無個性は個性をつくる   作:匿名希望

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第8話 学校では普通の優等生

最初の実習課題が出たのは、入学して間もなくだった。

 

「今日は基礎を見る」

 

パワーローダーがそう言って、作業台の前に立つ。

 

実習室には、一人ずつ使える机と工具が並んでいた。

 

入試会場で使ったものより種類が多い。

 

ただし、今日は大型の加工機を使うような課題ではないらしい。

 

「支給された部品だけで、小型の把持補助装置を作ってもらう」

 

前方の画面へ条件が表示される。

 

一定重量の物体を保持できること。

 

装着者が片手で操作できること。

 

電源喪失時に危険な動作をしないこと。

 

規定重量以内。

 

制限時間内に完成させること。

 

最後に性能確認と設計意図の説明。

 

内容としては単純だった。

 

課題の目的も分かる。

 

単に強い機械を作れるかではなく、与えられた条件へ設計を収められるかを見るのだろう。

 

「それと、個性を使える奴は使ってもいい。ただし、装置自体の性能評価とは分けるからな。自分の個性がないと完成しない設計にするなら、その理由も説明しろ」

 

何人かが返事をする。

 

私は仕様書を読む。

 

個性を使う必要はない。

 

当然、個性因子技術も必要なかった。

 

私が持っている研究用の人工個性や、個性因子を装置へ組み込む技術を使えば、設計の幅は広がる。

 

しかし、それは今回の課題とは別の話だ。

 

要求されている機能は、普通の機械工学だけで十分実現できる。

 

なら、そちらを使えばいい。

 

「開始」

 

私は紙へ必要条件を書き出した。

 

最大荷重。

 

把持部の摩擦。

 

必要な駆動力。

 

減速比。

 

電源。

 

操作系。

 

安全機構。

 

規定重量。

 

支給部品。

 

順番に整理する。

 

構造はすぐ決まった。

 

問題は、どこまで単純にできるかだった。

 

機能を追加する必要はない。

 

複雑な機構にすれば、その分だけ故障箇所が増える。

 

私は最低限の構造で要求性能を満たすよう設計した。

 

◇ ◇ ◇

 

「空木くん!」

 

隣の方から声がした。

 

作業中なので顔だけ向ける。

 

発目さんが、すでに自分の装置を大きく広げていた。

 

支給された部品のかなりの割合を使っているように見える。

 

「はい」

 

「これ、把持だけじゃもったいなくないですか?」

 

「課題は把持補助装置ですよ」

 

「だから把持しながら回転できるようにして、工具も付け替えられるようにして、こっちに射出機構を――」

 

「最後の機能は何に使うんですか?」

 

「何かを飛ばす時です!」

 

「今回、飛ばす必要はありませんね」

 

「でも飛ばせた方が便利です!」

 

予想通りだった。

 

発目さんは課題へ機能を合わせるより、作っている途中で思いついたものを追加していく。

 

悪い方法とは限らない。

 

試作品を作る段階なら、思いついた機構を実際に試してみる価値はある。

 

ただし今日は制限時間がある。

 

重量制限もある。

 

「重量は大丈夫ですか?」

 

「削ります!」

 

「どこを?」

 

発目さんが止まった。

 

私は自分の作業へ戻る。

 

数秒後。

 

「空木くんの軽そうですね!」

 

「必要な部品しか使っていないので」

 

「見せてください!」

 

「完成してからなら」

 

今は作業中だった。

 

発目さんもすぐに自分の机へ戻る。

 

会話で手を止め続ける必要はない。

 

◇ ◇ ◇

 

組み立てに入る。

 

支給されたモーターの特性は資料にある。

 

計算上は一つで足りる。

 

減速機構を組む。

 

駆動部の位置を合わせる。

 

把持部には支給材を加工して使う。

 

ここで少し予定を変えた。

 

設計段階では二点で固定するつもりだったが、実物を見ると材料の剛性にばらつきがある。

 

このままでも規定荷重には耐える。

 

ただ、繰り返し使用した場合に変形する可能性がある。

 

固定位置をずらす。

 

荷重を分散させる。

 

部品は増やさない。

 

穴の位置だけ変更する。

 

加工。

 

