無個性は個性をつくる 作:匿名希望
最初の実習課題が出たのは、入学して間もなくだった。
「今日は基礎を見る」
パワーローダーがそう言って、作業台の前に立つ。
実習室には、一人ずつ使える机と工具が並んでいた。
入試会場で使ったものより種類が多い。
ただし、今日は大型の加工機を使うような課題ではないらしい。
「支給された部品だけで、小型の把持補助装置を作ってもらう」
前方の画面へ条件が表示される。
一定重量の物体を保持できること。
装着者が片手で操作できること。
電源喪失時に危険な動作をしないこと。
規定重量以内。
制限時間内に完成させること。
最後に性能確認と設計意図の説明。
内容としては単純だった。
課題の目的も分かる。
単に強い機械を作れるかではなく、与えられた条件へ設計を収められるかを見るのだろう。
「それと、個性を使える奴は使ってもいい。ただし、装置自体の性能評価とは分けるからな。自分の個性がないと完成しない設計にするなら、その理由も説明しろ」
何人かが返事をする。
私は仕様書を読む。
個性を使う必要はない。
当然、個性因子技術も必要なかった。
私が持っている研究用の人工個性や、個性因子を装置へ組み込む技術を使えば、設計の幅は広がる。
しかし、それは今回の課題とは別の話だ。
要求されている機能は、普通の機械工学だけで十分実現できる。
なら、そちらを使えばいい。
「開始」
私は紙へ必要条件を書き出した。
最大荷重。
把持部の摩擦。
必要な駆動力。
減速比。
電源。
操作系。
安全機構。
規定重量。
支給部品。
順番に整理する。
構造はすぐ決まった。
問題は、どこまで単純にできるかだった。
機能を追加する必要はない。
複雑な機構にすれば、その分だけ故障箇所が増える。
私は最低限の構造で要求性能を満たすよう設計した。
◇ ◇ ◇
「空木くん!」
隣の方から声がした。
作業中なので顔だけ向ける。
発目さんが、すでに自分の装置を大きく広げていた。
支給された部品のかなりの割合を使っているように見える。
「はい」
「これ、把持だけじゃもったいなくないですか?」
「課題は把持補助装置ですよ」
「だから把持しながら回転できるようにして、工具も付け替えられるようにして、こっちに射出機構を――」
「最後の機能は何に使うんですか?」
「何かを飛ばす時です!」
「今回、飛ばす必要はありませんね」
「でも飛ばせた方が便利です!」
予想通りだった。
発目さんは課題へ機能を合わせるより、作っている途中で思いついたものを追加していく。
悪い方法とは限らない。
試作品を作る段階なら、思いついた機構を実際に試してみる価値はある。
ただし今日は制限時間がある。
重量制限もある。
「重量は大丈夫ですか?」
「削ります!」
「どこを?」
発目さんが止まった。
私は自分の作業へ戻る。
数秒後。
「空木くんの軽そうですね!」
「必要な部品しか使っていないので」
「見せてください!」
「完成してからなら」
今は作業中だった。
発目さんもすぐに自分の机へ戻る。
会話で手を止め続ける必要はない。
◇ ◇ ◇
組み立てに入る。
支給されたモーターの特性は資料にある。
計算上は一つで足りる。
減速機構を組む。
駆動部の位置を合わせる。
把持部には支給材を加工して使う。
ここで少し予定を変えた。
設計段階では二点で固定するつもりだったが、実物を見ると材料の剛性にばらつきがある。
このままでも規定荷重には耐える。
ただ、繰り返し使用した場合に変形する可能性がある。
固定位置をずらす。
荷重を分散させる。
部品は増やさない。
穴の位置だけ変更する。
加工。
仮組み。
動作確認。
問題なし。
次に電源を切る。
把持部はその場で止まった。
しかし、想定より僅かに戻る。
危険な量ではない。
規定にも収まる。
それでも修正できる。
保持側へ機械的な抵抗を追加する。
電気が切れても急に開かないようにする。
再度確認。
今度は問題なかった。
私は測定値を記録する。
規定重量以内。
保持力も余裕がある。
操作は片手で可能。
電源喪失時の挙動も条件を満たす。
あとは配線を整理し、角を処理する。
使用者が触れる部分に不要な突起を残さない。
完成した。
周囲を見ると、まだ作業している生徒が多かった。
発目さんの机からは一度、かなり嫌な音がした。
「発目!」
パワーローダーの声が飛ぶ。
「爆発はさせるなと言っただろ!」
「まだ爆発してません!」
「『まだ』を付けるな!」
私は自分の装置へ戻った。
他人の課題は本人が処理すればいい。
残り時間で、もう一度すべて確認する。
故障箇所になりそうな部分。
分解時の手順。
部品交換。
配線。
特に問題は見つからなかった。
◇ ◇ ◇
評価は一人ずつ行われた。
私の番になる。
パワーローダーが装置を手に取る。
「軽いな」
「規定性能に必要な範囲へ部品を絞りました」
