無個性は個性をつくる 作:匿名希望
「それ用の個性兵を作ればいいです」
私が答えると、公安の担当者は少し間を置いた。
「……すぐ作れるのか?」
「用途を聞いた限りでは、それほど難しくありません」
必要なのは戦闘能力ではない。
飛行して、広い範囲を観測する。
取得した情報を私へ共有する。
さらに、その映像を公安の指揮所へ出力する。
やることは明確だった。
「複数の戦場を同時に見たい、ということでいいですか?」
「ああ。現場からの通信だけではどうしても遅れる。特に今回は同時に複数地点が動く」
担当者が作戦資料を指した。
「現場の指揮官から報告が上がって、こちらで整理して、別の部隊へ伝える。それだけでも時間がかかる。何が起きているのかを指揮所側で直接確認できるなら大きい」
「分かりました」
それなら設計条件は十分だった。
私は資料に表示された作戦区域を見る。
全部を一体で見る必要はない。
複数作って、それぞれの区域へ飛ばせばいい。
「作戦区域ごとに複数配置します。私がまとめて受け取って、そちらのモニターにも分けて表示できるようにします」
「君自身が全部見るのか?」
「はい」
「同時に?」
「できますよ」
個性兵の感覚共有自体は新しいものではない。
一体だけを操作する必要もない。
私は映像を受け取ればいい。
必要なものだけ確認して、公安側にも同じ情報を出す。
問題はなかった。
◇ ◇ ◇
研究室へ戻り、設計を始めた。
今回は新しい技術を一から作る必要はない。
既存の個性兵に使っている機能を、観測用途へまとめればいい。
まず飛行。
戦場の地形に左右されず移動できる方がいい。
地上を走らせれば、建物や瓦礫、人間の動きに邪魔される。
空からなら広い範囲を見やすい。
次に長時間活動。
作戦が予定通り短時間で終わる保証はない。
途中で充電や補給のために戻られても困る。
そして一番重要なのが観測と共有だった。
個性兵が見ているものを、私がそのまま受け取る。
通常の通信機器だけには頼らない。
私と個性兵の共有機能は既に距離の影響をほとんど受けない。
なら、現場から映像を電波で送るより、個性兵から私へ直接共有した方が安定する。
その後、私側から公安指揮所の設備へ出せばいい。
「この方が単純ですね」
問題は表示方法だった。
一体なら、一つの画面に映せば終わる。
今回は複数いる。
全部を一つの映像へ重ねれば見づらい。
そこで、個体ごとに映像を分ける。
作戦区域ごとにも分類する。
必要なら一つを拡大。
全体を見たい時は一覧。
現在位置も対応させる。
観測型がどこを見ているのか分からなければ、映像だけあっても使いにくい。
私は公安から受け取った作戦地図へ観測型の位置情報を重ねる方式にした。
これなら、指揮所側でも扱いやすい。
◇ ◇ ◇
戦闘能力は最低限でいい。
公安は個性兵へ戦闘を任せたくないと言っていた。
そもそも観測型の仕事は戦うことではない。
攻撃に巻き込まれた時に逃げる程度の機動力は必要だが、敵を倒す能力を積む理由はない。
その分、飛行と観測、活動時間へ回す。
身体も大きくする必要はなかった。
小さい方が邪魔になりにくい。
ただし、追跡専用品ではない。
敵一人を遠距離から発見されずに追い続けるための設計ではなく、戦場全体を見るための個体だ。
そこまでの機能を今から積む必要はなかった。
「これでいいですね」
設計を完成させ、試作用を一体作る。
人工肉体が形成される。
自律OS。
長時間飛行。
観測機能。
私との共有。
識別情報。
肉体維持用の限定版『創造』。
他の個性兵と基本構造は同じだ。
役割が違うだけだった。
「起動してください」
「起動しました」
「飛行。研究棟の周囲を一周してください。その間、観測情報を共有」
「承知しました」
個体が浮き上がる。
窓から外へ出す。
視界が一つ増えた。
自分の目では研究室を見ている。
同時に、観測型からは校舎の外壁が見えていた。
上昇。
移動。
旋回。
視界が流れる。
問題ない。
一体だけなら、今までの共有機能とほとんど変わらなかった。
◇ ◇ ◇
次に二体目を作った。
一体目とは別方向へ飛ばす。
二つの視界を同時に受け取る。
これも問題ない。
三体。
四体。
数を増やす。
意識そのものを個体へ移しているわけではない。
複数の映像情報を受け取り、必要なものへ注意を向けているだけだ。
常に全画面を同じ密度で細部まで見る必要もない。
異常があれば個性兵側でも判断できる。
状況変化を検出した個体が通知し、私はその映像を優先して見ればいい。
この方が効率的だった。
「観測対象の大きな変化があれば通知してください。細かな判断は必要ありません」
「承知しました」
人間の指揮官の代わりをさせるわけではない。
敵味方の行動を勝手に評価して作戦を変える必要もない。
見る。
記録する。
共有する。
異常があれば知らせる。
観測型は、それだけでいい。
◇ ◇ ◇
次は公安側への出力試験だった。
事前に用意された指揮所へ移動する。
作戦当日に私が入ることになる場所でもある。
前線からは離れている。
多数のモニターと通信設備が並び、公安と警察の関係者が動いていた。
私は持ち込んだ接続設備を既存の表示系へつなぐ。
「始めます」
雄英周辺で飛ばしている観測型の映像を共有する。
一つ目のモニターに校舎上空。
二つ目に別方向。
さらに画面を分割し、複数個体の映像を一覧表示する。
地図上にも位置が出る。
担当者が画面を見る。
「これは今の映像か?」