仮組み。

 

動作確認。

 

問題なし。

 

次に電源を切る。

 

把持部はその場で止まった。

 

しかし、想定より僅かに戻る。

 

危険な量ではない。

 

規定にも収まる。

 

それでも修正できる。

 

保持側へ機械的な抵抗を追加する。

 

電気が切れても急に開かないようにする。

 

再度確認。

 

今度は問題なかった。

 

私は測定値を記録する。

 

規定重量以内。

 

保持力も余裕がある。

 

操作は片手で可能。

 

電源喪失時の挙動も条件を満たす。

 

あとは配線を整理し、角を処理する。

 

使用者が触れる部分に不要な突起を残さない。

 

完成した。

 

周囲を見ると、まだ作業している生徒が多かった。

 

発目さんの机からは一度、かなり嫌な音がした。

 

「発目!」

 

パワーローダーの声が飛ぶ。

 

「爆発はさせるなと言っただろ!」

 

「まだ爆発してません!」

 

「『まだ』を付けるな!」

 

私は自分の装置へ戻った。

 

他人の課題は本人が処理すればいい。

 

残り時間で、もう一度すべて確認する。

 

故障箇所になりそうな部分。

 

分解時の手順。

 

部品交換。

 

配線。

 

特に問題は見つからなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

評価は一人ずつ行われた。

 

私の番になる。

 

パワーローダーが装置を手に取る。

 

「軽いな」

 

「規定性能に必要な範囲へ部品を絞りました」

 

「動かしてみろ」

 

「はい」

 

腕へ固定する。

 

操作する。

 

把持部が閉じる。

 

試験用の物体を持ち上げる。

 

規定最大荷重。

 

問題なし。

 

少し余裕を持たせてある。

 

「電源を落とすぞ」

 

「どうぞ」

 

電源が切れる。

 

把持部は急には開かない。

 

ゆっくり荷重を逃がす。

 

「完全固定じゃないんだな」

 

「はい。停電時に保持し続けると、装着者が外せなくなる可能性があります」

 

パワーローダーがこちらを見る。

 

「じゃあ開放する?」

 

「急に開くのも危険なので、一定速度で解除されるようにしています」

 

「なるほど」

 

装置を外す。

 

今度は分解された。

 

「ここ、交換しやすくしてあるな」

 

「消耗する可能性が高い部分なので」

 

「モーターは?」

 

「市販規格に近い寸法へ合わせています。課題では支給品しか使えませんが、実用品にするなら交換性を確保した方がいいと思います」

 

「ふむ」

 

パワーローダーは設計書も見る。

 

「完成後に直したところは?」

 

「把持部の固定位置です。実材の剛性が想定より低かったので、荷重分布を変えました」

 

「計算だけで押し切らなかったのはいい」

 

「実物が計算通りとは限りませんから」

 

材料の寸法誤差。

 

加工誤差。

 

摩耗。

 

温度。

 

使用環境。

 

設計値だけで機械が動くわけではない。

 

その程度は、研究機器を作っていれば分かる。

 

「追加機能は?」

 

「ありません」

 

「付けようと思えば?」

 

「いくつかありますが、今回の要求には不要です」

 

「例えば?」

 

「把持圧の自動調整、対象物の形状検出、交換式の先端機構などです」

 

「なんで付けなかった?」

 

「重量と故障箇所が増えます。それに、評価対象の機能はすでに満たしています」

 

パワーローダーが少し笑った。

 

「相変わらず堅実だな」

 

「そうですね」

 

「よし。問題なし」

 

評価は終わった。

 

私は装置を外した。

 

◇ ◇ ◇

 

授業後、提出された設計書が返ってきた。

 

評価は高かった。

 

機能。

 

安全性。

 

完成度。

 

整備性。

 

設計意図。

 

特に大きな減点はない。

 

それ自体には特別な感想はなかった。

 

要求された課題を、要求された条件で作った。

 

結果が条件を満たしているなら、評価が高くなるのは不自然ではない。

 

「空木くん、満点近いじゃないですか!」

 

横から発目さんが覗く。

 

「そうですね」

 

「私、ここ減点されました!」

 

発目さんの評価表を見る。

 

安全性。

 

重量。

 

