無個性は個性をつくる 作:匿名希望
死柄木の視線が、相澤先生へ固定されている。
もう隠す気もないらしい。
自分の個性を止めている相手が誰なのか。
そこへ到達すれば何が起きるのか。
理解した上で、身体を低く沈めた。
「来るぞ!」
現場から声。
同時に死柄木が地面を蹴った。
速い。
正面にオールマイト。
側面からエンデヴァー。
その後方に相澤先生。
死柄木は最短距離で相澤先生へ向かう。
「させん!」
オールマイトが踏み込む。
正面衝突。
拳と腕がぶつかる。
衝撃だけで地面が割れた。
力ではオールマイトが上。
死柄木の身体が横へ押し流される。
そこへ炎。
「逃がさん!」
エンデヴァー。
死柄木が炎を浴びる。
皮膚が焼ける。
再生はしない。
相澤先生の『抹消』はまだ続いている。
このままなら、押し切れる。
そう見えた。
◇ ◇ ◇
死柄木は一度距離を取った。
呼吸が荒い。
身体にもかなり損傷が残っている。
完成前に培養を中断された影響もあるのかもしれない。
ただ。
逃げる様子はない。
再び相澤先生を見る。
「やはり、相澤先生を優先していますね」
私が言う。
「分かっている」
公安担当者の返答。
相澤先生の前には、防衛型個性兵を一体置いてある。
死柄木本人へ攻撃する必要はない。
接近を遮断する。
攻撃を防ぐ。
それだけに任務を絞っている。
「防衛型、接近阻止を継続してください」
「承知しました」
死柄木がまた動く。
今度は一直線ではない。
オールマイトへ向かう。
拳を避ける。
エンデヴァーの炎を身体を沈めて抜ける。
リューキュウが横から腕を伸ばした。
死柄木を掴もうとする。
その瞬間。
防衛型から警告が入った。
「高速投射物を確認」
小さい。
観測型の映像を拡大する。
死柄木の指先から、何かが飛んでいる。
相澤先生へ。
◇ ◇ ◇
防衛型が動いた。
障壁を展開する。
だが同時に、死柄木本人が突っ込んできた。
「接触」
防衛型の前面へ死柄木の蹴りが入る。
障壁が歪む。
個性ではない。
身体能力だけ。
それでも強い。
防衛型が死柄木の突進を受け止める。
その一瞬。
小さな投射物が、展開した障壁の外側を抜けた。
完全に相澤先生を包んでいたわけではない。
正面の死柄木を止めるため、防衛範囲がそちらへ偏っている。
「相澤先生!」
投射物が右脚へ刺さった。
小さな弾丸。
相澤先生が一度だけそこを見る。
表情が変わった。
「個性消失弾か!」
現場側でも気づいたらしい。
私にも見覚えがある。
死穢八斎會が作っていたもの。
個性因子そのものを破壊する薬剤。
「医療型を――」
言い切る前に。
相澤先生が動いた。
ナイフを抜く。
迷わない。
自分の右脚を切断した。
◇ ◇ ◇
「……早いですね」
私は映像を見る。
投与された薬剤が全身へ回る前に、侵入した部位そのものを切り離した。
判断としては正しい。
個性因子を壊す作用が局所から広がるなら、拡散前に切断すればいい。
乱暴ではあるが。
「抹消、継続中!」
現場から報告。
相澤先生の髪はまだ浮いている。
視線も死柄木から外していない。
『抹消』は残っている。
片脚を失っても。
「医療型を送るぞ!」
公安担当者が言う。
「治療自体はできます」
失った脚でも戻せる。
問題は治療するためには、相澤先生を戦場から下げる必要があることだった。
「ただ、下げれば視線が切れます」
担当者が止まる。
相澤先生自身も分かっているらしい。
防衛型が身体を支えようと近づく。
「まだいい」
短い声。
「俺が見てる間にやれ」
現場のヒーローへ向けた言葉だった。
オールマイトが死柄木を見る。
「……分かった」
次の瞬間。
踏み込んだ。
◇ ◇ ◇
オールマイトの拳が死柄木へ入る。
さっきより強い。
死柄木の身体が大きく浮いた。
エンデヴァーが待っている。
「プロミネンス――」
炎が集まる。
死柄木も分かったらしい。
身体を捻る。
それでも完全には避けられない。
炎に飲まれる。
地面へ叩き付けられる。