「動かしてみろ」
「はい」
腕へ固定する。
操作する。
把持部が閉じる。
試験用の物体を持ち上げる。
規定最大荷重。
問題なし。
少し余裕を持たせてある。
「電源を落とすぞ」
「どうぞ」
電源が切れる。
把持部は急には開かない。
ゆっくり荷重を逃がす。
「完全固定じゃないんだな」
「はい。停電時に保持し続けると、装着者が外せなくなる可能性があります」
パワーローダーがこちらを見る。
「じゃあ開放する?」
「急に開くのも危険なので、一定速度で解除されるようにしています」
「なるほど」
装置を外す。
今度は分解された。
「ここ、交換しやすくしてあるな」
「消耗する可能性が高い部分なので」
「モーターは?」
「市販規格に近い寸法へ合わせています。課題では支給品しか使えませんが、実用品にするなら交換性を確保した方がいいと思います」
「ふむ」
パワーローダーは設計書も見る。
「完成後に直したところは?」
「把持部の固定位置です。実材の剛性が想定より低かったので、荷重分布を変えました」
「計算だけで押し切らなかったのはいい」
「実物が計算通りとは限りませんから」
材料の寸法誤差。
加工誤差。
摩耗。
温度。
使用環境。
設計値だけで機械が動くわけではない。
その程度は、研究機器を作っていれば分かる。
「追加機能は?」
「ありません」
「付けようと思えば?」
「いくつかありますが、今回の要求には不要です」
「例えば?」
「把持圧の自動調整、対象物の形状検出、交換式の先端機構などです」
「なんで付けなかった?」
「重量と故障箇所が増えます。それに、評価対象の機能はすでに満たしています」
パワーローダーが少し笑った。
「相変わらず堅実だな」
「そうですね」
「よし。問題なし」
評価は終わった。
私は装置を外した。
◇ ◇ ◇
授業後、提出された設計書が返ってきた。
評価は高かった。
機能。
安全性。
完成度。
整備性。
設計意図。
特に大きな減点はない。
それ自体には特別な感想はなかった。
要求された課題を、要求された条件で作った。
結果が条件を満たしているなら、評価が高くなるのは不自然ではない。
「空木くん、満点近いじゃないですか!」
横から発目さんが覗く。
「そうですね」
「私、ここ減点されました!」
発目さんの評価表を見る。
安全性。
重量。
時間管理。
その辺りに指摘が並んでいた。
一方で、発想と発展性は非常に高い。
「妥当だと思います」
「ひどい!」
「実際、途中で規定重量を超えていましたよね?」
「最後には収めました!」
「配線が一部露出していました」
「次直します!」
「なら問題ないですね」
発目さんは一瞬止まり、それから笑った。
「そうですね!」
落ち込むというより、次の試作で直すつもりらしい。
その方がいい。
失敗自体は問題ではない。
原因が分かっていて、修正できるなら次へ進める。
「空木くんはもっと変なの作らないんですか?」
「変なもの?」
「すごいやつです!」
「課題には必要ありません」
「学校で作れるのに!」
「学校だからこそ、課題は課題として処理しています」
発目さんが首を傾げる。
「もったいなくないですか?」
「何がですか?」
「使える設備いっぱいあるのに」
意味は分かった。
私も設備には興味がある。
入学理由の一つなのだから当然だ。
ただ、それと学校課題へ個人研究を持ち込むことは別だった。
「設備は必要な時に使います」
「研究にも?」
「必要なら」
「個性のやつ?」
「学校側へ持ち込む必要がある場合は、です」
現時点ではその必要はない。
自宅で続けている研究は、自宅の機材で進められる範囲にある。
学校で行う課題は、学校の設備と支給された材料で完結する。
混ぜた方が便利な場合もあるだろう。
しかし、便利だから混ぜる必要はない。
個性因子研究を授業へ持ち込めば、説明が必要になる。
安全確認。
管理。
場合によっては追加の申請。
その手間に見合う理由がなければ、使わない方がいい。
「私は学校の課題と個人研究を分けています」
「完全に?」
「今のところは」
発目さんは不思議そうだった。
「私なら全部ベイビー作りに使います!」
「そうでしょうね」
入学初日から見ていれば分かる。
◇ ◇ ◇
それから何度か授業を受けた。
機械加工。
回路。
材料。
制御。
設計。
安全規格。
ヒーローが装備を使う環境についての基礎。
知らないこともあった。
特に現場運用に関する部分は、本だけで理解するより実例の方が早い。
どこが壊れやすいのか。
ヒーローがどういう使い方をするのか。
整備側が何を嫌うのか。
救助現場と戦闘現場で要求がどう変わるのか。
その辺りは学ぶ価値があった。
課題も出る。
私は要求を読む。
設計する。
作る。
確認する。
提出する。
基本的にはそれだけだった。
必要以上に目立つこともしない。
