無個性は個性をつくる 作:匿名希望
翌朝。
昨日開いた追跡型の設計画面は、自宅の机でもそのまま開いていた。
高高度。
長時間滞空。
隠密。
遠距離観測。
分散追跡。
一体が失われた場合の自動引き継ぎ。
ワープによる補充。
必要なものは大体決まっている。
普通の観測型を無理に追跡へ使うより、最初から用途を限定して作ればいい。
私は表示していた設計図を少し眺めた。
「……その前ですね」
画面を閉じる。
別の資料を開いた。
死柄木弔の血液。
昨日、戦場から回収した試料だった。
◇ ◇ ◇
追跡型を隠密化する。
それ自体は難しくない。
だが。
発見された時に『崩壊』で消される問題は残る。
死柄木が追跡型を見つけられないようにするだけでも前回よりは改善する。
それでも。
見つかる可能性をゼロにする必要はない。
見つかっても壊されない方がいい。
「先にこっちですね」
『崩壊』対策。
昨日の時点でも解析は始めていた。
発動映像は大量にある。
死柄木本人の血液も手に入った。
材料としては十分だった。
私は白衣を着たまま椅子へ座り直す。
試料そのものは保存設備の中。
そこから取得した個性因子情報を画面へ展開する。
一つではない。
複数。
かなり多い。
「まあ、そうなりますよね」
死柄木にはAFO由来の複数個性が入っている。
分かっていたことではある。
問題は。
この状態から目的の個性因子を取り出すこと。
◇ ◇ ◇
以前なら、もう少し面倒だったと思う。
一人の身体に個性因子が一つ。
それなら解析は単純。
二つ。
三つ。
増えるほど、それぞれの構造が重なって見える。
だが。
一度。
もっと面倒なものを調べている。
ワン・フォー・オール。
あれは一つの個性として存在しながら、その内部に過去の継承者が持っていた複数の個性因子が折り畳まれていた。
単純に複数個性を並べただけではない。
一つの大きな構造の中に。
別々の個性が組み込まれている。
あれを分解して読んだ時。
私は、複数の個性因子が重なっている状態から、一つずつ構造を切り分ける方法を作った。
今回は。
それより単純だった。
「これと、これと……」
発動記録と照合する。
昨日。
死柄木が地面へ触れた瞬間。
広がった『崩壊』。
観測型を掴んだ時。
人工肉体全体へ伝播した『崩壊』。
それぞれの発動時に変化した個性因子。
血液中に残っている構造。
一致するものを探す。
候補が減る。
さらに切る。
違う。
これも違う。
「これですね」
一つ。
他とは明確に違う構造。
発動条件。
対象への干渉。
分解。
接触地点からの伝播。
昨日までに観測した挙動と一致する。
『崩壊』。
捕まえた。
◇ ◇ ◇
構造が分かれば。
後は防ぐ方法を考える。
『崩壊』そのものを消す必要はない。
相手側の個性を止めなくても。
自分へ作用しなければいい。
私は『崩壊』の個性因子構造を分解していく。
何を認識するのか。
どうやって対象へ作用するのか。
どの段階で分解現象へ移るのか。
どうして接触地点から周囲へ広がるのか。
一つずつ。
「ここですね」
作用が対象へ定着する部分。
ここへ干渉する。
『崩壊』の出力そのものへ正面から対抗する必要はない。
作用される側が。
『崩壊』による分解状態へ移行しないようにすればいい。
人工個性を設計する。
機能は限定。
『崩壊』への耐性。
それだけ。
余計な能力はいらない。
「完成」
設計。
製造。
自分で考えた個性因子を、実際に存在させる。
少量。
試験用。
まず人工組織へ搭載する。
◇ ◇ ◇
比較用の組織を二つ用意する。
片方は普通。
もう片方は今作った人工個性を持たせる。
次に。
解析済みの『崩壊』を、試験用として必要最低限の出力で再現する。
強くする理由はない。
確認したいのは。
効くか。
効かないか。
それだけ。
通常組織。
接触。
崩れる。
想定通り。
次。
対策済み組織。
同じ条件。
接触。
変化なし。
もう一度。
出力を少し上げる。
変化なし。
伝播条件を加える。
それでも崩れない。
