無個性は個性をつくる 作:匿名希望
病院側との距離が、さらに縮まった。
ギガントマキアはもう最初の速度では動けていない。
一歩ごとに身体が重そうに沈む。
それでも止まらない。
死柄木のいる方向へ。
まっすぐ進んでいる。
「侵入稼働個体、二百九十三」
超小型個性兵から報告。
睡眠。
神経活動抑制。
筋活動抑制。
代謝・運動機能抑制。
全部が継続中。
「出力は?」
公安担当者が聞く。
「まだ上げられます。ただ、急に上げる必要はありません」
既に効いている。
眠気だけではない。
身体そのものが徐々に動かなくなっている。
ここで一気に作用を強くして生命維持まで崩すより、数と時間で止めた方がいい。
非致死という条件も変わっていない。
「追加個体は?」
「入れ続けています」
工廠型で補充。
ワープ。
侵入。
その繰り返し。
三百という数字は、もう製造数ではなく運用数の目安になっている。
壊れた分は補う。
停止した個体も補う。
ギガントマキアが止まるまで続ける。
◇ ◇ ◇
病院側の観測映像を大きくする。
死柄木はまだ動いていた。
個性が戻った後、再生によってかなり回復している。
ただし。
完全ではない。
相澤先生の『抹消』が続いていた間に受けた損傷が大きかった。
それに、培養が途中で中断された影響も残っているように見える。
オールマイトとエンデヴァーが追う。
死柄木は正面から倒しに行かない。
攻撃を使う。
回避する。
距離を取る。
明らかに離脱を優先していた。
「死柄木、再度移動!」
通信。
「追う!」
オールマイトの声。
その直後。
別方向から大きな警告。
「山荘側対象、病院戦域外周へ接近!」
ギガントマキア。
間に合った。
こちらが止め切るより先に。
◇ ◇ ◇
「マキア、速度さらに低下!」
それでも。
巨体だから、一歩で進む距離が長い。
既に止まりかけているような動きなのに、普通の人間から見れば十分速い。
追撃していたプロヒーローたちもついてきている。
Mt.レディ。
その他のヒーロー。
負傷者も増えていた。
救助型が後ろから拾う。
医療型へ運ぶ。
マキアが病院側の戦域へ近づくにつれて、二つに分かれていた戦況が一つへ重なり始める。
「進路上の避難状況!」
「主要区域はほぼ完了! ただし取り残しの確認継続中!」
公安の声。
完全ではない。
だから救助型は止めない。
◇ ◇ ◇
死柄木が、何かに気づいた。
遠くを見る。
その先。
地面を揺らしながら進む巨体。
「……来た」
通信が拾う。
本人の声か。
内部の別の意識か。
そこまでは分からない。
ただ。
死柄木の動きが変わった。
ギガントマキアの方向へ寄る。
オールマイトが進路を塞ぐ。
「行かせん!」
拳。
死柄木が避ける。
エンデヴァーの炎。
今度は受けながら押し抜ける。
超再生。
焼けた部分が戻る。
「マキアとの合流を狙っています!」
現場から声。
その可能性は高い。
「止めろ!」
複数のヒーローが動く。
◇ ◇ ◇
そこで。
ギガントマキアが大きく吠えた。
眠気。
神経抑制。
筋力低下。
全部が進んでいるはずなのに。
一時的に身体を強く動かした。
地面を蹴る。
最後に力を振り絞るような加速。
「速度上昇!」
「一時的ですね」
私は内部個体の状態を見る。
作用は切れていない。
むしろ累積量は増えている。
身体が回復したわけではない。
無理に動かしている。
「長くは続かないと思います」
ただ。
短時間でも十分だった。
巨体が戦域へ突っ込む。
◇ ◇ ◇
「全員退避!」
現場の叫び。
ギガントマキアが地面を抉る。
既に崩壊で荒れている場所へ。
さらに巨体が入る。
瓦礫が跳ねる。
土煙。
視界が一気に悪くなる。
観測型を上へ逃がす。
別角度から見る。
「複数の建造物倒壊!」
「救助要請!」
「負傷者あり!」
指揮所の通信量が跳ね上がる。
マキア本人が誰かを狙って攻撃しているわけではない。
ただ通過している。
それだけで被害が出る。
「救助型を追加してください」
