無個性は個性をつくる 作:匿名希望
「高優先度変化」
山荘側の観測型から入った通知を開く。
最初に映ったのは、山荘そのものではなかった。
周辺の森。
地面。
そして、その下から持ち上がってくる巨大な影。
「ギガントマキアが動きました」
私が言う。
指揮所の人間が一斉に山荘側の画面を見る。
病院側では死柄木の追跡が続いている。
その一方で、群訝山荘でも明確に状況が変わった。
巨大な身体が地下から起き上がる。
建物が押し退けられる。
瓦礫が落ちる。
それだけで、周囲の戦場が狭く見えた。
「やはり死柄木の命令か」
公安担当者が言う。
「時期から考えると可能性は高いですね」
死柄木が何らかの通信を行った直後。
ギガントマキアが動いた。
偶然と考える理由は少ない。
観測型の一体を上昇させる。
「山荘側、ギガントマキアを優先追跡。周辺戦線も別個体で維持してください」
「承知しました」
視界が分かれる。
大きな動きは見失いにくい。
その代わり、周囲の人間が小さく見える。
複数個体を用意しておいて正解だった。
◇ ◇ ◇
その少し前。
山荘内部から、一つの報告が入っていた。
「トゥワイス死亡確認」
通信担当者が読み上げる。
ホークスと交戦していた超常解放戦線の構成員。
本名、分倍河原仁。
大量の分身を作れる個性。
公安が特に危険視していた一人だった。
「ホークスは?」
「負傷。生存している」
「そうですか」
なら、トゥワイスの脅威はなくなった。
増殖される前に止められたなら大きい。
私は死亡情報を戦況へ反映する。
それ以上に何か考える必要はなかった。
そして。
今はギガントマキアの方が問題だった。
◇ ◇ ◇
巨大な身体が完全に立ち上がる。
その背へ、超常解放戦線側の人間が集まり始めている。
死柄木の仲間たち。
遠目なので細かな顔までは判別しにくい。
だが数人が乗っている。
「移動開始!」
観測型から通知。
ギガントマキアが一歩踏み出す。
地面が沈む。
二歩。
速度が上がる。
「進行方向は?」
「病院側へ向かっています」
死柄木のいる方角。
分かりやすい。
「阻止班を動かせ!」
現場へ指示が飛ぶ。
既にプロヒーローたちも動いていた。
巨大化したMt.レディが正面へ回る。
ギガントマキアへ両腕を伸ばした。
「止まりなさいよォ!」
巨体同士がぶつかる。
土煙。
一瞬、ギガントマキアの前進が止まったように見えた。
だが。
次の一歩。
Mt.レディの身体が押し戻される。
「力負けしていますね」
「見れば分かる!」
「そうですね」
体格だけなら近い。
出力は違う。
Mt.レディが両脚を地面へ食い込ませる。
それでも引きずられていく。
ギガントマキアの歩行速度は、ほとんど落ちていなかった。
◇ ◇ ◇
別方向から樹木が伸びる。
シンリンカムイ。
木の身体を伸ばしながらギガントマキアへ接近する。
その背に一人乗っていた。
ミッドナイト先生。
「……あれは」
私が映像を拡大する。
「眠らせるつもりか?」
公安担当者が言う。
その可能性が高い。
ミッドナイト先生の『眠り香』。
身体から発する香気を吸わせ、対象を眠らせる個性。
正面から倒すのが難しい相手なら合理的な選択だった。
「体格差があります。必要量が分かりませんね」
「効かない可能性があるのか?」
「効くかどうかと、どれだけ必要かは別です」
個性の作用対象から外れる理由は、今のところない。
ただ、ギガントマキアの身体は普通の人間とは比較できない。
吸入量。
循環。
代謝。
耐性。
どれも違う可能性がある。
実際に当てないと分からない。
◇ ◇ ◇
シンリンカムイが速度を上げた。
進行するギガントマキアの横から回り込み、顔へ近づこうとしている。
Mt.レディはまだ身体へしがみついている。
「もっと顔に近づいて!」
ミッドナイト先生の声が通信へ入る。
「ミッドナイト、危険だ!」
「分かってるわよ! でも街まで行かせたらもっと危険でしょうが!」
それはその通りだった。
ギガントマキアが現在の速度で市街地へ入れば、それだけで被害が出る。
