無個性は個性をつくる   作:匿名希望

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第72話 病院

「死柄木弔がいる施設へ近づいている」

 

その報告から、病院側の通信量はさらに増えた。

 

私は病院周辺の観測映像を大きくしたまま、地下から届く音声を聞く。

 

映像では分からない。

 

地下施設の内部までは観測型から見えないため、そこだけは現場からの報告が頼りになる。

 

「ミルコ、最深部へ進行中!」

 

「高性能脳無を複数確認!」

 

「殻木本体を確認!」

 

短い報告が重なる。

 

最初に病院で捕らえた殻木は、本人ではなかったらしい。

 

個性で作られた複製。

 

その後、地下から脳無が出てきた時点で、本物が別にいることは分かっていた。

 

そして今、その本物のいる場所まで突入班が迫っている。

 

「死柄木の位置は?」

 

公安の担当者が聞く。

 

通信担当が即座に返す。

 

「培養設備らしき装置の中にいるとの報告です。現在、ミルコが接近中」

 

私はその情報を記録する。

 

培養。

 

あるいは改造。

 

脳無を作った人間が、死柄木にも何かをしている。

 

何をしているのかはまだ分からない。

 

見ていないものを推測だけで決めても意味がない。

 

ただ、公安が死柄木を主要目標としている以上、止める必要があるのだろう。

 

◇ ◇ ◇

 

地下では、ミルコさんが一人で先行していた。

 

音声だけでも、かなり激しい戦闘になっていることが分かる。

 

「高性能脳無、複数起動!」

 

直後、大きな衝撃音が通信へ混ざる。

 

「ミルコ!」

 

別のヒーローの声。

 

返答はすぐにあった。

 

「うるせえ! こっちはいいから先に来い!」

 

元気ではある。

 

少なくとも、まだ戦えるらしい。

 

公安側の人間が戦況図を更新する。

 

地下施設へ向かう部隊と、その進行を妨害する脳無。

 

外側でも通常の脳無との戦闘が続いている。

 

「前線支援の重戦闘型を追加するか?」

 

担当者が私を見る。

 

「許可が出るなら送れます」

 

「……いや。まだいい」

 

前回決めた制限を維持するらしい。

 

ヒーロー側の戦力は多い。

 

しかも今回はオールマイトまでいる。

 

個性兵を増やさなければ突破できない状況ではない。

 

「分かりました」

 

必要になったら言われるだろう。

 

私は待機中の個性兵へ変更を出さず、観測を続けた。

 

◇ ◇ ◇

 

数分後。

 

病院の一部が大きく揺れた。

 

観測型の映像でも外壁の一部が崩れるのが見える。

 

「地下から上へ衝撃!」

 

「脳無が地上側にも出ています!」

 

画面内で人影が動く。

 

ヒーローたちが迎撃に入った。

 

その中で、ひときわ分かりやすい動きがある。

 

オールマイト。

 

以前の痩せた姿を知っている人間なら、同一人物だとは思わないかもしれない。

 

身体そのものが若返ったわけではない。

 

それでも、人工個性で補った筋力、速度、耐久、反応は、全盛期に近い領域へ戻っている。

 

飛び出した脳無へ接近する。

 

速い。

 

観測型の視界で追えないほどではないが、人間の移動としては明らかに異常だった。

 

拳が入る。

 

脳無の身体が大きく吹き飛んだ。

 

「一体、排除!」

 

現場から声が上がる。

 

ただし完全に停止したとは限らない。

 

脳無には再生能力を持つものが多い。

 

そのためか、オールマイトも追撃を止めない。

 

起き上がる前にさらに打撃を加え、後続のヒーローが拘束へ入る。

 

以前のように、一発の攻撃を出しただけで身体が限界になる様子はない。

 

「人工個性、安定していますね」

 

私は呟いた。

 

「そこを見るのか?」

 

近くにいた公安担当者が言う。

 

