無個性は個性をつくる 作:匿名希望
観測型が戦場を離れてからも、指揮所の仕事は終わらなかった。
死柄木弔の捜索。
負傷者の救助。
捕縛した人間の管理。
崩壊とギガントマキアによって壊れた地域の確認。
戦闘が終わりに近づいただけで、やることはむしろ増えている。
「観測型、死柄木の痕跡を継続捜索してください」
「承知しました」
共有される映像が切り替わる。
高い位置から。
道路。
林。
崩れた建物。
死柄木が最後に逃走した方向を中心に範囲を広げていく。
まだ見つからない。
「他の逃走者は?」
公安担当者が通信班へ聞く。
「各班が追跡中。確保情報なし」
「そうか」
追跡は向こうへ任せる。
私が直接見る必要があるのは、今のところ死柄木だけでいい。
捕まえるため。
それもあるが。
もう一つ。
確認したいことがあった。
◇ ◇ ◇
「医療型、第三救護区域へ追加二体」
「承知しました」
別の共有を開く。
戦場各所。
戦闘中は前線へ出せなかった医療型も、今はかなり自由に動かせる。
救助型が負傷者を見つける。
搬送する。
医療型へ渡す。
あとは治療。
「右腕骨折。胸部損傷。出血あり」
医療型の一体が報告する。
対象はプロヒーロー。
意識あり。
生存。
「治療してください」
「承知しました」
人工個性を発動。
骨。
筋肉。
血管。
損傷した組織が戻っていく。
数十秒後。
「治療完了」
本人が自分の腕を動かす。
問題なし。
別地点。
「下肢欠損。腹部損傷。意識低下」
「生命反応は?」
「維持されています」
「では治せます」
医療型が処置へ入る。
欠損部も再形成。
出血も止まる。
傷ついた神経も戻す。
戦闘中なら、そこまで悠長に治療している余裕がない場合もある。
今は違う。
前線から運び出せばいい。
◇ ◇ ◇
「これ、本当に全員やるのか?」
公安担当者が言った。
「生きている人は、ですね」
死亡している人間は治せない。
X-Less。
クラスト。
ミッドナイト先生。
その事実は変わらない。
ただ。
生存しているなら。
重傷でも。
欠損していても。
治療できる。
「負傷したまま残す理由もありませんから」
「病院の仕事がなくなりそうだな」
「今回の負傷者については減るでしょうね」
医療そのものが不要になるわけではない。
私の医療型がどこにでもいるわけでもない。
今は戦時協力として大量に配置しているからできることだった。
モニターの数字が減っていく。
重傷。
中等傷。
軽傷。
一つずつ。
死亡者だけは減らない。
「次」
「救助型より。倒壊建物内部に三名確認」
「生存?」
「全員生存しています」
「回収してください」
救助型が瓦礫へ入る。
崩れた壁を支える。
隙間を作る。
一人ずつ外へ運ぶ。
その先で医療型が待つ。
戦闘は終わりつつある。
救助はまだ続いていた。
◇ ◇ ◇
しばらくして。
病院側の戦場映像を見直す。
死柄木が戦った場所。
オールマイト。
エンデヴァー。
相澤先生。
その他のヒーロー。
かなり激しく動いている。
血も多い。
誰のものか分からないものまで含めて。
私は映像を巻き戻した。
死柄木がオールマイトの攻撃を受けた場所。
次。
エンデヴァーに焼かれた位置。
相澤先生の『抹消』が続いていた間は超再生が止まっている。
かなり出血していた。
「ここですね」
「何が?」
公安担当者がこちらを見る。
「死柄木の血です」
「……血?」
「回収したいです」
少し間があった。
「何に使う?」
「個性因子の確認です」
◇ ◇ ◇
死柄木本人を捕らえられれば一番早い。
それができなかった。
なら。
残っているものを使う。
血液。
組織。
そういった生体試料に十分な個性因子が残っていれば、解析できる可能性がある。
「死柄木は複数の個性を持っています」
AFO由来。
超再生。
その他。
そして。
「『崩壊』です」
今回、一番分かりやすく被害を出した個性。
病院地下。
周辺一帯。
接触した地面から広がり。
建物も。
人間も。
個性兵も。
まとめて壊した。
「発動自体はかなり見ています」
映像でも。
観測型の共有でも。
十分に。
個性因子知覚は発動を観測することで構造理解を進められる。
ただし。
映像だけで全て分かるとは限らない。
まして死柄木には複数の個性が重なっている。
「本人由来の試料があれば、切り分けはしやすくなります」
公安担当者が少し考える。
「回収して問題はない。だが、どれが死柄木の血か分かるのか?」
「場所は絞れます」
映像がある。
戦闘の流れも記録している。
