無個性は個性をつくる   作:匿名希望

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第88話 次は見失わない

同じ失敗を繰り返す理由はない。

 

死柄木は既にタルタロスから離れている。普通の観測型を飛ばせば、運が良ければもう一度見つけられるかもしれないが、見つけた後にどうなるかは前回確認済みだった。

 

追跡専用ではないため近づかなければ十分な観測ができず、近づけば発見される。発見されれば、死柄木には破壊する手段がある。

 

なら、今は追わない方がいい。

 

私は自宅からタルタロスへ繋いでいるゲートを維持したまま、施設側の状況を確認する。

 

『外周区画の安全確認を継続中。敵性反応はありません』

 

「収容区画は?」

 

『順次確認しています。現時点で大規模な脱走はありません』

 

「分かりました。では、そちらを優先してください」

 

逃げた一人を追うために、まだ不安定な刑務所を放置する必要はない。

 

◇ ◇ ◇

 

戦闘が終わったタルタロスでは、役割が急速に切り替わっていた。

 

プロヒーローと警察が施設内を確認し、職員が収容者の所在を一人ずつ照合する。損傷した隔壁や通路には防衛型を配置し、崩落の危険がある場所は一時的に封鎖した。

 

負傷者も出ているが、そこは問題にならない。

 

「医療型、次の負傷者へ」

 

「承知しました」

 

共有視界の向こうで、負傷した職員へ医療型が近づく。骨折、裂傷、内部損傷を確認し、そのまま治療を始めた。

 

生きているなら治せる。

 

全面戦争の時と同じだった。

 

数分後には立てる状態まで戻り、別の負傷者へ医療型が移動する。重傷者から先に処置していけば、医療面で長く混乱が残る可能性は低い。

 

『空木君、こちらの負傷者はかなり減った』

 

「そうですか」

 

『……反応薄いな』

 

「治るように作ったので、治ったなら予定通りですよ」

 

驚くところではなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

一方で、設備の方は勝手には直らない。

 

外壁、防衛設備、通路、隔壁。敵が実際に攻撃した以上、そこには被害が残っている。

 

防衛型で応急的に支えながら、危険区画を閉じる。完全な復旧は施設側の仕事になるが、少なくとも再収容と警備を続けられる状態には戻せる。

 

「最重要区画は?」

 

『異常なし。オール・フォー・ワンも収容継続中だ』

 

「なら大丈夫ですね」

 

今回の襲撃目的は達成されなかった。

 

オール・フォー・ワンは出ていない。他の収容者についても、施設全体から大量に逃げ出すような事態にはなっていない。

 

被害はある。

 

負傷者もいる。

 

混乱もあった。

 

それでも、施設としては機能している。

 

◇ ◇ ◇

 

ゲート越しの映像にオールマイトが映った。

 

戦闘が終わった後も、そのまま施設内の確認に協力しているらしい。敵を追わなかった判断も含めて、こちらの目的とは一致していた。

 

『空木少年』

 

通信が繋がる。

 

「はい」

 

『今回は助かった。君のゲートがなければ、私たちが到着するまでにもっと時間がかかっていただろう』

 

「そうでしょうね」

 

船や航空機で移動するよりは速い。

 

むしろ、比較する意味があまりない。

 

『君は今どこにいる?』

 

「自宅です」

 

一拍置かれた。

 

『……まだ自宅なのか』

 

「移動する必要がありませんでしたから」

 

現地へ行かなければできない作業がない。

 

ゲートは自宅から開ける。

 

個性兵への命令も届く。

 

視界も共有できる。

 

なら、自宅の方が研究設備まで揃っている分だけ便利だった。

 

『なるほど……君らしいな』

 

オールマイトはそれ以上言わなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

収容者確認が進む。

 

一部区画では混乱に乗じて動こうとした囚人もいたらしいが、施設全体が崩壊していない以上、再制圧できる範囲だった。

 

制圧型を必要な場所へ回す。

 

抵抗するなら行動不能化。

 

