無個性は個性をつくる 作:匿名希望
「対象らしき人影を確認しました」
観測型から報告。
私は右側の画面を見る。
上空からの映像。
道路から外れた林の中。
木々の隙間を、一人の人間が移動している。
遠い。
顔までは見えない。
だが。
身体の一部が露出している。
黒い服。
移動速度。
最後に死柄木を確認した位置からの距離。
「もう少し寄ってください」
「承知しました」
観測型が高度を落とす。
映像が拡大される。
枝が何度も視界を遮る。
その隙間。
白い髪。
損傷した身体。
「死柄木ですね」
公安担当者が椅子から立ち上がった。
「見つけたのか!」
「はい」
ようやく。
追跡が戻った。
◇ ◇ ◇
「現場部隊へ位置を送れ!」
公安側が動く。
座標。
移動方向。
速度。
周辺地形。
観測型から入る情報が、そのまま指揮系統へ流される。
「空木君、そのまま追えるか?」
「やってみます」
できるとは言わない。
今使っているのは普通の観測型。
戦場全体を見る目的で作った個体だ。
追跡専用ではない。
ただ。
対象を視界へ収めている間なら追える。
「距離を維持してください。近づきすぎる必要はありません」
「承知しました」
観測型が死柄木の後ろを飛ぶ。
少し高い位置。
死柄木自身は徒歩ではない。
地面を蹴り。
何らかの移動系個性も混ぜながら。
短い距離を高速で移動している。
完全な速度は病院戦域にいた時より落ちている。
身体の完成度が十分ではないこと。
オールマイトたちに受けた損傷。
戦闘そのものの消耗。
理由はいくつか考えられる。
それでも普通の人間より遥かに速い。
◇ ◇ ◇
「死柄木、北東方向へ移動!」
「包囲班を回せ!」
「近隣警察にも共有!」
指揮所の空気が変わる。
見失った最大標的が。
もう一度見つかった。
それだけで。
戦闘がまだ終わっていない状態へ戻る。
私は観測型の位置だけを見る。
「少し右へ」
「承知しました」
木。
建物。
高低差。
死柄木が何度も遮蔽物を使う。
そのたびに観測型も角度を変える。
追跡専用でなくても。
飛べる。
上から見られる。
人間より長時間動ける。
条件が良ければ、十分使える。
少なくとも今は。
◇ ◇ ◇
「応援が到達するまで何分だ?」
「最短班で――」
公安側が計算する。
その数字を聞く。
間に合うかは微妙。
死柄木が同じ方向へ進み続ける保証もない。
さらに。
敵側には死柄木以外の逃走者もいる。
全戦力を一か所へ集めることはできない。
「観測型をもう一体回せるか?」
「回せます」
私は別の個体を選択する。
今追っている一体から少し離れた位置。
高い場所。
「先行して進行方向の外側へ回ってください」
「承知しました」
一体で後ろから追う。
もう一体で前方側を見る。
二方向。
これなら見失いにくくなる。
「最初からそうしておけばよかったんじゃないか?」
公安担当者が言う。
「戦場観測用として配置していたので」
今までの目的が違う。
さらに言えば。
二体使えば完全に追えるわけでもない。
「追跡専用なら配置も性能も変えます」
「例えば?」
「今はまだ必要ありません」
設計を始める時に考えればいい。
現状は。
目の前の死柄木を見失わない方が先だった。
◇ ◇ ◇
死柄木が道路へ出る。
速度が上がる。
観測型も追う。
上空。
少し後方。
「対象継続捕捉」
映像は安定している。
公安側の地図にも現在位置が更新される。
一分。
二分。
追跡が続く。
「このままなら――」
公安担当者が言いかける。
死柄木が。
突然止まった。
「停止しました」
私も画面を見る。
理由は不明。
身体を休めるためか。
進路を変えるためか。
それとも。
何かに気づいたのか。
死柄木が顔を上げた。
こちらを見る。
正確には。
観測型を。
◇ ◇ ◇
「気づかれましたね」
「離せ!」
公安担当者が言う。
「上昇してください」
「承知しました」
観測型が高度を上げる。
