無個性は個性をつくる 作:匿名希望
「死柄木弔がいる施設へ近づいている」
その報告から、病院側の通信量はさらに増えた。
私は病院周辺の観測映像を大きくしたまま、地下から届く音声を聞く。
映像では分からない。
地下施設の内部までは観測型から見えないため、そこだけは現場からの報告が頼りになる。
「ミルコ、最深部へ進行中!」
「高性能脳無を複数確認!」
「殻木本体を確認!」
短い報告が重なる。
最初に病院で捕らえた殻木は、本人ではなかったらしい。
個性で作られた複製。
その後、地下から脳無が出てきた時点で、本物が別にいることは分かっていた。
そして今、その本物のいる場所まで突入班が迫っている。
「死柄木の位置は?」
公安の担当者が聞く。
通信担当が即座に返す。
「培養設備らしき装置の中にいるとの報告です。現在、ミルコが接近中」
私はその情報を記録する。
培養。
あるいは改造。
脳無を作った人間が、死柄木にも何かをしている。
何をしているのかはまだ分からない。
見ていないものを推測だけで決めても意味がない。
ただ、公安が死柄木を主要目標としている以上、止める必要があるのだろう。
◇ ◇ ◇
地下では、ミルコさんが一人で先行していた。
音声だけでも、かなり激しい戦闘になっていることが分かる。
「高性能脳無、複数起動!」
直後、大きな衝撃音が通信へ混ざる。
「ミルコ!」
別のヒーローの声。
返答はすぐにあった。
「うるせえ! こっちはいいから先に来い!」
元気ではある。
少なくとも、まだ戦えるらしい。
公安側の人間が戦況図を更新する。
地下施設へ向かう部隊と、その進行を妨害する脳無。
外側でも通常の脳無との戦闘が続いている。
「前線支援の重戦闘型を追加するか?」
担当者が私を見る。
「許可が出るなら送れます」
「……いや。まだいい」
前回決めた制限を維持するらしい。
ヒーロー側の戦力は多い。
しかも今回はオールマイトまでいる。
個性兵を増やさなければ突破できない状況ではない。
「分かりました」
必要になったら言われるだろう。
私は待機中の個性兵へ変更を出さず、観測を続けた。
◇ ◇ ◇
数分後。
病院の一部が大きく揺れた。
観測型の映像でも外壁の一部が崩れるのが見える。
「地下から上へ衝撃!」
「脳無が地上側にも出ています!」
画面内で人影が動く。
ヒーローたちが迎撃に入った。
その中で、ひときわ分かりやすい動きがある。
オールマイト。
以前の痩せた姿を知っている人間なら、同一人物だとは思わないかもしれない。
身体そのものが若返ったわけではない。
それでも、人工個性で補った筋力、速度、耐久、反応は、全盛期に近い領域へ戻っている。
飛び出した脳無へ接近する。
速い。
観測型の視界で追えないほどではないが、人間の移動としては明らかに異常だった。
拳が入る。
脳無の身体が大きく吹き飛んだ。
「一体、排除!」
現場から声が上がる。
ただし完全に停止したとは限らない。
脳無には再生能力を持つものが多い。
そのためか、オールマイトも追撃を止めない。
起き上がる前にさらに打撃を加え、後続のヒーローが拘束へ入る。
以前のように、一発の攻撃を出しただけで身体が限界になる様子はない。
「人工個性、安定していますね」
私は呟いた。
「そこを見るのか?」
近くにいた公安担当者が言う。
「私が作ったものなので」
実戦時のデータとしては重要だった。
オールマイト本人が勝つかどうかとは別に、設計した人工個性が想定出力で長時間動くかは確認しておきたい。
今のところ問題はなかった。
◇ ◇ ◇
地下では状況が悪化していた。
高性能脳無が完全に目覚めきっていない状態でも、かなり強いらしい。
「ミルコ負傷!」
「腕――!」
通信が途中で乱れる。
しばらくして、本人の声が入った。
「まだ動ける!」
重傷。
それでも止まっていない。
目的は死柄木のいる装置。
敵がそこを守っているなら、壊す価値があると判断しているのだろう。
「医療型を前へ出しますか?」
私は聞いた。
公安担当者はすぐには答えなかった。
「地下まで入れられるか?」
「経路が確保されれば可能です。ワープで直接送るなら、出口位置が安全だと確認できる情報が必要です」
地下内部を私は直接見ていない。
座標だけ指定して、敵の目の前や壁の中へ出口を作るのは避けた方がいい。