殺す必要はない。

 

警察と施設職員が再収容を進め、その間を防衛型が守る。現場へ人間を追加する必要があれば、ゲートから送ればいい。

 

距離の問題がなくなっただけで、施設側の作業効率はかなり変わっていた。

 

『主要収容区画、確認完了!』

 

報告。

 

『大規模脱走なし!』

 

続いて、

 

『外周警備、暫定復旧!』

 

これで。

 

緊急対応として必要な部分は大体終わった。

 

「ゲートを閉じても問題ありませんか?」

 

『必要人員の移動は完了した。大丈夫だ』

 

「では閉じます」

 

接続を解除する。

 

自宅の部屋から黒い空間が消えた。

 

静かになった。

 

◇ ◇ ◇

 

私は机へ向き直る。

 

途中だった画面。

 

専用追跡型。

 

昨日から設計条件だけは並べていたものだ。

 

タルタロス襲撃が起きる前に完成させていれば、撤退した死柄木をそのまま追えた可能性はある。

 

「結果論ですけど」

 

少し考える。

 

「『崩壊』の解析より、こっちを先に作っておけばよかったですかね」

 

死柄木の血を回収した後。

 

私は最初に『崩壊』を解析した。

 

その結果、『崩壊』を無効化する人工個性が作れた。死柄木の複数個性を分離して読む過程で『サーチ』も見つけ、自分の個性因子知覚まで更新できた。

 

もし、あの時点で追跡型を先に作っていれば。

 

今日の撤退後。

 

死柄木を追えたかもしれない。

 

ただ。

 

判断が悪かったかと言えば。

 

そうでもない。

 

◇ ◇ ◇

 

前回の観測型は、『崩壊』で完全に消された。

 

あの時点で明確に確認できていた問題は、死柄木へ追跡個体を近づけても、一度発見されれば破壊されるということだった。

 

しかも『崩壊』は追跡だけの問題ではない。

 

救助。

 

防衛。

 

拘束。

 

直接戦闘。

 

死柄木を相手にする限り、どの用途でも障害になる。

 

なら、先に無効化する意味は十分にあった。

 

「悪い判断ではなかったですね」

 

単に。

 

今回だけを見れば、順番が逆の方が便利だった。

 

それだけだ。

 

そして、『崩壊』を先に調べたから得られたものもある。

 

特に『サーチ』。

 

あれを元に更新した個性因子知覚は、今後の研究全体へ影響する。

 

生身の人間を直接見る。

 

あるいは、個性兵の共有視界を通して見る。

 

それだけで、相手が持つ個性因子の解析を始められる。

 

追跡型を先に作っていれば。

 

この更新は、もう少し後になっていただろう。

 

◇ ◇ ◇

 

私は設計画面へ戻る。

 

今度は途中で別の研究へ移らない。

 

必要条件は既に整理してある。

 

まず、高高度。

 

通常の観測型よりも対象から大きく距離を取り、地上側から簡単に視認されない位置を使う。その距離からでも追跡できるよう、遠距離観測性能を上げる。

 

次に、隠密。

 

見つかってから耐えるより、そもそも監視されていると気づかれない方がいい。存在を悟られにくくするための機能をまとめる。

 

そして、長時間滞空。

 

逃走者を追うなら、いつ終わるか分からない。短時間の戦場観測とは違い、長く張り付ける必要がある。

 

ここまでは一体でもできる。

 

問題は。

 

一体だけでは駄目だということ。

 

◇ ◇ ◇

 

複数を同時運用する。

 

一体が対象を追う間、別個体は離れた位置から補助する。

 

さらに別方向にも配置。

 

全個体が同じ場所を飛ぶ必要はない。むしろ、まとめて発見される方が困る。

 

追跡情報はリアルタイムで共有。

 

一体が対象を見失っても、別角度の個体へ引き継ぐ。

 

一体が破壊された場合も同じ。

 

自動的に残存個体が追跡を引き継ぐ。

 