「私が作ったものなので」

 

実戦時のデータとしては重要だった。

 

オールマイト本人が勝つかどうかとは別に、設計した人工個性が想定出力で長時間動くかは確認しておきたい。

 

今のところ問題はなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

地下では状況が悪化していた。

 

高性能脳無が完全に目覚めきっていない状態でも、かなり強いらしい。

 

「ミルコ負傷!」

 

「腕――!」

 

通信が途中で乱れる。

 

しばらくして、本人の声が入った。

 

「まだ動ける!」

 

重傷。

 

それでも止まっていない。

 

目的は死柄木のいる装置。

 

敵がそこを守っているなら、壊す価値があると判断しているのだろう。

 

「医療型を前へ出しますか?」

 

私は聞いた。

 

公安担当者はすぐには答えなかった。

 

「地下まで入れられるか?」

 

「経路が確保されれば可能です。ワープで直接送るなら、出口位置が安全だと確認できる情報が必要です」

 

地下内部を私は直接見ていない。

 

座標だけ指定して、敵の目の前や壁の中へ出口を作るのは避けた方がいい。

 

「今は待機で」

 

「分かりました」

 

死ななければ後で治療できる。

 

逆に言えば、死亡してからでは遅い。

 

現場側もそこは分かっている。

 

ただ、今はミルコさん自身が止まる気がないらしい。

 

◇ ◇ ◇

 

「援軍、地下深部へ到達!」

 

報告と同時に、別の通信が開く。

 

エンデヴァー。

 

イレイザーヘッド。

 

クラスト。

 

プレゼント・マイク。

 

X-Less。

 

そしてオールマイト。

 

地上側の脳無を他のヒーローへ任せ、主要戦力が地下へ入ったようだった。

 

そこから通信内容が急速に変わる。

 

「相澤、抹消!」

 

「入った!」

 

高性能脳無の動きが変わる。

 

観測映像では見えないが、現場の声から状況は分かる。

 

イレイザーヘッドの『抹消』で、脳無の個性を止める。

 

再生。

 

特殊攻撃。

 

身体強化のうち個性由来の部分。

 

全部が止まるわけではない。

 

改造そのものによる身体性能は残る。

 

それでも大幅に弱くなる。

 

「オールマイト、右!」

 

「任せてくれ!」

 

大きな衝撃音。

 

続けて何かが壁へ叩き付けられる。

 

「一体沈黙!」

 

以前ならエンデヴァーを中心に突破する場面だったのだろう。

 

今回はそこへオールマイトがいる。

 

相澤先生が個性を止める。

 

オールマイトとエンデヴァーが物理的に処理する。

 

クラストたちが進路を確保する。

 

単純だが強い。

 

「かなり早いですね」

 

「何が?」

 

「突破速度です」

 

公安側の作戦予定より進行が速い。

 

少なくとも、ここまでは。

 

◇ ◇ ◇

 

「ミルコを確認!」

 

地下から報告。

 

「重傷! だが意識あり!」

 

「後送しろ!」

 

エンデヴァーの声が入る。

 

直後、ミルコさんの声も聞こえた。

 

「先にあのカプセルぶっ壊せ! あいつはヤバい!」

 

何を見たのか。

 

そこまでは分からない。

 

ただ、死柄木が入っている装置を最優先で破壊しようとしている。

 

「医療型を受け入れ地点へ」

 

公安から指示。

 

「分かりました」

 

今度はすぐに動かす。

 

地下から負傷者を出す経路へ一体。

 

私は医療型へ指示を送った。

 

「重傷者を優先。生存状態の維持と完全治療を行ってください」

 

「承知しました」

 

ミルコさんが搬送されてくれば、その場で治せる。

 

失った部位も戻せる。

 

戦争が終わるまで待つ必要もない。

 

ただし、今はまだ地下から出てきていない。

 

治療対象へ接触できなければ、能力があっても意味はない。

 

