無個性は個性をつくる   作:匿名希望

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第9話 一人暮らし

一人暮らしを始めて数日経った。

 

特に問題は起きていない。

 

朝起きる。

 

着替える。

 

朝食を作る。

 

学校へ行く。

 

帰宅する。

 

夕食。

 

洗濯や掃除。

 

学校の課題。

 

その後で自分の研究。

 

一人分しかないので、家事に必要な時間はそれほど長くなかった。

 

料理も同じだった。

 

趣味として凝る必要はない。

 

必要な栄養が取れて、毎日続けられる程度の手間で済めばいい。

 

今朝は卵と野菜、それに昨夜多めに作ったものを温め直した。

 

洗い物を済ませる。

 

冷蔵庫の中身を確認する。

 

足りなくなりそうなものを携帯端末へ入力する。

 

次に買い物へ行く時にまとめて買えばいい。

 

「これで終わりですね」

 

誰もいない台所で言ってから、返事をする相手がいないことに気付いた。

 

別に困らない。

 

食器を片付け、鞄を持つ。

 

玄関の鍵。

 

火元。

 

電源。

 

窓。

 

確認して家を出た。

 

一人暮らしと言っても、必要な作業を一人で行うだけだった。

 

今のところ、それ以上でもそれ以下でもない。

 

◇ ◇ ◇

 

学校生活の方も、だいたい一定の流れになっていた。

 

授業を受ける。

 

課題を処理する。

 

実習。

 

必要があれば発目さんと技術の話をする。

 

放課後になれば帰る。

 

たまに発目さんから実習室へ引き留められることもあった。

 

「空木くん! これ見てください!」

 

今日もそうだった。

 

作業台の上に、まだ外装もない機械が置かれている。

 

「何ですか?」

 

「腕に付ける噴射式姿勢制御装置です!」

 

「何を噴射するんですか?」

 

「圧縮空気です!」

 

「容量は?」

 

発目さんが数値を言う。

 

私は装置を見る。

 

「それだと連続使用時間がかなり短いですね」

 

「だからもっと圧縮します!」

 

「容器側の耐圧は?」

 

「強くします!」

 

「重量が増えます」

 

「軽くします!」

 

いつも通りだった。

 

問題点を指摘すると、基本的に全部「直す」で返ってくる。

 

方向性としては間違っていない。

 

実際に直せるなら。

 

「空木くんならどうします?」

 

「使用目的によります」

 

「空中で姿勢を変えたい!」

 

「どの程度ですか?」

 

「ぐるぐる回れるくらい!」

 

必要性はよく分からない。

 

ただ、技術的な問題として考えるなら面白い。

 

「噴射だけで全部処理するより、身体側の動きと組み合わせた方が軽くできますね」

 

「センサー付ける?」

 

「付けるなら姿勢検出だけでなく、装着者の動作も見た方がいいと思います」

 

「なるほど!」

 

発目さんがすぐメモを取る。

 

「じゃあ一緒に作りません?」

 

「今日は帰ります」

 

「ええっ!?」

 

「家でやることがありますので」

 

「研究?」

 

「はい」

 

発目さんがすぐに興味を示す。

 

「個性の?」

 

「そうです」

 

「見せてください!」

 

「今は学校にありません」

 

「家ですか?」

 

「家です」

 

「行っていいですか!?」

 

「何をしにですか?」

 

「見に!」

 

目的は明確だった。

 

ただし、必要性はない。

 

「今扱っているものは見学用ではありません」

 

「じゃあ見学用にしてください!」

 

「研究対象を見学用に変更する理由がありません」

 

「残念!」

 

本当に残念そうだった。

 

私は鞄を持つ。

 

「また明日」

 

「はい! 明日はこれ完成させます!」

 

今日の状態を見る限り、完成するかは分からない。

 

ただ、発目さんなら何らかの形にはするだろう。

 

私は実習室を出た。

 

◇ ◇ ◇

 

帰宅する。

 

「ただいま」

 

習慣で言った。

 

やはり返事はない。

 

そのまま靴を脱ぐ。

 

家は静かだった。

 

広い家なので、余計にそう感じる。

 

私が日常的に使っているのは一部だけだ。

 

玄関。

 

居間。

 

台所。

 

風呂。

 

自室。

 

それ以外の部屋へ入る理由はほとんどない。

 

掃除も、普段使う場所を中心にしている。

 

空き部屋は定期的に換気する程度だった。

 

使わない場所まで毎日掃除するのは時間の無駄になる。

 

私は二階へ上がり、自室へ入った。

 

机の左側へ学校の資料を置く。

 

学校課題は学校でほとんど終わっている。

 

追加で確認するものだけ先に処理する。

 

十五分ほどで終わった。

 

