無個性は個性をつくる 作:匿名希望
作戦は順調だった。
少なくとも、そう見えていた。
「X-Lessより。残存機器を破壊」
通信が入る。
直後、小さな雑音。
そこで一度、X-Lessからの通信が途切れた。
「X-Less?」
通信担当者が呼びかける。
返答はない。
私は病院側の表示を大きくする。
地下そのものは見えない。
外から見える病院にも、まだ変化はなかった。
「回線障害ですか?」
「確認中」
数秒。
それだけだった。
次に入ってきたのは、X-Lessの声ではない。
「死柄木が――!」
誰かの叫び。
そして通信が大きく乱れた。
◇ ◇ ◇
地下で何が起きたのか。
最初は分からなかった。
複数の通信が同時に切れる。
別の回線から怒鳴り声が飛ぶ。
「退避!」
「全員上がれ!」
「触るな! 床に触れるな!」
指揮所の人間が一斉に動き始める。
「何が起きている?」
「地下施設の崩壊を確認!」
「爆発か?」
「違う!」
通信の向こうから答えが返る。
「崩れてる! 触れたところから全部だ!」
私は観測型へ指示を出した。
「病院側全機、建物と周辺地表を優先観測。変化の始点と拡大方向を追ってください」
「承知しました」
複数の視界が病院へ向く。
数秒後。
見えた。
病院の一部が、崩れた。
倒壊ではない。
壁が細かく割れ、その割れ目が急速に広がる。
建材が形を失う。
床。
柱。
外壁。
連鎖している。
「『崩壊』ですか」
死柄木弔の個性。
公安から渡された資料にもある。
触れたものを崩す。
ただし。
「範囲が違いますね」
私が知っている資料の規模ではない。
病院全体へ広がっている。
◇ ◇ ◇
「死柄木覚醒!」
ようやく明確な報告が入った。
「繰り返す! 死柄木弔が覚醒!」
「X-Lessは?」
公安担当者が聞く。
返答がない。
別回線。
「X-Less応答なし! 死柄木の直近にいた!」
その直後。
地下から逃げてきたヒーローの声が入った。
「X-Lessはやられた! 死柄木に触れられた!」
死亡。
医療型を送る対象ではなくなった。
「分かりました」
私はそれだけ返して、崩壊の範囲を見る。
X-Lessを助ける方法はもうない。
次に消える人間を減らす方が先だった。
「拡大速度が上がっています」
観測型から共有される映像。
病院の地下から地上へ。
建物から敷地へ。
接触しているものを伝って、崩壊が広がる。
今まで資料で見ていた『崩壊』より明らかに性質が変わっていた。
直接触れた一つだけではない。
崩れたものから、さらに次へ伝播している。
◇ ◇ ◇
「全員退避!」
現場指揮の声が響く。
地下からヒーローたちが飛び出してくる。
走る者。
飛ぶ者。
他人を抱える者。
地面に触れないよう移動する者。
観測型の視界では、後ろから崩壊が追っていた。
速い。
「病院周辺の個性兵を後退させます」
私は宣言する。
「待て、救助は――」
「巻き込まれれば消えます。通常損傷とは違います」
頭が壊れる。
胴体が壊れる。
その程度なら個性兵は再構築できる。
だが、全身が崩壊して構造そのものが残らなければ終わる。
病院近くへ置いた個体へ退避命令。
救助型。
医療型。
防衛型。
それぞれ安全側へ移動する。
間に合わない個体が一体あった。
病院の近くで負傷者を運んでいた救助型。
地面のひび割れが、その足元へ到達する。
「対象を投げてください。安全側へ」
「承知しました」
抱えていたヒーローを前方へ放る。
別の防衛型が受け取る。
直後。
救助型の脚が崩れた。
再構築は始まる。
しかし、それより速い。
脚から胴体。
胴体から腕。
頭部。
全身。
一体が完全に消えた。
共有も途切れる。
「個性兵一体喪失」
公安担当者がこちらを見る。
「再生は?」
「無理です。全部なくなりました」
死柄木の『崩壊』なら、個性兵を完全破壊できる。
それも記録しておく。
今は、それ以上の意味はない。
◇ ◇ ◇
病院が消えていく。
建物という形を保てなくなった部分から崩れ落ち、その瓦礫までさらに崩壊する。
しかも止まらない。
敷地を越える。
道路へ。
周囲の建物へ。
地面そのものを伝う。
指揮所の誰かが息を呑んだ。
「市街地まで行くぞ……」
「避難区域へ警告!」
「全員走らせろ!」
