無個性は個性をつくる 作:匿名希望
「予定通り、複数経路から侵入を開始してください」
命令と同時に。
ギガントマキアの顔の周囲へ分散していた超小型個性兵が動いた。
正面。
側面。
上方。
一か所へ集まらない。
口。
鼻。
耳。
それぞれ別方向から近づく。
巨大な身体を外から倒すための個体ではない。
中へ入るための個体だ。
「第一群、侵入開始」
共有視界が次々と切り替わる。
◇ ◇ ◇
最初に入ったのは口からだった。
ギガントマキアが走りながら呼吸している。
その吸気へ合わせて、小型個体が飛び込む。
一体。
二体。
三体。
口腔内へ。
そこからさらに奥へ進む。
別の群れは鼻。
呼吸に逆らわず、そのまま内部へ。
耳側から入った個体もいる。
「入れるんだな……」
公安担当者が呟く。
「入口が大きいですからね」
私たちから見れば小さい。
超小型個性兵から見れば十分だった。
ただし、侵入しただけでは意味がない。
内部へ留まり。
作用させる。
そこからが本番になる。
「侵入済み個体、周囲組織を損傷させないよう分散してください」
「承知しました」
対象を傷つける必要はない。
今回は捕縛。
内部へ入ること自体が目的ではなく。
内部から動きを止めることが目的だった。
◇ ◇ ◇
ギガントマキア自身は気づいた様子がない。
走り続けている。
背中には敵側の人間。
周囲には追撃するプロヒーロー。
攻撃も続いている。
巨体が木々を押し倒し。
地面を削る。
止まる気配はない。
「何体入った?」
公安担当者が聞く。
「現在二十七体です」
製造済みの全部ではない。
まだ周囲へ接近中の個体もいる。
新しくワープしてくる個体もいる。
工廠型では製造が続いていた。
「二十七で足りるのか?」
「分かりません」
だから三百体を目安にしている。
ただ。
二十七体でも作用を始める価値はある。
「侵入済み個体、第一段階を開始してください」
睡眠誘発。
低出力。
一斉ではあるが、一体ごとの作用は小さい。
対象をいきなり意識喪失させるほど強くはしない。
少しずつ。
重ねる。
◇ ◇ ◇
十秒ほど。
大きな変化はない。
ギガントマキアは走る。
「効いてない?」
公安担当者が聞く。
「まだ判断できません」
ミッドナイト先生の時も、吸わせた瞬間に倒れたわけではない。
作用には時間がある。
それに。
今はまだ二十数体。
身体の大きさを考えれば少ない。
「追加侵入」
鼻側から七体。
口から十一体。
耳から四体。
合計が増える。
「五十体を超えました」
睡眠作用を継続。
マキアの動きを観測型で比較する。
走行速度。
歩幅。
頭部の動き。
反応。
まだ誤差の範囲。
「神経抑制も開始します」
「もうやるのか?」
「睡眠だけで完全停止するのを待つ必要はありません」
目的は眠らせることではない。
動けなくすること。
睡眠はその一つ。
神経活動を少し落とせば、反応も鈍る。
ただし。
過剰にはしない。
「低出力で重ねます」
各個体へ命令。
作用開始。
◇ ◇ ◇
ギガントマキアの背中から攻撃が飛ぶ。
追っているヒーローへ向けて。
青い炎。
別の攻撃。
それを避けながら、プロヒーロー側は追撃を続ける。
Mt.レディもまだ離れていない。
完全に止めることはできなくても、進路を少しでもずらそうとしているらしい。
「速度変化」
観測型が通知した。
私は比較する。
さっきより少し遅い。
ほんの少し。
「出始めましたね」
「個性兵の効果か?」
「可能性は高いです」
眠り香の残存効果もある。
プロヒーローからの攻撃も受けている。
一つだけを原因と断定はできない。
ただ。
体内へ入れた個体の作用開始後から、さらに速度が落ちている。
「追加を続けます」
「了解」
ワープ。
新しい個体が出る。
そのままギガントマキアへ。
◇ ◇ ◇
「製造二百七十」
工廠型から報告。
「投入二百四十一」
「侵入済み百十二」
数字が増える。
全部がすぐ中へ入れるわけではない。
マキアは動いている。
周囲には攻撃も飛び交う。
一部の小型個体は接近中に巻き込まれて壊れた。
「喪失十二体」
普通なら気にする数ではない。
今回の個体は使い捨て前提に近い。
失った分だけ製造すればいい。
「欠損分を追加製造してください。三百体という数字は製造総数ではなく、必要なら実働数の目安にします」
「承知しました」
最初に三百作れば終わりではない。
途中で壊れれば補う。
対象が止まるまで必要数を使う。
それだけだ。
◇ ◇ ◇
侵入済み個体が百五十を超える。
そこで変化が明確になった。
