無個性は個性をつくる 作:匿名希望
ワープゲートを完成させた後も、公安から具体的な個性兵の要望は来なかった。
契約時には、救助、防衛、観測、搬送、医療補助、必要なら制圧という大まかな項目だけは渡されている。
ただ、それだけでは設計条件として足りない。
救助型一つを取っても、瓦礫の除去を優先するのか、生存者探索を優先するのか、火災や有毒物質のある環境まで想定するのかで必要な構造は変わる。
防衛も同じだ。
人間を守るのか。
建物を守るのか。
攻撃を受け止めるのか。
避難経路を維持するのか。
必要な条件が違う。
公安側も、作戦そのものがまだ確定していないのだろう。
なら、こちらも待つしかない。
そう考えていた。
何日かは。
◇ ◇ ◇
研究室で別の作業をしながら、ふと思った。
公安から設計条件が来てから必要な個性兵を作る。
それ自体は問題ない。
一体や二体なら、私が作ればいい。
十体でも、それほど困らない。
ただ、大規模作戦なら必要数が百体、千体になる可能性もある。
私が一体ずつ作る理由はあるだろうか。
ない。
人工個性の設計そのものは私がする必要がある。
完全新規の能力を自動で考える仕組みは作っていないし、作る必要も感じていない。
しかし、一度完成した設計図を基に同じものを製造するだけなら、私が毎回関与する必要はなかった。
「個性兵を作る個性兵を作ればいいですね」
口に出すと、かなり単純だった。
今まで思いつかなかったのは、必要がなかったからだろう。
私一人が使う個性兵なら、それほど大量生産する必要はない。
今回は違う。
国家規模の作戦へ技術協力する。
必要な数が事前に確定するとも限らない。
戦闘中に追加が必要になる可能性もある。
なら、製造機能そのものを移動できるようにした方がいい。
◇ ◇ ◇
基本構造は個性兵と同じでいい。
人工肉体。
自律OS。
私との共有・命令系統。
自己維持。
そこへ、製造へ特化させた人工個性を持たせる。
中核にするのは『創造』だった。
ただし、私が使っているものをそのまま渡す必要はない。
工廠として必要なのは、設計済みの物を正確に大量生産する機能だ。
未知の個性を作る必要はない。
新しい設計を考える必要もない。
登録された設計データを読み、その通りに人工肉体、個性因子、装備、必要物資を生成できればいい。
「自由度は下げた方が扱いやすいですね」
何でも作れるようにする必要はない。
できることを限定した方が、自律判断で余計なものを作る可能性も減る。
私は製造特化型の『創造』を設計する。
入力された設計データを読み取る。
必要な物質構成へ変換する。
人工肉体を形成する。
個性因子を製造する。
自律OSを組み込む。
識別情報と命令系統を設定する。
装備まで含めて完成させる。
これを一連の製造工程として扱う。
人間の工場なら複数の機械と工程を分けるところだが、一つの個性兵の内部へまとめても問題はない。
むしろ、その方が移動させやすい。
「工廠型、でいいですかね」
用途そのままの名前にした。
◇ ◇ ◇
次に設計データの扱いを決める。
工廠型へすべての個性兵設計を最初から入れておく方法もある。
ただ、それでは設計を更新するたびに工廠型側も更新する必要がある。
面倒だった。
必要なのは、私から新しい設計を送れることだ。
私と個性兵の共有機能は既にある。
命令だけではなく、ある程度まとまった情報を渡すこともできる。
そこを拡張すればいい。
私が新しい個性兵を設計する。
設計データを工廠型へ送信する。
工廠型が内容を確認する。
必要数を指定する。
製造開始。
それだけでいい。
距離も大きな問題にはならない。
私と個性兵の命令・共有系統は、通常の電波通信だけへ依存していない。
工廠型を遠方へ置いても、設計を直接送れる。
ワープゲートまである。
必要なら工廠型自体を移動させてもいいし、作った個体だけを現場へ送ることもできる。
「これなら、私が現地へ行く理由がかなり減りますね」
その方がいい。
私は前線に出たいわけではない。
◇ ◇ ◇
ただし、設計図を完全に固定すると不便な場合もある。
例えば救助型を作るとして。
基本構造は同じでも、現場によって必要な差は出る。
狭い場所なら身体を少し小さくする。
重量物が多いなら筋力を上げる。
長時間活動するなら維持系を増やす。
水中なら防水ではなく、水中活動を前提にした外装へ変える。
寒冷地なら温度条件を調整する。