再生しない。
焼けたまま。
そこへリューキュウ。
巨大な腕が死柄木を押さえ込む。
「今だ!」
他のヒーローも動く。
拘束。
打撃。
炎。
一度に集中する。
相澤先生が見ている間に終わらせる。
誰が見ても、そういう戦い方だった。
「死柄木の損傷率、かなり上がっています」
正確な数値までは出せない。
しかし外見だけでも分かる。
腕。
肩。
胸部。
脚。
全身に損傷が残る。
再生がないから、そのまま蓄積している。
「このまま持つのか?」
公安担当者が言う。
「普通の人間なら、とっくに行動不能だと思います」
死柄木は違う。
また立つ。
改造された身体だけで。
◇ ◇ ◇
死柄木が地面へ手をつこうとした。
何も起きない。
『崩壊』は消されている。
自分でも分かっているはずだ。
それでも、一度動きを止めた。
次に。
ポケットへ手を入れる。
「また何か持っています」
私は言う。
死柄木の手の中。
先ほどと同じ形。
個性消失弾。
「防衛型、投射物を最優先で遮断してください」
「承知しました」
今度は分かっている。
同じ方法は通さない。
防衛型が相澤先生の周囲へ障壁を広げる。
死柄木が投げる。
障壁。
弾丸が当たり、落ちる。
「遮断成功」
問題ない。
だが。
死柄木の狙いは弾丸だけではなかった。
投げた直後、オールマイトへ飛び込む。
「!」
オールマイトが受ける。
死柄木はその腕を蹴り、方向を変えた。
エンデヴァーの炎が迫る。
身体を低くして抜ける。
リューキュウが掴む。
死柄木の腕が龍の指へ食い込んだ。
個性がなくても強い。
力任せに身体を引き寄せ。
そのまま蹴る。
拘束が緩む。
「抜ける!」
死柄木がまた相澤先生へ向かった。
◇ ◇ ◇
防衛型が前へ出る。
「遮断します」
死柄木と正面からぶつかる。
拳。
障壁。
一撃目を止める。
二撃目。
外装が割れる。
三撃目。
防衛型の上半身が大きく歪んだ。
それでも止まらない。
両腕で死柄木を掴む。
「拘束」
「離せ!」
死柄木が力を込める。
防衛型の腕が一本千切れた。
すぐ再構築が始まる。
もう一本。
肩ごと壊れる。
それでも、数秒は稼いだ。
その間にオールマイトが追いつく。
「そこまでだ!」
拳。
死柄木の身体が横へ飛ぶ。
相澤先生まで、まだ距離がある。
「防衛型、修復しながら後退。護衛を継続してください」
「承知しました」
完全破壊ではない。
直せる。
ただし、一時的に性能は落ちる。
その数秒が問題だった。
◇ ◇ ◇
相澤先生の状態も良くない。
片脚。
出血。
目の乾燥。
それでも視線を維持している。
マニュアルがいれば目を潤せるが、今の戦場配置ではすぐそばにいない。
原理上、人間の眼である以上限界はある。
私は医療型の位置を確認する。
十分近い。
退避さえできれば治療できる。
脚も。
その他の傷も。
問題は、そこまで『抹消』を切らずに持たせられるかだった。
「あとどの程度維持できますか?」
公安担当者に聞かれる。
「本人の生理状態なので、正確には分かりません」
私は相澤先生本人ではない。
「ただ、かなり無理をしているのは見れば分かります」
「代替は?」
「今すぐ公安へ出せるものはありません」
相澤先生の『抹消』構造は知っている。
私自身の研究にも使っている。
しかし、その個性を戦闘用個性兵へ勝手に搭載する許可は取っていない。
ここで都合よく出すことはできない。
「本人に維持してもらうしかありません」
「……分かった」
◇ ◇ ◇
死柄木がまた立つ。
さすがに遅くなっている。
片腕の動きが悪い。
身体の各所が焼けている。
それでも目だけは相澤先生を見ている。
「しつこいですね」
「お前が言うと妙に淡々としてるな」
「実際、目的が一つなので分かりやすいです」
死柄木が相澤先生を止める。
そうすれば全部戻る。
なら、それ以外の攻撃を受けても、そこへ向かう価値がある。
合理的ではある。
そして。
今度は動き方が変わった。
相澤先生へ直接突っ込まない。