ギガントマキアの足取りが重くなる。
一歩。
次の一歩までの間隔が伸びた。
身体がわずかに左右へ振れる。
「ふらついてる」
公安担当者が言う。
「はい」
眠気。
神経反応低下。
両方が積み重なっている。
だが。
まだ走れる。
むしろ。
ギガントマキアが吠えた。
大きな音。
身体へ力が入る。
速度が一時的に戻る。
「抵抗しているのか?」
「意識的か、生理的な反応かは分かりません」
強い刺激で眠気を振り払っている可能性。
身体能力そのものが高く、多少の抑制なら押し切れる可能性。
どちらでもいい。
足りないなら増やす。
「筋活動抑制を開始してください」
第三段階。
一体ごとの出力は低い。
しかし数が多い。
脚。
腕。
体幹。
全身を一度に麻痺させるような使い方はしない。
運動出力を少し落とす。
また少し。
累積。
◇ ◇ ◇
ギガントマキアの右脚が地面へ着く。
沈む。
次に蹴り出す。
さっきより弱い。
「歩幅低下」
観測型が拾う。
左。
右。
また左。
明確に一歩が短くなっている。
「効いてますね」
私は言う。
「まだ止まらないぞ」
「止まるまで増やします」
単純だった。
一体で止める設計ではない。
数で調整する設計。
だから。
途中経過として速度が落ちているなら、失敗ではない。
むしろ想定通りだった。
「避難側へ現在の速度低下を共有してください。進路予測を更新した方がいいです」
公安担当者がすぐ指示を出す。
「進路予測更新! 避難班へ送れ!」
マキアが少し遅くなる。
それだけで。
前方の人間が逃げる時間が増える。
完全停止していないから意味がない、ということにはならない。
◇ ◇ ◇
「三百体到達」
工廠型から報告。
予定した数まで揃った。
ただ。
製造を止める理由はまだない。
実働数は三百に届いていない。
壊れた個体がいる。
まだ体外にいる個体もいる。
「製造ラインの一部はそのまま補充用に維持してください」
「承知しました」
「全部は使わないのか?」
公安担当者が聞く。
「別の準備をします」
三百体で止まる保証はない。
今回の方法が効いているのは分かった。
しかし。
効くことと、間に合うことは違う。
ギガントマキアは今も病院側へ進んでいる。
もし内部停止が間に合わなければ。
次の手段が必要になる。
「保険を作ります」
「何を?」
「大型の対ギガントマキア用個性兵です」
担当者が画面から私へ視線を移す。
「さっき、時間がかかると言ってなかったか?」
「かかります」
だから。
今から作る。
◇ ◇ ◇
工廠型の別ラインを開く。
超小型個体とは別。
大型。
高出力。
ギガントマキアの身体を正面から受け止められることを目的にする。
まだ細部は決めない。
まず必要なのは。
身体規模。
耐久。
出力。
拘束能力。
「内部停止が成功したら無駄になるんじゃないか?」
「途中で止めればいいです」
完成するまで作る必要はない。
保険。
必要なくなった段階で製造中止。
そのための並列製造でもある。
「逆に、内部停止が失敗してから作り始めたら遅いです」
大型ほど時間がかかる。
必要になってからでは間に合わない可能性がある。
今のうちに途中まで進める。
使わなければ止める。
「合理的ではありますね」
公安担当者が小さく息を吐く。
「対マキア大型個体、設計開始」
私は工廠型へ指示を送った。
◇ ◇ ◇
その間にも。
超小型個性兵は増えている。
侵入済み二百。
さらに増加。
睡眠。
神経。
筋。
三つの作用が積み重なる。
ギガントマキアの動きは確実に鈍っていた。
だが。
止まらない。
「しぶといな……」
公安担当者が言う。
「身体が大きいですからね」
加えて。
マキア自体が通常の人間ではない。
複数の個性。
高い耐久。
異常な活動能力。
この程度で簡単に眠るなら、ここまで危険視されていない。
「代謝と運動機能の抑制も開始します」
第四段階。
これで予定していた全部を使う。
睡眠。
神経。
筋。
代謝・運動。
それぞれを低出力で。
多数の個体から。
累積させる。
◇ ◇ ◇
共有された内部個体の状態を見る。
すべて正常ではない。
いくつかは移動中に停止。
圧力。
体液。
対象内部の環境。
外とは違う。
それでも大半は動いている。
自律して場所を分散。
過密にならない。
一か所へ集まらない。
「内部個体二百三十四、稼働中」
十分な数。
「作用開始済み二百二十一」
増えている。
その直後。
観測型が大きな変化を拾った。
「対象速度低下」
今度は小さくない。
