無個性は個性をつくる   作:匿名希望

90 / 106
第84話 海上刑務所

海の向こうにある。

 

本体は。

 

あの場所に。

 

◇ ◇ ◇

 

僕は弔の身体を通して、夜の景色を見ていた。

 

身体の完成は途中で止まった。

 

戦闘による損傷もある。

 

超再生は機能しているが、それだけですべてが解決するわけではない。

 

本来なら。

 

今すぐ次の大きな戦闘へ向かう状態ではない。

 

それでも。

 

待つ理由もなかった。

 

いや。

 

待つ方が悪い。

 

ヒーロー側も戦争を終えたばかりだ。

 

多数の敵を捕縛した。

 

負傷者。

 

死者。

 

避難。

 

救助。

 

現場処理。

 

各地への連絡。

 

やるべきことは多い。

 

戦力そのものが残っていても。

 

全員が一か所へ集まっているわけではない。

 

この時間を逃せば。

 

また準備を整えられる。

 

そして。

 

本体を取り戻せば。

 

こちらの選択肢も増える。

 

「行こう」

 

弔の口を使って。

 

僕は言った。

 

目指す場所は。

 

タルタロス。

 

◇ ◇ ◇

 

問題があるとすれば。

 

空木零司。

 

あの少年だった。

 

僕は戦場で確認した情報を整理する。

 

奇妙な姿をしたものたち。

 

人の形に近いものもあれば。

 

明らかに人間から外れた形もある。

 

飛ぶもの。

 

救助するもの。

 

防ぐもの。

 

治療するもの。

 

そして。

 

ギガントマキアへ使われた。

 

あまりにも小さな何か。

 

人工物。

 

いや。

 

ただの機械とも違う。

 

自分で考え。

 

自分で動く。

 

少なくとも。

 

単純な遠隔操作兵器ではない。

 

空木零司が作った戦力。

 

そこまでは分かっている。

 

警戒すべきだ。

 

戦争で。

 

それは十分に証明された。

 

◇ ◇ ◇

 

特に。

 

転移。

 

あれは厄介だった。

 

戦場では。

 

黒い空間が何度も現れた。

 

奇妙な兵たち。

 

物資。

 

救助された人間。

 

それらが。

 

離れた場所へ移動している。

 

僕自身が持っていた黒霧とは構造が違う。

 

だが。

 

空間を接続するという結果は近い。

 

空木が黒霧を調べたことは。

 

可能性として考えられる。

 

なら。

 

あの兵たちの中に。

 

転移を使えるものがいても不思議ではない。

 

実際。

 

そう考えるのが自然だった。

 

「便利なものを作る」

 

僕は小さく笑う。

 

戦場へ兵を送り。

 

負傷者を回収し。

 

物資を運ぶ。

 

一体一体へ必要な力を与えられるなら。

 

転移を担当する個体を作ることもできるだろう。

 

面倒な少年だ。

 

◇ ◇ ◇

 

ただ。

 

限界も見えた。

 

少なくとも。

 

そう見えた。

 

広域崩壊の後。

 

ヒーロー側は混乱した。

 

死柄木弔が動き。

 

ギガントマキアが進み。

 

各所で救助が必要になった。

 

それでも。

 

転移によって。

 

大量のヒーローが。

 

僕たちの目の前へ直接現れることはなかった。

 

オールマイトが突然。

 

転移空間から死柄木の背後へ出てくることもない。

 

エンデヴァーが。

 

離れた戦場から瞬時に移動してくることもない。

 

転移は。

 

後方。

 

救助。

 

物資。

 

あの奇妙な兵たち。

 

そういう使われ方に偏っていた。

 

なら。

 

理由は考えられる。

 

一つ。

 

人間ほど大きなものは自由に送れない。

 

もう一つ。

 

あの転移能力を持つ人工生命そのものに。

 

何らかの制約がある。

 

あるいは。

 

人間を通すには。

 

近距離でなければならない。

 

どれでもいい。

 

重要なのは。

 

戦場で実際に。

 

ヒーローの大規模な瞬間移動が行われなかったという事実だった。

 

◇ ◇ ◇

 

もちろん。

 

別の可能性もある。

 

できる。

 

だが。

 

使わなかった。

 

そういう可能性。

 

僕は考えなかったわけではない。

 

だが。

 

それなら。

 

