無個性は個性をつくる 作:匿名希望
ミッドナイト先生へ向かう人影が、森の中を進んでいる。
複数。
全員、超常解放戦線側。
私はこちらから一番近い観測型の高度をさらに下げた。
枝が視界を遮る。
角度を変える。
「出口候補を確認します」
ワープゲートは開けられる。
ただし、人間を安全に通す以上、出口を木や地面と重ねるわけにはいかない。
ミッドナイト先生のすぐ横は斜面で、倒木も多い。
少し離れた場所なら開ける。
「ここですね」
位置を固定。
ゲートを開く。
「救助型一体、防衛型一体。ミッドナイト先生を回収してください」
「承知しました」
二体がゲートを抜ける。
森の中へ。
ミッドナイト先生までの距離は近い。
間に合えば、そのまま連れて戻せる。
だが。
敵の方が近かった。
◇ ◇ ◇
「先生、敵が接近しています」
私は通信へ言う。
少し間があった。
「……見えてるわよ」
声が弱い。
それでも意識はある。
ミッドナイト先生が片腕を使って身体を起こす。
立てない。
落下時の負傷が大きいらしい。
「救助型が向かっています。可能ならその場で待ってください」
「分かった、って言いたいところだけど……」
ミッドナイト先生が前を見る。
木々の間からPLF構成員が現れた。
一人。
二人。
さらに後ろ。
「そうもいかなさそうね」
眠り香が広がる。
倒れたままでも個性は使える。
先頭の一人が足を止めた。
身体が揺れる。
次の一人も動きが鈍る。
「まだ使えるんですね」
私は観測する。
ギガントマキアへかなり放出した後。
さらに本人は重傷。
それでも発動可能。
ただし、戦闘を継続できる状態ではない。
「救助型、急いでください」
「承知しました」
二体の個性兵が森を進む。
あと少し。
◇ ◇ ◇
PLF側も眠り香に気づいた。
先頭の構成員が口元を覆う。
後ろの者が距離を取る。
何かを叫ぶ。
一斉に散った。
ミッドナイト先生はさらに香気を広げる。
「眠らせれば……終わりでしょ……!」
一人が倒れた。
もう一人も膝をつく。
効いている。
だが、全員ではない。
風向き。
距離。
個性への耐性。
状況はギガントマキアの時より複雑だった。
横へ回った一人が攻撃する。
ミッドナイト先生が避けようとする。
身体が動かない。
直撃。
通信へ衝撃音が入った。
「ミッドナイト先生」
返答はある。
「……まだ、生きてるわよ」
「あと数秒で救助型が到着します」
その数秒が。
長かった。
◇ ◇ ◇
別方向から攻撃。
今度は複数。
ミッドナイト先生が腕で頭を庇う。
一撃。
二撃。
身体が地面へ倒れる。
眠り香が薄くなる。
PLF構成員が近づく。
「防衛型、前へ」
「承知しました」
木々の間から防衛型が出る。
ミッドナイト先生との間へ割り込もうとする。
敵の一人が気づいた。
「なんだあれ!」
攻撃が防衛型へ向く。
一発なら問題ない。
外装が破損する。
再構築開始。
もう一撃。
防衛型は止まらない。
ミッドナイト先生まで、あと数メートル。
救助型も続いている。
「対象まで三・二メートル」
間に合う。
そう判断した直後。
PLF構成員の一人が、倒れているミッドナイト先生へ攻撃した。
観測型の視界が木に遮られる。
一瞬。
角度を変える。
再び見えた時。
ミッドナイト先生は動いていなかった。
◇ ◇ ◇
「先生?」
応答なし。
救助型が到着する。
周囲の敵を防衛型が遮る。
救助型がミッドナイト先生へ触れる。
生命状態を確認。
数秒。
「生命反応を確認できません」
指揮所が静かになった。
「もう一度」
私は言う。
「確認します」
脈拍。
呼吸。
反応。
「生命反応なし。死亡状態です」