ギガントマキアの走行速度が明確に落ちた。
四足だった姿勢が崩れる。
片腕を地面につくタイミングが遅れる。
身体が前へ傾く。
踏み直す。
転倒はしない。
「かなり効いてきたな」
「そうですね」
Mt.レディが追いつく。
再び後ろから身体へ食らいついた。
他のプロヒーローも距離を詰める。
これまでなら追いつけなかった速度。
今は違う。
「現場へ共有。内部から抑制が進行中です。可能なら進行妨害を継続してください」
公安側が伝える。
ヒーロー側の攻撃がまた増えた。
◇ ◇ ◇
ギガントマキアが吠える。
身体を振る。
背中の敵側も異変へ気づいたらしい。
周囲を見回している。
だが。
外から見て原因は分かりにくい。
身体表面には大きな変化がない。
超小型個性兵は中にいる。
「敵側は気づいてない?」
「影響には気づいていると思います」
何が原因か。
それは分からないだろう。
ミッドナイト先生の眠り香がまだ残っていると考えるかもしれない。
ヒーロー側の攻撃による疲労だと思うかもしれない。
内部へ個性兵が入っていると即座に判断する材料は少ない。
その点でもこの方法は使いやすい。
◇ ◇ ◇
工廠型から別の報告。
「大型個体、基礎骨格製造開始」
「続行してください」
まだ止めない。
内部停止の効果はある。
しかし。
ギガントマキアは進んでいる。
「現在速度なら、どの程度で病院側へ着く?」
公安担当者が聞く。
通信担当が進路予測を更新する。
数字が出る。
当初より遅い。
かなり伸びた。
それでも。
到達できないほどではない。
「止まり切るまでに間に合うかは微妙ですね」
私は言う。
「もっと強くできないのか?」
「できます」
ただし。
「急に上げると、非致死の条件から外れる可能性があります」
眠らせるだけならいい。
筋活動を抑えるだけならいい。
神経。
代謝。
全部を強くしすぎれば。
生命維持へ影響する。
今回の許可は非致死。
なら段階的に上げるべきだった。
「今の作用で速度は落ちています。追加個体も入っています。もう少し見た方がいいです」
「分かった」
公安担当者が頷く。
◇ ◇ ◇
新しい個体がワープから出る。
飛ぶ。
口へ。
鼻へ。
耳へ。
侵入。
作用開始。
数字がさらに増える。
二百五十。
二百六十。
二百七十。
体内で動く個性兵が増えるほど。
ギガントマキアの動きは重くなる。
歩行。
反応。
腕の振り。
頭部。
全部が少しずつ遅い。
それでも。
マキアは進む。
「止まりませんね」
「まだな」
「はい」
想定の範囲内。
そもそも即時停止できると思って設計していない。
数と時間で積み上げる。
完全停止まで。
◇ ◇ ◇
病院側の映像も同時に入っている。
死柄木は撤退を続けている。
オールマイト。
エンデヴァー。
プロヒーローたち。
追撃。
一方。
市街地では救助。
広域崩壊の被害が大きい。
こちらも終わっていない。
ギガントマキアの進行方向は、その死柄木側。
このまま合流すれば。
逃走を助ける可能性が高い。
「マキアの速度低下は維持」
観測型。
「内部作用継続」
超小型個性兵。
「大型対マキア個体、製造進行中」
工廠型。
複数の情報を並べる。
全部が同時に進んでいる。
◇ ◇ ◇
ギガントマキアが再び大きくよろめいた。
今度は片膝が地面へつく。
「止まったか?」
公安担当者が身を乗り出す。
数秒。
マキアの動きが止まる。
だが。
腕が地面へついた。
身体を持ち上げる。
また立つ。
「まだですね」
「……まだ動けるのか」
「はい」
ただ。
立ち上がるまでに時間がかかった。
以前なら止まらなかった。
今は一度膝をついた。
差は大きい。
「作用は累積しています」
次はもっと遅くなる。
その次は。
さらに。
ただし。
いつ完全停止するかはまだ分からない。
◇ ◇ ◇
「侵入稼働個体、二百八十七」
ほぼ予定数。
残りも近づいている。
工廠型は補充分を作り続ける。
大型個体も別ラインで製造中。
救助型も動いている。
今できる準備はしている。
私はギガントマキアを見る。
眠い。
身体が動きにくい。
反応も鈍い。
それでも。
死柄木のいる方向へ進み続けている。
「かなり遅くなりましたね」
公安担当者が言う。
「はい」
「でも、まだ止まらない」
「そうですね」
このままなら。
いずれ止まる可能性は高い。
ただ。
それまでにどこまで進むか。
そこが問題だった。
観測型が現在位置を更新する。
病院側との距離。
さらに短くなった。
ギガントマキアは弱っている。
それでも。
まだ。
死柄木へ向かっていた。