無個性は個性をつくる   作:匿名希望

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第85話 コードレッド

最初に異常を捉えたのは、タルタロス外周の監視設備だった。

 

海上。

 

通常の船舶航路から外れた位置。

 

複数の飛行物体が、一直線に施設へ接近している。

 

航空機ではない。

 

鳥でもない。

 

人型に近い輪郭を持ちながら、人間とは明らかに違う。

 

監視映像が拡大されると、管制室の空気が変わった。

 

「未確認対象、複数! 施設へ接近中!」

 

「識別照合!」

 

職員が端末を操作する。直後、昨日から共有され続けている全国の緊急情報と映像が照合され、候補が表示された。

 

脳無。

 

それも、病院で確認された上位個体に近い。

 

「警戒段階を上げろ! 全監視区画へ通達!」

 

タルタロスは刑務所だが、収容されているのは通常の犯罪者ではない。

 

強力な個性。

 

大量殺人。

 

テロ。

 

国家規模の危険を引き起こせる人間。

 

一人脱獄しただけでも大きな問題になる者が、何人もいる。

 

そのため外からの襲撃も想定されている。

 

海上に隔離されていること自体が、その防衛の一部だった。

 

◇ ◇ ◇

 

外から見る施設が大きくなる。

 

僕は弔の身体で海上を進みながら、監視設備の向きを見る。

 

こちらを捉えた。

 

当然だ。

 

隠れて入るつもりはない。

 

「始めようか」

 

僕の言葉に応じて、先行していたニアハイエンドたちが加速した。

 

施設側から警告。

 

その直後。

 

迎撃。

 

銃撃と防衛設備からの攻撃が夜の海を走る。

 

ニアハイエンドの一体が身体を捻り、正面から受ける。肉が削れ、血が飛ぶが、それだけで止まる個体ではない。

 

別の一体は横へ回る。

 

さらに別方向。

 

防衛側の視線を分散させる。

 

「やはり厳重だね」

 

想定通り。

 

だから。

 

力で崩す。

 

◇ ◇ ◇

 

「敵性対象、攻撃開始!」

 

管制室へ報告が重なる。

 

「外周防衛、交戦!」

 

「対象、高速接近!」

 

「一体被弾! 停止せず!」

 

監視映像の中で、人型の怪物が施設外周へ取り付く。

 

別個体が防衛設備へ攻撃。

 

衝撃。

 

警報。

 

施設内の複数区画で、自動的に隔壁が閉じ始めた。

 

「侵入防止区画封鎖!」

 

「収容区画を完全隔離!」

 

「全警備要員、規定配置!」

 

危険囚人を収容している以上、襲撃時に最も避けるべきなのは混乱だった。

 

外の敵だけを見て。

 

中を疎かにする。

 

それはできない。

 

囚人たちは。

 

機会があれば利用する。

 

特に。

 

最深部にいる男は。

 

◇ ◇ ◇

 

オール・フォー・ワンは、警報を聞いていた。

 

低く。

 

施設全体へ響く音。

 

普段とは違う。

 

緊急時のもの。

 

「始まったか」

 

拘束されたまま。

 

静かに呟く。

 

外が見えるわけではない。

 

誰がどこまで来たか。

 

直接知る手段もない。

 

だが。

 

来ることは分かっていた。

 

もう一人の自分が。

 

自分を迎えに来る。

 

「さて」

 

口元が上がる。

 

この場所は強固だ。

 

外から壊すだけではない。

 

中からも。

 

合わせなければならない。

 

急ぐ必要はない。

 

外側が。

 

十分に施設を揺らすまでは。

 

◇ ◇ ◇

 

ニアハイエンドの一体が外壁へ衝突した。

 

轟音。

 

防壁そのものが一撃で崩れるほど弱くはない。

 

二撃。

 

三撃。

 

別個体が防衛設備へ回り込み、攻撃を重ねる。

 

僕は少し後ろからそれを見る。

 

力押しだけなら。

 

もっと時間がかかる。

 

だが。

 

最初から正門を開けてもらうつもりもない。

 

必要なのは。

 

防衛側へ。

 

同時に複数の問題を起こすこと。

 

警備を外へ向けさせる。

 

設備を使わせる。

 

施設を緊急状態へ入れる。

 

