無個性は個性をつくる   作:匿名希望

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第71話 戦争開始

作戦開始時刻になった。

 

指揮所の時計が予定時刻を示す。

 

少し遅れて、各部隊から開始報告が入った。

 

「作戦開始」

 

公安の担当者が告げる。

 

同時に、私は待機させていた観測型へ命令を送った。

 

「全観測型、予定位置へ移動してください。到着後は担当区域の観測を開始。大きな変化があれば優先通知を」

 

返答が重なる。

 

「承知しました」

 

複数の視界が一斉に動き始めた。

 

◇ ◇ ◇

 

一つ目は病院側。

 

市街地の中にある蛇腔病院と、その周辺。

 

二つ目は山荘側。

 

超常解放戦線の構成員が集まっている群訝山荘。

 

他にも周辺警戒や避難区域を見る個体がいる。

 

私は自分の視界とは別に、複数の映像を同時に受け取る。

 

同じ映像が指揮所のモニターにも表示されていた。

 

作戦開始と同時に、それまで静かだった画面の中が動き出す。

 

病院側では、プロヒーローの部隊が予定通り突入を開始していた。

 

山荘側でも、包囲していた部隊が一斉に前進する。

 

片方だけを見る必要はない。

 

私は両方を見る。

 

病院。

 

山荘。

 

周辺道路。

 

避難区域。

 

個性兵の配置。

 

必要なものを並べる。

 

今のところ、大きな問題はなかった。

 

「病院側、観測開始しました」

 

「山荘側も正常です」

 

担当者がモニターを見る。

 

これまでなら、それぞれの現場指揮官から送られてくる報告を待つ必要があった。

 

今は画面に出ている。

 

どこで戦闘が始まったのか。

 

どの部隊が前進しているのか。

 

どこで動きが止まったのか。

 

少なくとも外から見える範囲なら、その場で分かる。

 

「これは便利だな……」

 

通信担当の一人が呟いた。

 

「そのために作りましたからね」

 

私は病院側の映像を少し拡大した。

 

◇ ◇ ◇

 

病院の正面では、既に一般人の避難が進んでいる。

 

警察とヒーローが誘導し、その外側で救助型と防衛型が補助していた。

 

個性兵は前へ出しすぎていない。

 

事前に決めた通りだ。

 

救助型は移動が難しい人間の搬送。

 

防衛型は避難経路の保護。

 

医療型はさらに後ろ。

 

負傷者が運ばれてきた時に治療する。

 

戦闘の中心へ突っ込ませるつもりはない。

 

それでも、避難だけなら十分に使える。

 

一体の救助型が、歩行の難しい患者を抱えて移動している。

 

別の個体が複数人を乗せた搬送器具を引く。

 

道路上へ瓦礫が落ちれば片付ける。

 

防衛型は建物や戦闘側から飛んでくる可能性のある破片を警戒していた。

 

人間の救助要員を完全に置き換えているわけではない。

 

指示を受け、足りない部分を埋めている。

 

公安が希望した運用そのものだった。

 

「病院側、避難経路は維持されています」

 

「了解」

 

担当者が別の通信へ返す。

 

私は映像を切り替えた。

 

山荘側。

 

こちらは最初から戦闘になっていた。

 

◇ ◇ ◇

 

群訝山荘を囲んでいたヒーローたちが動く。

 

先頭側で地面が大きく変形した。

 

建物の一部が崩され、進入経路が強引に作られていく。

 

その直後から、多数のヒーローが内部へ雪崩れ込んだ。

 

一方で、外へ逃げようとする人影もある。

 

包囲側が止める。

 

個性が飛ぶ。

 

建物が壊れる。

 

煙が上がる。

 

「山荘側、戦闘開始を確認」

 

私が言うより少し早く、観測型から優先通知が入っていた。

 

異常というほどではない。

 

想定されていた戦闘開始だ。

 

私は通知条件を少し下げる。

 

「開始そのものは通常扱いでいいです。戦線の大規模移動、包囲突破、広範囲破壊を優先してください」

 

「承知しました」

 

細かい攻撃一つ一つを報告されても意味がない。

 

戦場では常に何かが起きている。

 

全部を同じ重要度で扱えば、かえって情報が埋もれる。

 

必要なのは、全体が変わる動きだった。

 

◇ ◇ ◇

 

指揮所では、観測映像と現場からの報告が並行して処理されていく。

 

「山荘北側、逃走者複数」

 

「確認。包囲班へ連絡」

 

「病院周辺、避難対象の搬送進行中」

 

「救助班は予定通り継続」

 

画面で見えたものと、現場から入る通信が一致している。

 

今のところ、情報系統に問題はない。

 

むしろ面白いのは、時間差だった。

 

観測型では既に見えている動きが、数秒から少し遅れて通信として入ってくる。

 

現場の人間が状況を確認する。

 

指揮官へ報告する。

 

通信担当へ渡る。

 

指揮所へ届く。

 

人間が運用する以上、当然の時間だ。

 

観測型なら、その途中がない。

 

見る。

 

