無個性は個性をつくる 作:匿名希望
会議室の正面には、二つの作戦結果が並べられていた。
一つは、超常解放戦線に対する全面作戦。もう一つは、その直後に発生したタルタロス襲撃。
全面作戦では多数の構成員を拘束し、ギガントマキアも止めた。死者は出たものの、生存したヒーローの身体的損傷は空木零司の医療戦力によってほぼ解消されている。
タルタロスも被害こそ出たが、オール・フォー・ワンの奪還は阻止した。大規模な脱獄も起きていない。
数字だけを見れば、どちらも失敗と呼ぶような結果ではない。
それでも、公安側の人間たちの表情は明るくなかった。
「死柄木を逃した」
一人が口にする。
正面の画面には、全面作戦終盤の記録が映っている。
「それが一番大きい」
異論は出なかった。
世間からも同じ部分を批判されている。オールマイトまで復帰し、それだけの戦力を投入しておきながら、なぜ首謀者を逃したのか。
もちろん、現場で起きていたことを全て知らない人間の批判と、内部で行う検証は別だ。
だからこそ。
逃がした理由を、自分たちで曖昧にするわけにはいかなかった。
◇ ◇ ◇
映像が切り替わる。
病院側。
救助活動を行う人工生命。
防壁を展開する個体。
負傷者を治療する個体。
上空から映像を送り続ける個体。
さらに、ギガントマキアの体内へ侵入した大量の超小型個体。
「……多いように見えるな」
「実際、多い」
「だが、作れる数から見れば少ない」
その言葉で会議室が静かになる。
空木零司は、最初から言っていた。
必要ならもっと作れる。
工廠型を使えば、標準化された各種戦力を追加製造できる。
戦争前から分かっていた。
分かっていて。
止めたのはこちらだ。
「政治的な問題があった」
公安幹部の一人が言う。
「一高校生が管理する人工生命を、大規模な武装戦力として国内へ展開する。法的整理も完全ではなかったし、私兵と取られる危険もあった」
「だから直接戦闘へ使える数を絞った」
「そうだ」
理由はあった。
何も考えずに制限したわけではない。
救助、医療、防衛、観測。
比較的問題の少ない用途を中心に許可し、直接戦闘能力の高い個体は必要になるまで抑えた。
死柄木との戦闘でもそうだった。
重戦闘型を追加できる場面はあった。
空木は可能だと答えていた。
だが、投入しなかった。
相澤消太の護衛についても、最終的に認めたのは防衛型一体。
ギガントマキアに至っては、プロヒーローによる阻止線を突破されてから、ようやく直接制圧を認めた。
「結果論ではある」
別の一人が言った。
「だが、結果を検証するのが我々の仕事だ」
画面に死柄木が映る。
オールマイト。
エンデヴァー。
相澤。
その他のプロヒーロー。
そこへ追加の重戦闘戦力が最初から存在していたら。
死柄木を確実に捕らえられた。
そこまでは言えない。
相手には未知の個性が複数あり、完成途中とはいえ改造された身体もあった。ギガントマキアの乱入も起きている。
ただ。
「少なくとも、こちらから戦力を減らしていたのは事実だ」
誰も否定できなかった。
◇ ◇ ◇
「空木本人は、制限に反対したか?」
「いや」
記録が確認される。
要求はしていない。
自分から大量投入を押し通そうともしていない。
聞かれれば、作れると答えた。
必要な場合には選択肢を示した。
それでも公安が制限すると決めれば、従った。
「……面倒な話だな」
「何がだ?」
「勝手にやってくれる人間なら、責任の押し付け先がある」
小さく息を吐く。
「彼は判断をこちらに返した」
空木零司に、政治的な正当性を判断させる必要はない。
彼は技術的に可能なことを提示した。
どの程度使うかを決めたのはこちらだ。
そして。
抑えた。
ならば、その判断の責任もこちらにある。
「次はやめよう」
視線が集まる。
「何をだ?」
「こちらの都合だけで戦力を抑えることをだ」
◇ ◇ ◇
もちろん、何でも無条件に許可するという意味ではない。
民間被害の危険。
味方への誤射。
作戦目標。
法的な権限。
考えるべきことは残る。
だが。