時間管理。

 

その辺りに指摘が並んでいた。

 

一方で、発想と発展性は非常に高い。

 

「妥当だと思います」

 

「ひどい!」

 

「実際、途中で規定重量を超えていましたよね?」

 

「最後には収めました!」

 

「配線が一部露出していました」

 

「次直します!」

 

「なら問題ないですね」

 

発目さんは一瞬止まり、それから笑った。

 

「そうですね!」

 

落ち込むというより、次の試作で直すつもりらしい。

 

その方がいい。

 

失敗自体は問題ではない。

 

原因が分かっていて、修正できるなら次へ進める。

 

「空木くんはもっと変なの作らないんですか?」

 

「変なもの?」

 

「すごいやつです!」

 

「課題には必要ありません」

 

「学校で作れるのに!」

 

「学校だからこそ、課題は課題として処理しています」

 

発目さんが首を傾げる。

 

「もったいなくないですか?」

 

「何がですか?」

 

「使える設備いっぱいあるのに」

 

意味は分かった。

 

私も設備には興味がある。

 

入学理由の一つなのだから当然だ。

 

ただ、それと学校課題へ個人研究を持ち込むことは別だった。

 

「設備は必要な時に使います」

 

「研究にも?」

 

「必要なら」

 

「個性のやつ?」

 

「学校側へ持ち込む必要がある場合は、です」

 

現時点ではその必要はない。

 

自宅で続けている研究は、自宅の機材で進められる範囲にある。

 

学校で行う課題は、学校の設備と支給された材料で完結する。

 

混ぜた方が便利な場合もあるだろう。

 

しかし、便利だから混ぜる必要はない。

 

個性因子研究を授業へ持ち込めば、説明が必要になる。

 

安全確認。

 

管理。

 

場合によっては追加の申請。

 

その手間に見合う理由がなければ、使わない方がいい。

 

「私は学校の課題と個人研究を分けています」

 

「完全に?」

 

「今のところは」

 

発目さんは不思議そうだった。

 

「私なら全部ベイビー作りに使います!」

 

「そうでしょうね」

 

入学初日から見ていれば分かる。

 

◇ ◇ ◇

 

それから何度か授業を受けた。

 

機械加工。

 

回路。

 

材料。

 

制御。

 

設計。

 

安全規格。

 

ヒーローが装備を使う環境についての基礎。

 

知らないこともあった。

 

特に現場運用に関する部分は、本だけで理解するより実例の方が早い。

 

どこが壊れやすいのか。

 

ヒーローがどういう使い方をするのか。

 

整備側が何を嫌うのか。

 

救助現場と戦闘現場で要求がどう変わるのか。

 

その辺りは学ぶ価値があった。

 

課題も出る。

 

私は要求を読む。

 

設計する。

 

作る。

 

確認する。

 

提出する。

 

基本的にはそれだけだった。

 

必要以上に目立つこともしない。

 

手を抜くこともない。

 

個性因子技術は使わない。

 

人工個性を装置へ入れれば簡単になる課題でも、通常技術だけで解けるなら通常技術で処理した。

 

理由は単純だった。

 

学校で求められている能力を、学校で求められている方法で示せばいい。

 

自分の研究成果まで混ぜる必要はない。

 

「空木」

 

ある日の授業後、パワーローダーに呼ばれた。

 

「はい」

 

「ちょっといいか」

 

「問題ありません」

 

何か提出ミスがあっただろうか。

 

考えながら近づく。

 

パワーローダーは、私の課題をいくつか並べていた。

 

「別に悪い話じゃない」

 

「そうですか」

 

「お前、課題は全部かなり出来がいいな」

 

「ありがとうございます」

 

「提出も遅れない。安全規則も守る。勝手に危ない機械使ったりもしない」

 

なぜか最後だけ少し声が強い。

 

視線の先には発目さんがいた。

 

実習室の奥で何かを組み立てている。

 

こちらには気付いていない。

 

「それで、何か困ってることはあるか?」

 

「今のところありません」

 

「設備とか」

 

「必要なものは使えています」

 

「授業が簡単すぎるとか」

 

少し考える。

 

簡単な内容はある。

 

すでに知っているものも多い。

 

