無個性は個性をつくる 作:匿名希望
クラストの盾が飛ぶ。
観測型の映像では、崩壊していく地面と粉塵の間を縫うように見えた。
円盤状の盾が、高性能脳無の腕へ当たる。
切断。
相澤先生の脚を掴んでいた腕が離れた。
「取れた!」
現場から声が上がる。
相澤先生の捕縛布が伸びる。
龍の姿になったリューキュウへ絡む。
その身体が持ち上がった。
間に合った。
相澤先生は崩壊する地面から離れる。
だが。
クラストは違った。
◇ ◇ ◇
盾を投げた時点で、クラストの足元まで崩壊が来ていた。
逃げる時間は残っていない。
脚から崩れる。
腰。
胴体。
それでもクラストは相澤先生の方を見ていた。
映像越しでも分かった。
笑っている。
最後に片手を上げる。
親指を立てた。
次の瞬間。
全身が崩れた。
共有画面から、その姿が消える。
「クラスト――!」
現場の声。
相澤先生だった。
返事はない。
あるはずもない。
「クラスト、消失確認」
通信担当者が言う。
公安担当者が唇を噛む。
私は映像を確認する。
身体が残っていない。
医療型を送っても意味はない。
「死亡として扱った方がいいですね」
私が言う。
担当者がこちらを見る。
一瞬だけ何か言いたそうな顔をしたが、結局頷いた。
「……ああ」
X-Lessに続いて、二人目。
記録へ反映する。
そして観測を続ける。
崩壊はまだ終わっていない。
◇ ◇ ◇
リューキュウが高度を上げる。
その背には複数のヒーロー。
相澤先生もいる。
別方向では、グラントリノが人を抱えて飛んでいる。
エンデヴァーも負傷者を運びながら退避していた。
オールマイトは跳躍を繰り返して崩壊範囲から離れている。
全員が逃げ切ったわけではない。
それでも、主要な戦力の多くは崩壊の先へ出た。
「病院突入班、順次安全圏へ」
「崩壊は?」
「まだ拡大中!」
市街地側では救助型が動き続けている。
人を運ぶ。
ゲートへ送り込む。
倒壊しかけた建物から引きずり出す。
防衛型が瓦礫を受け止める。
医療型が運び込まれた負傷者を治す。
投入制限が緩和されたことで、数はかなり増えていた。
それでも死柄木本人へ戦闘型を大量投入する許可は出ていない。
今の仕事は救助。
公安の判断は変わっていなかった。
◇ ◇ ◇
やがて、崩壊の拡大が止まった。
正確には、一度の発動による連鎖が終わったらしい。
病院があった場所は、もう病院には見えない。
周辺一帯も同じだった。
地面は抉れ、多数の建物が消えている。
観測型を少し下げる。
「中心部を確認します」
粉塵の向こう。
瓦礫すらほとんど残っていない場所。
その中央付近に、人影があった。
「死柄木を確認」
指揮所の視線がモニターへ集まる。
死柄木弔。
立っている。
直前まで心肺停止状態だったとは思えない。
身体の外見にも変化がある。
何をされたのか。
まだ分からない。
ただ、一つは分かった。
「崩壊を使った本人は無事ですね」
「見れば分かる」
公安担当者が返す。
「そうですね」
私は映像を拡大する。
死柄木が何かを拾った。
小型端末。
殻木が持っていたものだろうか。
それを操作する。
通信内容までは聞こえない。
だが、すぐに山荘側の観測型から高優先度通知が入った。
「群訝山荘地下、大規模生体反応の移動を確認」
画面を切り替える。
地面が隆起している。
巨大な何かが、地下から動き始めている。
「ギガントマキアか」
公安担当者が言う。
資料にあった名前だ。
死柄木の側近。
巨大戦力。
「死柄木から命令が入った可能性がありますね」
「山荘側へ警戒を回せ!」
指示が飛ぶ。
そちらも重要になった。
しかし病院側も終わっていない。
死柄木本人が残っている。
◇ ◇ ◇
最初に動いたのはエンデヴァーだった。
炎が上がる。
観測型の視界を赤く染めるほどの熱量。
「エンデヴァー、死柄木と接触!」
市街地の救助を他へ任せ、死柄木本人の制圧へ移ったらしい。
死柄木の周囲を炎が包む。
普通の人間なら、その時点で動けない。
だが。
人影が炎の中から飛び出した。
速い。
「回避!」
死柄木が跳ぶ。
エンデヴァーの頭上近くまで一気に距離を詰める。
手を伸ばす。
触れれば『崩壊』。
エンデヴァーが身体を反らして避けた。
炎で押し返す。
「身体能力が高すぎるな」
公安担当者が言う。
私も同じことを考えていた。
「個性だけではなさそうです」
「分かるのか?」
「少なくとも、動きそのものが個性発動に依存しているようには見えません」
脳無と似ている。
肉体そのものを改造している可能性。
ただ、映像だけで断定するには情報が足りない。
死柄木が何か別の個性を使っている可能性もある。
