無個性は個性をつくる   作:匿名希望

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第73話 崩壊

作戦は順調だった。

 

少なくとも、そう見えていた。

 

「X-Lessより。残存機器を破壊」

 

通信が入る。

 

直後、小さな雑音。

 

そこで一度、X-Lessからの通信が途切れた。

 

「X-Less?」

 

通信担当者が呼びかける。

 

返答はない。

 

私は病院側の表示を大きくする。

 

地下そのものは見えない。

 

外から見える病院にも、まだ変化はなかった。

 

「回線障害ですか?」

 

「確認中」

 

数秒。

 

それだけだった。

 

次に入ってきたのは、X-Lessの声ではない。

 

「死柄木が――!」

 

誰かの叫び。

 

そして通信が大きく乱れた。

 

◇ ◇ ◇

 

地下で何が起きたのか。

 

最初は分からなかった。

 

複数の通信が同時に切れる。

 

別の回線から怒鳴り声が飛ぶ。

 

「退避!」

 

「全員上がれ!」

 

「触るな! 床に触れるな!」

 

指揮所の人間が一斉に動き始める。

 

「何が起きている?」

 

「地下施設の崩壊を確認!」

 

「爆発か?」

 

「違う!」

 

通信の向こうから答えが返る。

 

「崩れてる! 触れたところから全部だ!」

 

私は観測型へ指示を出した。

 

「病院側全機、建物と周辺地表を優先観測。変化の始点と拡大方向を追ってください」

 

「承知しました」

 

複数の視界が病院へ向く。

 

数秒後。

 

見えた。

 

病院の一部が、崩れた。

 

倒壊ではない。

 

壁が細かく割れ、その割れ目が急速に広がる。

 

建材が形を失う。

 

床。

 

柱。

 

外壁。

 

連鎖している。

 

「『崩壊』ですか」

 

死柄木弔の個性。

 

公安から渡された資料にもある。

 

触れたものを崩す。

 

ただし。

 

「範囲が違いますね」

 

私が知っている資料の規模ではない。

 

病院全体へ広がっている。

 

◇ ◇ ◇

 

「死柄木覚醒!」

 

ようやく明確な報告が入った。

 

「繰り返す! 死柄木弔が覚醒!」

 

「X-Lessは?」

 

公安担当者が聞く。

 

返答がない。

 

別回線。

 

「X-Less応答なし! 死柄木の直近にいた!」

 

その直後。

 

地下から逃げてきたヒーローの声が入った。

 

「X-Lessはやられた! 死柄木に触れられた!」

 

死亡。

 

医療型を送る対象ではなくなった。

 

「分かりました」

 

私はそれだけ返して、崩壊の範囲を見る。

 

X-Lessを助ける方法はもうない。

 

次に消える人間を減らす方が先だった。

 

「拡大速度が上がっています」

 

観測型から共有される映像。

 

病院の地下から地上へ。

 

建物から敷地へ。

 

接触しているものを伝って、崩壊が広がる。

 

今まで資料で見ていた『崩壊』より明らかに性質が変わっていた。

 

直接触れた一つだけではない。

 

崩れたものから、さらに次へ伝播している。

 

◇ ◇ ◇

 

「全員退避!」

 

現場指揮の声が響く。

 

地下からヒーローたちが飛び出してくる。

 

走る者。

 

飛ぶ者。

 

他人を抱える者。

 

地面に触れないよう移動する者。

 

観測型の視界では、後ろから崩壊が追っていた。

 

速い。

 

「病院周辺の個性兵を後退させます」

 

私は宣言する。

 

「待て、救助は――」

 

「巻き込まれれば消えます。通常損傷とは違います」

 

頭が壊れる。

 

胴体が壊れる。

 

その程度なら個性兵は再構築できる。

 

だが、全身が崩壊して構造そのものが残らなければ終わる。

 

病院近くへ置いた個体へ退避命令。

 