通信が一気に増える。
観測型の映像上で、病院周辺の地面が波のように変色していく。
正確には色が変わっているわけではない。
崩壊している。
道路が割れ。
建物が崩れ。
街路樹が消える。
接触したものが次々と巻き込まれていく。
「広域攻撃として扱った方がいいですね」
私が言う。
「見れば分かる!」
公安担当者の声にも余裕がなくなっていた。
◇ ◇ ◇
「空木君!」
呼ばれる。
「はい」
「避難支援を増やせるか?」
「増やせます」
「どのくらい?」
「必要数を指定してください」
一瞬、担当者が言葉を止めた。
前なら、そこで数を絞っていただろう。
今は違った。
モニターには、病院から市街地へ伸びる崩壊が映っている。
「……救助と防衛は制限を緩める」
「具体的には?」
「現場の避難に必要な範囲なら、事前上限を超えていい。医療も同じだ」
「戦闘型は?」
「まだ増やすな。救助優先だ」
「分かりました」
それなら十分。
私は工廠型へ命令を送る。
「救助型、防衛型、医療型を追加製造。標準設計で構いません。完成した個体から待機地点へ送ってください」
「承知しました」
さらに既に待機している個体へ命令。
「病院周辺の避難区域へ追加展開。崩壊範囲には接触しないでください。人間の退避と経路確保を優先」
返答が重なる。
公安が避けたがっていた大量投入。
それでも、使う必要がある状況になった。
◇ ◇ ◇
問題は移動時間だった。
普通に走らせていては、崩壊の拡大に追いつかない。
なら、ワープを使う。
私は観測型の映像と地図を重ねる。
崩壊がまだ到達していない地点。
避難誘導が必要な場所。
安全が確認できる道路。
そこへゲートを開く。
「西側避難経路に接続します」
入口は個性兵の待機地点。
出口は観測型が確認している市街地。
ゲートを広げる。
「救助型、先行。防衛型が続いてください」
個性兵が次々と通過する。
救助型が住民の搬送へ。
防衛型が落下物や倒壊物から退避路を守る。
医療型は少し後ろ。
負傷者が集められる場所へ送る。
別方向にもゲート。
さらに一つ。
同時に必要な場所を順番に接続する。
「一般人も通せるか?」
公安担当者が聞く。
「通せます。ただ、出口側の安全確認ができた場所だけにします」
「やってくれ」
「分かりました」
避難経路の途中にゲートを開く。
一方通行に設定。
市街地側から、安全区域へ。
警察とヒーローへ位置を伝える。
走って逃げるより早い。
全員を一か所へ集める必要もない。
複数の安全地点を順に接続すればいい。
◇ ◇ ◇
「ゲート開放を確認!」
現場から報告。
「避難誘導を切り替える!」
観測型の映像で、人の流れが変わる。
走っていた住民が誘導され、開いた空間接続へ入る。
向こう側は安全区域。
一歩。
それだけで崩壊の進行方向から離れる。
使えるなら使わない理由はない。
ただし、崩壊のすぐ近くへゲートを置くのは危険だった。
出口位置そのものが崩れればどうなるか。
今は試す必要がない。
常に進行予測より十分前方へ設置する。
「東側、崩壊速度上昇!」
観測型から通知。
「東側ゲート位置を変更します」
一つ閉じる。
さらに離れた地点へ開き直す。
人の流れを修正。
防衛型が誘導を補助する。
救助型は歩けない人間を運ぶ。
これなら被害はかなり減らせる。
全部は無理でも。
◇ ◇ ◇
病院地下から脱出中のヒーローたちは別だった。
崩壊との距離が近すぎる。
外から位置を見て、そこへワープゲートを開こうとしても、その瞬間には場所が変わっている。
周囲の足場も消える。
何より、止まって入口へ飛び込む時間がない。
「病院直近のヒーローもワープできないか?」
公安から聞かれる。
「安全な出口は作れます。ただ、入口側が安定しません」
「どういう意味だ?」
「地面ごと崩れて移動しています。開いた位置へ本人が来る前に、その場所が消える可能性があります」
動いている人間へ直接ゲートを被せる。
技術的にできなくはない。
ただ、今までその使い方は試していない。
人間の身体の一部だけを巻き込む可能性がある。
「試していない方法を今、人間に使うのは勧めません」
「……分かった」
今後は移動対象を直接捕捉する方式も考えていい。
だが、それは今の技術ではない。