今は観測を続ける。
◇ ◇ ◇
死柄木の焼けた皮膚が戻っていく。
速い。
「再生確認」
超再生。
脳無にも使われていたもの。
これも移植されたのだろう。
「厄介ですね」
炎で焼いても戻る。
『崩壊』がある。
高い身体能力。
さらに他の個性がいくつあるか分からない。
エンデヴァー一人で処理する相手ではなさそうだった。
ただし。
こちらにも、今までいなかった人間がいる。
大きな衝撃音。
死柄木の身体が横へ吹き飛んだ。
観測型が追う。
攻撃した人間を確認する。
オールマイト。
「私もいる!」
声が通信へ入る。
死柄木が瓦礫のない地面を滑る。
すぐに立ち上がる。
「オールマイト、死柄木と交戦開始!」
指揮所の空気が少し変わった。
今のオールマイトは、名前だけの象徴ではない。
実際に戦える。
それも近全盛期級で。
◇ ◇ ◇
「エンデヴァー!」
「分かっている!」
オールマイトが正面。
エンデヴァーが側面。
二人が同時に入る。
死柄木がオールマイトの拳を避ける。
避けた先へ炎。
身体を捻って逃げる。
速い。
だが、二人を同時に相手取れるほど自由ではない。
オールマイトの二撃目が当たる。
死柄木が吹き飛ぶ。
そこへエンデヴァー。
炎。
焼ける。
再生。
また戻る。
「再生速度がかなり高いです」
私は観測する。
攻撃そのものは通っている。
しかし、蓄積しない。
そのままなら消耗戦になる。
「相澤は?」
公安担当者が聞く。
現場通信が返る。
「リューキュウと合流中! 負傷軽微!」
クラストが助けた結果だ。
相澤先生は生きている。
そして。
死柄木相手なら、最も価値の高い個性を持っている。
◇ ◇ ◇
リューキュウが戦場へ近づく。
その背から相澤先生が下りる。
「視線を通す!」
現場側の声。
相澤先生の髪が浮く。
目が開く。
死柄木を見る。
変化はすぐだった。
焼けていた皮膚の再生が止まる。
「再生停止!」
エンデヴァーが即座に気づく。
死柄木も同じだった。
自分の手を見る。
何かを発動しようとする。
起きない。
『崩壊』も。
再生も。
その他の個性も。
「『抹消』が有効ですね」
分かりやすい。
死柄木の個性因子自体が特殊すぎて止まらない、ということはないらしい。
発現は止められる。
「なら今だ!」
エンデヴァーの声。
炎が再び死柄木を包む。
今度は治らない。
◇ ◇ ◇
ただし。
死柄木は止まらなかった。
炎の中から跳び出す。
再生はしていない。
『崩壊』も出ていない。
それでも速度はほとんど落ちていない。
「……やはり身体そのものですね」
私は映像を見る。
相澤先生が個性を消している。
それでも死柄木はオールマイトの攻撃へ反応している。
跳ぶ。
殴る。
避ける。
蹴る。
個性がなくても、十分に異常だった。
「オールマイトに近い身体能力か?」
公安担当者が言う。
「現時点では正確な比較まではできません。ただ、少なくとも普通の人間の身体ではないですね」
殻木が何をしたのか。
脳無の技術を人間へ適用したのか。
あるいは別方式か。
興味はある。
生きたまま捕まれば、調べられる可能性もある。
今はまだ、その前段階だ。
◇ ◇ ◇
オールマイトの拳と死柄木の腕がぶつかる。
衝撃が広がる。
周囲に瓦礫がほとんど残っていないこともあって、観測はしやすい。
力負けしているのは死柄木だった。
正面から競れば、オールマイトの方が強い。
死柄木の身体が押し戻される。
「SMASH!」
拳が腹部へ入る。
死柄木の身体が地面へ叩き付けられた。
そこへエンデヴァーが炎を重ねる。
「逃がすか!」
高熱。
死柄木が腕で顔を守る。
皮膚が焼ける。
再生しない。
それでも立ち上がる。
「頑丈ですね」
「感想が軽いな」
公安担当者が言う。
「実際に頑丈なので」
改造肉体だけでこの耐久なら、脳無研究の延長としてはかなり高水準だ。
もっとも、完成しているかどうかは分からない。
培養槽は途中で破壊された。
死柄木自身が本来予定されていた状態まで処置を終えている保証もない。
◇ ◇ ◇
他のプロヒーローも集まり始める。
リューキュウ。
グラントリノ。
それ以外にも、崩壊から生き残った者たち。
全員が死柄木へ向かうわけではない。
市街地側の救助へ回る人間も多い。
それでいい。
救助は必要だ。
死柄木本人には、既にオールマイトとエンデヴァーがいる。
十分に大きな戦力だった。
「前線個性兵を増やしますか?」
私は確認する。
公安担当者が戦況を見る。
少し考えた後、首を横へ振った。
「今はいい。救助側を維持しろ」
「分かりました」
戦闘型の投入制限はまだ解除しない。
私は従う。