誰がどこで負傷したか。
完全ではないが。
候補はかなり減らせる。
それに。
「回収後に解析すればいいです」
違えば除外する。
研究なら普通のことだった。
◇ ◇ ◇
「救助型一体、追加任務です」
負傷者搬送を終えた個体へ指示する。
「指定地点へ移動。生体試料を回収してください」
「対象を指定してください」
映像と位置情報を送る。
死柄木が出血した場所。
三か所。
念のため範囲を広めに取る。
「血液、皮膚片、その他生体組織。保存状態を崩さず回収してください」
「承知しました」
「それ、救助型にやらせる仕事なのか?」
公安担当者が聞く。
「今は手が空いていますから」
専用個体を新しく作るほどでもない。
容器だけ渡せばいい。
私はワープゲートを小さく開く。
滅菌済みの試料容器。
回収用器具。
救助型が受け取る。
それで十分だった。
◇ ◇ ◇
その間も。
観測型は死柄木を探している。
「対象未発見」
「継続してください」
「承知しました」
通常の観測型。
本来は戦場全体を上空から見るためのもの。
追跡専用ではない。
それでも。
今は他に適した個体がない。
飛行。
長時間活動。
映像共有。
最低限は揃っている。
「範囲を広げすぎないでください」
見失った場所から。
可能な移動距離。
地形。
遮蔽物。
順番に潰す。
一体だけではない。
複数の観測型を分散させる。
「発見したら接近しすぎず追跡を優先」
「承知しました」
隠密用ではない。
見つかる可能性はある。
それでも今は使う。
専用の追跡型は作っていないのだから。
◇ ◇ ◇
「試料回収開始」
救助型から共有。
地面。
砕けた舗装。
煤。
瓦礫。
乾き始めた血液。
戦場には他人の血も混ざっている。
一つずつ採取する。
容器へ。
封印。
位置情報を記録。
別地点へ移動。
また採取。
「それ全部調べるのか?」
「候補だけです」
「十分多く見えるが」
「数十程度なら問題ありません」
研究対象としては少ない方だった。
戦場全域を調べるわけではない。
死柄木が傷を負った直後。
その位置。
そこだけ。
「回収完了」
「こちらへ送ってください」
ワープゲートを開く。
救助型が容器を通す。
受け取るのは私ではない。
近くの作業用設備へ。
直接触る必要はない。
◇ ◇ ◇
まず分ける。
血液。
細胞。
個性因子。
複数の試料。
違う。
次。
違う。
別人。
次。
「……これですね」
反応が違う。
複数の個性因子。
通常の人間より明らかに複雑。
後天的に追加された痕跡もある。
「死柄木か?」
公安担当者が聞く。
「可能性はかなり高いです」
さらに比較。
観測した死柄木の発動。
個性因子の構造。
一致する部分を探す。
一つ。
二つ。
複数。
やはり。
「死柄木のものと見ていいと思います」
試料として保存。
複製はしない。
まだ解析。
その中から。
目的の構造を切り分ける。
◇ ◇ ◇
『崩壊』。
接触対象を分解。
そこから伝播。
死柄木の場合は強化によって規模が大きくなっている。
今回の広域破壊も、その結果。
私は戦場で記録した発動映像と、試料内の個性因子を並べる。
「すぐ分かるのか?」
「完全には」
公安担当者へ答える。
「複数の個性が入っていますから」
どの構造がどの個性なのか。
発動観測と照合する必要がある。
分からないものを適当に『崩壊』だと決めても意味がない。
ただ。
材料は手に入った。
「解析できれば、対策できます」
「対策?」
「『崩壊』を受けない個性です」
公安担当者が黙った。
◇ ◇ ◇
個性を作れる。
なら。
攻撃側の構造が分かれば。
それに干渉されない側を設計することもできる。
『崩壊』が何を認識し。
どの段階で対象へ作用し。
どう分解を伝播させるのか。
そこが分かれば。
作用条件から外れる。
あるいは発動後の干渉を遮断する。
そういう防御を考えられる。
「全員に配るつもりか?」
「いいえ」
すぐ答える。
「さすがに、全ヒーローへ『崩壊』無効の人工個性を搭載するつもりはありません」
必要性。
管理。
個性因子への恒久的な手入れ。
政府との契約。
本人同意。
全部を考えれば。
戦争中に私の判断だけで広く配るようなものではない。
「でも個性兵なら別です」
私が作る。
私が管理する。
任務が終われば処理もできる。
「『崩壊』が効かない個性兵を作れるようになれば、次に死柄木と戦う時の自由度は上がります」
今回。
救助型の一体が崩壊へ巻き込まれた。
全身を完全に破壊されれば、再構築もできない。