その程度まで毎回私が修正版を作る必要はない。
工廠型側で処理させた方が早い。
問題は、どこまで任せるかだった。
完全に自由な設計変更はさせない。
人工個性の中核構造。
新規機能の追加。
命令系統。
識別情報。
私への統括機能。
個性因子干渉への防御。
そういう部分を工廠型の判断で変更させる理由はない。
一方で、許容範囲を先に指定しておけば、その中の微調整は任せられる。
体格。
装甲厚。
出力配分。
感覚器の配置。
活動時間。
装備形状。
任務条件。
そういうものなら、自律OSでも十分判断できる。
「設計ではなく調整ですね」
新しいものを考えるのは私。
既存設計を現場条件へ合わせる程度なら工廠型。
区別しておけばいい。
私は設計データそのものに、変更可能範囲も記録する方式にした。
例えば、
全高はこの範囲まで変更可能。
装甲はこの厚さまで。
筋力出力はこの範囲。
任務用個性の中核構造は変更禁止。
追加装備は登録済みのものから選択可能。
という形だ。
工廠型はその範囲で最適化する。
範囲外の変更が必要なら、私へ確認を返す。
その程度なら問題ない。
◇ ◇ ◇
最初の工廠型を作る。
人型である必要はなかった。
人間と同じ場所を歩いて活動する個性兵とは役割が違う。
必要なのは、移動できること。
製造設備を内部へ持てること。
作った個体を外へ出せること。
自分自身を維持できること。
外見も、人工物だと分かる形の方がいい。
大型の人工生命として設計する。
内部のかなりの割合を製造領域へ使う。
自律OSは通常の個性兵と同系統。
ただし戦闘判断より、生産管理、在庫管理、設計比較、品質確認を優先する。
製造特化『創造』。
設計ライブラリ。
私との共有機能。
自己維持。
最低限の移動能力。
必要なものをまとめる。
一つだけ、明確な制限も入れた。
工廠型は、自分と同じ工廠型を勝手に増やせない。
技術的には作れる。
自分自身の設計データを持っているのだから、製造能力があれば同型を複製できる。
しかし、それを自律判断へ任せる意味はない。
工廠型の増設だけは、私の明示命令が必要。
それ以外の個性兵は、与えた任務と数量指定の範囲で作ればいい。
設計を完成させる。
人工個性を製造する。
人工肉体へ組み込む。
しばらくして、一体目が完成した。
◇ ◇ ◇
「起動してください」
大型の工廠型が動き出す。
「起動しました」
会話機能は普通にある。
声に人間らしさを持たせる意味もないので、聞き取りやすい程度のものにしてある。
「現在保持している設計データを確認してください」
「確認します」
少し待つ。
「標準個性兵設計、装備設計、補給物資設計を確認しました」
最初からいくつかの基本設計を入れてある。
救助。
制圧。
偵察。
防衛。
医療。
重戦闘。
今まで作った個体や、そこから整理した標準型だ。
公安がどれを求めるかは分からない。
全部使うかもしれないし、一部だけかもしれない。
とりあえず量産できる状態にしておけばいい。
「標準救助型を一体製造してください」
「承知しました」
工廠型内部で製造が始まる。
私は共有情報から工程を見る。
人工肉体。
自律OS。
命令・共有機能。
基本自己維持。
救助用の複合人工個性。
外装。
識別。
順番に形成されていく。
しばらくして、工廠型の側面が開いた。
一体の個性兵が出てくる。
「製造完了しました」
完成個体を調べる。
設計との差異。
個性因子。
自律OS。
命令系統。
身体構造。
問題なし。
「次は同じものを五体」
「承知しました」
再び製造が始まる。
今度は並行して進んだ。
一体ずつ私が作るより早い。
当然だった。
そのための個体なのだから。
◇ ◇ ◇
量産速度を上げるなら、毎回人工肉体の最初から作るのも無駄だった。
個性兵には共通部分が多い。
人工肉体。
自律OS。
私との共有と命令。
自己維持。
基本的な識別系。
役割が違っても、そこまではほぼ同じだ。
なら、共通部分だけ先に作っておけばいい。
最後の部分だけ、必要な任務へ合わせる。
私は工廠型の内部構造を少し変更した。
標準人型。
小型飛行型。
重装型。
いくつかの規格で、ほとんど完成した素体を保持できるようにする。
任務が決まった段階で、最後に必要な人工個性、外装、装備、識別、任務設定だけを加える。
これなら最初の一陣はかなり早く出せる。
もちろん、備蓄した素体を使い切れば通常の製造時間が必要になる。