「既に向かわせている!」
公安担当者が返す。
オールマイトも一度立ち止まった。
視線が死柄木から外れる。
倒壊した場所。
逃げ遅れた人間。
「……!」
迷う時間は短かった。
オールマイトが救助側へ向かう。
「そちらを頼む!」
エンデヴァーへ声を飛ばす。
近全盛期級まで力を戻しても。
一人で複数の場所へは行けない。
目の前で人が瓦礫に埋まっているなら、追跡だけを続ける人ではない。
その判断は以前から変わっていない。
◇ ◇ ◇
死柄木にとっては、それが隙になった。
エンデヴァーが炎で追う。
他のプロヒーローも囲む。
しかし。
ギガントマキアが割り込んだことで戦場そのものが崩れた。
地形。
視界。
人員配置。
全部が変わる。
「死柄木、移動!」
観測型が追う。
土煙の中。
高速で動く影。
「見失うな!」
公安側の声。
私は複数の観測型へ追跡対象を割り振る。
「死柄木を優先。ギガントマキアは別系統で追えています」
「承知しました」
一体。
二体。
角度を変える。
まだ見えている。
◇ ◇ ◇
ギガントマキアの背にいた敵側も動き始めた。
このまま巨体に乗っていれば、止まった時にまとめて包囲される。
その程度は相手も分かるらしい。
「複数人、マキアから離脱!」
観測型が通知。
人数。
方向。
全部を同時に追うには視界が足りない。
私は別の観測型を回す。
「識別できる範囲で追跡してください」
一人は青い炎。
荼毘。
別方向へ移動する影。
スピナー。
スケプティック。
全員が同じ方向ではない。
散っている。
追跡側の戦力を分ける意図もあるのかもしれない。
そして。
Mr.コンプレスはまだギガントマキア側に残っていた。
少なくとも観測できる範囲では。
「敵側、分散!」
公安側で追跡班が割り振られる。
◇ ◇ ◇
ギガントマキアがまた一歩進む。
大きく揺れる。
膝。
腕。
身体全体の反応が遅い。
「内部抑制、さらに強く出ています」
私は数値を見る。
ここまで来れば分かりやすい。
睡眠だけではない。
筋出力も低下。
神経反応も低下。
代謝と運動機能も落ちている。
「あとどれくらいだ?」
「正確には分かりません。ただ、長くは動けないと思います」
直後。
マキアの右膝が地面へついた。
巨大な音。
周囲が揺れる。
それでも。
片腕で身体を支えた。
立とうとする。
「まだか……!」
公安担当者が言う。
「まだですね」
しかし。
立ち上がるまでの時間が長い。
前より明らかに。
◇ ◇ ◇
病院側では死柄木の姿が土煙の向こうへ抜ける。
エンデヴァーが追う。
他のヒーローも続く。
ただ。
戦場に残った被害が大きい。
瓦礫。
負傷者。
火災。
救助要請。
敵側も、それを利用している。
救助へ回るヒーローが増えるほど。
追跡できる人数は減る。
「死柄木、観測継続中!」
まだ捕捉。
「荼毘、別方向へ離脱!」
「スピナー、追跡中!」
「スケプティックも移動!」
複数の表示が広がる。
「トガは?」
公安担当者が聞く。
別系統の報告を確認する。
「既に山荘戦域から離脱した可能性あり。追跡班が捜索中」
ここで新しく姿が見えたわけではない。
位置を断定できる情報もない。
なら、推測で場所を決める必要はない。
「未確認として扱った方がいいです」
「分かった」
◇ ◇ ◇
ギガントマキアが再び立つ。
だが。
もう走れない。
歩く。
一歩。
止まる。
また一歩。
Mt.レディたちが追いつく。
「今度こそ……止まりなさいよ……!」
後ろから体当たり。
マキアの身体が揺れる。
以前なら、そのまま押し返していた。
今は違う。
踏ん張れない。
筋活動抑制が効いている。
身体を支えるだけで負荷が大きい。
他のヒーローも拘束を重ねる。
腕。
脚。
首。
身体。
「拘束開始!」
ギガントマキアが抵抗する。
一本切る。
だが、次が切れない。
力が続かない。
◇ ◇ ◇
「内部稼働個体三百十一」
補充を続けた結果、最初の目安を少し超えている。
もう追加は必要なさそうだった。