その隙に。

 

内側と合わせる。

 

「もう少しだ」

 

弔の身体を動かす。

 

海上。

 

空中。

 

施設までの距離を縮める。

 

◇ ◇ ◇

 

「外周第三防衛設備、応答低下!」

 

「第二も攻撃を受けています!」

 

「侵入経路を作らせるな!」

 

「増援要請は!?」

 

「政府系統へ緊急通報準備中!」

 

「準備じゃない、上げろ!」

 

職員の一人が叫ぶ。

 

昨日。

 

日本国内では大規模な戦闘があった。

 

その首謀者は逃走中。

 

脳無も一部が残存。

 

そして。

 

国内最大級の危険人物を収容しているタルタロスへ。

 

その脳無らしき敵が。

 

明確に攻撃を仕掛けてきた。

 

偶然と判断する理由はない。

 

「襲撃目的をオール・フォー・ワン奪還と推定!」

 

その言葉で。

 

判断が決まった。

 

◇ ◇ ◇

 

「施設警戒規定、最高段階へ移行!」

 

赤い表示が。

 

管制室の複数モニターへ同時に出る。

 

『CODE RED』

 

「コードレッド発令!」

 

施設全域へ警報が切り替わった。

 

通常の警備ではない。

 

重大襲撃。

 

施設機能そのものが危険に晒されている状態。

 

外部への通報も。

 

同時に走る。

 

政府。

 

公安。

 

警察。

 

関係機関。

 

タルタロス襲撃。

 

敵性戦力複数。

 

脳無系統。

 

死柄木弔関与の可能性。

 

最重要収容者。

 

オール・フォー・ワン奪還を警戒。

 

情報が。

 

一気に外へ送られた。

 

◇ ◇ ◇

 

「コードレッドか」

 

僕は施設の変化を見る。

 

灯り。

 

防衛設備。

 

内部へ落とされた隔壁。

 

外からでも。

 

緊急状態へ移ったことは分かる。

 

「そうでなくてはね」

 

ここから。

 

時間が始まる。

 

政府へ連絡が行く。

 

警察。

 

ヒーロー。

 

昨日の戦場を生き残った者たち。

 

それぞれが状況を知る。

 

だが。

 

知った瞬間に。

 

ここへ来られるわけではない。

 

海の上だ。

 

移動には時間がかかる。

 

近全盛期のオールマイトであっても。

 

今この場所にいないなら。

 

同じ。

 

僕の想定では。

 

そのはずだった。

 

◇ ◇ ◇

 

「進め」

 

ニアハイエンドへ命令を送る。

 

外周。

 

さらに奥。

 

一体が防衛設備の集中攻撃を受ける。

 

再生。

 

また前進。

 

もう一体が上方から施設へ接近。

 

迎撃。

 

回避。

 

反撃。

 

防衛側も弱くない。

 

当然だ。

 

ここを簡単に抜けるようなら。

 

そもそも本体を収容する場所として選ばれていない。

 

それでも。

 

壊せる。

 

時間をかければ。

 

そして。

 

その時間を。

 

できるだけ短くする。

 

僕自身も。

 

動く。

 

◇ ◇ ◇

 

タルタロスから発せられた緊急情報は、複数の経路を通った。

 

政府。

 

公安。

 

昨日まで全面戦争の指揮に関わっていた人間たち。

 

戦争は終わった。

 

戦後処理も。

 

大部分は終わった。

 

生存したヒーローたちの負傷も、既に治療されている。

 

疲労や精神的な問題まで消えたわけではない。

 

だが。

 

少なくとも。

 

戦えないほど傷ついた戦力を大量に抱えた状態ではなかった。

 

問題は。

 

場所。

 

タルタロス。

 

海上。

 

通常の増援手段なら。

 

すぐには届かない。

 

公安側でも。

 

同じ問題を認識した。

 

「タルタロスからコードレッド!」

 

「敵戦力は?」

 

「脳無複数! 死柄木弔の可能性あり!」

 

「目的はAFOか」

 

「ほぼ間違いない!」

 

なら。

 

優先度は最大。

 

収容されているヴィランを考えれば。

 

一人の脱獄だけで終わる保証はない。

 

「利用可能なプロを確認!」

 