共有される。

 

それだけだった。

 

「確かに、報告を待つより早いな」

 

公安の担当者が言った。

 

「映像で分かることに限りますけどね」

 

建物内部までは見えない。

 

会話の内容も分からない。

 

個性兵が観測していない場所も分からない。

 

何でも知れるわけではない。

 

それでも、戦場全体の動きを見る用途なら十分だった。

 

◇ ◇ ◇

 

病院側で一つ動きがあった。

 

正面側とは別の映像。

 

建物の奥へ進んでいたヒーローたちの動きが速くなる。

 

エンデヴァー。

 

イレイザーヘッド。

 

クラスト。

 

他のプロヒーロー。

 

その中には、以前とは明らかに身体能力が違うオールマイトもいる。

 

人工個性を移植して以降、映像で何度か動きを確認している。

 

実戦でも問題なく動いていた。

 

少なくとも外から見る限り、年齢による全盛期との差はかなり小さい。

 

「病院突入班、内部へ進行」

 

観測型が建物の外から追える範囲を維持する。

 

内部へ入った人間は直接見えなくなる。

 

そこは現場側の通信で補うしかない。

 

私は別の観測型を少し上げる。

 

病院全体。

 

周囲。

 

出入口。

 

地下から何かが出てくる可能性もある。

 

既に公安から聞いている情報では、この病院は単なる病院ではない。

 

敵側の研究施設が存在する可能性が高い。

 

脳無。

 

死柄木弔。

 

殻木球大。

 

そのあたりが今回の主要対象だった。

 

「地下側へ侵入した部隊から報告。研究施設を確認」

 

通信が入る。

 

指揮所の空気が少し変わった。

 

予想が当たっただけだ。

 

それでも、敵の中枢を見つけた意味は大きい。

 

◇ ◇ ◇

 

「医療型一体、病院西側へ移動させられるか?」

 

公安から指示が来た。

 

「できます」

 

私は後方に待機させていた医療型へ移動命令を出す。

 

「西側救護地点へ移動。現地指揮官の治療要請を優先してください」

 

「承知しました」

 

画面上の識別表示が動く。

 

その近くでは、突入時に負傷したらしいヒーローが後方へ運ばれていた。

 

まだ意識はある。

 

なら治せる。

 

医療型が到着する。

 

現場側の許可を確認して治療を開始。

 

数十秒後、患者の状態表示が正常へ戻っていく。

 

「治療完了」

 

現場からも確認が入った。

 

「……復帰可能だそうだ」

 

公安担当者が言う。

 

「なら、必要なら戻せばいいと思います」

 

私は答える。

 

そこは私が決めることではない。

 

治ったから前へ戻すのか。

 

そのまま後方へ置くのか。

 

指揮官が判断すればいい。

 

重要なのは、負傷で戦力が恒久的に減るとは限らなくなったことだった。

 

死んでいなければ治せる。

 

前に説明した通りだ。

 

◇ ◇ ◇

 

山荘側でも戦況は進んでいた。

 

観測型の映像には、建物から次々と出てくる人間が映る。

 

包囲するヒーローたち。

 

外へ逃げようとする超常解放戦線の構成員。

 

その間で、個性がぶつかる。

 

数が多い。

 

公安から聞いていた通りだった。

 

全員が強いわけではない。

 

しかし、集団としてはかなり大きい。

 

一部の前線支援用個性兵も既に動いている。

 

防御。

 

拘束。

 

退路封鎖。

 

ただし数は少ない。

 

公安が認めた範囲だけだ。

 

画面の端で、一体の制圧型が逃走しようとした構成員を拘束する。

 

別の個体が飛んできた攻撃を受ける。

 

頭部の一部が欠けた。

 

それでも止まらない。

 

相手を拘束したまま後退し、損傷部分を再構築する。

 

「個性兵一体、被弾。稼働継続」

 

報告する。

 

「交換は必要か?」

 

「不要です。修復できます」

 

そのまま使える。

 

公安側も、もう頭部損傷程度では驚かなくなってきたようだった。

 

◇ ◇ ◇

 

しばらくすると、画面の数だけでは追いにくくなってきた。

 

病院。

 

山荘。

 

避難区域。

 

各支援地点。

 

私は表示を整理する。

 

主要二地点を大きく。

 

周辺は小さく。

 

異常通知が出た場所だけ一時的に拡大。

 

視界共有の方では、画面に出していないものも受け取っている。

 

「空木君、全部把握できているか?」

 

公安の担当者に聞かれた。

 

「今のところは」

 

「負荷は?」

 

「問題ありません」

 

複数の情報を同時に処理すること自体は、それほど難しくない。

 

ただ、見えているものすべてへ私が判断を出す必要はない。

 

各個性兵は自律している。

 

現場には現場指揮官がいる。

 

私は必要な時だけ関わればいい。

 

その方が効率的だった。

 

「追加戦力の要請は?」

 

「今のところ来ていません」

 

「なら、現状維持で」

 

「分かりました」

 

勝手に増やさない。

 

