無個性は個性をつくる 作:匿名希望
同じ失敗を繰り返す理由はない。
死柄木は既にタルタロスから離れている。普通の観測型を飛ばせば、運が良ければもう一度見つけられるかもしれないが、見つけた後にどうなるかは前回確認済みだった。
追跡専用ではないため近づかなければ十分な観測ができず、近づけば発見される。発見されれば、死柄木には破壊する手段がある。
なら、今は追わない方がいい。
私は自宅からタルタロスへ繋いでいるゲートを維持したまま、施設側の状況を確認する。
『外周区画の安全確認を継続中。敵性反応はありません』
「収容区画は?」
『順次確認しています。現時点で大規模な脱走はありません』
「分かりました。では、そちらを優先してください」
逃げた一人を追うために、まだ不安定な刑務所を放置する必要はない。
◇ ◇ ◇
戦闘が終わったタルタロスでは、役割が急速に切り替わっていた。
プロヒーローと警察が施設内を確認し、職員が収容者の所在を一人ずつ照合する。損傷した隔壁や通路には防衛型を配置し、崩落の危険がある場所は一時的に封鎖した。
負傷者も出ているが、そこは問題にならない。
「医療型、次の負傷者へ」
「承知しました」
共有視界の向こうで、負傷した職員へ医療型が近づく。骨折、裂傷、内部損傷を確認し、そのまま治療を始めた。
生きているなら治せる。
全面戦争の時と同じだった。
数分後には立てる状態まで戻り、別の負傷者へ医療型が移動する。重傷者から先に処置していけば、医療面で長く混乱が残る可能性は低い。
『空木君、こちらの負傷者はかなり減った』
「そうですか」
『……反応薄いな』
「治るように作ったので、治ったなら予定通りですよ」
驚くところではなかった。
◇ ◇ ◇
一方で、設備の方は勝手には直らない。
外壁、防衛設備、通路、隔壁。敵が実際に攻撃した以上、そこには被害が残っている。
防衛型で応急的に支えながら、危険区画を閉じる。完全な復旧は施設側の仕事になるが、少なくとも再収容と警備を続けられる状態には戻せる。
「最重要区画は?」
『異常なし。オール・フォー・ワンも収容継続中だ』
「なら大丈夫ですね」
今回の襲撃目的は達成されなかった。
オール・フォー・ワンは出ていない。他の収容者についても、施設全体から大量に逃げ出すような事態にはなっていない。
被害はある。
負傷者もいる。
混乱もあった。
それでも、施設としては機能している。
◇ ◇ ◇
ゲート越しの映像にオールマイトが映った。
戦闘が終わった後も、そのまま施設内の確認に協力しているらしい。敵を追わなかった判断も含めて、こちらの目的とは一致していた。
『空木少年』
通信が繋がる。
「はい」
『今回は助かった。君のゲートがなければ、私たちが到着するまでにもっと時間がかかっていただろう』
「そうでしょうね」
船や航空機で移動するよりは速い。
むしろ、比較する意味があまりない。
『君は今どこにいる?』
「自宅です」
一拍置かれた。
『……まだ自宅なのか』
「移動する必要がありませんでしたから」
現地へ行かなければできない作業がない。
ゲートは自宅から開ける。
個性兵への命令も届く。
視界も共有できる。
なら、自宅の方が研究設備まで揃っている分だけ便利だった。
『なるほど……君らしいな』
オールマイトはそれ以上言わなかった。
◇ ◇ ◇
収容者確認が進む。
一部区画では混乱に乗じて動こうとした囚人もいたらしいが、施設全体が崩壊していない以上、再制圧できる範囲だった。
制圧型を必要な場所へ回す。
抵抗するなら行動不能化。
殺す必要はない。
警察と施設職員が再収容を進め、その間を防衛型が守る。現場へ人間を追加する必要があれば、ゲートから送ればいい。
距離の問題がなくなっただけで、施設側の作業効率はかなり変わっていた。
『主要収容区画、確認完了!』
報告。
『大規模脱走なし!』
続いて、
『外周警備、暫定復旧!』
これで。
緊急対応として必要な部分は大体終わった。
「ゲートを閉じても問題ありませんか?」
『必要人員の移動は完了した。大丈夫だ』
「では閉じます」
接続を解除する。
自宅の部屋から黒い空間が消えた。
静かになった。
◇ ◇ ◇
私は机へ向き直る。
途中だった画面。
専用追跡型。
昨日から設計条件だけは並べていたものだ。
タルタロス襲撃が起きる前に完成させていれば、撤退した死柄木をそのまま追えた可能性はある。
「結果論ですけど」
少し考える。
「『崩壊』の解析より、こっちを先に作っておけばよかったですかね」
死柄木の血を回収した後。
私は最初に『崩壊』を解析した。
その結果、『崩壊』を無効化する人工個性が作れた。死柄木の複数個性を分離して読む過程で『サーチ』も見つけ、自分の個性因子知覚まで更新できた。
もし、あの時点で追跡型を先に作っていれば。
今日の撤退後。
死柄木を追えたかもしれない。
ただ。
判断が悪かったかと言えば。
そうでもない。
◇ ◇ ◇
前回の観測型は、『崩壊』で完全に消された。