救助型。

 

医療型。

 

防衛型。

 

それぞれ安全側へ移動する。

 

間に合わない個体が一体あった。

 

病院の近くで負傷者を運んでいた救助型。

 

地面のひび割れが、その足元へ到達する。

 

「対象を投げてください。安全側へ」

 

「承知しました」

 

抱えていたヒーローを前方へ放る。

 

別の防衛型が受け取る。

 

直後。

 

救助型の脚が崩れた。

 

再構築は始まる。

 

しかし、それより速い。

 

脚から胴体。

 

胴体から腕。

 

頭部。

 

全身。

 

一体が完全に消えた。

 

共有も途切れる。

 

「個性兵一体喪失」

 

公安担当者がこちらを見る。

 

「再生は?」

 

「無理です。全部なくなりました」

 

死柄木の『崩壊』なら、個性兵を完全破壊できる。

 

それも記録しておく。

 

今は、それ以上の意味はない。

 

◇ ◇ ◇

 

病院が消えていく。

 

建物という形を保てなくなった部分から崩れ落ち、その瓦礫までさらに崩壊する。

 

しかも止まらない。

 

敷地を越える。

 

道路へ。

 

周囲の建物へ。

 

地面そのものを伝う。

 

指揮所の誰かが息を呑んだ。

 

「市街地まで行くぞ……」

 

「避難区域へ警告!」

 

「全員走らせろ!」

 

通信が一気に増える。

 

観測型の映像上で、病院周辺の地面が波のように変色していく。

 

正確には色が変わっているわけではない。

 

崩壊している。

 

道路が割れ。

 

建物が崩れ。

 

街路樹が消える。

 

接触したものが次々と巻き込まれていく。

 

「広域攻撃として扱った方がいいですね」

 

私が言う。

 

「見れば分かる!」

 

公安担当者の声にも余裕がなくなっていた。

 

◇ ◇ ◇

 

「空木君!」

 

呼ばれる。

 

「はい」

 

「避難支援を増やせるか?」

 

「増やせます」

 

「どのくらい?」

 

「必要数を指定してください」

 

一瞬、担当者が言葉を止めた。

 

前なら、そこで数を絞っていただろう。

 

今は違った。

 

モニターには、病院から市街地へ伸びる崩壊が映っている。

 

「……救助と防衛は制限を緩める」

 

「具体的には?」

 

「現場の避難に必要な範囲なら、事前上限を超えていい。医療も同じだ」

 

「戦闘型は?」

 

「まだ増やすな。救助優先だ」

 

「分かりました」

 

それなら十分。

 

私は工廠型へ命令を送る。

 

「救助型、防衛型、医療型を追加製造。標準設計で構いません。完成した個体から待機地点へ送ってください」

 

「承知しました」

 

さらに既に待機している個体へ命令。

 

「病院周辺の避難区域へ追加展開。崩壊範囲には接触しないでください。人間の退避と経路確保を優先」

 

返答が重なる。

 

公安が避けたがっていた大量投入。

 

それでも、使う必要がある状況になった。

 

◇ ◇ ◇

 

問題は移動時間だった。

 

普通に走らせていては、崩壊の拡大に追いつかない。

 

なら、ワープを使う。

 

私は観測型の映像と地図を重ねる。

 

崩壊がまだ到達していない地点。

 

避難誘導が必要な場所。

 

安全が確認できる道路。

 

そこへゲートを開く。

 

「西側避難経路に接続します」

 

入口は個性兵の待機地点。

 

出口は観測型が確認している市街地。

 

ゲートを広げる。

 

「救助型、先行。防衛型が続いてください」

 

個性兵が次々と通過する。

 

救助型が住民の搬送へ。

 

防衛型が落下物や倒壊物から退避路を守る。

 

医療型は少し後ろ。

 

負傷者が集められる場所へ送る。

 

別方向にもゲート。

 