間に合わなかった。
「医療型は?」
公安担当者が聞く。
「死亡が成立しています。送っても戻せません」
生存していれば治せる。
欠損でも。
臓器損傷でも。
神経損傷でも。
今は違う。
「……そうか」
担当者が答える。
私はミッドナイト先生の状態を死亡へ変更する。
雄英で何度も顔を合わせていた。
授業でも。
校内でも。
今後は会わない。
そういう事実になった。
「救助型は遺体を回収してください。防衛型は援護」
「承知しました」
生きている人間を助ける仕事ではなくなった。
ただ、敵の中へ残しておく理由もない。
二体へ任せる。
私はもう一つの映像へ注意を戻した。
ギガントマキアが進んでいる。
◇ ◇ ◇
眠り香の影響はまだ残っていた。
初動時と比べて、動きが少し鈍い。
頭の動きも重い。
歩幅も完全には戻っていない。
だが。
止まってはいなかった。
「マキア、阻止線へ接近」
観測型が通知する。
山荘側のヒーローたちは、進路上へ集まっていた。
Mt.レディ。
他のプロヒーロー。
負傷している者もいる。
それでも、正面から止めるしかないらしい。
ギガントマキアが一歩進む。
地面が揺れる。
二歩。
さらに加速。
「眠り香の影響が弱まっています」
私は比較データを見る。
完全に消えてはいない。
それでも時間とともに動きが戻っている。
ミッドナイト先生が追加で吸わせることは、もうできない。
「持続だけで眠る可能性は?」
公安担当者が聞く。
「低いと思います」
断定はできない。
ただ。
現在の変化を見る限り、眠気はある。
行動も鈍っている。
その程度だった。
「必要量に届いていません」
「……そうか」
ギガントマキアがまた前進する。
◇ ◇ ◇
プロヒーロー側が一斉に攻撃を始めた。
足元。
関節。
進行方向。
倒せなくても進ませないための攻撃。
拘束系の個性も重なる。
巨大な身体へ何本もの拘束が巻き付く。
一瞬。
ギガントマキアの足が止まった。
「停止!」
通信担当者が声を上げる。
だが。
観測型は警告を出していない。
完全停止ではない。
「動いています」
脚。
肩。
腕。
拘束へ力がかかる。
一本が切れた。
二本。
三本。
「拘束破断!」
ギガントマキアが腕を振る。
周囲の木々がまとめて折れる。
ヒーローが吹き飛ばされる。
Mt.レディが正面から身体をぶつけた。
「行かせるかァ!」
両腕で押す。
マキアも押し返す。
しばらく均衡する。
眠り香が残っているからかもしれない。
初動時よりは、明らかに抵抗できている。
「今なら止められるか?」
公安担当者が聞く。
「ヒーロー側がどこまで持つか次第ですね」
私はマキアだけではなく周囲を見る。
一対一ではない。
複数のプロヒーローがいる。
個性の組み合わせ次第では可能性はある。
ただ。
ギガントマキアの背にも敵がいる。
◇ ◇ ◇
青い炎が落ちる。
ヒーロー側の進路を分断する。
別方向から攻撃。
拘束を切る。
Mt.レディにも攻撃が集中する。
ギガントマキアを止めるだけならまだしも、その上の敵まで同時に相手にしなければならない。
「背上の構成員による妨害継続」
観測型の報告。
ヒーロー側の包囲に隙間ができる。
ギガントマキアがそこへ足を入れた。
一歩。
Mt.レディが横からしがみつく。
「止まれええええ!」
巨体が傾く。
完全には倒れない。
マキアが前傾姿勢になる。
手を地面についた。
四足。
「体勢変更」
次の瞬間。
速度が変わった。
「速い」
私は映像を拡大する。
二足歩行より明らかに速い。
身体の形まで変化している。
進行に適した状態。
ヒーローたちが追う。
Mt.レディも離さない。
