無個性は個性をつくる 作:匿名希望
海の向こうにある。
本体は。
あの場所に。
◇ ◇ ◇
僕は弔の身体を通して、夜の景色を見ていた。
身体の完成は途中で止まった。
戦闘による損傷もある。
超再生は機能しているが、それだけですべてが解決するわけではない。
本来なら。
今すぐ次の大きな戦闘へ向かう状態ではない。
それでも。
待つ理由もなかった。
いや。
待つ方が悪い。
ヒーロー側も戦争を終えたばかりだ。
多数の敵を捕縛した。
負傷者。
死者。
避難。
救助。
現場処理。
各地への連絡。
やるべきことは多い。
戦力そのものが残っていても。
全員が一か所へ集まっているわけではない。
この時間を逃せば。
また準備を整えられる。
そして。
本体を取り戻せば。
こちらの選択肢も増える。
「行こう」
弔の口を使って。
僕は言った。
目指す場所は。
タルタロス。
◇ ◇ ◇
問題があるとすれば。
空木零司。
あの少年だった。
僕は戦場で確認した情報を整理する。
奇妙な姿をしたものたち。
人の形に近いものもあれば。
明らかに人間から外れた形もある。
飛ぶもの。
救助するもの。
防ぐもの。
治療するもの。
そして。
ギガントマキアへ使われた。
あまりにも小さな何か。
人工物。
いや。
ただの機械とも違う。
自分で考え。
自分で動く。
少なくとも。
単純な遠隔操作兵器ではない。
空木零司が作った戦力。
そこまでは分かっている。
警戒すべきだ。
戦争で。
それは十分に証明された。
◇ ◇ ◇
特に。
転移。
あれは厄介だった。
戦場では。
黒い空間が何度も現れた。
奇妙な兵たち。
物資。
救助された人間。
それらが。
離れた場所へ移動している。
僕自身が持っていた黒霧とは構造が違う。
だが。
空間を接続するという結果は近い。
空木が黒霧を調べたことは。
可能性として考えられる。
なら。
あの兵たちの中に。
転移を使えるものがいても不思議ではない。
実際。
そう考えるのが自然だった。
「便利なものを作る」
僕は小さく笑う。
戦場へ兵を送り。
負傷者を回収し。
物資を運ぶ。
一体一体へ必要な力を与えられるなら。
転移を担当する個体を作ることもできるだろう。
面倒な少年だ。
◇ ◇ ◇
ただ。
限界も見えた。
少なくとも。
そう見えた。
広域崩壊の後。
ヒーロー側は混乱した。
死柄木弔が動き。
ギガントマキアが進み。
各所で救助が必要になった。
それでも。
転移によって。
大量のヒーローが。
僕たちの目の前へ直接現れることはなかった。
オールマイトが突然。
転移空間から死柄木の背後へ出てくることもない。
エンデヴァーが。
離れた戦場から瞬時に移動してくることもない。
転移は。
後方。
救助。
物資。
あの奇妙な兵たち。
そういう使われ方に偏っていた。
なら。
理由は考えられる。
一つ。
人間ほど大きなものは自由に送れない。
もう一つ。
あの転移能力を持つ人工生命そのものに。
何らかの制約がある。
あるいは。
人間を通すには。
近距離でなければならない。
どれでもいい。
重要なのは。
戦場で実際に。
ヒーローの大規模な瞬間移動が行われなかったという事実だった。
◇ ◇ ◇
もちろん。
別の可能性もある。
できる。
だが。
使わなかった。
そういう可能性。
僕は考えなかったわけではない。
だが。
それなら。
使わない理由が必要になる。
あの戦場には。
使う価値があった。
広域崩壊。
死柄木。
ギガントマキア。
死者も出ている。
それでも。
ヒーローを直接危険地帯へ大量転送しなかった。
なら。
能力側の制限だと考える方が自然だった。
少なくとも。
僕が得ている情報だけなら。
◇ ◇ ◇
実際には。
一つ。
僕が知らない前提があった。
だが。
知らないものは。
判断材料にはならない。
僕から見えた事実は単純だ。
空木零司は。
奇妙な人工生命を多数作れる。
その中には。
転移を使うものもいる。
だが。
ヒーロー戦力そのものを。
戦場を越えて。
一瞬でまとめて送り込むような運用は確認できなかった。
なら。
タルタロスは。
まだ意味を持つ。
海上。
本土から離れた場所。
警戒の厳しい収容施設。
通常なら。
異常が起きても。
大戦力が到着するまでには時間が必要になる。
その時間があればいい。
◇ ◇ ◇
「先生」
弔の意識が浮かぶ。
僕へ向けたものではない。
それでも。
聞こえる。
頭の奥で。
混ざっている。
「……俺の身体だ」
抵抗。
以前より弱い。
完成前の肉体。
戦闘の消耗。
精神。
色々なものが。
今は僕に有利に働いている。
「分かっているよ、弔」
声には出さない。
「これは君のためでもある」
本体を取り戻す。
それは。
僕自身を取り戻すという意味でもある。
そして。
この身体を完成へ進めるためにも。
必要になる。
「もう少しだけ」
今は。
僕が進めればいい。
◇ ◇ ◇
生き残ったニアハイエンドも使う。
数は。
以前より減った。
病院で。
オールマイト。
エンデヴァー。
