無個性は個性をつくる 作:匿名希望
公安から連絡が来たのは、工廠型の資料を送ってから数日後だった。
作戦の概要が固まったらしい。
詳細は機密指定になるため、以前と同じように雄英を通して面談が設定された。
会議室へ入る。
公安側の担当者は前とほぼ同じだった。根津校長も同席している。
資料を開く。
向こうが話し始める前に、私は持ってきた端末を机へ置いた。
「では、先に現在こちらで用意できるものを説明します」
担当者が少し止まった。
「……ああ。頼む」
作戦内容を聞いてからでもいいが、何が使えるのか分からなければ向こうも配置を決めにくいだろう。
私は標準個性兵の一覧を表示した。
「現時点では、救助、制圧、観測、防衛、医療、重戦闘を標準型として用意しています。細かな条件があれば、それに合わせて調整できます」
前回送った資料にも書いてある。
ただ、文字だけでは分かりにくい部分もあるので補足する。
◇ ◇ ◇
「最初に共通仕様ですが、基本的にどの個性兵も自己修復できます」
担当者が資料へ視線を落とす。
「自己修復?」
「はい。個性兵の人工肉体には、肉体維持用として機能を限定した『創造』を組み込んでいます」
人間のような治癒ではない。
壊れた部分を治すというより、必要な身体構造を再製造する。
腕がなくなれば作る。
脚がなくなれば作る。
胴体が大きく損傷しても、残った部分から再構築できる。
「頭を破壊された場合は?」
「それだけなら動けます」
公安側の一人が顔を上げた。
「……頭がなくても?」
「個性兵は生物ではありませんから、人間と同じ意味で脳がありません」
自律OSを一か所の器官だけへ集中させる必要はない。
人間の脳を再現しているわけでもない。
身体の各機能は人工的に作っている。
「心臓も同じです。循環機能に相当するものはありますが、そこを破壊すれば即死するような構造にはしていません」
「では、どうすれば止まる?」
「全身を再構築できない程度まで破壊する必要があります」
少し考えて、より正確に言う。
「跡形もなく消失させるような攻撃なら停止します。逆に言えば、頭部や胸部を破壊した程度では完全停止しません」
沈黙があった。
おそらく、人間型のものを見ると人間と同じ弱点があると考えていたのだろう。
外見は人工物だと分かるようにしているが、基本的な形は人型が多い。
「もちろん、任務中に大きく損傷すれば再構築へ能力を割くので、性能は一時的に落ちます。ただ、一般的な人間の致命傷をそのまま弱点にはしていません」
「……なるほど」
担当者が資料へ何かを書き込む。
私は次へ進んだ。
◇ ◇ ◇
「救助型は、瓦礫除去、生存者探索、搬送、避難補助などを想定しています。防衛型は障壁、遮蔽、建物保護、避難経路の確保が中心です」
そこまでは、公安から最初に提示された用途と大きく変わらない。
「制圧型は非致死を基本にしています。拘束と行動不能化を優先します」
「重戦闘型との違いは?」
「想定している相手ですね。重戦闘型は脳無のような高耐久・高出力の相手との直接戦闘を前提にしています」
殺傷が目的ではない。
ただ、普通の人間を拘束する個体と、ハイエンド級を相手にする個体を同じ設計にする必要はない。
「そして医療型ですが」
資料を切り替える。
「こちらは生存していれば、基本的に治せます」
「基本的に?」
「正確には、死亡が成立していなければ、ですね」
担当者の表情が少し変わる。
私は構造を簡単に説明する。
元になっているのは『巻き戻し』。
ただし、対象を無制限に過去へ戻す能力ではない。
身体の正常な状態を基準にし、損傷部分をそこへ戻すように再設計している。
私自身へ搭載している状態固定と近い考え方だが、医療用なので他者へ作用させる。
「切断された腕でも?」
「治ります」
「内臓が潰れていても?」
「生存中なら」
「神経損傷は?」
「治ります」
「全身熱傷でも?」
「同じです」
質問が続く。
外傷。
欠損。
骨折。
内臓損傷。
神経損傷。
通常なら後遺症が残るものでも、身体そのものを正常状態へ戻せるなら問題にならない。
ただし。
「死亡した人間を生き返らせることはできません」
そこは違う。
死者蘇生ではない。
死ぬ前なら治せる。
死んだ後は対象外。
「なので、医療型をある程度分散配置しておけば、負傷から死亡までの間に治療できる可能性はかなり上がると思います」
会議室が静かになった。
根津校長だけが、いつものように表情を崩していない。
公安側は資料を見ている。
「それを……量産できるのか?」
「できますよ」
工廠型へ設計は登録してある。
標準型として製造可能だ。
◇ ◇ ◇
「それで、必要数ですが」
ようやく本来確認したかったところへ戻る。
「各標準型の比率がまだ分からないので、とりあえず全体で千体程度用意しておけばいいですか?」
公安側が一斉にこちらを見た。
「待ってくれ」
「はい」
「千体?」