前の会議で決めた通りだ。

 

◇ ◇ ◇

 

山荘側の戦線は、徐々に広がり始めていた。

 

最初は建物周辺だった戦闘が、外側へ伸びていく。

 

包囲網を抜けようとする者がいる。

 

それを追うヒーローがいる。

 

観測型も担当範囲を調整する。

 

一体を少し外へ。

 

もう一体を高度を上げて全体確認へ回す。

 

「山荘南西側、戦線拡大」

 

「確認。予備班を移動させる」

 

公安側が即座に指示を出す。

 

現場からの報告を待っていた場合より、少し早い。

 

この程度の差でも積み重なれば意味はある。

 

私は病院側へ注意を戻す。

 

そちらでも、地下から断続的に戦闘音が伝わってきていた。

 

外から直接は見えない。

 

通信だけが入る。

 

脳無を確認。

 

複数。

 

研究施設内部で交戦。

 

ミルコが先行。

 

殻木を追跡。

 

私は報告内容を聞きながら、記録していく。

 

脳無。

 

以前から何度か見ている。

 

今回の作戦が終われば、可能なら新しい個体のデータも欲しい。

 

ただし今は研究のための作戦ではない。

 

公安との契約上、必要な支援を優先する。

 

データは観測できた範囲で十分だった。

 

◇ ◇ ◇

 

「病院東側、負傷者増加」

 

観測型から通知。

 

確認する。

 

戦闘の余波で外側まで被害が出たらしい。

 

数人が後方へ運ばれている。

 

「医療型を追加しますか?」

 

私が聞く。

 

公安担当者が映像を見る。

 

「一体追加。救助型も二体回してくれ」

 

「分かりました」

 

命令する。

 

待機個体が動き出す。

 

距離はそれほど離れていない。

 

今回はワープを使う必要もない。

 

現場へ向かう。

 

必要ならすぐ送れる。

 

だからこそ、最初から全部前に出す必要もなかった。

 

後方に置いておいて、必要な場所へ動かす。

 

公安の希望する運用としては、その方が合っている。

 

◇ ◇ ◇

 

作戦開始から時間が経つにつれ、指揮所の会話は短くなっていった。

 

確認。

 

移動。

 

負傷。

 

拘束。

 

増援。

 

現場から入る情報と、観測型が映す情報。

 

二つを重ねて判断する。

 

私はそれを見ながら、自分の個性兵へ必要な命令だけ送る。

 

戦争という言葉から想像するほど、私がやっていること自体は特別ではない。

 

見て。

 

必要なものを動かす。

 

壊れたら修復する。

 

負傷者が来たら治す。

 

追加が必要なら作る。

 

研究室でやっていることと考え方は大きく変わらなかった。

 

対象が広いだけだ。

 

◇ ◇ ◇

 

「病院側、地下施設への突入が進んでいる」

 

公安担当者が言った。

 

私は該当する映像を拡大する。

 

病院外周。

 

地下出入口付近。

 

出入りするヒーロー。

 

地上に残る部隊。

 

救護地点。

 

そこまでは見える。

 

地下そのものは通信頼りだ。

 

「オールマイト班も進行」

 

別の報告が入る。

 

近全盛期級まで戻ったオールマイトが実戦へ出ている。

 

それだけでもきっと、これまでの作戦とはかなり違う。

 

敵側が今のオールマイトをどこまで把握しているのかは知らない。

 

私は公安から提供された範囲以上の敵側情報を持っていない。

 

ただ、こちらの戦力が増えているのは事実だった。

 

「病院側の観測を一体追加します」

 

担当者がこちらを見る。

 

「必要か?」

 

「地下から何か出た場合、外周の一体だけだと死角ができます。既に作ってある個体を回すだけです」

 

少し考えてから、頷いた。

 

「許可する」

 

「分かりました」

 

追加観測型を移動させる。

 

これで病院周辺を別角度から見られる。

 

◇ ◇ ◇

 

山荘側もまだ続いている。

 

病院側も続いている。

 

どちらも作戦は終わっていない。

 

ただ、開始前と比べれば状況は大きく変わった。

 

超常解放戦線へ一斉攻撃が入った。

 

主要拠点は両方とも戦闘状態。

 

避難は進行中。

 

後方支援は機能している。

 

前線個性兵は限定数のまま。

 

工廠型にはまだ追加生産命令を出していない。

 

想定の範囲内だった。

 

少なくとも、今は。

 

観測型から新しい通知が入る。

 

病院側。

 

地下。

 

直接見えているわけではないが、現場通信の量が急に増えた。

 

「何かありましたか?」

 

私が聞く。

 

通信担当者が複数の回線を確認する。

 

「地下で戦闘が激化している。脳無が多数。それと――」

 

一度言葉が止まる。

 

「死柄木弔がいる施設へ近づいている」

 

私は病院側の映像を最大表示へ切り替えた。

 

山荘側も見えている。

 

周辺も見えている。

 

それでも、次に大きく動きそうなのは病院だった。

 

戦争は始まったばかりだった。

 

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