『一高校生の持つ戦力として数が多すぎる』
『世間にどう見えるか分からない』
『政治的に扱いづらい』
そういった理由だけで、必要な戦力を削ることはしない。
「AFOと死柄木がまだ残っている」
「超常解放戦線も完全に消滅したわけではない」
「次の作戦があるなら、空木に必要な戦力を聞く。必要と言われた数を前提に作戦を組む」
「上限は?」
問いに、少し間が空く。
「技術上の上限と作戦上の必要数だ」
政治的な見栄えを理由に、先に数字を決めることはしない。
それが今回の結論だった。
「最終的な投入判断は当然こちらが持つ。ただし、減らすなら具体的な危険を理由にする」
「私兵問題ではなく?」
「戦争をしている時に、使える戦力を私兵に見えるからという理由で倉庫に置いておく方が問題だ」
誰も反論しなかった。
ギガントマキアを止めたのも。
負傷者を大量に救ったのも。
タルタロスへ即時増援を成立させたのも。
その『扱いづらい戦力』だった。
◇ ◇ ◇
「もう一つある」
画面が切り替わる。
今度はタルタロス。
施設内部に開いた黒いゲートから、オールマイトが現れる。
続いてプロヒーロー。
警察。
人工生命。
戦力が次々と海上刑務所へ移動していく。
「これだ」
会議室の空気が少し変わった。
全面作戦でもワープゲートは使われていた。
だが、タルタロス襲撃で初めて、その能力が大規模な人員輸送として明確に運用された。
「あれは便利という言葉で済ませていいものなのか?」
「他にどう言えと?」
「戦略級だ」
日本国内の距離が。
ほとんど意味を失う。
安全な入口。
安全な出口。
二地点を確保できれば、遠方にいる戦力を即座に送り込める。
今回、タルタロスが海上に存在することは、敵にとって時間を稼げる理由だった。
それが消えた。
「オールマイトが到着した瞬間、敵の作戦が崩れている」
「当然だ。移動時間を前提に襲ったんだからな」
「こちらも、あそこまでとは思っていなかった」
人間が通れること自体は公安も把握していた。
資料にもあった。
それでも、実際に戦術へ組み込んだ時の効果は想像以上だった。
必要なヒーローを一か所へ集める。
安全な出口座標を確認する。
先に防衛戦力を送り込む。
人員を通す。
敵がゲートへ接近すれば閉じる。
別の安全地点へ再接続する。
戦況を見ながら、その全てを遠隔で繰り返す。
「空木だからできた運用でもある」
一人が言った。
「同意する」
単純に転移能力だけあれば、同じ結果になるとは限らない。
あの少年は戦場情報を複数同時に処理し、危険度を判断し、ゲート位置を変更しながら、自分が管理する人工生命へ別系統の命令まで出していた。
あまりにも処理能力が高い。
「あの頭脳を運用条件に含めるのは再現性がない」
「本人に頼めばいいだろう」
「もちろん、AFO問題が終わるまではそれでいい」
公安と空木の契約は続いている。
本人も、公共安全側への協力を続ける意思を示している。
だが。
一つの能力を。
一人の少年だけに依存する必要があるかは別の問題だった。
◇ ◇ ◇
画面が変わる。
黒い霧に包まれた男。
黒霧。
敵連合の一員として活動し、『ワープゲート』を持つヴィラン。
既に拘束され、こちら側の管理下にある。
そして。
「素体は白雲朧」
資料が表示される。
雄英高校ヒーロー科に在籍していた過去を持つ人間。
相澤消太。
山田ひざし。
彼らと同級生だった。
死亡した後、その遺体を利用され、複数の個性因子を組み合わせた脳無として黒霧へ作り変えられた。
「空木のワープゲートも、元を辿ればこいつの調査から生まれた」
正確にはコピーではない。
黒霧の空間接続能力を理解し、その原理から空木が独自に設計したもの。
だから、同じ能力ではない。
だが。
黒霧本人も。
人間や物資を長距離転送できる。
「今まで情報を吐かせる対象として見ていた」
「敵だったからな」
「今も敵ではある」
そこは変わらない。
死柄木を守るために動いていた。
USJにも関与している。
敵連合の活動を支えた。