さらに一つ。

 

同時に必要な場所を順番に接続する。

 

「一般人も通せるか?」

 

公安担当者が聞く。

 

「通せます。ただ、出口側の安全確認ができた場所だけにします」

 

「やってくれ」

 

「分かりました」

 

避難経路の途中にゲートを開く。

 

一方通行に設定。

 

市街地側から、安全区域へ。

 

警察とヒーローへ位置を伝える。

 

走って逃げるより早い。

 

全員を一か所へ集める必要もない。

 

複数の安全地点を順に接続すればいい。

 

◇ ◇ ◇

 

「ゲート開放を確認!」

 

現場から報告。

 

「避難誘導を切り替える!」

 

観測型の映像で、人の流れが変わる。

 

走っていた住民が誘導され、開いた空間接続へ入る。

 

向こう側は安全区域。

 

一歩。

 

それだけで崩壊の進行方向から離れる。

 

使えるなら使わない理由はない。

 

ただし、崩壊のすぐ近くへゲートを置くのは危険だった。

 

出口位置そのものが崩れればどうなるか。

 

今は試す必要がない。

 

常に進行予測より十分前方へ設置する。

 

「東側、崩壊速度上昇!」

 

観測型から通知。

 

「東側ゲート位置を変更します」

 

一つ閉じる。

 

さらに離れた地点へ開き直す。

 

人の流れを修正。

 

防衛型が誘導を補助する。

 

救助型は歩けない人間を運ぶ。

 

これなら被害はかなり減らせる。

 

全部は無理でも。

 

◇ ◇ ◇

 

病院地下から脱出中のヒーローたちは別だった。

 

崩壊との距離が近すぎる。

 

外から位置を見て、そこへワープゲートを開こうとしても、その瞬間には場所が変わっている。

 

周囲の足場も消える。

 

何より、止まって入口へ飛び込む時間がない。

 

「病院直近のヒーローもワープできないか?」

 

公安から聞かれる。

 

「安全な出口は作れます。ただ、入口側が安定しません」

 

「どういう意味だ?」

 

「地面ごと崩れて移動しています。開いた位置へ本人が来る前に、その場所が消える可能性があります」

 

動いている人間へ直接ゲートを被せる。

 

技術的にできなくはない。

 

ただ、今までその使い方は試していない。

 

人間の身体の一部だけを巻き込む可能性がある。

 

「試していない方法を今、人間に使うのは勧めません」

 

「……分かった」

 

今後は移動対象を直接捕捉する方式も考えていい。

 

だが、それは今の技術ではない。

 

現時点で安全に使える方法を使う。

 

それだけだった。

 

◇ ◇ ◇

 

「死柄木の位置は!?」

 

公安担当者が叫ぶ。

 

分からない。

 

病院そのものが崩れた。

 

地下からの通信もほとんど切れている。

 

観測型は上空から見る。

 

崩壊の中心。

 

粉塵。

 

崩れる建物。

 

地面。

 

その中に一人だけを見つけるのは難しい。

 

「直接確認できません」

 

「覚醒したなら中心にいるはずだ」

 

「可能性は高いと思います」

 

推測以上にはならない。

 

死柄木自身が『崩壊』へどう耐えているかも知らない。

 

ただ、自分の個性で死ぬとは考えにくい。

 

「接触したものを経由して広がっています」

 

私は映像から分かることだけを伝える。

 

「以前の資料より伝播範囲も速度も大きいです。地面へ触れているものは危険と考えた方がいいですね」

 

「現場へ通達!」

 

情報が即座に回される。

 

飛べる者は飛ぶ。

 

他人を持ち上げられる者は持ち上げる。

 

足場を選ぶ。

 

それでも間に合わない場所はある。

 

◇ ◇ ◇

 

病院側の観測型が警告を上げた。

 

「高優先度変化。崩壊範囲拡大」

 