次に、右側。

 

こちらが個人研究の記録だった。

 

中学時代から使っている測定機器。

 

小型の培養装置。

 

工具。

 

試料保管用の機材。

 

机と棚の周囲に収まる程度。

 

以前の家で使っていたものを持ってきただけだ。

 

部屋の中だけ見れば、一般的な高校生の部屋とは違うのかもしれない。

 

ただ、この家全体を研究用に変えたわけではない。

 

必要もなかった。

 

大きな加工をしたければ雄英の設備がある。

 

こちらで行うのは、手元で継続した方が効率のいい作業だけだ。

 

私は記録を開く。

 

現在進めているのは、人工個性を装備へ組み込む際の小型化だった。

 

機能させること自体は、入学前にできている。

 

問題は大きさだった。

 

研究用なら多少大きくても困らない。

 

机の上に置いて使えばいい。

 

しかし装備として使うなら、小さい方が用途は増える。

 

大きな箱を背負わなければ機能しないものより、身に付けられる程度の方が便利なのは当然だった。

 

今の試作品を分解する。

 

内部構造を見る。

 

個性因子を維持する部分。

 

制御。

 

エネルギー供給。

 

外部との接続。

 

機能そのものより、それを安定させる周辺部分が場所を取っている。

 

単純に縮めればいいわけではない。

 

小さくすると温度変化の影響が大きくなる。

 

放熱も悪くなる。

 

各部の距離が近くなることで干渉も増える。

 

私は測定器を接続した。

 

一度動かす。

 

数値を取る。

 

停止。

 

一部を交換する。

 

また動かす。

 

学校の課題とは違う。

 

こちらには正解が書かれていない。

 

要求仕様も、自分で決める。

 

どの程度まで小さくできるのか。

 

どの程度までなら性能が落ちても問題ないのか。

 

そもそも、身に付ける場所によって適切な形が違う。

 

腕。

 

腰。

 

首。

 

指。

 

装備する場所を先に限定しすぎるのも良くない。

 

できるだけ共通化した方が後で使いやすい。

 

私は記録へ修正案を書いた。

 

今すぐ完成するものではない。

 

だから続ければいい。

 

◇ ◇ ◇

 

途中で携帯端末が鳴った。

 

母からだった。

 

通話を取る。

 

「はい」

 

『今、大丈夫?』

 

「問題ありません」

 

『何してた?』

 

「研究です」

 

『ご飯は?』

 

時計を見る。

 

予定していた時間を少し過ぎている。

 

「まだです」

 

『ほら』

 

「何がですか?」

 

『一人にしたら研究してご飯遅くなるって言ったでしょ』

 

「二十分程度です」

 

『二十分でも遅れてるじゃない』

 

その通りではある。

 

「では、ここで中断します」

 

『そうして』

 

私は装置の電源を切る。

 

試料の状態を確認してから保存する。

 

『学校はどう?』

 

「問題ありません」

 

『毎回それね』

 

「実際に問題がないので」

 

『ちゃんとクラスの子と話してる?』

 

「話しています」

 

『発目さんだっけ?』

 

「はい」

 

『その子とは?』

 

「今日も話しました」

 

『何の話?』

 

「圧縮空気を使った姿勢制御装置です」

 

通話の向こうが静かになった。

 

『……学校の話よね?』

 

「学校での話です」

 

『そう』

 

少し安心したようだった。

 

何を心配していたのだろう。

 

「発目さんから家に来たいと言われました」

 

『えっ』

 

反応が変わる。

 

『友達遊びに来るの?』

 

「研究機材を見たいそうです」

 

『それでもいいじゃない』

 

「断りました」

 

『なんで!?』

 

声が大きい。

 

「今扱っているものは見学向けではありませんから」

 

『別に研究見せなくても、お茶とか――』

 

「発目さんがそれで来るとは思いませんが」

 

発目さんが技術と無関係に家へ来て、お茶だけ飲んで帰る場面は想像しにくい。

 

母はしばらく黙った。

 

『零司』

 

「はい」

 

『友達を家に呼ぶくらいはしていいのよ?』

 

「禁止されているとは思っていません」

 

『そうじゃなくて』

 

まただった。

 

最近、この言葉をよく聞く。

 

「必要があれば呼びます」

 

『……まあ、いいわ』

 

母は諦めたらしい。

 

その後、父とも少し話した。

 

『金は足りてるか?』

 

「今のところ問題ありません」

 

『研究用の方も?』

 

「はい。大きな設備は学校のものを使えますので、以前より購入するものは減ると思います」

 

『ならいいけど、必要なら言えよ』

 

「分かりました」

 

両親は、離れて暮らすようになっても基本的には変わらなかった。

 

こちらの生活へ細かく口を出すわけではない。

 

