無個性は個性をつくる   作:匿名希望

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第76話 山荘

「高優先度変化」

 

山荘側の観測型から入った通知を開く。

 

最初に映ったのは、山荘そのものではなかった。

 

周辺の森。

 

地面。

 

そして、その下から持ち上がってくる巨大な影。

 

「ギガントマキアが動きました」

 

私が言う。

 

指揮所の人間が一斉に山荘側の画面を見る。

 

病院側では死柄木の追跡が続いている。

 

その一方で、群訝山荘でも明確に状況が変わった。

 

巨大な身体が地下から起き上がる。

 

建物が押し退けられる。

 

瓦礫が落ちる。

 

それだけで、周囲の戦場が狭く見えた。

 

「やはり死柄木の命令か」

 

公安担当者が言う。

 

「時期から考えると可能性は高いですね」

 

死柄木が何らかの通信を行った直後。

 

ギガントマキアが動いた。

 

偶然と考える理由は少ない。

 

観測型の一体を上昇させる。

 

「山荘側、ギガントマキアを優先追跡。周辺戦線も別個体で維持してください」

 

「承知しました」

 

視界が分かれる。

 

大きな動きは見失いにくい。

 

その代わり、周囲の人間が小さく見える。

 

複数個体を用意しておいて正解だった。

 

◇ ◇ ◇

 

その少し前。

 

山荘内部から、一つの報告が入っていた。

 

「トゥワイス死亡確認」

 

通信担当者が読み上げる。

 

ホークスと交戦していた超常解放戦線の構成員。

 

本名、分倍河原仁。

 

大量の分身を作れる個性。

 

公安が特に危険視していた一人だった。

 

「ホークスは?」

 

「負傷。生存している」

 

「そうですか」

 

なら、トゥワイスの脅威はなくなった。

 

増殖される前に止められたなら大きい。

 

私は死亡情報を戦況へ反映する。

 

それ以上に何か考える必要はなかった。

 

そして。

 

今はギガントマキアの方が問題だった。

 

◇ ◇ ◇

 

巨大な身体が完全に立ち上がる。

 

その背へ、超常解放戦線側の人間が集まり始めている。

 

死柄木の仲間たち。

 

遠目なので細かな顔までは判別しにくい。

 

だが数人が乗っている。

 

「移動開始!」

 

観測型から通知。

 

ギガントマキアが一歩踏み出す。

 

地面が沈む。

 

二歩。

 

速度が上がる。

 

「進行方向は?」

 

「病院側へ向かっています」

 

死柄木のいる方角。

 

分かりやすい。

 

「阻止班を動かせ!」

 

現場へ指示が飛ぶ。

 

既にプロヒーローたちも動いていた。

 

巨大化したMt.レディが正面へ回る。

 

ギガントマキアへ両腕を伸ばした。

 

「止まりなさいよォ!」

 

巨体同士がぶつかる。

 

土煙。

 

一瞬、ギガントマキアの前進が止まったように見えた。

 

だが。

 

次の一歩。

 

Mt.レディの身体が押し戻される。

 

「力負けしていますね」

 

「見れば分かる!」

 

「そうですね」

 

体格だけなら近い。

 

出力は違う。

 

Mt.レディが両脚を地面へ食い込ませる。

 

それでも引きずられていく。

 

ギガントマキアの歩行速度は、ほとんど落ちていなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

別方向から樹木が伸びる。

 

シンリンカムイ。

 

木の身体を伸ばしながらギガントマキアへ接近する。

 

その背に一人乗っていた。

 

ミッドナイト先生。

 

「……あれは」

 

私が映像を拡大する。

 

「眠らせるつもりか?」

 

公安担当者が言う。

 

その可能性が高い。

 

ミッドナイト先生の『眠り香』。

 

身体から発する香気を吸わせ、対象を眠らせる個性。

 

正面から倒すのが難しい相手なら合理的な選択だった。

 

「体格差があります。必要量が分かりませんね」

 

「効かない可能性があるのか?」

 

「効くかどうかと、どれだけ必要かは別です」

 

個性の作用対象から外れる理由は、今のところない。

 

ただ、ギガントマキアの身体は普通の人間とは比較できない。

 

吸入量。

 

循環。

 

代謝。

 

耐性。

 

どれも違う可能性がある。

 

実際に当てないと分からない。

 

◇ ◇ ◇

 

シンリンカムイが速度を上げた。

 

進行するギガントマキアの横から回り込み、顔へ近づこうとしている。

 

Mt.レディはまだ身体へしがみついている。

 

「もっと顔に近づいて!」

 

ミッドナイト先生の声が通信へ入る。

 

「ミッドナイト、危険だ!」

 

「分かってるわよ! でも街まで行かせたらもっと危険でしょうが!」

 

それはその通りだった。

 

ギガントマキアが現在の速度で市街地へ入れば、それだけで被害が出る。

 

戦わなくても建物が壊れる。

 

人が巻き込まれる。

 

ミッドナイト先生の選択自体は合理的だった。

 