「問題なさそうですね」
次は試験用の個性兵。
小型。
このためだけに簡単な個体を作る。
『崩壊』対策を搭載。
表面へ発動。
変化なし。
出力を上げる。
変化なし。
人工肉体そのものが『崩壊』の作用対象として正常に捕捉されても。
分解へ移行しない。
成功。
「これでいいですね」
昨日失った観測型も。
これを持っていれば、接触された瞬間に全身を消されることはなかった。
少なくとも。
『崩壊』だけなら。
◇ ◇ ◇
私は公安へ連絡を入れた。
昨日まで使っていた指揮系統ではない。
通常の連絡回線。
すぐに応答が返る。
『空木君か』
「はい。昨日回収した死柄木の試料についてです」
『もう何か分かったのか?』
「『崩壊』の個性因子を特定しました」
少し沈黙。
『……もう?』
「映像がかなりありますから」
発動情報。
本人の血液。
両方揃っている。
条件はいい。
『それで?』
「『崩壊』を無効化する人工個性も作りました」
今度は。
もう少し長く沈黙した。
『待ってくれ』
「はい」
『昨日の今日だぞ?』
「そうですね」
『……続けてくれ』
「試験用個性兵で動作確認済みです。少なくとも解析した『崩壊』に対して、分解作用を受けません」
公安側へ試験結果を送る。
設計情報。
実装方法。
ただし。
誰にでも配るという話ではない。
「全ヒーローへ搭載するような運用は勧めません」
『理由は?』
「必要ありませんから」
危険個性一つへの専用耐性。
全国のヒーロー全員に恒久搭載するには。
手続きも管理も多すぎる。
死柄木と戦わない人間まで持つ意味も薄い。
「個性兵なら簡単です」
必要な個体へ積む。
不要なら積まない。
任務ごとに変えられる。
「今後、死柄木用の個性兵を作る場合は標準搭載できます。救助型や防衛型にも、必要なら追加できます」
『つまり、次は崩壊地帯へ入れる?』
「はい」
地面から伝播しても。
触れられても。
『崩壊』だけなら止まらない。
あの個性のために距離を取る必要がなくなる。
拘束。
救助。
観測。
選択肢はかなり増える。
『分かった。対策完成としてこちらでも共有する』
「お願いします」
ここまでは。
公安へ知らせて問題ない。
今回の戦時協力にも直接関係する。
通話を切る。
そして。
私は死柄木の血液解析へ戻った。
まだ。
『崩壊』以外が大量に残っている。
◇ ◇ ◇
普通なら。
目的のものを見つけた時点で終わってもいい。
ただ。
残っている個性因子が見える。
なら。
調べない理由もなかった。
「せっかくなので続けますか」
一つずつ分離する。
身体強化に関係するもの。
感覚系。
移動系。
攻撃系。
補助系。
用途の分からないものもある。
発動を観測していない個性については。
構造だけで断定しない。
ただ。
複数の因子が存在すること自体は分かる。
ワン・フォー・オールの解析経験が、ここでも使えた。
以前なら。
重なった構造の境界を判断するだけでも時間がかかった。
今は。
どこからどこまでが一つの個性か。
かなり速く切り分けられる。
「これは違う」
次。
「これも」
次。
その中で。
一つ。
気になる構造があった。
攻撃ではない。
身体強化でもない。
対象を認識する。
記録する。
情報を保持する。
そして。
対象について。
かなり多くの情報を取得する。
「……面白いですね」
解析を進める。
◇ ◇ ◇
機能の中心は。
人間の把握。
対象を認識する。
位置。
状態。
特徴。
そして弱点。
一度取得した情報も保持する。
単なる視覚強化ではない。
対象そのものについて。
普通に見ただけでは得られない情報を取得している。
個性名までは血液から分からない。
ただ。
構造を見れば。
何をするものなのかは理解できる。
私は過去の資料と照合する。
AFOが奪った個性。
その中。
「『サーチ』ですか」
ラグドールから奪われた個性。
現在は死柄木側へ入っている。
機能も一致する。
人間を捉え。
追跡し。
対象情報を得る。
私はその構造を大きく表示した。
気になったのは追跡ではない。