◇ ◇ ◇

 

「死柄木の装置を確認!」

 

通信担当が音量を上げる。

 

研究設備の最深部。

 

培養槽。

 

死柄木はその中にいる。

 

殻木は近くにいるらしい。

 

「装置の進行状況は?」

 

公安担当者が聞く。

 

返ってきた答えは曖昧だった。

 

「不明。だが、殻木が起動を急いでいる!」

 

私はその言葉だけ覚える。

 

起動。

 

つまり、今はまだ何かの途中ということになる。

 

「止める方を優先した方がいいですね」

 

「同感だ」

 

公安担当者が現場へ指示を飛ばす。

 

しかし、こちらから言うまでもなかった。

 

地下のヒーローたちも同じ判断をしている。

 

「相澤はそのまま脳無を抑えろ!」

 

「マイク! X-Less! 先へ行け!」

 

現場の声。

 

プレゼント・マイクとX-Lessが奥へ向かう。

 

高性能脳無が進路を塞ぐ。

 

クラストが間へ入った。

 

「行け!」

 

短い叫び。

 

衝撃。

 

その隙に二人が抜ける。

 

◇ ◇ ◇

 

少しだけ、通信が途切れた。

 

地下深部。

 

遮蔽が多いのだろう。

 

観測型では当然見えない。

 

私は表示された位置情報と、途切れ途切れの現場音声だけを見る。

 

「プレゼント・マイク、最深部へ侵入!」

 

次の瞬間。

 

音が割れた。

 

大きすぎて、通信機器側で抑えられている。

 

それでも分かる。

 

彼の『ヴォイス』だった。

 

「培養槽、破壊!」

 

指揮所内で何人かが息を吐く。

 

私はまだ終わったとは思わない。

 

対象の状態確認が必要だ。

 

「死柄木は?」

 

公安担当者が聞く。

 

返答まで少し間がある。

 

その間に別の報告。

 

「殻木を確保!」

 

続けて。

 

「死柄木、槽外へ落下! 反応なし!」

 

指揮所の空気が変わった。

 

ただし、まだ確認が足りない。

 

「呼吸は?」

 

「X-Lessが確認中!」

 

私は病院外周の観測映像を見る。

 

外には特に変化がない。

 

地面も正常。

 

病院もまだ建っている。

 

山荘側では別の戦闘が続いている。

 

この瞬間だけ見れば、病院側の作戦はかなり成功していた。

 

◇ ◇ ◇

 

地下から、プレゼント・マイクの声が入る。

 

かなり近くで殻木を捕らえたらしい。

 

「てめえが……白雲をあんな姿にしたのか!」

 

怒鳴り声。

 

打撃音。

 

その後、別のヒーローが制止する声。

 

公安担当者が少し眉を寄せる。

 

私は特に何も言わない。

 

白雲朧さんの身体を脳無へ改造したのが、この殻木だとするなら、山田先生が怒る理由は分かる。

 

ただ、殴る必要があるかは私には関係ない。

 

生かして捕まえれば、後で事情聴取はできる。

 

それで十分だった。

 

「殻木、身柄確保。搬送開始」

 

結果的には問題なさそうだ。

 

◇ ◇ ◇

 

高性能脳無との戦闘も終わりに近づいていた。

 

相澤先生が『抹消』を維持している間に、オールマイトとエンデヴァーが一体ずつ処理していく。

 

本来なら再生し続ける相手でも、再生が止まっていれば話は変わる。

 

身体そのものが頑丈でも、近全盛期級のオールマイトの打撃を何度も受ければ壊れる。

 

炎も同じ。

 

「残存一体!」

 

「押さえる!」

 

クラストの声。

 

さらに攻撃。

 

「沈黙確認!」

 

地下の戦況表示が落ち着いていく。

 

まだ通常の脳無が残っている場所はある。

 

しかし、最深部へ向かう主要な障害はほぼなくなった。

 