すぐに映像を見る。

 

地下から逃れてきたヒーローたち。

 

前方へ移動している。

 

後方から崩壊。

 

龍の姿。

 

その周囲に複数の人間。

 

飛行や跳躍で逃げるヒーロー。

 

私は個体識別と映像を重ねる。

 

イレイザーヘッドもいる。

 

オールマイト。

 

エンデヴァー。

 

クラスト。

 

複数のプロヒーロー。

 

全員が退避中。

 

今のところ、崩壊より前にいる。

 

「病院突入班、脱出を確認」

 

指揮所の誰かが言った。

 

まだ早い。

 

距離が縮まっている。

 

「後方から追いついています」

 

私は訂正する。

 

画面上で、地面が消えていく。

 

逃げる側も速い。

 

ただ、『崩壊』の方が広い。

 

建物を迂回しない。

 

道路を選ばない。

 

地面そのものを伝ってくる。

 

◇ ◇ ◇

 

その間にも、市街地側では追加した個性兵が動いている。

 

「救助型、北側区域へ三体追加」

 

「承知しました」

 

「医療型は第二救護地点へ」

 

「承知しました」

 

「防衛型は建物を守ろうとせず、人間の退避路だけ優先してください。崩壊そのものは止めなくていいです」

 

「承知しました」

 

防衛個性で『崩壊』を止められる保証はない。

 

試すために人間を残す意味もない。

 

壁を作るなら、落下物や通常の衝撃への対策。

 

崩壊からは逃げる。

 

目的を分ける。

 

公安側からも追加の許可が出る。

 

「西側、救助型を増やしていい!」

 

「南側も上限解除!」

 

数が必要なら作る。

 

工廠型から新しい個体が完成してくる。

 

ワープで配置。

 

以前なら何十分もかかる増援が、今はほとんど移動時間を必要としない。

 

それでも、被害の拡大速度の方が速い場所はあった。

 

◇ ◇ ◇

 

「X-Less、死亡確定」

 

通信担当者が低い声で報告した。

 

私はそちらを見る。

 

「確認できたんですか?」

 

「死柄木がX-Lessのマントを持っているのを現場側が確認した。直前の状況と合わせて、まず間違いない」

 

「そうですか」

 

一人目。

 

少なくとも、こちらで確認できた死亡者。

 

医療型ではどうにもならない。

 

その事実を記録へ反映する。

 

次。

 

画面を見る。

 

崩壊はまだ止まっていない。

 

◇ ◇ ◇

 

「イレイザーヘッド側、危険!」

 

観測型から優先通知。

 

私は該当映像を最大化した。

 

龍型のヒーローが複数人を乗せて退避している。

 

その近く。

 

イレイザーヘッドが移動しようとしている。

 

だが、足元にはまだ別の敵が残っていた。

 

倒し切れていなかった高性能脳無。

 

その一体が、崩壊から逃げながら動いている。

 

「接触します」

 

次の瞬間。

 

脳無の腕が伸びた。

 

イレイザーヘッドの脚を掴む。

 

「相澤!」

 

現場の声。

 

龍型のヒーローへ伸ばした捕縛布が届かない。

 

後方では地面が崩れている。

 

距離が縮まる。

 

私はワープゲートを開く位置を考える。

 

無理だった。

 

動きが速い。

 

脳無と相澤先生が重なっている。

 

この状況で直接ゲートを被せれば、どちらをどこまで通すか保証できない。

 

「空木君!」

 

公安担当者も同じ画面を見ている。

 

「今は無理です」

 

私は答える。

 

「位置が安定していません」

 

地面の亀裂が迫る。

 

そこへ。

 

別方向から一枚の盾が飛んだ。

 

クラスト。

 

脳無へ向けて動いている。

 

まだ間に合うかどうかは分からない。

 

観測型の視界には。

 

崩壊が、そのすぐ後ろまで迫っていた。

 

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