個性兵がいなくても、死柄木は押されている。
◇ ◇ ◇
相澤先生は少し離れた位置で、死柄木を見続けていた。
瞬きをすれば解除される。
それは『抹消』の構造を調べた時に確認している。
永続ではない。
視線条件もある。
だからこそ、死柄木が相澤先生へ到達しないよう周囲が守る必要がある。
「相澤先生の周囲に防衛型を置けます」
私は公安へ提案する。
「『抹消』を維持できれば、死柄木の危険度はかなり下がります」
担当者が少し考える。
「一体だけだ」
「分かりました」
前線戦闘用ではなく、防衛。
それなら現在の許可範囲にも近い。
待機していた防衛型へ命令。
「イレイザーヘッドの近くへ移動。本人への攻撃遮断を最優先。死柄木への攻撃は不要です」
「承知しました」
ワープは使わない。
現地近くへ既に配置している一体を回す。
相澤先生の周囲へ到着。
攻撃をする必要はない。
視線さえ維持できればいい。
◇ ◇ ◇
死柄木が地面を蹴る。
今度はエンデヴァーではなく、横へ大きく移動した。
オールマイトが追う。
拳。
回避。
死柄木も殴る。
オールマイトが腕で受ける。
地面が大きく割れた。
『崩壊』ではない。
単純な衝撃。
「個性を消してこれか」
公安担当者の声。
「はい」
もし『抹消』が切れれば。
この身体能力に加えて、『崩壊』と超再生、それ以外の未知個性が戻る。
その場合は、今よりかなり面倒になる。
「相澤先生には瞬きをさせない方がいいですね」
「無茶を言うな」
「構造上そうなります」
人間なので瞬きは必要だ。
人工生命なら別方式を考えられるが、今は相澤先生本人しか『抹消』を使っていない。
私は相澤先生の個性構造を知っている。
ただし、それを公安用戦力へ勝手に転用してはいない。
正式な許可も取っていない。
今から作って出すのは契約上も手続き上も余計な問題になる。
現状は本人に維持してもらうしかない。
◇ ◇ ◇
「エンデヴァー、上!」
オールマイトの声。
死柄木が高く跳ぶ。
追うオールマイト。
横から炎。
空中で挟む。
死柄木が身体を捻る。
炎を一部避けるが、全部ではない。
左側が焼ける。
着地。
すぐにオールマイトが迫る。
「逃がさん!」
連続した打撃。
一発。
二発。
三発。
死柄木が防ぎ切れずに押される。
エンデヴァーも止まらない。
火炎。
打撃。
また火炎。
再生がないため、損傷がそのまま残っていく。
腕。
肩。
胸部。
皮膚。
死柄木の身体に傷が増える。
「かなり削れています」
私が言う。
「このまま押し切れるか?」
「相澤先生の『抹消』が維持されるなら、可能性は高いと思います」
断定はしない。
死柄木の身体能力の上限をまだ見ていない。
何より、未知の要素がある。
ただ、今見えている情報だけならこちらが優勢だ。
◇ ◇ ◇
死柄木がまた吹き飛ぶ。
今度はかなり長い距離。
地面を跳ねる。
立ち上がるまで、わずかに時間がかかった。
明確に損傷が蓄積している。
「再生なし」
「『崩壊』なし」
「その他個性発動も確認できず」
指揮所内で確認が続く。
作戦開始時に想定していた死柄木より強い。
それでも。
こちらも想定より強い。
近全盛期級のオールマイト。
エンデヴァー。
相澤先生。
他のプロヒーロー。
そして後方には救助・医療個性兵がいる。
負傷したヒーローも、生きたまま後方へ出せれば治療できる。
「このまま制圧できれば一番簡単ですね」
私は言った。
「その言い方だと簡単に見えるな」
「実際、今は押していますから」
公安担当者は何も返さなかった。
◇ ◇ ◇
死柄木が顔を上げた。
観測型を通して、その視線の先を追う。
オールマイトではない。
エンデヴァーでもない。
少し離れた位置。
相澤先生。
「気づきましたね」
私は言う。
「何に?」
「止めている人です」
死柄木も分かったのだろう。
再生ができない。
『崩壊』が使えない。
他の個性も使えない。
その原因。
死柄木の身体が低く沈む。
相澤先生へ向く。
オールマイトがその進路へ入った。
「行かせない!」
拳。
死柄木が受ける。
吹き飛ばされる。
だが、さっきまでとは動き方が違った。
オールマイトを倒そうとしていない。
エンデヴァーとも戦おうとしていない。
目的地を相澤先生へ変えている。
「防衛型、警戒を上げてください。死柄木の接近阻止を最優先」
「承知しました」
相澤先生は視線を外さない。
目は赤い。
涙も出ている。
それでも閉じない。
クラストが命を使って残した状態を、維持している。
死柄木はまた立ち上がった。
傷だらけ。
再生なし。
個性なし。
それでも、まだ動く。
そして今度は明確に。
相澤先生だけを見ていた。