過去が白雲朧だからといって、黒霧として行ったことが消えるわけではない。
しかし。
「白雲朧としての反応が残っている可能性も、既に確認されている」
完全に何も残っていないわけでもない。
なら。
別の接触方法はある。
◇ ◇ ◇
「司法取引か」
「検討する価値はある」
刑を無条件でなくす。
そんな話ではない。
こちらへ協力すれば。
その分を処遇へ反映する。
何をどこまで認められるかは、公安だけで決められることでもない。検察、司法、医療側とも調整が必要になる。
それでも。
交渉材料は作れる。
「求めるのは戦闘参加か?」
「最初からそこまで要求する必要はない」
危険地域への人員輸送。
避難。
救助。
警察戦力の移動。
災害時の物資輸送。
用途はいくらでもある。
いきなりかつての仲間を攻撃しろと命令するより、本人が受け入れられる仕事から始めた方がいい。
「元はヒーローを目指していた人間だ」
その過去を。
都合良く利用する。
そう見える可能性もある。
実際。
利用するつもりではある。
公安は慈善団体ではない。
だが。
黒霧をただ拘束し続けることと。
協力という選択肢を提示すること。
どちらが本人にとって悪いかまで、こちらが決める必要もない。
「選ばせればいい」
一人が言った。
「協力するかどうか?」
「そうだ。条件を提示する。断るならそれまでだ」
強制的に個性だけ使わせる話ではない。
本人へ話す。
その上で。
判断させる。
◇ ◇ ◇
「相澤と山田は?」
「関与させるのか?」
「少なくとも、接触方法について意見は聞くべきだろう。黒霧だけを相手にするより、白雲朧へ呼びかけた方が反応する可能性はある」
かつての同級生。
ヒーローを目指していた頃の人間関係。
公安には作れない接点だ。
それをどう使うか。
慎重に決める必要はある。
「空木にも聞くか?」
その問いには。
少し違う反応が返った。
「何を?」
「黒霧の状態だ。どこまで白雲朧が残っているのか、技術的に――」
「それは後でいい」
話を止める。
「今決めるのは、協力を要請するかどうかだ」
空木零司に聞けば。
おそらく。
個性因子。
人格。
脳無化による改造。
そのあたりを技術的に調べる方法を提示する。
あるいは。
もっと簡単な解決策を出すかもしれない。
だが。
何でも先に空木へ持っていく必要はない。
「本人と話せる可能性があるなら、まず話す」
公安が使える戦力について。
公安自身が交渉する。
それくらいは。
こちらでやるべきだった。
◇ ◇ ◇
会議の結論が整理される。
次のAFO勢力との戦闘では、空木零司が提供できる人工生命戦力について、政治的な見栄えを理由に事前上限を設けない。
必要数。
必要性能。
具体的な危険。
それを基準に投入を判断する。
そしてもう一つ。
黒霧。
『ワープゲート』。
司法側と協議し、協力を条件とする司法取引の可能性を正式に検討する。
対象には。
本人へ選択肢として提示する。
「戦力を抑えて負けた」
会議の終わり際、一人が呟いた。
正確には。
戦争そのものに負けたわけではない。
多数を捕らえた。
ギガントマキアも止めた。
タルタロスも守った。
ただ。
最大標的を逃した。
その一点は。
次へ持ち越された。
「次はやらない」
同じ判断を。
同じ理由で。
もう一度する必要はない。
◇ ◇ ◇
会議室の画面には、最後までタルタロスの映像が残っていた。
黒い空間からオールマイトが現れ、一瞬で戦況が変わる。
たった一つの移動手段で。
距離という条件そのものが消える。
「……本当に便利だな」
誰かが言った。
今度は否定する者はいなかった。
空木零司の使い方をそのまま再現できるとは思わない。
あの運用は。
能力だけではなく。
使う人間がおかしい。
それでも。
能力そのものまで諦める理由にはならない。
こちらには。
既にいる。
ワープゲートを持ち。
かつてヒーローを目指していた過去を持つ人間が。
「黒霧との面会を準備しろ」
公安幹部が資料を閉じる。
「いや」
一度だけ言い直した。
「白雲朧とも話すつもりで準備しよう」