カムイウッズがさらに近づく。

 

そして。

 

ミッドナイト先生の周囲に、薄い気体が広がった。

 

『眠り香』。

 

風に乗って。

 

ギガントマキアの顔へ流れる。

 

◇ ◇ ◇

 

最初は変化がなかった。

 

ギガントマキアは進む。

 

一歩。

 

二歩。

 

Mt.レディを引きずりながら。

 

「効果なし?」

 

公安担当者が言う。

 

「まだ分かりません」

 

観測型の記録を比較する。

 

歩幅。

 

速度。

 

頭部の動き。

 

反応時間。

 

数秒。

 

もう数秒。

 

そこで変化が出た。

 

「……速度が落ちています」

 

「何?」

 

私は数値を並べる。

 

大きくはない。

 

だが明確だった。

 

一歩にかかる時間が伸びている。

 

歩幅も少し縮んだ。

 

頭を一度大きく振る。

 

さらに。

 

瞼がわずかに下がった。

 

「『眠り香』の影響と考えていいと思います」

 

公安担当者がモニターへ近づく。

 

「効いてるのか?」

 

「はい。完全には眠っていませんが、影響は出ています」

 

通信担当者も現場へ確認を取る。

 

「Mt.レディからも報告! マキアの力が一瞬緩んだ!」

 

一致した。

 

『眠り香』は効く。

 

「なら、そのまま続ければ――」

 

「必要量が足りるかはまだ分かりません」

 

効くことと、眠らせ切れることは違う。

 

ギガントマキアは巨大すぎる。

 

今の濃度を短時間吸わせただけでは、動きが少し鈍る程度。

 

ただ。

 

止める手段として成立する可能性はある。

 

◇ ◇ ◇

 

「ミッドナイトへ伝えろ! 効いている!」

 

指揮所から通信。

 

現場へ届く。

 

「聞こえたわ!」

 

ミッドナイト先生の声。

 

「ならもっと吸わせればいいってことね!」

 

「無理に接近しすぎるな!」

 

「この距離じゃ薄いのよ!」

 

カムイウッズがさらに近づく。

 

ギガントマキアの顔の正面側。

 

眠り香の濃度を上げる。

 

観測型でも変化が分かった。

 

マキアがまた頭を振る。

 

一歩。

 

わずかにふらつく。

 

「効果増大」

 

私は記録する。

 

「呼吸で取り込んでいます。継続できればさらに作用する可能性があります」

 

「止められるか?」

 

「現時点では分かりません。ただ、無効ではありません」

 

これなら。

 

少なくとも別の手段を考える時にも参考になる。

 

巨大な身体でも、睡眠誘発そのものには反応する。

 

◇ ◇ ◇

 

そこで炎が上がった。

 

青い炎。

 

ギガントマキアの背から。

 

「攻撃!」

 

シンリンカムイへ向かう。

 

回避するには近すぎる。

 

炎が木の身体を包んだ。

 

「ぐああっ!」

 

シンリンカムイの声。

 

木は燃える。

 

相性が悪い。

 

ミッドナイト先生を乗せたまま姿勢が崩れる。

 

「カムイ!」

 

ミッドナイト先生が叫ぶ。

 

それでも完全には離れない。

 

眠り香を止めず、ギガントマキアへ向け続ける。

 

「攻撃者、確認!」

 

観測型の映像。

 

ギガントマキアの背。

 

青い炎。

 

荼毘。

 

資料にある敵だ。

 

シンリンカムイが燃えながら降下する。

 

ミッドナイト先生は途中で身体を離した。

 

そのままギガントマキアへ少しでも近づこうとしている。

 

「まだやるのか……」

 

公安担当者が呟く。

 

「効果を確認したからでしょうね」

 

止められる可能性が見えた。

 

なら続ける理由はある。

 

◇ ◇ ◇

 

眠り香がもう一度広がる。

 

今度はかなり近い。

 

ギガントマキアが大きく顔を背ける。

 

「反応しています」

 

前進速度も再び落ちた。

 

Mt.レディが押し返す。

 

「今よ!」

 

巨体が一瞬止まる。

 

止まった。

 

完全な睡眠ではない。

 

それでも。

 

前進が数秒途切れた。

 

「停止確認!」

 

指揮所で声が上がる。

 

「眠り香の影響です」

 

私は映像を見たまま言う。

 

「少なくとも、マキアの行動抑制には有効です」

 

これは確定していい。

 

偶然の速度変化ではない。

 

吸入量が増えた時に、反応も大きくなっている。

 

眠らせ切るには、さらに濃度か時間が必要。

 

ミッドナイト先生が接近を続ける理由もそこにある。

 

ただし。

 

敵側も同じことに気づいていた。

 

◇ ◇ ◇

 

ギガントマキアの背から何かが飛ぶ。

 

小さい。

 

複数。

 

「投射物!」

 

ミッドナイト先生へ向かう。

 

途中で形が変わった。

 

小さかったものが、一気に大きくなる。

 