死柄木も動いた。
地面を蹴る。
急加速。
「追ってくるぞ!」
「そうですね」
観測型の方が上。
死柄木は地上。
普通なら距離を取れる。
ただ。
相手が何を持っているか全部は分からない。
死柄木には複数の個性がある。
観測していない機能まで勝手に想定することはできない。
だから。
距離を広げる。
それだけ。
「二体目は接近しないでください。視認だけ維持」
「承知しました」
前方側の個体はまだ見つかっていない。
なら。
一体目を囮として切り捨てても。
追跡は続けられる可能性がある。
◇ ◇ ◇
死柄木が地面へ触れた。
一瞬。
何も起きない。
次。
足元の地面が崩れる。
『崩壊』。
「高度を上げてください」
観測型は既に飛んでいる。
地面から伝播する『崩壊』なら、それだけでは届かない。
そのはずだった。
死柄木が瓦礫を掴む。
投げる。
速い。
観測型が回避。
一つ目。
避ける。
二つ目。
翼へ命中。
「右飛行器官損傷」
高度が落ちる。
すぐに再構築開始。
人工肉体が戻る。
飛行機能も復旧。
「まだ動けるのか」
公安担当者が言う。
「この程度なら」
頭部だけ。
腕だけ。
翼だけ。
そういう壊れ方なら問題ない。
限定した『創造』で身体を直せる。
個性兵は人間ではない。
人間なら致命傷になる場所を壊されても、それだけで終わる構造にはしていない。
「追跡継続」
「承知しました」
観測型が再上昇する。
◇ ◇ ◇
死柄木がこちらを見る。
映像越しでも分かる。
一度壊した。
直った。
それを見た。
次の攻撃。
また瓦礫。
今度は胴体へ命中。
外装が大きく壊れる。
観測型が揺れる。
それでも。
「再構築中」
止まらない。
共有も生きている。
公安担当者が言う。
「丈夫だな」
「壊れ方の問題です」
全身が残っている。
再構築機能が残っている。
材料もある。
なら直せる。
逆に。
全部なくなれば直せない。
当然のことだった。
死柄木がまた地面へ降りる。
今度は逃げない。
こちらを待っているようにも見える。
「距離を取らせます」
「その方がいい」
観測型が旋回する。
追跡対象から離れる。
それでも映像からは外さない。
ここで逃げれば。
また場所が分からなくなる。
そのため。
完全には離れられない。
追跡用として作っていない欠点が。
そのまま出ている。
◇ ◇ ◇
「二体目は?」
「対象を別角度から捕捉しています」
まだ大丈夫。
一体目が壊れても。
二体目がある。
公安側にも位置は出ている。
現場の包囲部隊も近づいている。
少し維持できれば。
追いつける可能性はある。
死柄木が動いた。
観測型も追う。
再び。
距離が縮まる。
「近すぎるぞ」
「対象の速度が上がっています」
こちらの個体は戦場観測用。
高速追跡特化ではない。
死柄木の方が速い。
一気に距離を詰められる。
「回避優先」
観測型が方向を変える。
死柄木が跳ぶ。
高い。
視界いっぱいに身体が入る。
「接触されます」
次の瞬間。
観測型が死柄木の手に掴まれた。
◇ ◇ ◇
映像が激しく揺れる。
「離脱!」
個性兵が身体を捻る。
逃げようとする。
死柄木の指。
接触。
『崩壊』。
最初に外装が崩れた。
次。
内部。
翼。
胴体。
頭部。
一部ではない。
触れた場所から。
全身へ。
一気に広がる。
「身体再構築を――」
個性兵が実行しようとする。
崩れる方が速い。
再構築した部分も。
そのまま壊れる。
「全身損壊率――」
報告が途中で切れた。
映像が消える。
共有。
停止。
反応。
なし。
完全破壊。
◇ ◇ ◇
「やられた」
公安担当者が言う。
「はい」
通常の損傷とは違う。
頭。
翼。
胴体。
どこかが残る壊れ方ではない。
個体全体。
再構築するための機能も。
人工個性も。
OSも。
まとめて消えている。
「これは再生しないのか?」
「無理ですね」
完全になくなっている。
再構築する側が存在しない。
「『崩壊』なら個性兵も完全破壊できます」