「これなら、一体を壊して終わりにはなりませんね」

 

さらに。

 

損失した個体の補充。

 

これは簡単だった。

 

ワープ。

 

追跡中の個体が持つ位置情報を基準に、新しい個体を近くへ送り込む。

 

一体。

 

二体。

 

壊されても。

 

減った分だけ足せばいい。

 

◇ ◇ ◇

 

そこへ、『崩壊』無効も加える。

 

隠密が破られた場合の保険。

 

今回作ったものなので、搭載する手間はほとんどない。

 

さらに視界共有。

 

これは以前からある。

 

ただし、私側が変わった。

 

追跡型が人間を視認すれば、その共有視界を通して私の個性因子解析を始められる。

 

死柄木が知らない個性を追加で持っていたとしても。

 

姿さえ捉えれば。

 

解析へ入れる。

 

追跡するだけではない。

 

観測対象そのものが。

 

研究対象にもなる。

 

「相性がいいですね」

 

追跡型としても。

 

私の研究用途としても。

 

◇ ◇ ◇

 

設計をまとめる。

 

高高度。

 

長時間。

 

隠密。

 

遠距離観測。

 

分散追跡。

 

複数冗長化。

 

一体喪失時の自動引き継ぎ。

 

リアルタイム共有。

 

ワープ補充。

 

『崩壊』無効。

 

不要な機能は削る。

 

直接戦闘を主目的にはしない。

 

追跡対象と殴り合うための個体ではない。

 

目的は。

 

見つける。

 

見続ける。

 

見失わない。

 

それだけ。

 

その役割に必要なものへ絞る。

 

◇ ◇ ◇

 

シミュレーター上へ複数個体を置く。

 

対象が高速移動。

 

一体目。

 

追跡。

 

遮蔽。

 

二体目へ自動引き継ぎ。

 

一体目が再捕捉。

 

位置共有。

 

次。

 

一体破壊。

 

残存個体が追跡継続。

 

補充要請。

 

ワープで新規個体追加。

 

対象が方向転換。

 

複数方向から継続観測。

 

問題なし。

 

もう一度。

 

条件を変える。

 

高低差。

 

建物。

 

森林。

 

高速移動。

 

一個体喪失。

 

二個体喪失。

 

それでも。

 

追跡情報が残る。

 

「これでいいですね」

 

設計を確定する。

 

保存。

 

専用追跡型。

 

完成。

 

◇ ◇ ◇

 

昨日。

 

普通の観測型を使った。

 

見つけた。

 

追った。

 

発見された。

 

壊された。

 

見失った。

 

今日。

 

死柄木はまた逃げた。

 

追跡型をまだ作っていなかったから、追わなかった。

 

二回。

 

条件は違う。

 

ただ。

 

原因はもう分かった。

 

そして。

 

対策もできた。

 

「もう次はないですね」

 

少なくとも。

 

同じ理由で見失うことはない。

 

必要なら複数作る。

 

一体壊されれば別の個体が追う。

 

それも壊されれば補充する。

 

距離を取る。

 

隠れる。

 

それでも見つかったなら、『崩壊』にも耐える。

 

次に見つけた時は。

 

追い続ける。

 

◇ ◇ ◇

 

完成した設計図を眺めながら、私は今回の一連の出来事を整理する。

 

全面戦争。

 

死柄木逃走。

 

観測型破壊。

 

血液回収。

 

『崩壊』解析。

 

対策個性。

 

『サーチ』発見。

 

個性因子知覚の更新。

 

タルタロス襲撃。

 

そして。

 

専用追跡型。

 

オール・フォー・ワンの奪還は阻止できた。

 

社会的には。

 

そちらの方が重要なのだろう。

 

私も、逃がして後でまた対応するより、収容されたままの方が楽なので、その結果に不満はない。

 

ただ。

 

個人的な話なら。

 

「オール・フォー・ワンの奪還を防げたことより、個性研究が進んだことの方が嬉しいですけどね」

 

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