「はい」
「遅延は?」
「現場から私までの共有は、ほぼリアルタイムです。ここへの表示処理分はありますが、作戦上気にするほどではないと思います」
実際に、観測型を旋回させる。
画面もほぼ同時に動いた。
別の個体を上昇させる。
それも反映される。
「一つ拡大できますか?」
「できます」
指定された映像だけ大きくする。
「元に戻して」
戻す。
「区域ごとに分けることは?」
「最初からその予定です」
私は作戦用の表示形式へ切り替える。
区域ごとに観測型をまとめる。
どの個体がどこにいるか。
どちらを向いているか。
どの映像がどの地点なのか。
最低限、見失わないようにしてある。
担当者がしばらく画面を確認した。
「これなら使える」
「では、この形式で固定します」
◇ ◇ ◇
残るのは数だった。
公安から作戦区域の最終配置を受け取る。
私はそれぞれの広さと、観測型一体が無理なく見られる範囲を照らし合わせた。
一体に広すぎる区域を任せれば死角が増える。
かといって、狭い範囲へ大量に飛ばす意味もない。
必要なのは、戦場の主要な動きを指揮所から追えることだ。
各区域へ必要な数を割り振る。
移動する部隊もある。
そこについては、観測型も状況に合わせて移動させればいい。
私は算出した数を公安側へ送った。
前回のように勝手に多く作る想定をする必要はない。
「この数で作りますが、問題ありませんか?」
返答は了承だった。
なら作る。
◇ ◇ ◇
工廠型へ観測型の設計図を送信する。
「設計受領を確認」
「確認しました」
「指定数を製造してください」
「承知しました」
製造が始まる。
既に標準的な小型飛行素体は用意してある。
そこへ観測用の機能を確定し、外装と任務設定を仕上げる。
最初の個体が完成する。
続いて二体目。
三体目。
同じものが順番に出てくる。
一体ずつ私が作る必要はない。
完成した個体は自分で状態を確認し、待機位置へ移動する。
私は共有から全体を確認する。
飛行機能。
観測。
位置情報。
共有。
自己維持。
異常なし。
必要数が揃うまで工廠型へ任せ、その間に別の準備を進めた。
◇ ◇ ◇
観測型だけ用意すれば終わりではない。
前の会議で決まった通り、個性兵の主力は後方支援になる。
救助型。
医療型。
防衛型。
搬送に使える個体。
前線用は公安が許可した範囲だけ。
こちらも事前に必要数を用意する。
工廠型内部の素体備蓄も補充した。
もし作戦中に追加要請が来れば、その場で製造できる。
ただし、勝手には増やさない。
公安が必要だと判断したものを作る。
それでいい。
ワープゲートも確認する。
指定二地点の接続。
開口部の拡大縮小。
人間。
個性兵。
物資。
どれも問題なく通せる。
これで、必要になった個性兵を現地まで移動させる時間もほぼ考えなくていい。
作る。
送る。
使う。
準備としては十分だった。
◇ ◇ ◇
作戦前の最終確認は、公安指揮所で行われた。
私は指定された席に座る。
前線へ行く予定はない。
私の仕事はここから個性兵を動かし、必要なら新しいものを設計することだ。
正面には複数のモニター。
作戦区域の地図。
各部隊の配置。
後方へ置かれる個性兵の位置。
そして観測型の映像。
まだ作戦前なので、敵拠点そのものへ不用意に接近させてはいない。
発見されて警戒されれば意味がない。
開始後、予定位置へ展開する。
担当者が最終確認を進める。
「救助班」
配置確認。
「医療支援」
確認。
「防衛」
確認。
「個性兵の前線投入は、事前承認分のみ」
「分かっています」
「追加が必要になった場合は、こちらから要請する」
「はい。必要ならすぐ作れます」
担当者が一瞬こちらを見る。
「……必要な時だけで頼む」
「そのつもりです」
前回の千体の話をまだ気にしているらしい。
私は指定された数しか作っていない。
問題はない。
◇ ◇ ◇
最後に観測系を確認する。
待機中の観測型へ順番に接続する。
一体。
二体。
そのまま全個体。
複数の視界が入ってくる。
状態は安定している。
公安側のモニターにも、同じ映像が表示される。
「全個体、共有正常です」
担当者が別の端末を確認する。
「こちらも受信できている」
「位置表示は?」
「問題ない」
「では、開始後に指定区域へ展開します」
これで準備は終わった。
今まで現場にいる人間しか見られなかった情報を、離れた指揮所から同時に見られる。
一つの戦場だけではない。
複数の場所を並べて確認できる。
そこで何かが起きれば、報告が上がるのを待つ必要もない。
必要なら、私も同じ瞬間に見ることができる。
その情報を基に、新しい個性兵が必要だと判断されれば設計する。
工廠型が作る。
ワープで送る。
少なくとも、事前に想定できる準備は済んだ。
後は実際に何が起きるかだった。
◇ ◇ ◇
作戦開始を控え、指揮所の空気が変わっていく。
公安。
警察。
各所との通信担当。
誰も余計な話をしなくなった。
私は正面の画面を見る。
観測型は待機。
工廠型は製造可能。
後方支援用の個性兵も配置済み。
ワープゲートも使用可能。
私が前線へ出る必要はない。
ここで見て、必要なものを作ればいい。
担当者が時刻を確認した。
「各班、最終確認」
次々に返答が返ってくる。
病院側。
山荘側。
その他の配置。
準備完了。
私は自分の個性兵の状態をもう一度確認した。
すべて正常。
観測型の視界は、まだ静かな景色を映している。
それも、もうすぐ変わる。
作戦開始時刻まで、残りわずかだった。