戦わなくても建物が壊れる。
人が巻き込まれる。
ミッドナイト先生の選択自体は合理的だった。
カムイウッズがさらに近づく。
そして。
ミッドナイト先生の周囲に、薄い気体が広がった。
『眠り香』。
風に乗って。
ギガントマキアの顔へ流れる。
◇ ◇ ◇
最初は変化がなかった。
ギガントマキアは進む。
一歩。
二歩。
Mt.レディを引きずりながら。
「効果なし?」
公安担当者が言う。
「まだ分かりません」
観測型の記録を比較する。
歩幅。
速度。
頭部の動き。
反応時間。
数秒。
もう数秒。
そこで変化が出た。
「……速度が落ちています」
「何?」
私は数値を並べる。
大きくはない。
だが明確だった。
一歩にかかる時間が伸びている。
歩幅も少し縮んだ。
頭を一度大きく振る。
さらに。
瞼がわずかに下がった。
「『眠り香』の影響と考えていいと思います」
公安担当者がモニターへ近づく。
「効いてるのか?」
「はい。完全には眠っていませんが、影響は出ています」
通信担当者も現場へ確認を取る。
「Mt.レディからも報告! マキアの力が一瞬緩んだ!」
一致した。
『眠り香』は効く。
「なら、そのまま続ければ――」
「必要量が足りるかはまだ分かりません」
効くことと、眠らせ切れることは違う。
ギガントマキアは巨大すぎる。
今の濃度を短時間吸わせただけでは、動きが少し鈍る程度。
ただ。
止める手段として成立する可能性はある。
◇ ◇ ◇
「ミッドナイトへ伝えろ! 効いている!」
指揮所から通信。
現場へ届く。
「聞こえたわ!」
ミッドナイト先生の声。
「ならもっと吸わせればいいってことね!」
「無理に接近しすぎるな!」
「この距離じゃ薄いのよ!」
カムイウッズがさらに近づく。
ギガントマキアの顔の正面側。
眠り香の濃度を上げる。
観測型でも変化が分かった。
マキアがまた頭を振る。
一歩。
わずかにふらつく。
「効果増大」
私は記録する。
「呼吸で取り込んでいます。継続できればさらに作用する可能性があります」
「止められるか?」
「現時点では分かりません。ただ、無効ではありません」
これなら。
少なくとも別の手段を考える時にも参考になる。
巨大な身体でも、睡眠誘発そのものには反応する。
◇ ◇ ◇
そこで炎が上がった。
青い炎。
ギガントマキアの背から。
「攻撃!」
シンリンカムイへ向かう。
回避するには近すぎる。
炎が木の身体を包んだ。
「ぐああっ!」
シンリンカムイの声。
木は燃える。
相性が悪い。
ミッドナイト先生を乗せたまま姿勢が崩れる。
「カムイ!」
ミッドナイト先生が叫ぶ。
それでも完全には離れない。
眠り香を止めず、ギガントマキアへ向け続ける。
「攻撃者、確認!」
観測型の映像。
ギガントマキアの背。
青い炎。
荼毘。
資料にある敵だ。
シンリンカムイが燃えながら降下する。
ミッドナイト先生は途中で身体を離した。
そのままギガントマキアへ少しでも近づこうとしている。
「まだやるのか……」
公安担当者が呟く。
「効果を確認したからでしょうね」
止められる可能性が見えた。
なら続ける理由はある。
◇ ◇ ◇
眠り香がもう一度広がる。
今度はかなり近い。
ギガントマキアが大きく顔を背ける。
「反応しています」
前進速度も再び落ちた。
Mt.レディが押し返す。
「今よ!」
巨体が一瞬止まる。
止まった。
完全な睡眠ではない。
それでも。
前進が数秒途切れた。
「停止確認!」
指揮所で声が上がる。
「眠り香の影響です」
私は映像を見たまま言う。
「少なくとも、マキアの行動抑制には有効です」
これは確定していい。
偶然の速度変化ではない。
吸入量が増えた時に、反応も大きくなっている。
眠らせ切るには、さらに濃度か時間が必要。
ミッドナイト先生が接近を続ける理由もそこにある。
ただし。
敵側も同じことに気づいていた。
◇ ◇ ◇
ギガントマキアの背から何かが飛ぶ。
小さい。
複数。
「投射物!」
ミッドナイト先生へ向かう。
途中で形が変わった。