今回の戦場でも既に一体失っている。
分かっていたこと。
追跡個体でも同じだった。
◇ ◇ ◇
「もう一体いるだろ!」
公安担当者が二体目の映像へ目を向ける。
そちらは高い位置。
まだ死柄木から距離がある。
「対象を――」
映像が死柄木を映す。
こちらを見ていた。
二体目にも。
気づいている。
「離脱させます」
「追跡は!?」
「この距離だと同じことになります」
死柄木が一体目をどう倒したか。
こちらも見ていた。
相手も。
二体目がいることに気づいたなら。
次も狙う。
「高度上昇。距離を取ってください」
「承知しました」
観測型が上昇する。
死柄木が進路を変える。
建物の多い区域。
上から見えにくい場所へ。
「遮蔽に入ります」
建物。
屋根。
道路。
死柄木の姿が消える。
観測型が角度を変える。
見えない。
反対へ回る。
いない。
「対象視認途絶」
高度を下げる。
探す。
周辺。
道路。
建物の間。
裏側。
「見つけてください」
「捜索します」
それでも。
もう。
姿はなかった。
◇ ◇ ◇
「位置は?」
公安担当者が聞く。
「最後の確認地点まではあります」
「その先は?」
「分かりません」
追跡途絶。
現場部隊へ最後の位置を送る。
周辺を捜索。
封鎖。
だが。
死柄木には移動系の個性もある。
こちらが見失っている時間が長くなるほど。
捜索範囲は広がる。
「もう一度観測型を増やせないか?」
「増やせます」
ただし。
「同じものを増やしても、同じ問題が出ます」
見つければ近づく必要がある。
近づけば発見される。
発見されれば。
死柄木なら破壊できる。
一体を壊されたら次。
次も壊されたらまた次。
数を増やせば多少は延ばせる。
でも。
追跡専用としては効率が悪い。
◇ ◇ ◇
私は破壊される直前の映像を戻した。
死柄木。
接触。
崩壊。
観測型消失。
「普通の攻撃なら問題なかったんですが」
翼を壊されても。
胴体を壊されても。
直せる。
そこは想定通り。
問題は。
全身を一度に消されたこと。
「『崩壊』無効を入れればいいんじゃないか?」
公安担当者が言う。
「解析が終われば、それもできます」
直前に回収した死柄木の血液。
『崩壊』の個性因子候補。
解析は進めている。
対策個性も作れる可能性が高い。
ただ。
それだけでは足りない。
「追跡機なら、そもそも発見されない方がいいです」
壊されない。
それは重要。
でも。
相手に監視されていると気づかれる時点で。
追跡対象の行動が変わる。
遮蔽物へ入る。
こちらを攻撃する。
囮を使う。
逃げ方を変える。
追跡機としては良くない。
「観測型をそのまま使ったのが問題ですね」
「戦場では役に立ってただろ」
「役割が違いますから」
戦場では。
高い位置。
複数個体。
広範囲。
映像共有。
目立っても問題ない。
むしろ。
壊されたなら戦場の敵位置が分かる。
だが。
逃げる一人を長時間追うなら。
必要なものが違う。
◇ ◇ ◇
私は設計メモを開く。
必要条件。
一つ目。
高高度。
地上から簡単に見つからない位置。
二つ目。
遠距離観測。
対象へ近づかなくても詳細を見られること。
三つ目。
隠密。
視覚だけではない。
音。
熱。
通信。
可能な限り存在を悟られにくくする。
四つ目。
長時間活動。
数時間で終わる追跡とは限らない。
五つ目。
複数。
一体だけでは駄目。
「一体壊されたら終わる構造も良くないですね」
「また何百体も作るのか?」
「そこまではいりません」
複数の追跡型を。
対象へ距離を取って配置する。
一体が失われても。
別の一体が引き継ぐ。
さらに。
「補充もできるようにします」
ワープ。
座標さえ分かっていれば。
追跡中の個体の近くへ新しい個体を送れる。
一体を何時間も無理に使う必要はない。
交代。
補充。
冗長化。
「なるほど」
公安担当者が画面を見る。
最後に死柄木が消えた場所。
そこにはもう誰も映っていない。