瓦礫。

 

圧縮されていた建材。

 

「避けろ!」

 

通信。

 

間に合わない。

 

一つ目をミッドナイト先生がかわす。

 

二つ目。

 

身体を捻る。

 

三つ目。

 

直撃。

 

鈍い音。

 

ミッドナイト先生の身体が弾かれた。

 

「ミッドナイト!」

 

眠り香が途切れる。

 

身体が落ちる。

 

木々の間へ。

 

観測型が追う。

 

だが枝葉に遮られる。

 

視界から消えた。

 

「落下地点を追え!」

 

「観測型一体を下げます」

 

私は高度を落とす。

 

森。

 

枝。

 

土煙。

 

地上近くは見通しが悪い。

 

それでも位置はある程度絞れる。

 

「攻撃者は?」

 

公安担当者が聞く。

 

映像を戻す。

 

ギガントマキアの背で腕を動かしている人間。

 

Mr.コンプレス。

 

対象を小さく圧縮し、解放できる個性。

 

「Mr.コンプレスと考えていいでしょう」

 

「くそっ」

 

シンリンカムイも燃えている。

 

ミッドナイト先生は落下。

 

眠り香は止まった。

 

その結果。

 

ギガントマキアの動きが戻り始める。

 

◇ ◇ ◇

 

「速度上昇」

 

私は記録する。

 

眠り香を吸っていた間より速い。

 

ただ。

 

最初と完全に同じではない。

 

「待て」

 

公安担当者が画面を見る。

 

「まだ少し遅くないか?」

 

「はい」

 

私も比較していた。

 

初動時。

 

眠り香を吸入中。

 

吸入停止後。

 

三つを並べる。

 

「影響が残っています」

 

歩幅。

 

反応。

 

頭部の揺れ。

 

完全には戻っていない。

 

「眠り香は体内へ入っています。作用が即座に消えるわけではないようですね」

 

「じゃあ、効いてはいる」

 

「はい」

 

指揮所側で確認できる程度には。

 

「ただし、このまま眠るかは分かりません」

 

今の量では足りない可能性が高い。

 

それでも、効果があるという情報は重要だった。

 

◇ ◇ ◇

 

ミッドナイト先生の落下地点へ観測型を近づける。

 

森の中。

 

視界が悪い。

 

少し移動。

 

枝の隙間。

 

人影。

 

「発見しました」

 

地面に倒れている。

 

衣装が破れている。

 

出血。

 

身体も動かない。

 

数秒後。

 

腕が動いた。

 

「生存確認」

 

公安担当者がすぐに言う。

 

「救助型を送れるか?」

 

「位置は確認できました。送れます」

 

ただし周囲にはPLF構成員もいる。

 

戦線の内部。

 

「ワープで直接回収は?」

 

「本人のすぐ横へ安全に出口を固定できるなら可能です」

 

観測型をさらに下げる。

 

位置を取る。

 

ミッドナイト先生がゆっくり上半身を起こそうとしている。

 

意識はある。

 

通信もまだ生きていた。

 

「……ったく……派手にやってくれるじゃない……」

 

声は弱い。

 

それでも話せている。

 

「ミッドナイト、こちら指揮所! 動けるか!」

 

返答まで少し間がある。

 

「……動ける、とは言い難いわね」

 

状況を確認するように周囲を見る。

 

「でも……マキア、効いてたでしょう?」

 

公安担当者が私を見る。

 

私は頷く。

 

「効果は確認しています」

 

そのまま通信へ返す。

 

「先生の『眠り香』は効いています。吸入中は明確に速度と反応が低下しました。現在も影響が残っています」

 

短い沈黙。

 

それから。

 

「そう」

 

少しだけ、声が軽くなった。

 

「なら、やった意味はあったわね」

 

◇ ◇ ◇

 

「救助型を向かわせます」

 

私は言う。

 

安全な地点を探す。

 

ミッドナイト先生のすぐ近く。

 

だが。

 

観測型が新しい動きを捉えた。

 

森の奥。

 

複数の人影。

 

ミッドナイト先生の方へ向かっている。

 

PLF側。

 

距離はまだある。

 

「敵接近」

 

公安側も気づく。

 

「急げ!」

 

「はい」

 

ゲートを開くため、出口位置を確定する。

 

木々。

 

斜面。

 

倒木。

 

開ける場所が少ない。

 

ミッドナイト先生自身も、まだ完全には動けない。

 

その間にも。

 

ギガントマキアは進む。

 

Mt.レディが再び食らいつく。

 

プロヒーローたちがその進路へ集まり始める。

 

眠り香の影響は残っている。

 

だが。

 

止まってはいない。

 

「マキア、前進継続」

 

観測型から報告。

 

私は二つの映像を並べる。

 

進み始めたギガントマキア。

 

森の中で負傷しているミッドナイト先生。

 

どちらもまだ終わっていない。

 

そして。

 

ミッドナイト先生へ近づく複数の人影も。

 

止まってはいなかった。

 

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