小さかったものが、一気に大きくなる。
瓦礫。
圧縮されていた建材。
「避けろ!」
通信。
間に合わない。
一つ目をミッドナイト先生がかわす。
二つ目。
身体を捻る。
三つ目。
直撃。
鈍い音。
ミッドナイト先生の身体が弾かれた。
「ミッドナイト!」
眠り香が途切れる。
身体が落ちる。
木々の間へ。
観測型が追う。
だが枝葉に遮られる。
視界から消えた。
「落下地点を追え!」
「観測型一体を下げます」
私は高度を落とす。
森。
枝。
土煙。
地上近くは見通しが悪い。
それでも位置はある程度絞れる。
「攻撃者は?」
公安担当者が聞く。
映像を戻す。
ギガントマキアの背で腕を動かしている人間。
Mr.コンプレス。
対象を小さく圧縮し、解放できる個性。
「Mr.コンプレスと考えていいでしょう」
「くそっ」
シンリンカムイも燃えている。
ミッドナイト先生は落下。
眠り香は止まった。
その結果。
ギガントマキアの動きが戻り始める。
◇ ◇ ◇
「速度上昇」
私は記録する。
眠り香を吸っていた間より速い。
ただ。
最初と完全に同じではない。
「待て」
公安担当者が画面を見る。
「まだ少し遅くないか?」
「はい」
私も比較していた。
初動時。
眠り香を吸入中。
吸入停止後。
三つを並べる。
「影響が残っています」
歩幅。
反応。
頭部の揺れ。
完全には戻っていない。
「眠り香は体内へ入っています。作用が即座に消えるわけではないようですね」
「じゃあ、効いてはいる」
「はい」
指揮所側で確認できる程度には。
「ただし、このまま眠るかは分かりません」
今の量では足りない可能性が高い。
それでも、効果があるという情報は重要だった。
◇ ◇ ◇
ミッドナイト先生の落下地点へ観測型を近づける。
森の中。
視界が悪い。
少し移動。
枝の隙間。
人影。
「発見しました」
地面に倒れている。
衣装が破れている。
出血。
身体も動かない。
数秒後。
腕が動いた。
「生存確認」
公安担当者がすぐに言う。
「救助型を送れるか?」
「位置は確認できました。送れます」
ただし周囲にはPLF構成員もいる。
戦線の内部。
「ワープで直接回収は?」
「本人のすぐ横へ安全に出口を固定できるなら可能です」
観測型をさらに下げる。
位置を取る。
ミッドナイト先生がゆっくり上半身を起こそうとしている。
意識はある。
通信もまだ生きていた。
「……ったく……派手にやってくれるじゃない……」
声は弱い。
それでも話せている。
「ミッドナイト、こちら指揮所! 動けるか!」
返答まで少し間がある。
「……動ける、とは言い難いわね」
状況を確認するように周囲を見る。
「でも……マキア、効いてたでしょう?」
公安担当者が私を見る。
私は頷く。
「効果は確認しています」
そのまま通信へ返す。
「先生の『眠り香』は効いています。吸入中は明確に速度と反応が低下しました。現在も影響が残っています」
短い沈黙。
それから。
「そう」
少しだけ、声が軽くなった。
「なら、やった意味はあったわね」
◇ ◇ ◇
「救助型を向かわせます」
私は言う。
安全な地点を探す。
ミッドナイト先生のすぐ近く。
だが。
観測型が新しい動きを捉えた。
森の奥。
複数の人影。
ミッドナイト先生の方へ向かっている。
PLF側。
距離はまだある。
「敵接近」
公安側も気づく。
「急げ!」
「はい」
ゲートを開くため、出口位置を確定する。
木々。
斜面。
倒木。
開ける場所が少ない。
ミッドナイト先生自身も、まだ完全には動けない。
その間にも。
ギガントマキアは進む。
Mt.レディが再び食らいつく。
プロヒーローたちがその進路へ集まり始める。
眠り香の影響は残っている。
だが。
止まってはいない。
「マキア、前進継続」
観測型から報告。
私は二つの映像を並べる。
進み始めたギガントマキア。
森の中で負傷しているミッドナイト先生。
どちらもまだ終わっていない。
そして。
ミッドナイト先生へ近づく複数の人影も。
止まってはいなかった。