「今は待機で」
「分かりました」
死ななければ後で治療できる。
逆に言えば、死亡してからでは遅い。
現場側もそこは分かっている。
ただ、今はミルコさん自身が止まる気がないらしい。
◇ ◇ ◇
「援軍、地下深部へ到達!」
報告と同時に、別の通信が開く。
エンデヴァー。
イレイザーヘッド。
クラスト。
プレゼント・マイク。
X-Less。
そしてオールマイト。
地上側の脳無を他のヒーローへ任せ、主要戦力が地下へ入ったようだった。
そこから通信内容が急速に変わる。
「相澤、抹消!」
「入った!」
高性能脳無の動きが変わる。
観測映像では見えないが、現場の声から状況は分かる。
イレイザーヘッドの『抹消』で、脳無の個性を止める。
再生。
特殊攻撃。
身体強化のうち個性由来の部分。
全部が止まるわけではない。
改造そのものによる身体性能は残る。
それでも大幅に弱くなる。
「オールマイト、右!」
「任せてくれ!」
大きな衝撃音。
続けて何かが壁へ叩き付けられる。
「一体沈黙!」
以前ならエンデヴァーを中心に突破する場面だったのだろう。
今回はそこへオールマイトがいる。
相澤先生が個性を止める。
オールマイトとエンデヴァーが物理的に処理する。
クラストたちが進路を確保する。
単純だが強い。
「かなり早いですね」
「何が?」
「突破速度です」
公安側の作戦予定より進行が速い。
少なくとも、ここまでは。
◇ ◇ ◇
「ミルコを確認!」
地下から報告。
「重傷! だが意識あり!」
「後送しろ!」
エンデヴァーの声が入る。
直後、ミルコさんの声も聞こえた。
「先にあのカプセルぶっ壊せ! あいつはヤバい!」
何を見たのか。
そこまでは分からない。
ただ、死柄木が入っている装置を最優先で破壊しようとしている。
「医療型を受け入れ地点へ」
公安から指示。
「分かりました」
今度はすぐに動かす。
地下から負傷者を出す経路へ一体。
私は医療型へ指示を送った。
「重傷者を優先。生存状態の維持と完全治療を行ってください」
「承知しました」
ミルコさんが搬送されてくれば、その場で治せる。
失った部位も戻せる。
戦争が終わるまで待つ必要もない。
ただし、今はまだ地下から出てきていない。
治療対象へ接触できなければ、能力があっても意味はない。
◇ ◇ ◇
「死柄木の装置を確認!」
通信担当が音量を上げる。
研究設備の最深部。
培養槽。
死柄木はその中にいる。
殻木は近くにいるらしい。
「装置の進行状況は?」
公安担当者が聞く。
返ってきた答えは曖昧だった。
「不明。だが、殻木が起動を急いでいる!」
私はその言葉だけ覚える。
起動。
つまり、今はまだ何かの途中ということになる。
「止める方を優先した方がいいですね」
「同感だ」
公安担当者が現場へ指示を飛ばす。
しかし、こちらから言うまでもなかった。
地下のヒーローたちも同じ判断をしている。
「相澤はそのまま脳無を抑えろ!」
「マイク! X-Less! 先へ行け!」
現場の声。
プレゼント・マイクとX-Lessが奥へ向かう。
高性能脳無が進路を塞ぐ。
クラストが間へ入った。
「行け!」
短い叫び。
衝撃。
その隙に二人が抜ける。
◇ ◇ ◇
少しだけ、通信が途切れた。
地下深部。
遮蔽が多いのだろう。
観測型では当然見えない。
私は表示された位置情報と、途切れ途切れの現場音声だけを見る。
「プレゼント・マイク、最深部へ侵入!」
次の瞬間。
音が割れた。
大きすぎて、通信機器側で抑えられている。
それでも分かる。
彼の『ヴォイス』だった。
「培養槽、破壊!」
指揮所内で何人かが息を吐く。
私はまだ終わったとは思わない。
対象の状態確認が必要だ。
「死柄木は?」
公安担当者が聞く。
返答まで少し間がある。
その間に別の報告。
「殻木を確保!」
続けて。
「死柄木、槽外へ落下! 反応なし!」
指揮所の空気が変わった。
ただし、まだ確認が足りない。
「呼吸は?」
「X-Lessが確認中!」
私は病院外周の観測映像を見る。
外には特に変化がない。
地面も正常。
病院もまだ建っている。
山荘側では別の戦闘が続いている。
この瞬間だけ見れば、病院側の作戦はかなり成功していた。
◇ ◇ ◇
地下から、プレゼント・マイクの声が入る。