「こっちですね」
対象情報を。
読み取る部分。
◇ ◇ ◇
私が今使っている個性因子知覚は。
個性因子そのものを認識できる。
存在。
構造。
適合状態。
損傷。
移植痕。
そういった情報はかなり分かる。
人工個性製造へ到達してからは。
実際に個性が発動するところを十分に観測すれば。
そこから構造を読み。
同等の個性を作ることもできる。
ただ。
一つ問題がある。
「発動を待つ必要があるんですよね」
対象が個性を使わない。
あるいは。
見せていない機能がある。
その場合。
解析開始に必要な情報が足りない。
それは当然だと思っていた。
観測していないものまで分かる方がおかしい。
だが。
『サーチ』は。
そこの情報取得方法が違う。
対象を認識した時点で。
相手側の情報を引き出している。
なら。
この機能を。
私の個性因子知覚へ組み込めばいい。
◇ ◇ ◇
『サーチ』をそのまま自分へ入れる必要はない。
百人を追い続けたいわけでもない。
位置情報を常時保持する必要もない。
欲しいのは。
対象を認識した時点で。
その対象が持つ個性因子の情報取得を始める部分。
私は構造を削る。
追跡。
不要。
対象人数管理。
不要。
長期位置保存。
不要。
個性因子の詳細取得。
残す。
対象識別。
残す。
視認を起点とした情報接続。
残す。
そこへ。
既存の個性因子知覚を繋ぐ。
今まで。
発動を見て。
挙動を観察し。
その結果から構造を理解していた部分。
その前段階へ。
対象そのものから個性因子情報を拾う機能を追加する。
「これならいけそうですね」
設計変更。
自分用の研究補助人工個性。
他人へ渡すものではない。
安全確認。
既存機能との競合。
問題なし。
なら。
更新する。
◇ ◇ ◇
人工個性を入れ替える。
少しだけ。
見え方が変わった。
部屋にいるのは私と個性兵だけ。
個性兵は人工生命なので。
確認対象としては都合がいい。
私は一体を見る。
視認。
その瞬間。
情報が入る。
個性因子。
複数。
構造。
用途。
人工的に設計した履歴。
こちらは自分で作ったものなので、答えは全部知っている。
一致。
次。
別の個性兵。
同じ。
直接見るだけ。
解析開始。
「共有視界も試しましょう」
観測型へ接続。
自宅とは別の場所。
保管施設内にいる個性兵を見る。
私の肉眼ではない。
観測型から送られてくる映像。
その視界を通す。
認識。
個性因子。
解析開始。
問題なし。
「便利ですね」
以前とはかなり違う。
◇ ◇ ◇
これまでなら。
未知の個性持ちに会ったとして。
実際に個性を使うところを見る。
十分な発現情報を集める。
そこから解析。
という順番だった。
今後は。
まず見る。
それだけでいい。
生身の人間を。
私が直接視認する。
あるいは。
個性兵が見て。
その視界を私へ共有する。
それだけで。
対象が個性持ちなら。
個性因子への解析をその場で開始できる。
もちろん。
見た瞬間に全ての使い方を知るという話ではない。
複雑な条件。
本人しか知らない運用方法。
個性以外の技術。
そういうものまで自動で分かるわけではない。
だが。
個性因子そのものへは。
発動を待たずに入れる。
構造を先に読める。
必要なら。
その後の発動を見て確認すればいい。
「研究対象を見つけるのがかなり楽になりますね」
良い。
かなり良い。
『崩壊』より。
こちらの方が。
研究用途としては広いかもしれない。
◇ ◇ ◇
公安へ連絡する。
――ことはしなかった。
今回共有したのは。
『崩壊』対策。
それで十分。
この更新は。
私自身の研究補助能力。
公安向けの戦力ではない。
戦時協力契約の成果として渡す必要もない。
知らせたところで。
運用を求められる可能性が増えるだけだった。
私は研究記録へだけ保存する。
『個性因子知覚・解析機能更新』
視認対象から直接個性因子情報を取得。
直接視認。
共有視界。
両方に対応。
「これでいいですね」
次。
ようやく。
追跡型の設計へ戻ろうとした。
その前に。