だが、引きずられる速度が上がる。
◇ ◇ ◇
「前方阻止班! 来るぞ!」
現場通信。
プロヒーローたちが進路上へ並ぶ。
地面へ個性を使う。
障壁。
拘束。
衝撃。
複数の攻撃が同時にギガントマキアへ当たる。
巨体が揺れた。
速度が落ちる。
「止めろ!」
さらに攻撃。
眠り香の影響も残っている。
ここで押し切れば止まるかもしれない。
私はマキアの身体の動きを見る。
反応は確実に鈍い。
しかし。
止まるほどではない。
「前進継続」
「まだ動くのか!」
「眠ってはいませんからね」
眠気のある人間でも歩ける。
ギガントマキアも同じ。
単純に規模が違う。
◇ ◇ ◇
マキアが吠えた。
音だけで観測型の入力が一瞬乱れる。
前方のヒーローたちが怯む。
そこへ腕。
地面を薙ぐ。
複数人が吹き飛ぶ。
「負傷者!」
「後送しろ!」
阻止線の一角が崩れる。
すぐ別のヒーローが入る。
穴を埋める。
だが、ギガントマキアは止まらない。
一歩。
二歩。
身体ごと押し込む。
「救助型を阻止線後方へ増やしますか?」
私は公安へ聞く。
「やってくれ。戦闘には入れるな」
「分かりました」
既に投入制限は緩和されている。
救助型を追加。
負傷者を拾う。
医療型へ運ぶ。
生きていれば戻せる。
戦線が崩れても、死者を減らすことはできる。
◇ ◇ ◇
ギガントマキアへ別の攻撃が集中する。
足元が大きく沈む。
膝が落ちた。
「今だ!」
拘束。
再び複数。
腕。
首。
脚。
身体。
Mt.レディも背後から押さえる。
一瞬。
完全に停止した。
指揮所でも全員が画面を見る。
数秒。
動かない。
眠り香。
蓄積した攻撃。
拘束。
全部が重なっている。
それでも。
ギガントマキアの腕が動いた。
「動作再開」
拘束が軋む。
一本。
切れる。
二本。
三本。
巨体が起き上がる。
Mt.レディが振り落とされた。
「くっ……!」
地面へ転がる。
他のヒーローが退避させる。
前方の阻止線が薄くなった。
「再拘束!」
間に合わない。
ギガントマキアが走り出す。
◇ ◇ ◇
「突破される!」
現場から叫び。
最後の数人が正面へ入る。
攻撃。
障壁。
拘束。
マキアは止まらない。
一人を押し退ける。
障壁を割る。
拘束を千切る。
さらに一歩。
そこが。
事前に設定されていた阻止線だった。
観測型が自動判定する。
「高優先度変化」
同時に。
地図上でギガントマキアの表示が、阻止区域を越えた。
「ギガントマキア、プロヒーロー阻止線を突破」
私が言うより先に、同じ警告が公安側モニターへ表示される。
映像も出ている。
誰かの報告を待つ必要はなかった。
マキアが線を越える瞬間。
指揮所全体が同時に見ていた。
◇ ◇ ◇
「突破確認!」
「進路予測を更新!」
「周辺市街地へ追加避難指示!」
公安側がすぐに動く。
病院側だけではない。
今度は山荘から病院へ向かって巨大な戦力が移動を開始した。
その進路上にも人がいる。
街がある。
ヒーローたちだけで追い続ければ、被害は増える。
私はギガントマキアの速度を更新する。
眠り香の影響はまだ完全には消えていない。
初動時より少し鈍い。
だが。
阻止線は越えた。
止められなかったということになる。
公安担当者がこちらを見た。
「空木君」
「はい」
「今の戦力で、あれを止められるか?」
私は画面を見る。
巨大な身体。
移動速度。
眠り香への反応。
既に確認できている身体性能。
背にいる敵。
使える工廠型。
ワープゲート。
既存の個性兵。
条件を並べる。
止め方はいくつかある。
ただし。
どれを選ぶかで、必要な設計も結果も変わる。
私は公安担当者へ向き直った。