必要な金銭は出す。

 

問題があれば連絡する。

 

たまに母が食事や人間関係を心配する。

 

それくらいだった。

 

通話を終える。

 

私は夕食を作り始めた。

 

◇ ◇ ◇

 

一人暮らしになって変わったことは、細かい。

 

洗濯物が自動で片付くことはない。

 

冷蔵庫の中身も、自分で補充しなければ減る。

 

ゴミも、まとめなければ残る。

 

消耗品も勝手には増えない。

 

以前は両親が処理していた作業の一部が、自分へ移った。

 

だから、順番を決めた。

 

洗濯する日。

 

買い物する日。

 

掃除する場所。

 

食事の準備。

 

在庫確認。

 

毎回考える必要がないようにする。

 

必要量が分かれば、まとめて処理できるものも多かった。

 

家事そのものに面白さは感じない。

 

ただ、生活を維持するために必要ならやる。

 

研究機器の点検と大きく違うものでもない。

 

放置すれば問題が起きる。

 

定期的に処理すれば問題は起きにくい。

 

それだけだった。

 

むしろ難しいのは、家が広すぎることだった。

 

夜、風呂から上がった後に一階の廊下を歩く。

 

閉めたままの部屋が並ぶ。

 

使っていない部屋。

 

祖父母が使っていた部屋。

 

家具だけ残っている部屋。

 

一人で生活するなら、かなり余っている。

 

だからといって何かに使おうとは思わなかった。

 

空いているから使う、では順番が逆だ。

 

必要ができた時に使えばいい。

 

今は必要ない。

 

私は自室へ戻った。

 

机の上には、途中まで小型化した試作品。

 

その横には学校の資料。

 

生活する場所と、研究する机。

 

それだけで足りていた。

 

◇ ◇ ◇

 

休日。

 

宅配便が届いた。

 

両親からだった。

 

頼んだ覚えはない。

 

箱を開ける。

 

食料品。

 

日用品。

 

それから短い紙。

 

母の字だった。

 

『ちゃんと食べること』

 

私は冷蔵庫を見る。

 

まだ食料はある。

 

ただ、保存できるものが多いので無駄にはならない。

 

携帯端末を取る。

 

母へメッセージを送った。

 

『届きました。ありがとうございます。食料は足りています』

 

すぐ返事が来た。

 

『足りてても食べなさい』

 

意味が少し違う気がする。

 

私は『分かりました』と返した。

 

その後、荷物を片付ける。

 

両親の家からここまでは、気軽に毎日行き来する距離ではない。

 

だからこそ一人暮らしになった。

 

ただ、完全に切り離されたわけでもない。

 

必要なら連絡できる。

 

荷物も届く。

 

金銭面についても、まだ両親に依存している。

 

高校生なのだから当然だろう。

 

私は自分だけで生活を成立させているわけではない。

 

住んでいる家も母が相続したもの。

 

生活費も研究費も両親から出ている。

 

私がしているのは、それらを自分で管理しているだけだ。

 

その区別はしておいた方がいい。

 

私は家計の記録へ、今月使った金額を追加した。

 

研究用部品。

 

食費。

 

日用品。

 

交通費。

 

今のところ、大きな問題はない。

 

画面を閉じる。

 

研究へ戻る。

 

◇ ◇ ◇

 

夕方には、小型化していた試作機の一つが予定した寸法へ収まった。

 

動作させる。

 

個性因子の状態を直接確認する。

 

安定。

 

出力も想定範囲。

 

ただし、連続使用すると温度が上がる。

 

私は時間を測った。

 

停止。

 

外装を開く。

 

熱源を確認する。

 

まだ改良が必要だった。

 

完成ではない。

 

けれど、一段階は進んだ。

 

私は結果を記録する。

 

ふと部屋の外を見る。

 

この家には、まだ使っていない空間がかなりある。

 

将来、今より大きな装置が必要になることはあるかもしれない。

 

学校では扱えない研究をすることもあるかもしれない。

 

ただ、それは今決めることではない。

 

今必要な設備は、この部屋に収まっている。

 

足りない加工設備は雄英にある。

 

それで研究は進んでいる。

 

なら、現状を変える必要はなかった。

 

私は試作機を机へ戻した。

 

明日は学校がある。

 

授業では、また普通の課題をする。

 

帰れば、こちらの続きをする。

 

学校と研究。

 

生活と研究。

 

両親と離れて暮らすこと。

 

どれも今のところ大きな問題にはなっていない。

 

一人暮らしは、特別な出来事というより、すでに日常になり始めていた。

 

私は次の改良箇所を書き込む。

 

まだ分からないことがある。

 

それなら、生活する場所が変わっても、やることは同じだった。

 

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