オールマイトへ向かう。
拳を誘う。
避ける。
エンデヴァーの攻撃を受けながら、わざと横へ飛ぶ。
その先にいるのはリューキュウ。
死柄木が身体ごとぶつかる。
龍の巨体がわずかに揺れた。
その陰。
相澤先生から死柄木への視線が一瞬だけ遮られかける。
「位置をずらしてください!」
私が言う。
相澤先生も気づいている。
身体を傾ける。
視線を維持。
切れない。
死柄木が舌打ちした。
「失敗ですね」
だが。
それだけでは終わらなかった。
◇ ◇ ◇
死柄木が地面を蹴る。
リューキュウの腕へ乗る。
そこからさらに跳ぶ。
オールマイトが追う。
「相澤!」
死柄木へ手を伸ばす。
わずかに届かない。
エンデヴァーの炎が横から当たる。
死柄木の身体が焼ける。
軌道がずれる。
それでも。
相澤先生の前まで来た。
防衛型はまだ再構築途中。
残った身体で割り込む。
死柄木がそれを蹴る。
半壊した個体が横へ飛ぶ。
次。
相澤先生。
「先生!」
現場の声。
死柄木の手が伸びる。
相澤先生も捕縛布を動かした。
腕へ巻き付く。
止める。
完全には止まらない。
死柄木の指先が顔へ届いた。
◇ ◇ ◇
血が散る。
相澤先生の顔。
眼の周囲。
深い傷。
反射的に瞼が閉じた。
それだけだった。
一瞬。
だが。
『抹消』には十分だった。
髪が落ちる。
「抹消解除!」
現場から叫び。
私は死柄木を見る。
最初に起きたのは再生だった。
焼けていた皮膚が戻る。
潰れていた部分が整う。
傷が消えていく。
速い。
「超再生復活」
次。
死柄木の身体から何かが広がる。
空気が震えた。
複数の個性因子が同時に動いている。
映像だけでも分かるほどだった。
「全個性が戻ったと考えた方がいいですね」
公安担当者が即座に指示を出す。
「相澤を下げろ!」
今度は本人も反対しなかった。
もう維持できない。
防衛型が再構築を終えきっていない身体で相澤先生を抱える。
「後送します」
「お願いします」
私は安全な位置を確認する。
観測型が見ている後方地点。
そこへワープゲートを開く。
「出口安全確認。通過してください」
防衛型が相澤先生を抱えたままゲートへ入る。
後方。
医療型の待機地点。
到着。
「右脚欠損、顔面・眼部損傷。完全治療を開始してください」
「承知しました」
治せる。
問題はそこではない。
治療が終わるまでの間。
死柄木の個性は、もう戻っている。
◇ ◇ ◇
「全員、地面から離れろ!」
現場で声が飛ぶ。
『崩壊』を警戒している。
死柄木が地面へ手を向ける。
エンデヴァーが炎を放つ。
「させん!」
オールマイトも踏み込む。
二人同時。
死柄木は受けない。
さっきまでとは違う。
身体が急に加速した。
何か別の個性。
横へ抜ける。
炎を避ける。
オールマイトの拳も外れる。
さらに上空へ。
「飛行?」
公安担当者が言う。
「可能性はありますが、まだ断定できません」
浮いている。
単純な跳躍とは軌道が違う。
何らかの移動系。
他にもあるだろう。
AFOから渡された個性。
何種類あるのか分からない。
「観測型、死柄木の発動を可能な限り記録してください」
「承知しました」
これはかなり価値のある情報になる。
生き残れば。
◇ ◇ ◇
死柄木の傷が次々と消える。
オールマイトとエンデヴァーが与えた損傷。
相澤先生が止めている間に蓄積させたもの。
全部が治っていくわけではない。
再生にも時間はある。
身体の状態も完全ではない。
それでも。
数十秒前までより明らかに状況が悪い。
「重戦闘型を出しますか?」
私は聞く。
公安担当者が画面を見る。
「……待て」
まだ許可しない。
救助側には大量投入している。
戦闘だけは制限を残している。
「オールマイトとエンデヴァーがいる。まずは現場に任せる」
「分かりました」
私は従う。
ただ、必要になった時にすぐ出せるよう準備だけはする。
工廠型へはまだ命令しない。
標準重戦闘型の素体状態を確認。
問題なし。
ワープも使用可能。
必要なら出せる。