かなり近くで殻木を捕らえたらしい。
「てめえが……白雲をあんな姿にしたのか!」
怒鳴り声。
打撃音。
その後、別のヒーローが制止する声。
公安担当者が少し眉を寄せる。
私は特に何も言わない。
白雲朧さんの身体を脳無へ改造したのが、この殻木だとするなら、山田先生が怒る理由は分かる。
ただ、殴る必要があるかは私には関係ない。
生かして捕まえれば、後で事情聴取はできる。
それで十分だった。
「殻木、身柄確保。搬送開始」
結果的には問題なさそうだ。
◇ ◇ ◇
高性能脳無との戦闘も終わりに近づいていた。
相澤先生が『抹消』を維持している間に、オールマイトとエンデヴァーが一体ずつ処理していく。
本来なら再生し続ける相手でも、再生が止まっていれば話は変わる。
身体そのものが頑丈でも、近全盛期級のオールマイトの打撃を何度も受ければ壊れる。
炎も同じ。
「残存一体!」
「押さえる!」
クラストの声。
さらに攻撃。
「沈黙確認!」
地下の戦況表示が落ち着いていく。
まだ通常の脳無が残っている場所はある。
しかし、最深部へ向かう主要な障害はほぼなくなった。
「これは……予定よりかなり早いな」
公安担当者が言う。
「戦力を増やしましたからね」
正確にはオールマイトが復帰している。
そこへ相澤先生の『抹消』がある。
高性能な脳無を相手にする組み合わせとしては相性がいい。
「個性兵をもっと入れなくても足りましたね」
「だから最初からそう言ってる」
「そうでした」
なら問題ない。
◇ ◇ ◇
ミルコさんが後方へ搬出された。
医療型が接触する。
私は共有情報から状態を見る。
複数の重傷。
欠損。
出血。
普通なら、そのまま戦線復帰どころか長期間の治療が必要になる状態。
「治療開始」
医療型が人工個性を使用する。
損傷している身体が正常状態へ戻っていく。
失われた部分も再形成。
出血も止まる。
神経。
筋肉。
骨格。
血管。
順番に整う。
数分後。
「治療完了」
生体反応に問題なし。
死亡していない。
なら治せる。
「本人の意識は?」
「あります」
公安担当者が確認する。
「戦闘へ戻すか?」
私は耳を傾けた。
「戻さない」
即答だった。
「一度後方で状態確認だ。治ったからといって、そのまま突っ込ませる必要はない」
「そうですか」
決めるのは向こうだ。
私は医療型へ次の患者を受け入れるよう命令した。
◇ ◇ ◇
「死柄木の状態、確認が取れた!」
通信担当者の声で、また病院側へ注意が戻る。
「呼吸なし」
指揮所が静かになる。
「心拍は?」
少し間。
「確認できないとのことです」
死んでいる。
少なくとも、人間の通常基準なら。
ただ。
私は少し気になった。
「殻木は何と言っていますか?」
担当者が通信を確認させる。
現場から返答。
「処置中は仮死状態に置いていたと言っている。培養槽側に生命維持と復帰の機能があったらしい」
なるほど。
なら、今の状態だけを見て死亡と断定するのは早い。
私の医療型で治す話ではない。
敵だ。
それに、何を施されているのかも分からない。
「装置を完全に停止させた方がいいと思います」
「既に破壊されている」
「周辺設備もです」
公安担当者はすぐ現場へ伝える。
「死柄木周辺の研究設備を確認。再起動可能なものは停止させろ」
返答。
「了解」
これで、少なくとも殻木が意図して起こすことは難しくなる。
◇ ◇ ◇
観測型から見る病院は、まだ静かだった。
地下ではヒーローたちが後処理へ入り始めている。
殻木の搬送。
負傷者の搬出。
残存脳無の確認。
研究設備の確保。
そして、死柄木弔の身体。
「X-Lessが死柄木の監視を継続」
通信担当が言う。
「他の部隊は残存設備を確認中」
「分かりました」
病院側の戦闘は終わりに近い。
山荘側はまだ続いている。
私はそちらの映像も確認する。
大規模な異常通知はない。
なら、病院側へ集中し続ける必要もないだろう。
そう思った時。
地下から、小さな報告が入った。
「X-Lessより。死柄木の近くに残った機器を確認。破壊処理に入る」
「了解」
公安担当者が返す。
私は病院外周の映像を通常の大きさへ戻しかける。
主要目標の一人は確保。
もう一人は心肺停止状態。
高性能脳無もほぼ制圧。
作戦は順調だった。
少なくとも。
この時点では、そう見えていた。