相澤消太。
その他のヒーロー。
あれだけの戦力が揃えば。
当然だ。
それでも。
残ったものはいる。
命令可能。
高い身体能力。
複数個性。
タルタロスを襲うには十分な戦力になる。
問題は。
時間。
長引けば。
ヒーローが集まる。
なら。
短時間で中枢へ届く。
本体を出す。
その後。
必要なら。
他の収容者も解放する。
数が増えれば。
ヒーロー側はさらに対処へ戦力を割く。
目的は。
最初から全部ではない。
僕。
本体。
それが最優先。
◇ ◇ ◇
タルタロス側の防衛についても。
知らないわけではない。
国内でも。
最高水準。
危険な個性犯罪者を隔離するための施設。
単純に壁が厚いというだけではない。
侵入も。
脱出も。
最初から難しく作られている。
だからこそ。
神野の後。
本体をそこへ置いた。
普通なら。
正しい判断だ。
普通なら。
◇ ◇ ◇
だが。
今の弔は。
普通のヴィランではない。
改造された身体。
複数の個性。
僕の力。
そして。
残存したニアハイエンド。
正面から。
施設そのものを破壊して入れる。
それに。
本体は。
中から動ける。
完全な自由はない。
個性使用も監視される。
拘束。
設備。
警備。
それでも。
僕自身だ。
外から来るタイミングが分かれば。
合わせられることもある。
内と外。
二方向。
それなら。
可能性は十分にある。
◇ ◇ ◇
唯一。
大きく想定を変えうるのが。
オールマイト。
近全盛期。
あれは。
予想外だった。
弱った象徴ではない。
神野で僕と戦った時とは違う。
以前に近い。
純粋な力。
速さ。
耐久。
僕たちにとって。
最も面倒な戦力の一つが。
戻っている。
戦争直後とはいえ。
彼がタルタロスへ来れば。
計画は難しくなる。
しかし。
だからこそ。
海上である意味がある。
「間に合わなければいい」
僕は呟く。
オールマイトがどこにいるか。
正確には知らない。
だが。
今この瞬間。
タルタロスにいるわけではない。
戦争後。
ヒーロー側にもやるべきことがある。
施設から連絡。
政府。
公安。
ヒーロー。
準備。
移動。
そこには。
どうしても時間がある。
その前に。
終わらせる。
◇ ◇ ◇
空木零司についても同じ。
本人が来る必要すらない。
あの人工生命を送ってくる可能性はある。
それは警戒する。
戦場を見る限り。
遠距離で命令できるらしい。
自律して動く。
工場のように数を作る能力まである。
なら。
タルタロスにも。
何かを送り込んでくる可能性はある。
だが。
それも。
オールマイト本人とは違う。
あの奇妙な兵たちの性能が高いことは認める。
ギガントマキアまで止めた。
侮る理由はない。
それでも。
本体奪還までの短時間。
ニアハイエンドと弔で押し切ればいい。
もし転移を使う人工生命が来ても。
それを先に壊す。
そうすれば。
増援路も断てる。
僕は。
そう考えた。
◇ ◇ ◇
戦場で。
空木零司が危険区域へ直接ゲートを開かなかった理由。
敵が逆に通る可能性。
出口の安全。
救助対象。
そういった運用上の判断。
僕は知らない。
見えていたのは。
結果だけ。
ヒーローを。
危険地帯へ。
直接送り込まなかった。
だから。
送れない。
そう判断した。
できないことと。
しないこと。
そこを。
区別するための情報が。
僕には足りていなかった。
◇ ◇ ◇
海が見える。
その先。
まだ肉眼では。
施設そのものは遠い。
だが。
方向は分かっている。
本体がいる。
「もうすぐだ」
ニアハイエンドたちも。
命令に従って進む。
海上へ。
夜の水面。
遠く離れた陸地。
ここから先。
ヒーローの大部隊が追いつくまでに。
どれだけ時間がかかるか。
それが。
今回の計画を決める。
◇ ◇ ◇
僕は。
本体との距離が縮まっていくのを感じる。
錯覚ではない。
同じ個性。
同じ意識。
元々は一つ。
そして。
今は。
海を隔てている。
「待たせたね」
届かない声で。
僕は言う。
施設の向こう。
深い収容区画。
そこにいる自分自身へ。
「迎えに行くよ」
◇ ◇ ◇
一方。
タルタロス。
海上に孤立する巨大収容施設では。
通常の警戒が続いていた。
全面戦争の直後。
各地から大量の情報が入り。
国内の警戒水準は上がっている。
しかし。
この施設にとって。
危険な囚人を収容すること自体は。
日常だ。
オール・フォー・ワン。
その存在も。
長く。
この場所の最重要監視対象だった。
異常が起きるまでは。
まだ。
通常運用の範囲。
監視。
警備。
確認。
繰り返し。
◇ ◇ ◇
その最深部。
拘束された男が。
静かに顔を上げた。
見えているわけではない。
外の景色など。
ここから分かるはずもない。
それでも。
口元が。
少しだけ動いた。
「……来るか」
小さな声。
誰へ向けるでもなく。
オール・フォー・ワンは笑った。
外。
海上。
近づいてくる。
もう一人の自分。
そして。
施設側はまだ。
知らない。
間もなく。
警戒ではなく。
戦闘が始まることを。