◇ ◇ ◇
死柄木が空中で止まった。
追っていたオールマイトも止まる。
「死柄木!」
呼びかけ。
返事がない。
死柄木は片手で自分の頭を押さえた。
様子が変だ。
痛みではないように見える。
顔を歪める。
何かと争っているような動き。
そして。
「……黙れ」
小さな声。
通信が拾った。
「俺の身体だ」
誰に言っているのか分からない。
周囲には誰もいない。
オールマイトが表情を変えた。
「まさか……」
死柄木がまた頭を押さえる。
その口が動いた。
今度の話し方は、少し違った。
「まだ不完全だ」
落ち着いている。
直前までの死柄木とは調子が違う。
「ここで消耗させる必要はない」
公安担当者が画面を見る。
「誰と話している?」
「本人以外の意識が混じっている可能性はありますね」
私は答えた。
AFOは個性を奪うだけではない。
個性因子と人格の関係については、これまでの研究でも無関係ではないと分かっている。
OFAの内部にも過去の所有者に由来する意識が存在した。
なら。
AFO由来の個性因子を大量に移植された死柄木の中へ、元の所有者に由来する意識が強く現れていても不思議ではない。
ただ、今の段階で断定はできない。
観測事実は一つ。
死柄木が自分自身と会話しているように見える。
◇ ◇ ◇
「ワン・フォー・オール……」
死柄木が呟いた。
オールマイトの表情が変わる。
私もその言葉は知っている。
学校から正式に情報提供を受け、緑谷君の解析もしている。
OFA。
死柄木がそれを探すように周囲を見る。
一瞬。
何かの個性を使ったように感じた。
視線が遠くへ向く。
「……ここにはいない」
声。
今度も、死柄木本人とは少し違う調子。
オールマイトが踏み込む。
「貴様――!」
死柄木が距離を取った。
戦おうとしない。
「追うぞ!」
エンデヴァー。
炎。
死柄木が回避する。
反撃はする。
だが、さっきまでのように相手を倒すためではない。
距離を作るため。
「行動目的が変わりましたね」
私は言った。
「逃げる気か?」
「そう見えます」
OFAがこの場にいない。
自分は不完全。
ヒーロー側には近全盛期のオールマイトがいる。
エンデヴァーもいる。
相澤先生は下がったが、こちらにはまだ戦力が残っている。
この状況なら。
戦う理由より、離脱する理由の方が多い。
◇ ◇ ◇
死柄木が大きく後退する。
オールマイトが追う。
エンデヴァーも。
ただ。
市街地では今も救助が続いている。
崩壊で壊れた区域。
倒壊した建物。
取り残された人間。
オールマイトの視線が一度そちらへ向いた。
追跡と救助。
両方を一人でやることはできない。
救助型は増やしている。
医療型もいる。
それでも、人間のヒーローが不要になるわけではない。
「救助側はこちらでかなり補えます」
私は公安担当者へ言う。
「ただ、全部ではありません」
「分かっている」
担当者も映像を見ている。
死柄木。
市街地。
負傷者。
そして山荘側。
複数の問題が同時に動いている。
「死柄木の追跡を観測型で維持します」
「頼む」
「戦闘型の投入は?」
「まだ待て」
「分かりました」
今は観測。
必要な状況になれば、次を作る。
それでいい。
◇ ◇ ◇
後方から医療型の報告が入った。
「イレイザーヘッド、治療中。生命状態安定」
「眼は?」
「修復可能です」
「脚も?」
「可能です」
なら問題ない。
死亡していない。
治療できる。
ただし戦場では、その数分の中断だけでも十分に状況が変わった。
死柄木の個性群は戻った。
超再生も動いている。
AFO由来と思われる意識も強く出てきた。
そして本人は、正面戦闘より撤退を選び始めている。
「治療完了後の再投入は、本人と現場側で判断してください」
「承知しました」
私は医療型への指示を終える。
その直後。
別の観測型から高優先度通知が入った。
病院側ではない。
群訝山荘。
「高優先度変化」
画面を切り替える。
山荘側でも。
戦況が大きく動き始めていた。