巨大個体や、特殊すぎる構造も最初から作るしかない。
何でも瞬時に出せるわけではない。
ただ、標準型なら十分だった。
「素体備蓄方式を追加します」
「設計更新を受領しました」
工廠型自身が内部設備を更新する。
一度作った後でも、私から設計を渡せば変更できる。
このあたりも個性兵にしておく利点だった。
普通の工場なら設備の入れ替えに時間がかかる。
工廠型なら自分の製造機能を使って、自分の設備を更新できる。
◇ ◇ ◇
原料についても考える。
大量生産するたびに資材を運び込むなら、結局そこが制約になる。
ある程度の備蓄はあった方がいい。
ただ、それだけに頼る必要はない。
『創造』を製造用に再設計している以上、必要な物質を周囲から確保する仕組みも組み込める。
平時は外部からエネルギーを蓄積する。
日光でもいい。
時間がある時に蓄えておけば、緊急時の初動へ使える。
材料についても、周囲の物質を取り込み、必要なものへ変換できるようにする。
少なくとも、大量の専用材料を常に倉庫へ積んでおく必要はなくなる。
工廠型を現場近くへ置く場合にも都合がいい。
ただし、何もないところから無制限に作れるわけではない。
製造にはエネルギーが必要になる。
量を増やせば、その分だけ必要量も増える。
そこは変わらない。
「まあ、当然ですね」
無限に作る必要もない。
必要数を作れればいい。
◇ ◇ ◇
次に、工廠型へ簡単な修正を任せてみる。
先ほどの救助型を使う。
「この設計を、狭い倒壊建物内で活動する条件へ調整してください。中核機能の変更は禁止。全高と外装、筋力配分、感覚器配置は許可範囲内で変更して構いません」
「承知しました」
工廠型が設計を処理する。
返ってきた案を見る。
全高が下がっている。
肩幅も狭い。
外装の突出部が減っている。
重量物を持ち上げる最大出力は少し落ちているが、狭い場所で身体を動かしやすくなっている。
代わりに近距離の空間把握用感覚器が増えている。
悪くない。
「これで製造してください」
「承知しました」
完成した個体を確認する。
設計範囲内。
余計な変更もない。
これなら使える。
「次は水中救助条件で調整してください」
同じように処理させる。
今度は外装構造と移動方式が変わった。
私が許可していない人工個性の中核部分には触れていない。
十分だった。
新しい個性兵を発明する能力はない。
しかし、私が用意した設計を現場へ合わせて調整し、製造する能力はある。
その方がいい。
全部を自動化する必要はない。
◇ ◇ ◇
一通り試した後、工廠型へ標準設計を登録した。
救助型。
制圧型。
観測型。
防衛型。
医療補助型。
重戦闘型。
まだ公安から正式に要求されたわけではない。
だから、この時点で大量に作る必要もない。
設計と製造能力だけ準備しておく。
要望が来たら、条件に合わせて私が修正する。
必要なら新規設計する。
完成した設計を工廠型へ送る。
後は数量を指定する。
それで済む。
「これなら、何を頼まれても製造の方は問題なさそうですね」
少なくとも、私が一体ずつ作る必要はなくなった。
それだけでもかなり楽になる。
公安が十体欲しいと言えば十体。
百体なら百体。
必要な種類が複数あれば、それぞれ作らせればいい。
工廠型を複数用意すれば並行生産もできる。
今は一体で十分だが、必要になれば増やせる。
もちろん、その判断は私がする。
工廠型自身には増殖を許可していない。
◇ ◇ ◇
完成した内容を公安へ報告するため、簡単な資料へまとめる。
個性兵の移動については、前に完成したワープゲートで解決した。
今回は製造。
標準型なら、設計を渡して必要数を量産できる。
現場条件に応じた軽微な修正も、許可した範囲なら工廠型側で処理できる。
特殊な個体だけ私が設計する。
だいぶ形になってきた。
ただ。
私は公安から最初に渡された一覧を見直した。
救助。
防衛。
観測。
搬送。
医療補助。
必要なら制圧。
どの程度欲しいのかは、まだ書かれていない。
「結局、数は向こうに決めてもらわないといけませんね」
工廠型を作ったことで、こちらの製造上限はかなり上がった。
だからこそ、何体作るべきなのかは技術だけでは決められない。
必要なら多く作れる。
少なくていいなら、少なく作ればいい。
私は工廠型の性能資料と、現在量産可能な標準個性兵の一覧を公安へ送った。
あとは向こうが必要数を指定すればいい。
ようやく、具体的な注文が来るだろう。
たぶん。