あの時点で明確に確認できていた問題は、死柄木へ追跡個体を近づけても、一度発見されれば破壊されるということだった。
しかも『崩壊』は追跡だけの問題ではない。
救助。
防衛。
拘束。
直接戦闘。
死柄木を相手にする限り、どの用途でも障害になる。
なら、先に無効化する意味は十分にあった。
「悪い判断ではなかったですね」
単に。
今回だけを見れば、順番が逆の方が便利だった。
それだけだ。
そして、『崩壊』を先に調べたから得られたものもある。
特に『サーチ』。
あれを元に更新した個性因子知覚は、今後の研究全体へ影響する。
生身の人間を直接見る。
あるいは、個性兵の共有視界を通して見る。
それだけで、相手が持つ個性因子の解析を始められる。
追跡型を先に作っていれば。
この更新は、もう少し後になっていただろう。
◇ ◇ ◇
私は設計画面へ戻る。
今度は途中で別の研究へ移らない。
必要条件は既に整理してある。
まず、高高度。
通常の観測型よりも対象から大きく距離を取り、地上側から簡単に視認されない位置を使う。その距離からでも追跡できるよう、遠距離観測性能を上げる。
次に、隠密。
見つかってから耐えるより、そもそも監視されていると気づかれない方がいい。存在を悟られにくくするための機能をまとめる。
そして、長時間滞空。
逃走者を追うなら、いつ終わるか分からない。短時間の戦場観測とは違い、長く張り付ける必要がある。
ここまでは一体でもできる。
問題は。
一体だけでは駄目だということ。
◇ ◇ ◇
複数を同時運用する。
一体が対象を追う間、別個体は離れた位置から補助する。
さらに別方向にも配置。
全個体が同じ場所を飛ぶ必要はない。むしろ、まとめて発見される方が困る。
追跡情報はリアルタイムで共有。
一体が対象を見失っても、別角度の個体へ引き継ぐ。
一体が破壊された場合も同じ。
自動的に残存個体が追跡を引き継ぐ。
「これなら、一体を壊して終わりにはなりませんね」
さらに。
損失した個体の補充。
これは簡単だった。
ワープ。
追跡中の個体が持つ位置情報を基準に、新しい個体を近くへ送り込む。
一体。
二体。
壊されても。
減った分だけ足せばいい。
◇ ◇ ◇
そこへ、『崩壊』無効も加える。
隠密が破られた場合の保険。
今回作ったものなので、搭載する手間はほとんどない。
さらに視界共有。
これは以前からある。
ただし、私側が変わった。
追跡型が人間を視認すれば、その共有視界を通して私の個性因子解析を始められる。
死柄木が知らない個性を追加で持っていたとしても。
姿さえ捉えれば。
解析へ入れる。
追跡するだけではない。
観測対象そのものが。
研究対象にもなる。
「相性がいいですね」
追跡型としても。
私の研究用途としても。
◇ ◇ ◇
設計をまとめる。
高高度。
長時間。
隠密。
遠距離観測。
分散追跡。
複数冗長化。
一体喪失時の自動引き継ぎ。
リアルタイム共有。
ワープ補充。
『崩壊』無効。
不要な機能は削る。
直接戦闘を主目的にはしない。
追跡対象と殴り合うための個体ではない。
目的は。
見つける。
見続ける。
見失わない。
それだけ。
その役割に必要なものへ絞る。
◇ ◇ ◇
シミュレーター上へ複数個体を置く。
対象が高速移動。
一体目。
追跡。
遮蔽。
二体目へ自動引き継ぎ。
一体目が再捕捉。
位置共有。
次。
一体破壊。
残存個体が追跡継続。
補充要請。
ワープで新規個体追加。
対象が方向転換。
複数方向から継続観測。
問題なし。
もう一度。
条件を変える。
高低差。
建物。
森林。
高速移動。
一個体喪失。
二個体喪失。
それでも。
追跡情報が残る。
「これでいいですね」
設計を確定する。
保存。
専用追跡型。
完成。
◇ ◇ ◇
昨日。
普通の観測型を使った。
見つけた。
追った。
発見された。
壊された。
見失った。
今日。
死柄木はまた逃げた。
追跡型をまだ作っていなかったから、追わなかった。
二回。
条件は違う。
ただ。
原因はもう分かった。
そして。
対策もできた。
「もう次はないですね」
少なくとも。
同じ理由で見失うことはない。
必要なら複数作る。
一体壊されれば別の個体が追う。
それも壊されれば補充する。
距離を取る。
隠れる。
それでも見つかったなら、『崩壊』にも耐える。
次に見つけた時は。
追い続ける。
◇ ◇ ◇
完成した設計図を眺めながら、私は今回の一連の出来事を整理する。
全面戦争。
死柄木逃走。
観測型破壊。
血液回収。
『崩壊』解析。
対策個性。
『サーチ』発見。
個性因子知覚の更新。
タルタロス襲撃。
そして。
専用追跡型。
オール・フォー・ワンの奪還は阻止できた。
社会的には。
そちらの方が重要なのだろう。
私も、逃がして後でまた対応するより、収容されたままの方が楽なので、その結果に不満はない。
ただ。
個人的な話なら。
「オール・フォー・ワンの奪還を防げたことより、個性研究が進んだことの方が嬉しいですけどね」