「新規投入を停止します」
「止めていいのか?」
「十分です」
身体の反応を見る。
これ以上数を増やすより。
今いる個体で作用を維持した方がいい。
「補充ラインも停止してください」
工廠型へ命令。
「承知しました」
超小型個体の製造が止まる。
次。
別ライン。
保険として作っていた巨大対マキア個性兵。
「大型個体の製造進捗は?」
「基礎構造および主要部製造中」
まだ完成していない。
「中止してください」
公安担当者がこちらを見る。
「もういらないのか?」
「はい」
マキアは止まりかけている。
大型個体が完成する頃には、必要なくなっている可能性が高い。
今の段階で製造を続ける意味は薄い。
「製造中止。使用済み資源は転用可能な形で処理してください」
「承知しました」
保険は保険。
使わないなら途中で止める。
◇ ◇ ◇
ギガントマキアが前へ倒れた。
両腕をつく。
起きようとする。
身体が上がらない。
「対象、起立失敗」
観測型。
もう一度。
腕へ力を入れる。
数秒。
肘が曲がる。
身体が沈む。
「筋出力、さらに低下」
呼吸はある。
生命状態も維持されている。
殺してはいない。
「睡眠作用は?」
「継続中です」
意識そのものは完全には落ちていないように見える。
目も開いている。
ただ。
瞼は重い。
反応も遅い。
眠気。
神経抑制。
筋抑制。
代謝抑制。
全部で動けなくしている。
予定通りだった。
◇ ◇ ◇
「今だ! 拘束しろ!」
現場側が動く。
プロヒーローたちが一斉にギガントマキアへ接近する。
拘束。
さらに拘束。
身体。
腕。
脚。
指。
動かせる部分を減らしていく。
ギガントマキアが低く唸る。
抵抗。
だが。
もう一つの拘束すら切れない。
「ギガントマキア、行動不能確認!」
まだ捕縛完了ではない。
生きている。
個性も持っている。
内部個性兵の作用を解除したら動く可能性もある。
だから。
「作用は維持してください」
私は体内の個性兵へ命令する。
「正式な収容が完了するまで自己分解しないでください」
「承知しました」
役目はまだ終わっていない。
◇ ◇ ◇
ギガントマキアの近く。
Mr.コンプレスが離脱しようとしていた。
「一名逃走!」
現場のヒーローが追う。
既にマキアの動きは止まっている。
背上からの援護も少ない。
包囲側のヒーローが回り込む。
「Mr.コンプレス確認!」
短い戦闘。
視界が瓦礫で途切れる。
次に映った時。
複数のヒーローが一人を押さえていた。
「身柄確保!」
公安側で表示が変わる。
Mr.コンプレス。
捕縛。
ギガントマキア。
行動不能。
捕縛作業中。
山荘側からここまで走ってきた戦力は、そこで止まった。
◇ ◇ ◇
「死柄木は!?」
公安担当者が聞く。
私は観測映像を切り替える。
追跡中。
一体目。
見える。
二体目。
別角度。
しかし。
救助現場。
火災。
倒壊。
煙。
死柄木自身の移動能力。
条件が悪い。
「まだ追えています」
そう答えた直後。
死柄木が大きく進路を変えた。
建物の影。
その向こう。
観測型が回り込む。
遅れる。
「遮蔽」
数秒。
再捕捉。
また移動。
速い。
「追跡を継続」
観測型を送る。
◇ ◇ ◇
現場ではエンデヴァーたちも追っている。
だが。
追加の救助要請。
火災。
負傷者。
戦場の外へまで被害が広がっている。
「オールマイト、救助継続!」
報告。
「複数名救出!」
追跡へ戻れない。
死柄木を追うより。
今助けなければ死ぬ人間がいる。
そう判断している。
ギガントマキアがここまで来た意味はあった。
本人は捕まった。
それでも。
途中で作った混乱。
破壊。
救助要請。
それらが死柄木から追跡戦力を削っている。
「マキアの到達が逃走に寄与していますね」
私が言う。
「捕まえたのにか」
「捕まるまでに進んだ分は消えませんから」
公安担当者が苦い顔をする。
◇ ◇ ◇
「死柄木、再度遮蔽!」
観測型。
別方向。
「荼毘、追跡対象から一時消失!」
