無個性は個性をつくる 作:匿名希望
最初に異常を捉えたのは、タルタロス外周の監視設備だった。
海上。
通常の船舶航路から外れた位置。
複数の飛行物体が、一直線に施設へ接近している。
航空機ではない。
鳥でもない。
人型に近い輪郭を持ちながら、人間とは明らかに違う。
監視映像が拡大されると、管制室の空気が変わった。
「未確認対象、複数! 施設へ接近中!」
「識別照合!」
職員が端末を操作する。直後、昨日から共有され続けている全国の緊急情報と映像が照合され、候補が表示された。
脳無。
それも、病院で確認された上位個体に近い。
「警戒段階を上げろ! 全監視区画へ通達!」
タルタロスは刑務所だが、収容されているのは通常の犯罪者ではない。
強力な個性。
大量殺人。
テロ。
国家規模の危険を引き起こせる人間。
一人脱獄しただけでも大きな問題になる者が、何人もいる。
そのため外からの襲撃も想定されている。
海上に隔離されていること自体が、その防衛の一部だった。
◇ ◇ ◇
外から見る施設が大きくなる。
僕は弔の身体で海上を進みながら、監視設備の向きを見る。
こちらを捉えた。
当然だ。
隠れて入るつもりはない。
「始めようか」
僕の言葉に応じて、先行していたニアハイエンドたちが加速した。
施設側から警告。
その直後。
迎撃。
銃撃と防衛設備からの攻撃が夜の海を走る。
ニアハイエンドの一体が身体を捻り、正面から受ける。肉が削れ、血が飛ぶが、それだけで止まる個体ではない。
別の一体は横へ回る。
さらに別方向。
防衛側の視線を分散させる。
「やはり厳重だね」
想定通り。
だから。
力で崩す。
◇ ◇ ◇
「敵性対象、攻撃開始!」
管制室へ報告が重なる。
「外周防衛、交戦!」
「対象、高速接近!」
「一体被弾! 停止せず!」
監視映像の中で、人型の怪物が施設外周へ取り付く。
別個体が防衛設備へ攻撃。
衝撃。
警報。
施設内の複数区画で、自動的に隔壁が閉じ始めた。
「侵入防止区画封鎖!」
「収容区画を完全隔離!」
「全警備要員、規定配置!」
危険囚人を収容している以上、襲撃時に最も避けるべきなのは混乱だった。
外の敵だけを見て。
中を疎かにする。
それはできない。
囚人たちは。
機会があれば利用する。
特に。
最深部にいる男は。
◇ ◇ ◇
オール・フォー・ワンは、警報を聞いていた。
低く。
施設全体へ響く音。
普段とは違う。
緊急時のもの。
「始まったか」
拘束されたまま。
静かに呟く。
外が見えるわけではない。
誰がどこまで来たか。
直接知る手段もない。
だが。
来ることは分かっていた。
もう一人の自分が。
自分を迎えに来る。
「さて」
口元が上がる。
この場所は強固だ。
外から壊すだけではない。
中からも。
合わせなければならない。
急ぐ必要はない。
外側が。
十分に施設を揺らすまでは。
◇ ◇ ◇
ニアハイエンドの一体が外壁へ衝突した。
轟音。
防壁そのものが一撃で崩れるほど弱くはない。
二撃。
三撃。
別個体が防衛設備へ回り込み、攻撃を重ねる。
僕は少し後ろからそれを見る。
力押しだけなら。
もっと時間がかかる。
だが。
最初から正門を開けてもらうつもりもない。
必要なのは。
防衛側へ。
同時に複数の問題を起こすこと。
警備を外へ向けさせる。
設備を使わせる。
施設を緊急状態へ入れる。
その隙に。
内側と合わせる。
「もう少しだ」
弔の身体を動かす。
海上。
空中。
施設までの距離を縮める。
◇ ◇ ◇
「外周第三防衛設備、応答低下!」
「第二も攻撃を受けています!」
「侵入経路を作らせるな!」
「増援要請は!?」
「政府系統へ緊急通報準備中!」
「準備じゃない、上げろ!」
職員の一人が叫ぶ。
昨日。
日本国内では大規模な戦闘があった。
その首謀者は逃走中。
脳無も一部が残存。
そして。
国内最大級の危険人物を収容しているタルタロスへ。
その脳無らしき敵が。
明確に攻撃を仕掛けてきた。
偶然と判断する理由はない。
「襲撃目的をオール・フォー・ワン奪還と推定!」
その言葉で。
判断が決まった。
◇ ◇ ◇
「施設警戒規定、最高段階へ移行!」
赤い表示が。
管制室の複数モニターへ同時に出る。
『CODE RED』
「コードレッド発令!」
施設全域へ警報が切り替わった。
通常の警備ではない。
重大襲撃。
施設機能そのものが危険に晒されている状態。
外部への通報も。
同時に走る。
政府。
公安。
警察。
関係機関。
タルタロス襲撃。
敵性戦力複数。
脳無系統。
死柄木弔関与の可能性。
最重要収容者。
オール・フォー・ワン奪還を警戒。
情報が。
一気に外へ送られた。
◇ ◇ ◇
「コードレッドか」
僕は施設の変化を見る。
灯り。
防衛設備。
内部へ落とされた隔壁。
外からでも。
緊急状態へ移ったことは分かる。
「そうでなくてはね」
ここから。
時間が始まる。
政府へ連絡が行く。
警察。
ヒーロー。
昨日の戦場を生き残った者たち。