「はい」
足りないだろうか。
全国規模ではないとはいえ、大規模作戦だと聞いている。
複数地点へ展開するなら、それほど多い数字でもない。
救助。
医療。
防衛。
制圧。
重戦闘。
用途ごとに分ければ、一種類当たりの数はさらに減る。
「足りませんか?」
「逆だ」
担当者が即答した。
「多すぎる」
「そうですか?」
「そうだ」
かなり強い返答だった。
なら減らせばいい。
「必要数を指定してください。製造上はもっと増やせますので、上限を気にする必要はありません」
担当者が額へ手を当てた。
「そこが問題なんだ」
何が問題なのだろう。
◇ ◇ ◇
説明を聞く。
技術の話ではなかった。
個性兵を大量に前線へ投入した場合、実際に戦えるかどうかとは別の問題が発生する。
ヒーローの指揮系統。
警察との権限関係。
個性兵がヴィランを負傷させた場合の責任。
市街地で大量の人工戦力を運用することへの市民感情。
一個人が保有する戦力として適切なのか。
政府がそれへ依存していいのか。
今後も同じ方式を前提にしてしまわないか。
前の会議でも少し聞いた話だ。
「今回は特に、ヒーロー側の戦力が不足しているわけではない」
担当者が言う。
「オールマイトも復帰している。プロヒーローも大規模に動員する」
「そうですね」
「そこで、戦闘の大半を君の個性兵が処理した、という形にはしたくない」
なるほど。
「個性兵だけで解決すると問題がありますか?」
「ある」
即答された。
「技術的に可能かどうかと、国家としてそう運用するかどうかは別だ」
それは以前にも似た話を聞いた。
私にとっては、必要な戦力を必要数用意するだけなのだが。
向こうにとっては、その戦力が誰の所有物で、誰が管理し、誰が責任を取るのかまで考える必要があるらしい。
「特に君の個性兵は、警察装備でも政府所有の兵器でもない。空木君、君個人の所有物だ」
「そうですね」
命令系統の最上位も私だ。
必要なら公安側へ限定的な指揮権を渡せるが、それでも所有そのものが移るわけではない。
「それを千体単位で国内の戦場へ展開するとなると、後から問題になる」
「では、必要な数だけにしてください」
私は答えた。
別に千体出したいわけではない。
工廠型があるので、必要なら作れるというだけだ。
「私としては、何体でも構いません」
「……何体でも作れるのが怖いんだが」
「必要がなければ作りませんよ」
根津校長が小さく笑った。
公安側は笑わなかった。
◇ ◇ ◇
最終的に、基本方針が決まった。
個性兵は後方支援を中心にする。
救助。
医療。
防衛。
物資搬送。
避難補助。
そういう用途を優先。
前線へ出す制圧型や重戦闘型は限定する。
「戦闘はヒーローを主軸にしたい」
担当者が言う。
「分かりました」
それで困ることはない。
戦闘型のデータを取りたいなら別だが、今回の目的は私の実験ではなく契約上の協力だ。
向こうが後方支援を求めるなら、それに合わせる。
「ただ、途中で必要数が変わった場合は連絡してください」
「増産できるからか?」
「はい。工廠型を使えば追加できます」
「どの程度?」
「標準型なら、事前に素体を準備しておけば第一陣はかなり早く出せます。その後も通常製造できます」
「……分かった」
担当者が慎重に頷いた。
「現場判断で勝手に大量投入はしないでくれ」
「しませんよ」
公安からの協力依頼なのだから、向こうの許可範囲で使えばいい。
私個人の研究拠点が襲われているわけでもない。
無理に増やす理由はなかった。
◇ ◇ ◇
そこから、作戦配置の説明へ移った。
詳細はまだ最終調整中らしい。
複数の地点へ同時にヒーローが動く。
大人数。
広い範囲。
私は聞きながら、一つ問題があると思った。
個性兵そのものではない。
情報だ。
戦場が複数に分かれるなら、一か所から全体を見るのは難しい。
現場から通信が来る。
指揮所が整理する。
別の部隊へ伝える。
その間に状況は変わる。
ただ、それについて私が何か言う前に、公安側から質問が来た。
「空木君」
「はい」
担当者が作戦資料を指す。
「君の個性兵は、見たものを君へ共有できるんだったな?」
「できます」
個性兵との感覚共有。
以前から使っている。
神野でも利用した。
「距離は?」
「通常の無線通信のような距離制限は、ほとんど考えなくていいです」
担当者が隣の人間と顔を見合わせる。
「なら、相談がある」
「何でしょう」
資料上には、複数の作戦区域が表示されている。
「戦場全体を、リアルタイムで把握できるようにはできないか?」
私は画面を見る。
複数地点。
多数のヒーロー。
ヴィラン側の拠点。
移動する可能性のある戦力。
上空から継続して観測し、それぞれの視界を共有する。
私が見るだけでは意味がない。
公安の指揮所にも同じ情報を出せるようにすればいい。
難しくはない。
「できますよ」
私は答えた。
「それ用の個性兵を作ればいいです」