「これは……予定よりかなり早いな」

 

公安担当者が言う。

 

「戦力を増やしましたからね」

 

正確にはオールマイトが復帰している。

 

そこへ相澤先生の『抹消』がある。

 

高性能な脳無を相手にする組み合わせとしては相性がいい。

 

「個性兵をもっと入れなくても足りましたね」

 

「だから最初からそう言ってる」

 

「そうでした」

 

なら問題ない。

 

◇ ◇ ◇

 

ミルコさんが後方へ搬出された。

 

医療型が接触する。

 

私は共有情報から状態を見る。

 

複数の重傷。

 

欠損。

 

出血。

 

普通なら、そのまま戦線復帰どころか長期間の治療が必要になる状態。

 

「治療開始」

 

医療型が人工個性を使用する。

 

損傷している身体が正常状態へ戻っていく。

 

失われた部分も再形成。

 

出血も止まる。

 

神経。

 

筋肉。

 

骨格。

 

血管。

 

順番に整う。

 

数分後。

 

「治療完了」

 

生体反応に問題なし。

 

死亡していない。

 

なら治せる。

 

「本人の意識は?」

 

「あります」

 

公安担当者が確認する。

 

「戦闘へ戻すか?」

 

私は耳を傾けた。

 

「戻さない」

 

即答だった。

 

「一度後方で状態確認だ。治ったからといって、そのまま突っ込ませる必要はない」

 

「そうですか」

 

決めるのは向こうだ。

 

私は医療型へ次の患者を受け入れるよう命令した。

 

◇ ◇ ◇

 

「死柄木の状態、確認が取れた!」

 

通信担当者の声で、また病院側へ注意が戻る。

 

「呼吸なし」

 

指揮所が静かになる。

 

「心拍は?」

 

少し間。

 

「確認できないとのことです」

 

死んでいる。

 

少なくとも、人間の通常基準なら。

 

ただ。

 

私は少し気になった。

 

「殻木は何と言っていますか?」

 

担当者が通信を確認させる。

 

現場から返答。

 

「処置中は仮死状態に置いていたと言っている。培養槽側に生命維持と復帰の機能があったらしい」

 

なるほど。

 

なら、今の状態だけを見て死亡と断定するのは早い。

 

私の医療型で治す話ではない。

 

敵だ。

 

それに、何を施されているのかも分からない。

 

「装置を完全に停止させた方がいいと思います」

 

「既に破壊されている」

 

「周辺設備もです」

 

公安担当者はすぐ現場へ伝える。

 

「死柄木周辺の研究設備を確認。再起動可能なものは停止させろ」

 

返答。

 

「了解」

 

これで、少なくとも殻木が意図して起こすことは難しくなる。

 

◇ ◇ ◇

 

観測型から見る病院は、まだ静かだった。

 

地下ではヒーローたちが後処理へ入り始めている。

 

殻木の搬送。

 

負傷者の搬出。

 

残存脳無の確認。

 

研究設備の確保。

 

そして、死柄木弔の身体。

 

「X-Lessが死柄木の監視を継続」

 

通信担当が言う。

 

「他の部隊は残存設備を確認中」

 

「分かりました」

 

病院側の戦闘は終わりに近い。

 

山荘側はまだ続いている。

 

私はそちらの映像も確認する。

 

大規模な異常通知はない。

 

なら、病院側へ集中し続ける必要もないだろう。

 

そう思った時。

 

地下から、小さな報告が入った。

 

「X-Lessより。死柄木の近くに残った機器を確認。破壊処理に入る」

 

「了解」

 

公安担当者が返す。

 

私は病院外周の映像を通常の大きさへ戻しかける。

 

主要目標の一人は確保。

 

もう一人は心肺停止状態。

 

高性能脳無もほぼ制圧。

 

作戦は順調だった。

 

少なくとも。

 

この時点では、そう見えていた。

 

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