端末へニュース通知が入った。
◇ ◇ ◇
戦争から一日。
報道は。
昨日より整理されていた。
捕縛者数。
被害区域。
死亡者。
逃走者。
各機関の発表。
ヒーロー側にも死亡者は出た。
それは変わらない。
ただ。
生き残ったヒーローの身体的な負傷は。
既に残っていなかった。
医療型が。
昨日のうちにほぼ全部治した。
相澤先生。
ミルコさん。
その他。
重傷だった人間も。
欠損していた人間も。
治療済み。
少なくとも。
負傷が原因で長期間戦えない人間はいない。
死亡した人間は戻らない。
そこだけは別。
画面では。
昨日戦場にいたプロヒーローたちが。
既に各所で対応へ戻っている。
全員が普段通り仕事をしているわけではない。
事情聴取。
報告。
休養。
現場整理。
死亡した同僚への対応。
やることは多い。
それでも。
組織として動けなくなってはいない。
ヒーロー事務所も。
警察も。
公安も。
稼働している。
◇ ◇ ◇
その一方で。
批判は多かった。
『死柄木弔、現在も逃走中』
画面に大きく出ている。
『近全盛期のオールマイトまで投入して、なぜ首謀者を逃したのか』
『あれほど大規模な作戦で最大標的を取り逃がした』
『次に同じ規模の崩壊が起きたらどう責任を取るのか』
そういう意見。
まあ。
出るだろう。
実際。
逃がした。
そこは間違っていない。
反対に。
多数の構成員を捕縛したこと。
ギガントマキアを止めたこと。
市街地被害を抑えたこと。
生存したヒーローが短時間で治療されたこと。
そちらを評価する報道もある。
結果が一つではないので。
見方も一つではない。
「次に捕まえればいいんですけどね」
私には。
それで十分だった。
批判そのものを止める必要はない。
死柄木を捕まえる。
そのために。
追跡型を作る。
『崩壊』対策もできた。
個性解析能力も上がった。
昨日より条件はいい。
◇ ◇ ◇
私は追跡型の設計画面をもう一度開く。
高高度。
長時間。
隠密。
遠距離観測。
分散。
冗長化。
一体破壊時の自動引き継ぎ。
リアルタイム共有。
ワープ補充。
そして。
追加。
『崩壊』無効。
「これなら前よりは良いですね」
発見されない。
発見されても。
少なくとも『崩壊』だけでは消えない。
さらに。
追跡型が対象を視認した瞬間。
共有視界を通して。
私の解析も始まる。
死柄木が新しい個性を使うまで待つ必要もない。
見えれば。
調べられる。
昨日と。
同じ追い方にはならない。
◇ ◇ ◇
同じ頃。
別の場所。
死柄木弔は。
人目のない場所で身体を休めていた。
完成していない身体。
戦闘で受けた損傷。
超再生が働いても。
負荷そのものが消えるわけではない。
その意識の奥。
別の意志が。
静かに状況を整理する。
ギガントマキアは失った。
殻木も捕らえられた。
超常解放戦線の戦力も大きく削られた。
そして。
オールマイトは。
以前とは違う。
戦える。
それも。
かつてに近い出力で。
想定以上の障害だった。
人工生命の兵。
治療能力。
観測。
戦場で見た未知の技術もある。
空木零司。
あの存在も。
無視できない。
それでも。
まだ。
手は残っている。
「……次だ」
死柄木の口から声が漏れる。
本人の声。
それとは。
少し違う響き。
失った戦力を。
一度に補う方法。
そして。
自分自身を。
完全な形で取り戻すための手段。
場所は決まっている。
海上。
最も厳重な収容施設。
そこに。
本体がいる。
オール・フォー・ワン。
『戦いの直後だ』
ヒーローたちは生きている。
しかし。
各地へ散っている。
戦後処理。
警戒。
捕縛者の移送。
被害地域への対応。
身体の傷が治っていても。
全国の戦力が一か所へ集まっているわけではない。
そして。
一つ。
まだ知らないことがある。
空木零司が。
人間まで。
遠距離を。
即座に運べるということ。
その情報は。
敵側へ届いていなかった。
『今ならば』
意識の奥で。
判断が固まる。
タルタロス。
そこへ行く。
本体を。
取り戻すために。