現時点で安全に使える方法を使う。
それだけだった。
◇ ◇ ◇
「死柄木の位置は!?」
公安担当者が叫ぶ。
分からない。
病院そのものが崩れた。
地下からの通信もほとんど切れている。
観測型は上空から見る。
崩壊の中心。
粉塵。
崩れる建物。
地面。
その中に一人だけを見つけるのは難しい。
「直接確認できません」
「覚醒したなら中心にいるはずだ」
「可能性は高いと思います」
推測以上にはならない。
死柄木自身が『崩壊』へどう耐えているかも知らない。
ただ、自分の個性で死ぬとは考えにくい。
「接触したものを経由して広がっています」
私は映像から分かることだけを伝える。
「以前の資料より伝播範囲も速度も大きいです。地面へ触れているものは危険と考えた方がいいですね」
「現場へ通達!」
情報が即座に回される。
飛べる者は飛ぶ。
他人を持ち上げられる者は持ち上げる。
足場を選ぶ。
それでも間に合わない場所はある。
◇ ◇ ◇
病院側の観測型が警告を上げた。
「高優先度変化。崩壊範囲拡大」
すぐに映像を見る。
地下から逃れてきたヒーローたち。
前方へ移動している。
後方から崩壊。
龍の姿。
その周囲に複数の人間。
飛行や跳躍で逃げるヒーロー。
私は個体識別と映像を重ねる。
イレイザーヘッドもいる。
オールマイト。
エンデヴァー。
クラスト。
複数のプロヒーロー。
全員が退避中。
今のところ、崩壊より前にいる。
「病院突入班、脱出を確認」
指揮所の誰かが言った。
まだ早い。
距離が縮まっている。
「後方から追いついています」
私は訂正する。
画面上で、地面が消えていく。
逃げる側も速い。
ただ、『崩壊』の方が広い。
建物を迂回しない。
道路を選ばない。
地面そのものを伝ってくる。
◇ ◇ ◇
その間にも、市街地側では追加した個性兵が動いている。
「救助型、北側区域へ三体追加」
「承知しました」
「医療型は第二救護地点へ」
「承知しました」
「防衛型は建物を守ろうとせず、人間の退避路だけ優先してください。崩壊そのものは止めなくていいです」
「承知しました」
防衛個性で『崩壊』を止められる保証はない。
試すために人間を残す意味もない。
壁を作るなら、落下物や通常の衝撃への対策。
崩壊からは逃げる。
目的を分ける。
公安側からも追加の許可が出る。
「西側、救助型を増やしていい!」
「南側も上限解除!」
数が必要なら作る。
工廠型から新しい個体が完成してくる。
ワープで配置。
以前なら何十分もかかる増援が、今はほとんど移動時間を必要としない。
それでも、被害の拡大速度の方が速い場所はあった。
◇ ◇ ◇
「X-Less、死亡確定」
通信担当者が低い声で報告した。
私はそちらを見る。
「確認できたんですか?」
「死柄木がX-Lessのマントを持っているのを現場側が確認した。直前の状況と合わせて、まず間違いない」
「そうですか」
一人目。
少なくとも、こちらで確認できた死亡者。
医療型ではどうにもならない。
その事実を記録へ反映する。
次。
画面を見る。
崩壊はまだ止まっていない。
◇ ◇ ◇
「イレイザーヘッド側、危険!」
観測型から優先通知。
私は該当映像を最大化した。
龍型のヒーローが複数人を乗せて退避している。
その近く。
イレイザーヘッドが移動しようとしている。
だが、足元にはまだ別の敵が残っていた。
倒し切れていなかった高性能脳無。
その一体が、崩壊から逃げながら動いている。
「接触します」
次の瞬間。
脳無の腕が伸びた。
イレイザーヘッドの脚を掴む。
「相澤!」
現場の声。
龍型のヒーローへ伸ばした捕縛布が届かない。
後方では地面が崩れている。
距離が縮まる。
私はワープゲートを開く位置を考える。
無理だった。
動きが速い。
脳無と相澤先生が重なっている。
この状況で直接ゲートを被せれば、どちらをどこまで通すか保証できない。
「空木君!」
公安担当者も同じ画面を見ている。
「今は無理です」
私は答える。
「位置が安定していません」
地面の亀裂が迫る。
そこへ。
別方向から一枚の盾が飛んだ。
クラスト。
脳無へ向けて動いている。
まだ間に合うかどうかは分からない。
観測型の視界には。
崩壊が、そのすぐ後ろまで迫っていた。