使わない理由が必要になる。

 

あの戦場には。

 

使う価値があった。

 

広域崩壊。

 

死柄木。

 

ギガントマキア。

 

死者も出ている。

 

それでも。

 

ヒーローを直接危険地帯へ大量転送しなかった。

 

なら。

 

能力側の制限だと考える方が自然だった。

 

少なくとも。

 

僕が得ている情報だけなら。

 

◇ ◇ ◇

 

実際には。

 

一つ。

 

僕が知らない前提があった。

 

だが。

 

知らないものは。

 

判断材料にはならない。

 

僕から見えた事実は単純だ。

 

空木零司は。

 

奇妙な人工生命を多数作れる。

 

その中には。

 

転移を使うものもいる。

 

だが。

 

ヒーロー戦力そのものを。

 

戦場を越えて。

 

一瞬でまとめて送り込むような運用は確認できなかった。

 

なら。

 

タルタロスは。

 

まだ意味を持つ。

 

海上。

 

本土から離れた場所。

 

警戒の厳しい収容施設。

 

通常なら。

 

異常が起きても。

 

大戦力が到着するまでには時間が必要になる。

 

その時間があればいい。

 

◇ ◇ ◇

 

「先生」

 

弔の意識が浮かぶ。

 

僕へ向けたものではない。

 

それでも。

 

聞こえる。

 

頭の奥で。

 

混ざっている。

 

「……俺の身体だ」

 

抵抗。

 

以前より弱い。

 

完成前の肉体。

 

戦闘の消耗。

 

精神。

 

色々なものが。

 

今は僕に有利に働いている。

 

「分かっているよ、弔」

 

声には出さない。

 

「これは君のためでもある」

 

本体を取り戻す。

 

それは。

 

僕自身を取り戻すという意味でもある。

 

そして。

 

この身体を完成へ進めるためにも。

 

必要になる。

 

「もう少しだけ」

 

今は。

 

僕が進めればいい。

 

◇ ◇ ◇

 

生き残ったニアハイエンドも使う。

 

数は。

 

以前より減った。

 

病院で。

 

オールマイト。

 

エンデヴァー。

 

相澤消太。

 

その他のヒーロー。

 

あれだけの戦力が揃えば。

 

当然だ。

 

それでも。

 

残ったものはいる。

 

命令可能。

 

高い身体能力。

 

複数個性。

 

タルタロスを襲うには十分な戦力になる。

 

問題は。

 

時間。

 

長引けば。

 

ヒーローが集まる。

 

なら。

 

短時間で中枢へ届く。

 

本体を出す。

 

その後。

 

必要なら。

 

他の収容者も解放する。

 

数が増えれば。

 

ヒーロー側はさらに対処へ戦力を割く。

 

目的は。

 

最初から全部ではない。

 

僕。

 

本体。

 

それが最優先。

 

◇ ◇ ◇

 

タルタロス側の防衛についても。

 

知らないわけではない。

 

国内でも。

 

最高水準。

 

危険な個性犯罪者を隔離するための施設。

 

単純に壁が厚いというだけではない。

 

侵入も。

 

脱出も。

 

最初から難しく作られている。

 

だからこそ。

 

神野の後。

 

本体をそこへ置いた。

 

普通なら。

 

正しい判断だ。

 

普通なら。

 

◇ ◇ ◇

 

だが。

 

今の弔は。

 

普通のヴィランではない。

 

改造された身体。

 

複数の個性。

 

僕の力。

 

そして。

 

残存したニアハイエンド。

 

正面から。

 

施設そのものを破壊して入れる。

 

それに。

 

本体は。

 

中から動ける。

 

完全な自由はない。

 

個性使用も監視される。

 

拘束。

 

設備。

 

警備。

 

それでも。

 

僕自身だ。

 

外から来るタイミングが分かれば。

 

合わせられることもある。

 

内と外。

 

二方向。

 

それなら。

 

可能性は十分にある。

 

◇ ◇ ◇

 

唯一。

 

大きく想定を変えうるのが。

 

オールマイト。

 

近全盛期。

 

あれは。

 

予想外だった。

 

弱った象徴ではない。

 

神野で僕と戦った時とは違う。

 

以前に近い。

 

純粋な力。

 

速さ。

 

耐久。

 

僕たちにとって。

 

最も面倒な戦力の一つが。

 