手を抜くこともない。
個性因子技術は使わない。
人工個性を装置へ入れれば簡単になる課題でも、通常技術だけで解けるなら通常技術で処理した。
理由は単純だった。
学校で求められている能力を、学校で求められている方法で示せばいい。
自分の研究成果まで混ぜる必要はない。
「空木」
ある日の授業後、パワーローダーに呼ばれた。
「はい」
「ちょっといいか」
「問題ありません」
何か提出ミスがあっただろうか。
考えながら近づく。
パワーローダーは、私の課題をいくつか並べていた。
「別に悪い話じゃない」
「そうですか」
「お前、課題は全部かなり出来がいいな」
「ありがとうございます」
「提出も遅れない。安全規則も守る。勝手に危ない機械使ったりもしない」
なぜか最後だけ少し声が強い。
視線の先には発目さんがいた。
実習室の奥で何かを組み立てている。
こちらには気付いていない。
「それで、何か困ってることはあるか?」
「今のところありません」
「設備とか」
「必要なものは使えています」
「授業が簡単すぎるとか」
少し考える。
簡単な内容はある。
すでに知っているものも多い。
ただ、全部ではない。
「既知の内容はありますが、知らない部分もあります」
「退屈じゃない?」
「必要な単位ですし、復習にもなります」
それに、作業そのものは無意味ではない。
同じ原理でも、違う材料や工具を使えば確認できることはある。
パワーローダーはしばらく私を見る。
「……本当に手がかからないな、お前」
「そうですか?」
「入試二位って聞いた時は、もっと面倒なタイプかと思ってた」
「なぜですか?」
「自信過剰とか、勝手に変なことするとか」
また発目さんを見る。
今度は小さな煙が出ていた。
「発目!」
「大丈夫です!」
「まず電源切れ!」
「はい!」
パワーローダーが額を押さえる。
比較対象が良くない気がする。
「私は、規則を破る必要がなければ守りますよ」
「その言い方ちょっと引っかかるんだけどな」
「必要な設備も使えていますし、今のところ問題はありません」
研究を妨害されているわけでもない。
学校の規則も、合理性のないものばかりではない。
危険な機械の使用条件。
材料管理。
安全確認。
必要な手続きだ。
わざわざ逆らう理由はなかった。
「まあ、いい。何かあったら言え」
「分かりました」
話は終わった。
どうやら注意ではなかったらしい。
私は自分の席へ戻った。
◇ ◇ ◇
帰宅すると、学校で使っていたノートを鞄から出す。
授業資料と個人研究の記録は分けていた。
机の左側へ学校関係。
右側へ研究関係。
物理的に分ける必要があるわけではない。
ただ、その方が混同しない。
今日の課題について考えるのは終わりだった。
提出済み。
追加修正の必要もない。
私は個人研究の記録を開いた。
学校で作っていた把持補助装置とは、何の関係もない内容。
培養中の個性因子。
前回の測定結果。
小規模改変後の安定性。
保存条件。
次の実験。
こちらでは、学校課題で使わなかった技術も普通に使う。
人工個性による知覚。
自作の測定装置。
培養した因子。
必要なら装備への組み込みも行う。
ただし、それらを明日の授業へ持っていく予定はない。
授業で必要ないからだ。
学校では、普通のサポート科生として課題をこなす。
家では、自分の研究を進める。
それぞれ必要なことが違う。
なら、分ければいい。
難しい話ではなかった。
携帯端末が鳴った。
母からだった。
生存報告をする約束を思い出す。
私は通話を取る。
「はい」
『ちゃんと帰ってる?』
「帰っています」
『ご飯は?』
「これから作ります」
『学校どう?』
少し考える。
「問題ありません。設備も使えますし、授業も参考になります」
『友達できた?』
またその質問だった。
「クラスメイトとは普通に話しています」
『それ友達なの?』
「定義によります」
電話の向こうで母がため息をついた。
『発目さんって子の話、前してなかった?』
「技術の話ができる人ですね」
『それは友達じゃないの?』
「技術の話ができる人です」
『……まあいいわ』
何が違うのかは、母の方が納得していないらしい。
「他に用事はありますか?」
『用事なくても電話していいって言ったでしょ』
「そうでした」
数分話して通話を終える。
私は夕食の準備を始めた。
一人暮らしも、今のところ問題はない。
学校も問題ない。
研究も続けられている。
なら、現状を変える理由はなかった。
雄英の教師から見れば、私は課題を期限内に出し、規則を守り、成績も良い生徒なのだろう。
それでいい。
学校で個性因子研究の成果を見せる必要はない。
研究者であることと、学校で扱いやすい生徒であることは両立する。
少なくとも今のところは。
私は食事を終えた後、再び机へ向かった。
学校の課題は終わっている。
ここから先は、私の研究時間だった。