「警察側も動かせ!」

 

「オールマイトへ連絡!」

 

指示が飛ぶ。

 

その途中。

 

一人が止まった。

 

「……空木は?」

 

昨日。

 

戦場の指揮所にいた少年。

 

人工生命。

 

救助。

 

治療。

 

工廠。

 

そして。

 

転移。

 

公安側は。

 

敵側より多くを知っている。

 

「連絡しろ!」

 

◇ ◇ ◇

 

私は自宅にいた。

 

追跡型の設計を進めている。

 

昨日より条件は増えていた。

 

高高度。

 

長時間。

 

隠密。

 

遠距離観測。

 

冗長化。

 

『崩壊』無効。

 

さらに。

 

視界共有から私の個性解析を開始できる。

 

設計自体は問題ない。

 

むしろ。

 

昨日までより分かりやすい。

 

用途が決まっているから。

 

「この辺りは――」

 

端末が鳴った。

 

通常の連絡ではない。

 

優先回線。

 

画面を見る。

 

公安。

 

しかも。

 

緊急指定。

 

私は作業を止めた。

 

「はい」

 

『空木君!』

 

声が大きい。

 

昨日まで指揮所で聞いていた人間。

 

「どうしました?」

 

『タルタロスが襲撃を受けている!』

 

一度。

 

頭の中で情報を整理する。

 

タルタロス。

 

海上刑務所。

 

最重要収容者。

 

最初に思い浮かぶ対象は一人。

 

「オール・フォー・ワンですか」

 

『恐らく奪還目的だ! 脳無が複数、施設へ攻撃中! 死柄木本人がいる可能性も高い!』

 

なるほど。

 

逃げた翌日に。

 

本体を取り戻しに行った。

 

判断としては分かる。

 

長く待てば。

 

こちらも準備する。

 

昨日作った『崩壊』対策も。

 

時間があれば配備できる。

 

敵側からすれば。

 

早い方がいい。

 

「施設の被害状況は?」

 

『外周で交戦中! コードレッド! 政府にも通報済みだ!』

 

まだ。

 

完全侵入されたとは言っていない。

 

なら。

 

時間はある。

 

少なくとも。

 

数分単位では。

 

◇ ◇ ◇

 

『オールマイトを含め、動ける戦力を集めている!』

 

「そうですか」

 

私は追跡型の画面を閉じる。

 

別の画面。

 

ワープゲート。

 

『ただタルタロスは海上だ。移動手段を――』

 

「座標は分かりますか?」

 

相手が止まった。

 

『……何?』

 

「タルタロスの座標です」

 

『分かる。政府施設なんだから当然だが……』

 

「なら問題ありません」

 

沈黙。

 

私は立ち上がる。

 

『空木君?』

 

「既知座標なら、ゲートを開けます」

 

『……兵を送るのか?』

 

「それもできます」

 

そこで。

 

一つ訂正する。

 

相手側は知っている。

 

それでも。

 

昨日までの使い方の印象が残っているらしい。

 

「人も通せますよ」

 

電話の向こうが。

 

静かになった。

 

私は気にせず続ける。

 

「オールマイトさんと、利用可能なプロヒーロー、それから警察側の必要人員を集めてください」

 

昨日。

 

危険地帯へ直接ゲートを開かなかったのは。

 

開けなかったからではない。

 

敵が逆流する可能性。

 

出口位置の安全確認。

 

戦闘中の状況。

 

それを考えて。

 

開かなかっただけ。

 

今回は違う。

 

タルタロス側は。

 

こちらの施設。

 

座標もある。

 

中の人間とも連絡できる。

 

安全な出口を指定できる。

 

条件が違う。

 

「準備ができたら教えてください」

 

『……何分かかる?』

 

質問の意味を考える。

 

ゲートを作る時間か。

 

移動時間か。

 

どちらでも。

 

答えは似ている。

 

「ほとんどかかりません」

 

私はワープゲートの設計を起動する。

 

海の向こう。

 

タルタロス。

 

敵側は。

 

増援が到着するまでの時間を計算しているはずだ。

 

船。

 

航空機。

 

ヒーロー自身の移動能力。

 

普通なら。

 

そうなる。

 

でも。

 

今回は。

 

その計算をする必要がなかった。

 

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