箱を通す。
問題ない。
複数の物体を連続して通す。
こちらも問題ない。
「接続自体は大丈夫ですね」
黒霧で既に成立していた技術を、別の形に組み直しただけなので、そこは想定通りだった。
問題は大きさだった。
◇ ◇ ◇
開口部を少しずつ広げる。
手のひら程度。
人の頭部より大きい程度。
人間が普通に歩いて通れる程度。
さらに広げる。
形状を維持したまま、入口と出口が連動して拡大する。
途中で接続位置がずれる様子もない。
逆に縮小する。
こちらも問題ない。
固定された大きさの穴を作るのではなく、指定範囲そのものを接続する構造にしたので、変更は難しくなかった。
むしろ、大きさを変えるたびに別の構造へ切り替える方が面倒だ。
「これなら大型個体でも通せますね」
今のところ、特定の寸法へ固定する理由はない。
必要な大きさへ合わせて使えばいい。
次は生物だった。
試験用の物体が通ることと、人間や個性兵が安全に通れることは別問題になる。
私は影へ視線を落とした。
「一体出てください」
個人護衛型の分身体が現れる。
人間より明らかに人工的な外見。
自律して動く。
「このゲートを通過してください。異常を感じた場合は停止して報告を」
「承知しました」
ゲートを人型が通れる大きさまで広げる。
出口は研究室の反対側。
護衛型が一歩踏み込む。
身体が入口へ入り、そのまま出口側から出てくる。
途中で分断された様子はない。
動作も継続している。
「状態は?」
「異常ありません」
感覚共有でも確認する。
視覚。
平衡感覚。
身体制御。
搭載個性。
どれも問題ない。
続けて分身体を複数通す。
同時通過。
連続通過。
入口へ途中まで入った状態で停止。
出口側から戻る。
いくつか条件を変えて確認する。
異常は出なかった。
なら、人間でも試せる。
◇ ◇ ◇
私自身で通る前に、安全機構を追加した。
出口側へ物体が重なる状態では開かない。
接続が不安定なら通過を開始しない。
維持に異常が出た場合、途中で無理に閉じない。
通過物が残っている状態では接続を切断しない。
人間を運ぶなら、その程度は必要だった。
物資だけなら壊れて終わる場合もある。
人間だとそうはいかない。
特に今後、ヒーローを移動させる可能性がある。
戦場で使うなら、急いでいる時ほど雑に扱われやすい。
使用者が毎回細かく安全確認しなくても、個性側で最低限止めるようにしておく。
設計を修正する。
もう一度、個性兵で試す。
問題なし。
私は立ち上がった。
入口を研究室内に開く。
出口は隣の区画。
普通に歩けば扉を出て廊下を通る距離だ。
ゲート越しに向こう側が確認できる。
私は一歩入った。
感覚としては、ほとんど移動していない。
足を前へ出した。
それだけで、次の瞬間には隣の区画へ立っていた。
身体へ異常はない。
状態固定が反応した様子もない。
個性因子にも変化なし。
戻る。
入口と出口を逆にする必要もない。
そのまま反対側から通過できるようにもできるし、一方向だけに制限することもできる。
「問題ありませんね」
距離を伸ばす。
研究室内では意味がない。
私は学校側の手続きを済ませ、自宅研究拠点との接続試験へ移った。
◇ ◇ ◇
学校の研究室。
自宅の研究拠点。
普段なら移動が必要になる二地点。
先に双方の状態を確認する。
出口予定位置には物を置かない。
個性兵にも周囲を確認させる。
問題なし。
私は学校側からゲートを開いた。
向こうに、自宅研究室が見える。
距離の感覚がおかしい。
目の前にあるのに、実際には歩いて行ける距離ではない。
ただ、それだけだった。
空間接続自体は成立している。
個性兵を一体通す。
正常。
物資を送る。
正常。
最後に私自身が通る。
一歩。
学校から自宅へ移った。
振り返る。
ゲートの向こうには、今までいた雄英の研究室がある。
「便利ですね」
思った以上に用途が多い。
通学にも使える。
研究設備間の移動にも使える。
必要な物を取りに戻る時間もなくなる。
もっとも、校内で勝手に開けば警備上の問題になるので、日常利用には学校側と決め事が必要だろう。
技術的にできることと、好きに使っていいことは別だった。
ゲートを閉じる。
痕跡は残らない。
◇ ◇ ◇
試験用装置での確認を終え、人工個性として最終設計する。
黒霧の個性をコピーしたものではない。
黒い霧もない。
黒霧の身体構造も必要ない。
複数の因子を後から接ぎ合わせた構造でもない。
必要な機能を最初から一つの複合人工個性としてまとめている。
指定した二地点を一時的に接続する。
開口部の大きさは必要に応じて変更。
人間。
個性兵。
物資。
通過対象を限定する必要もない。
安全条件だけ満たせば輸送できる。
私は完成した人工個性を自分へ搭載した。
こういう能力は、装置へ持たせるより自分が原型を持っていた方が使いやすい。
必要なら、後で個性兵にも同系統を搭載できる。
特に今の公安との契約を考えるなら、私だけがゲートを開ける必要はないかもしれない。
複数地点で同時に輸送が必要になる可能性もある。
ただ、それは必要になってから考えればいい。
まずは私が使えれば十分だった。
◇ ◇ ◇
搭載後、改めて起動する。
研究室の端に入口。
反対側に出口。
次に大きさを変える。
小さくする。
広げる。
人が一人通れる程度。
複数人が並んで通れる程度。
さらに大型の個性兵を想定して拡張する。
問題ない。
閉じる。
別の場所へ開く。
自宅内。
学校側の許可された試験位置。
既知の接続地点。
何度か繰り返す。
安定していた。
黒霧の『ワープゲート』を見た時点で、空間接続そのものが可能だということは分かっていた。
今回やったのは、それを私の用途へ合わせて整理しただけだ。
ただ、結果は大きい。
これまでは、個性兵をどれだけ作っても、使う場所まで移動させる必要があった。
救助用を作る。
防衛用を作る。
戦闘用を作る。
それでも、必要な場所へ届くまでに時間がかかる。
今は違う。
作った場所と、使う場所が離れていてもいい。
必要な場所へゲートを開けばいい。
公安との契約期間中なら、ヒーローや警察を同じように送ることもできる。
作戦区域から別の作戦区域へ移す。
後方から増援を送る。
負傷者を下げる。
物資を追加する。
個性兵を補充する。
距離という制約が一つ減った。
「これなら、現地に全部用意しておく必要もありませんね」
必要な時に。
必要なものを。
必要な場所へ送る。
その方が効率がいい。
私はワープゲートの設計データを保存した。
黒霧を調べに行った目的は、公安の事情聴取を可能にすることだった。
こちらは、その副産物になる。
ただ、副産物としてはかなり使い道が多い。
個性兵を増やすなら、なおさらだ。
どれだけ多く作れても、現場へ届けられなければ意味がない。
今度は、それを考えなくてよくなる。
次に必要なのは。
送り込む個性兵そのものを、必要な時に必要な数だけ用意できる仕組みだった。