戻っている。

 

戦争直後とはいえ。

 

彼がタルタロスへ来れば。

 

計画は難しくなる。

 

しかし。

 

だからこそ。

 

海上である意味がある。

 

「間に合わなければいい」

 

僕は呟く。

 

オールマイトがどこにいるか。

 

正確には知らない。

 

だが。

 

今この瞬間。

 

タルタロスにいるわけではない。

 

戦争後。

 

ヒーロー側にもやるべきことがある。

 

施設から連絡。

 

政府。

 

公安。

 

ヒーロー。

 

準備。

 

移動。

 

そこには。

 

どうしても時間がある。

 

その前に。

 

終わらせる。

 

◇ ◇ ◇

 

空木零司についても同じ。

 

本人が来る必要すらない。

 

あの人工生命を送ってくる可能性はある。

 

それは警戒する。

 

戦場を見る限り。

 

遠距離で命令できるらしい。

 

自律して動く。

 

工場のように数を作る能力まである。

 

なら。

 

タルタロスにも。

 

何かを送り込んでくる可能性はある。

 

だが。

 

それも。

 

オールマイト本人とは違う。

 

あの奇妙な兵たちの性能が高いことは認める。

 

ギガントマキアまで止めた。

 

侮る理由はない。

 

それでも。

 

本体奪還までの短時間。

 

ニアハイエンドと弔で押し切ればいい。

 

もし転移を使う人工生命が来ても。

 

それを先に壊す。

 

そうすれば。

 

増援路も断てる。

 

僕は。

 

そう考えた。

 

◇ ◇ ◇

 

戦場で。

 

空木零司が危険区域へ直接ゲートを開かなかった理由。

 

敵が逆に通る可能性。

 

出口の安全。

 

救助対象。

 

そういった運用上の判断。

 

僕は知らない。

 

見えていたのは。

 

結果だけ。

 

ヒーローを。

 

危険地帯へ。

 

直接送り込まなかった。

 

だから。

 

送れない。

 

そう判断した。

 

できないことと。

 

しないこと。

 

そこを。

 

区別するための情報が。

 

僕には足りていなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

海が見える。

 

その先。

 

まだ肉眼では。

 

施設そのものは遠い。

 

だが。

 

方向は分かっている。

 

本体がいる。

 

「もうすぐだ」

 

ニアハイエンドたちも。

 

命令に従って進む。

 

海上へ。

 

夜の水面。

 

遠く離れた陸地。

 

ここから先。

 

ヒーローの大部隊が追いつくまでに。

 

どれだけ時間がかかるか。

 

それが。

 

今回の計画を決める。

 

◇ ◇ ◇

 

僕は。

 

本体との距離が縮まっていくのを感じる。

 

錯覚ではない。

 

同じ個性。

 

同じ意識。

 

元々は一つ。

 

そして。

 

今は。

 

海を隔てている。

 

「待たせたね」

 

届かない声で。

 

僕は言う。

 

施設の向こう。

 

深い収容区画。

 

そこにいる自分自身へ。

 

「迎えに行くよ」

 

◇ ◇ ◇

 

一方。

 

タルタロス。

 

海上に孤立する巨大収容施設では。

 

通常の警戒が続いていた。

 

全面戦争の直後。

 

各地から大量の情報が入り。

 

国内の警戒水準は上がっている。

 

しかし。

 

この施設にとって。

 

危険な囚人を収容すること自体は。

 

日常だ。

 

オール・フォー・ワン。

 

その存在も。

 

長く。

 

この場所の最重要監視対象だった。

 

異常が起きるまでは。

 

まだ。

 

通常運用の範囲。

 

監視。

 

警備。

 

確認。

 

繰り返し。

 

◇ ◇ ◇

 

その最深部。

 

拘束された男が。

 

静かに顔を上げた。

 

見えているわけではない。

 

外の景色など。

 

ここから分かるはずもない。

 

それでも。

 

口元が。

 

少しだけ動いた。

 

「……来るか」

 

小さな声。

 

誰へ向けるでもなく。

 

オール・フォー・ワンは笑った。

 

外。

 

海上。

 

近づいてくる。

 

もう一人の自分。

 

そして。

 

施設側はまだ。

 

知らない。

 

間もなく。

 

警戒ではなく。

 

戦闘が始まることを。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。