それが弱点になった。
なら消せばいい。
「近づける個体が増えます。地面から伝播しても停止しない。接触しても壊れない。そういう個体を前線へ入れられるなら、選べる戦術が増えます」
攻撃用である必要すらない。
防衛。
救助。
拘束。
観測。
用途はいくらでもある。
◇ ◇ ◇
「……もう次に戦うことを考えてるのか」
公安担当者が言う。
「逃げましたからね」
捕まっていない。
なら。
また戦う可能性がある。
同じ攻撃をもう一度受けて。
同じ理由で壊される必要はない。
「それに、面白い個性です」
「そこか」
「研究対象としては、かなり」
広域まで成長した『崩壊』。
接触から伝播。
個性因子の変化。
AFOから与えられた個性との共存。
死柄木の身体そのものも含めて。
調べる価値は高い。
ただし。
本人はいない。
今あるのは血液試料だけ。
できるところから進める。
◇ ◇ ◇
「医療型より報告」
通信が入る。
「第三区域の生存負傷者、治療完了」
「次の区域へ回してください」
「承知しました」
別の救助型。
「倒壊区域の探索完了。生存者二名を追加発見」
「搬送してください」
「承知しました」
戦後処理。
研究。
追跡。
同時に進む。
モニターを三つに分ける。
左。
救助。
中央。
死柄木の試料。
右。
観測型の視界。
逃走方向。
まだ。
何もない。
◇ ◇ ◇
ギガントマキアの収容準備も進んでいる。
内部の超小型個性兵は作用継続。
正式な拘束設備へ移すまでは残す。
Mr.コンプレス。
殻木。
その他の捕縛者。
順次移送。
「マキアの輸送、開始します」
「分かりました」
「内部個体は?」
「維持してください」
起こす理由がない。
拘束先で安全が確保されてから自壊させればいい。
使い終わった個性兵を身体の中に残し続ける必要もない。
一つずつ。
処理する。
◇ ◇ ◇
相澤先生の治療状況も確認する。
「治療完了」
右脚。
顔面。
眼。
すべて修復済み。
生体状態も安定。
ミルコさんを含め。
今回重傷を負いながら生き残ったヒーローたちは、順番に治っている。
これなら。
戦後に長期間離脱する人間はかなり減る。
「治った人間をすぐ現場に戻すなよ」
公安担当者が言う。
「私が決めることではありません」
「それもそうか」
治療と運用は別。
本人。
現場指揮。
公安。
そちらで決めればいい。
私は治す。
◇ ◇ ◇
試料の解析を続ける。
候補構造が少しずつ絞れる。
まだ完成ではない。
『崩壊』を完全に再現するのが目的でもない。
今回必要なのは。
どう防ぐか。
そのための構造理解。
「血だけでも十分そうか?」
「まだ断定はできません」
正確に答える。
「ただ、発動記録と生体試料の両方があるので、何もない状態よりはかなり進めやすいです」
映像で発動を見る。
血液から個性因子を見る。
重ねる。
一致する部分を探す。
必要なら。
最終的に人工個性として再現し。
安全な環境で挙動を確認する。
そこまでできれば対策設計へ進める。
「完成したら教えてくれ」
「必要なら」
公安との契約に関わる範囲なら共有する。
研究成果すべてを渡すという意味ではない。
◇ ◇ ◇
観測型から通知。
私は右側の画面を見る。
「移動痕跡を確認」
死柄木本人ではない。
破損した道路。
何かが通った痕跡。
「追ってください」
「承知しました」
高度を下げる。
視界を広げる。
山。
道路。
建物。
痕跡は途中で途切れる。
それでも。
完全に手掛かりがないよりはいい。
「別個体を先へ回してください」
「承知しました」
通常の観測型を二体。
少し離して。
同じ方向へ。
専用機ではない。
その欠点は分かっている。
今はこれしかない。
◇ ◇ ◇
救助区域の表示が一つ消える。
探索完了。
次も。
治療待ち人数も減っていく。
戦場に残されたものが整理されていく。
人。
瓦礫。
捕縛者。
遺体。
血液。
記録。
使えるもの。
使えないもの。
全部。
今回の戦争で得た情報は多い。
死柄木の『崩壊』。
複数個性。
ギガントマキアの身体。
大型個体は必要になってから作ると遅いという問題。
通常観測型を追跡へ使う限界。
まだ結果が出ていないものもある。
それでも。
次に同じ条件で戦う必要はない。
私は死柄木の試料を保存領域へ移した。
「解析は継続します」
そして。
観測型の視界へ戻る。
まだ。
死柄木本人は見えていない。
捜索は続いている。
戦争は終わりかけている。
だが。
次に備えるための作業は。
もう始まっていた。