ただ、全部ではない。

 

「既知の内容はありますが、知らない部分もあります」

 

「退屈じゃない?」

 

「必要な単位ですし、復習にもなります」

 

それに、作業そのものは無意味ではない。

 

同じ原理でも、違う材料や工具を使えば確認できることはある。

 

パワーローダーはしばらく私を見る。

 

「……本当に手がかからないな、お前」

 

「そうですか?」

 

「入試二位って聞いた時は、もっと面倒なタイプかと思ってた」

 

「なぜですか?」

 

「自信過剰とか、勝手に変なことするとか」

 

また発目さんを見る。

 

今度は小さな煙が出ていた。

 

「発目!」

 

「大丈夫です!」

 

「まず電源切れ!」

 

「はい!」

 

パワーローダーが額を押さえる。

 

比較対象が良くない気がする。

 

「私は、規則を破る必要がなければ守りますよ」

 

「その言い方ちょっと引っかかるんだけどな」

 

「必要な設備も使えていますし、今のところ問題はありません」

 

研究を妨害されているわけでもない。

 

学校の規則も、合理性のないものばかりではない。

 

危険な機械の使用条件。

 

材料管理。

 

安全確認。

 

必要な手続きだ。

 

わざわざ逆らう理由はなかった。

 

「まあ、いい。何かあったら言え」

 

「分かりました」

 

話は終わった。

 

どうやら注意ではなかったらしい。

 

私は自分の席へ戻った。

 

◇ ◇ ◇

 

帰宅すると、学校で使っていたノートを鞄から出す。

 

授業資料と個人研究の記録は分けていた。

 

机の左側へ学校関係。

 

右側へ研究関係。

 

物理的に分ける必要があるわけではない。

 

ただ、その方が混同しない。

 

今日の課題について考えるのは終わりだった。

 

提出済み。

 

追加修正の必要もない。

 

私は個人研究の記録を開いた。

 

学校で作っていた把持補助装置とは、何の関係もない内容。

 

培養中の個性因子。

 

前回の測定結果。

 

小規模改変後の安定性。

 

保存条件。

 

次の実験。

 

こちらでは、学校課題で使わなかった技術も普通に使う。

 

人工個性による知覚。

 

自作の測定装置。

 

培養した因子。

 

必要なら装備への組み込みも行う。

 

ただし、それらを明日の授業へ持っていく予定はない。

 

授業で必要ないからだ。

 

学校では、普通のサポート科生として課題をこなす。

 

家では、自分の研究を進める。

 

それぞれ必要なことが違う。

 

なら、分ければいい。

 

難しい話ではなかった。

 

携帯端末が鳴った。

 

母からだった。

 

生存報告をする約束を思い出す。

 

私は通話を取る。

 

「はい」

 

『ちゃんと帰ってる?』

 

「帰っています」

 

『ご飯は?』

 

「これから作ります」

 

『学校どう?』

 

少し考える。

 

「問題ありません。設備も使えますし、授業も参考になります」

 

『友達できた?』

 

またその質問だった。

 

「クラスメイトとは普通に話しています」

 

『それ友達なの?』

 

「定義によります」

 

電話の向こうで母がため息をついた。

 

『発目さんって子の話、前してなかった?』

 

「技術の話ができる人ですね」

 

『それは友達じゃないの?』

 

「技術の話ができる人です」

 

『……まあいいわ』

 

何が違うのかは、母の方が納得していないらしい。

 

「他に用事はありますか?」

 

『用事なくても電話していいって言ったでしょ』

 

「そうでした」

 

数分話して通話を終える。

 

私は夕食の準備を始めた。

 

一人暮らしも、今のところ問題はない。

 

学校も問題ない。

 

研究も続けられている。

 

なら、現状を変える理由はなかった。

 

雄英の教師から見れば、私は課題を期限内に出し、規則を守り、成績も良い生徒なのだろう。

 

それでいい。

 

学校で個性因子研究の成果を見せる必要はない。

 

研究者であることと、学校で扱いやすい生徒であることは両立する。

 

少なくとも今のところは。

 

私は食事を終えた後、再び机へ向かった。

 

学校の課題は終わっている。

 

ここから先は、私の研究時間だった。

 

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