◇ ◇ ◇
「悔しくないのか?」
突然。
公安担当者が言った。
「何がですか?」
「あと少しだったんだぞ。見つけてた。包囲もできそうだった。それを目の前で潰された」
「そうですね」
失敗ではある。
追跡対象を見つけた。
追った。
個性兵を破壊された。
見失った。
結果だけなら分かりやすい。
「次に同じ方法を使わなければいいだけです」
失った観測型一体は作り直せる。
死者も出ていない。
得た情報もある。
普通の観測型では。
死柄木のような相手を長時間追跡するには不足。
なら。
「専用品が必要ですね」
それで終わる。
◇ ◇ ◇
追跡型の設計項目を保存する。
高高度。
長時間。
隠密。
遠距離。
複数観測。
自動引き継ぎ。
リアルタイム共有。
ワープ補充。
さらに。
『崩壊』対策。
こちらは血液試料の解析結果次第。
全部を一度に完成させる必要はない。
次に使うまでに作ればいい。
「通常観測型は戦場処理へ戻します」
「死柄木はもう追わないのか?」
「今見えていませんから」
闇雲に飛ばしても。
見つかる保証はない。
見つけたとしても。
同じ構造ならまた同じ問題が起きる。
「地上側の捜索は警察とヒーローへ任せます」
「分かった」
公安担当者が頷く。
◇ ◇ ◇
戦場側の画面へ戻る。
救助は続いている。
ただ。
最初に比べればかなり落ち着いた。
重傷者の治療。
倒壊建物の探索。
火災。
瓦礫。
捕縛者の移送。
死者の確認。
一つずつ。
広域『崩壊』があった割には。
生存者は多い。
医療型のおかげで。
助かった後に重い後遺症を残す人間もかなり減る。
ギガントマキアも捕まった。
殻木も。
Mr.コンプレスも。
リ・デストロ。
外典。
トランペット。
その他多数。
戦力だけを見れば。
ヒーロー側の成果は大きい。
それでも。
最大標的の死柄木は逃げた。
◇ ◇ ◇
その日のうちに。
既に外では戦況が報じられ始めていた。
指揮所の端にあるモニター。
ニュース。
速報。
記者会見前の情報。
現場映像。
遠くから撮られたオールマイトの姿も流れている。
復帰したオールマイト。
エンデヴァー。
多数のプロヒーロー。
警察。
そして公開されている範囲では詳細不明の支援戦力。
それだけの戦力が集まった。
だからこそ。
結果だけを見る人間の反応も早かった。
『死柄木弔、逃走』
画面の文字。
その下。
解説者。
記者。
SNS上の反応。
公安担当者が一つを見る。
「……始まったな」
私はそちらを見る。
『オールマイトまでいたのに、なぜ逃した』
似た内容が並んでいる。
『あれだけの戦力を投入して取り逃がしたのか』
『次にまた同じ被害が出たらどうする』
『本当に作戦成功と言えるのか』
戦場全体の結果を見れば。
成功した部分は多い。
被害も抑えている。
多数を捕縛。
大量の負傷者も治療できる。
ただ。
一般の人が細かな戦況を全部知っているわけではない。
広域『崩壊』を起こした死柄木が逃げた。
そこは分かりやすい。
「気になるか?」
公安担当者が聞く。
「何がですか?」
「批判」
「特には」
私個人が作戦責任者として公表されているわけでもない。
仮にされていたとしても。
追跡に失敗した事実が変わるわけではない。
必要なのは。
次に失敗しないこと。
「普通の観測型を追跡に使ったのは、性能不足でした」
それが今回の問題。
なら。
次は。
追跡するために作る。
◇ ◇ ◇
私は工廠型へ新しい設計枠を作った。
まだ製造はしない。
まず。
条件を整理する。
戦場全体を見る個体ではなく。
一人を。
遠くから。
気づかれず。
長時間。
逃がさず追うための個体。
今回壊された観測型の記録も。
全部使う。
失敗した方法は。
使えないという意味ではない。
何を変えるべきか分かったということだ。
画面では。
まだ死柄木逃走の速報が続いていた。
私はそれを横へ小さくする。
代わりに。
新しい設計画面を開いた。