「スピナーも視認途絶!」
「スケプティック、位置不明!」
次々と表示が変わる。
すべて同時に追い切れない。
観測型は多い。
しかし。
専用の追跡機ではない。
広域戦場を見るために作った観測型だ。
高所から戦況を見る。
映像を共有する。
長時間飛ぶ。
そこまではできる。
逃走者一人を、遮蔽だらけの場所で絶対に見失わないよう設計したものではない。
「観測型を低高度へ」
「承知しました」
近づける。
それでも。
見えないものは見えない。
◇ ◇ ◇
しばらくして。
現場から捕縛状況が入る。
ギガントマキア。
捕縛。
Mr.コンプレス。
捕縛。
殻木球大。
既に確保済み。
その他、超常解放戦線構成員も多数捕縛。
一方。
逃走確認、または追跡途絶。
死柄木弔。
荼毘。
スピナー。
スケプティック。
トガヒミコ。
「トガもか」
公安担当者が言う。
「追跡側で位置確認できていません」
捕縛報告もない。
死亡報告もない。
なら逃走扱いになる。
「死柄木は?」
観測型を切り替える。
最後に確認した方向。
移動痕跡。
破壊。
しかし本人はいない。
「視認できません」
「見失った?」
「現時点では」
そこで断定する。
追跡失敗。
◇ ◇ ◇
「マキア内部個体はどうする?」
公安担当者が聞く。
「収容場所が確保されるまで維持します」
今すぐ自壊させれば。
ギガントマキアが回復してまた動く可能性がある。
それでは捕縛した意味がない。
「拘束設備側で行動不能を維持できるようになったら、順次自己分解させます」
「体の中に残しておいて問題ないんだな?」
「長期間残す設計ではありません。ただ、今すぐなら問題ありません」
捕縛完了。
輸送準備。
拘束。
そこまで。
必要な間だけ使う。
「大型の方は?」
「製造中止済みです」
使わずに済んだ。
それでいい。
◇ ◇ ◇
私は戦況表示を整理する。
死者。
捕縛。
逃走。
負傷。
救助中。
一つずつ。
ギガントマキアは止められた。
完全に眠らせたわけではない。
内部から複数の機能を少しずつ落として。
最終的に動けなくした。
目的は達成。
ただし。
間に合わなかった部分もある。
マキアは病院側まで到達した。
死柄木側へ混乱を作った。
その結果。
主要な敵の何人かを逃がした。
「作るのが遅かったですかね」
公安担当者がこちらを見る。
「何が?」
「マキア専用個体です」
必要になってから設計した。
約十秒で一体。
百秒前後で三百体規模。
十分速い。
普通なら。
ただ。
今回のように巨大な対象が高速で移動している場合。
その百秒でも長い。
「でも事前にギガントマキア専用を三百体用意しておく理由もなかっただろ」
「そうですね」
だから判断自体は間違いではない。
ただ。
大型。
高性能。
専用設計。
そういうものは、必要になってから作ると間に合わない場面がある。
今回の大型対マキア兵も。
結局使わなかったが。
必要になってから完成を待つ前提だった。
「次は、製造時間も対策条件に入れた方がよさそうです」
私は記録へ追加する。
必要なものを必要な時に作る。
それだけでは足りない場合がある。
必要になる可能性が高く。
完成に時間がかかるなら。
先に作っておく方がいい。
◇ ◇ ◇
公安担当者が、逃走者一覧を見る。
「死柄木をこのまま逃がすわけにはいかない」
「追跡は続けますか?」
「当然だ」
「分かりました」
観測型はまだ動ける。
長時間飛行。
広域観測。
映像共有。
戦場を見る用途なら十分。
死柄木一人を追う専用機ではない。
それでも。
今あるものを使うしかない。
「既存観測型を追跡へ回します」
「頼む」
私は一体を選ぶ。
現在地。
残存稼働時間。
距離。
状態。
一番条件のいい個体。
「死柄木弔を捜索。発見後は追跡を継続してください」
「承知しました」
観測型が戦場を離れる。
逃げた対象を追って。
空へ出た。
戦闘そのものは終わりに近づいている。
しかし。
死柄木弔はまだ捕まっていなかった。