それぞれが状況を知る。
だが。
知った瞬間に。
ここへ来られるわけではない。
海の上だ。
移動には時間がかかる。
近全盛期のオールマイトであっても。
今この場所にいないなら。
同じ。
僕の想定では。
そのはずだった。
◇ ◇ ◇
「進め」
ニアハイエンドへ命令を送る。
外周。
さらに奥。
一体が防衛設備の集中攻撃を受ける。
再生。
また前進。
もう一体が上方から施設へ接近。
迎撃。
回避。
反撃。
防衛側も弱くない。
当然だ。
ここを簡単に抜けるようなら。
そもそも本体を収容する場所として選ばれていない。
それでも。
壊せる。
時間をかければ。
そして。
その時間を。
できるだけ短くする。
僕自身も。
動く。
◇ ◇ ◇
タルタロスから発せられた緊急情報は、複数の経路を通った。
政府。
公安。
昨日まで全面戦争の指揮に関わっていた人間たち。
戦争は終わった。
戦後処理も。
大部分は終わった。
生存したヒーローたちの負傷も、既に治療されている。
疲労や精神的な問題まで消えたわけではない。
だが。
少なくとも。
戦えないほど傷ついた戦力を大量に抱えた状態ではなかった。
問題は。
場所。
タルタロス。
海上。
通常の増援手段なら。
すぐには届かない。
公安側でも。
同じ問題を認識した。
「タルタロスからコードレッド!」
「敵戦力は?」
「脳無複数! 死柄木弔の可能性あり!」
「目的はAFOか」
「ほぼ間違いない!」
なら。
優先度は最大。
収容されているヴィランを考えれば。
一人の脱獄だけで終わる保証はない。
「利用可能なプロを確認!」
「警察側も動かせ!」
「オールマイトへ連絡!」
指示が飛ぶ。
その途中。
一人が止まった。
「……空木は?」
昨日。
戦場の指揮所にいた少年。
人工生命。
救助。
治療。
工廠。
そして。
転移。
公安側は。
敵側より多くを知っている。
「連絡しろ!」
◇ ◇ ◇
私は自宅にいた。
追跡型の設計を進めている。
昨日より条件は増えていた。
高高度。
長時間。
隠密。
遠距離観測。
冗長化。
『崩壊』無効。
さらに。
視界共有から私の個性解析を開始できる。
設計自体は問題ない。
むしろ。
昨日までより分かりやすい。
用途が決まっているから。
「この辺りは――」
端末が鳴った。
通常の連絡ではない。
優先回線。
画面を見る。
公安。
しかも。
緊急指定。
私は作業を止めた。
「はい」
『空木君!』
声が大きい。
昨日まで指揮所で聞いていた人間。
「どうしました?」
『タルタロスが襲撃を受けている!』
一度。
頭の中で情報を整理する。
タルタロス。
海上刑務所。
最重要収容者。
最初に思い浮かぶ対象は一人。
「オール・フォー・ワンですか」
『恐らく奪還目的だ! 脳無が複数、施設へ攻撃中! 死柄木本人がいる可能性も高い!』
なるほど。
逃げた翌日に。
本体を取り戻しに行った。
判断としては分かる。
長く待てば。
こちらも準備する。
昨日作った『崩壊』対策も。
時間があれば配備できる。
敵側からすれば。
早い方がいい。
「施設の被害状況は?」
『外周で交戦中! コードレッド! 政府にも通報済みだ!』
まだ。
完全侵入されたとは言っていない。
なら。
時間はある。
少なくとも。
数分単位では。
◇ ◇ ◇
『オールマイトを含め、動ける戦力を集めている!』
「そうですか」
私は追跡型の画面を閉じる。
別の画面。
ワープゲート。
『ただタルタロスは海上だ。移動手段を――』
「座標は分かりますか?」
相手が止まった。
『……何?』
「タルタロスの座標です」
『分かる。政府施設なんだから当然だが……』
「なら問題ありません」
沈黙。
私は立ち上がる。
『空木君?』
「既知座標なら、ゲートを開けます」
『……兵を送るのか?』
「それもできます」
そこで。
一つ訂正する。
相手側は知っている。
それでも。
昨日までの使い方の印象が残っているらしい。
「人も通せますよ」
電話の向こうが。
静かになった。
私は気にせず続ける。
「オールマイトさんと、利用可能なプロヒーロー、それから警察側の必要人員を集めてください」
昨日。
危険地帯へ直接ゲートを開かなかったのは。
開けなかったからではない。
敵が逆流する可能性。
出口位置の安全確認。
戦闘中の状況。
それを考えて。
開かなかっただけ。
今回は違う。
タルタロス側は。
こちらの施設。
座標もある。
中の人間とも連絡できる。
安全な出口を指定できる。
条件が違う。
「準備ができたら教えてください」
『……何分かかる?』
質問の意味を考える。
ゲートを作る時間か。
移動時間か。
どちらでも。
答えは似ている。
「ほとんどかかりません」
私はワープゲートの設計を起動する。
海の向こう。
タルタロス。
敵側は。
増援が到着するまでの時間を計算しているはずだ。
船。
航空機。
ヒーロー自身の移動能力。
普通なら。
そうなる。
でも。
今回は。
その計算をする必要がなかった。