無個性は個性をつくる 作:匿名希望
公安から連絡が来たのは、専用追跡型の設計を終えてからそれほど経っていない頃だった。
緊急回線ではない。タルタロス襲撃の時とは違い、通常の連絡として表示されている。
私は作業中の画面を保存してから応答した。
「はい」
『空木君、少し相談したいことがある』
「何でしょうか」
『黒霧についてだ』
その名前で、何の話かは大体絞れた。
以前、調査資料を使って研究した対象。白雲朧という元雄英高校生を基礎に作られた脳無であり、『ワープゲート』を持つ。
私が今使っているワープゲートも、彼の個性をそのまま複製したものではないが、研究の起点は黒霧だった。
「何かありましたか?」
『本人との司法取引がまとまった』
少し意外だった。
「協力するんですか?」
『公安所属のヒーローとして活動する方向で調整する。能力の使用には当面こちらの管理を付けるが、実績に応じて生活上の自由も認めていく』
なるほど。
タルタロスでワープゲートの利便性を理解した直後なので、話としては分かりやすい。
「それで、私に何を?」
通話の向こうで一度間が空いた。
『彼は、これから白雲朧として生きることを選んだ』
◇ ◇ ◇
少し詳しく話を聞いた。
死柄木弔を守るべき対象だという認識は、完全には消えていない。ただし、その結論が「逃がし続ける」から「これ以上罪を重ねる前に捕まえる」へ変わったらしい。
その判断自体に、私から言うことは特にない。
私が興味を持ったのは、その後だった。
『それで、本人から希望が出ている』
「身体ですか?」
『……分かるのか』
「黒霧の姿のまま白雲朧として生活するよりは、元の身体へ近づけたいと考える方が自然でしょう」
見た目だけの問題でもない。
現在の身体は脳無として大幅に改造されている。複数の個性因子が組み合わされ、生前とは異なる生理構造へ変わっている部分も多い。
白雲朧として今後生活するなら、不要な改造を除去して人間として扱いやすい身体へ戻した方がいい。
『できるか?』
「できますよ」
答えると、また少し沈黙した。
『……即答か』
「難しくはありません」
私が黒霧を調べたのはかなり前だが、その後に技術は増えている。
他人の個性因子を安全に摘出する。
保存する。
必要なら再移植する。
身体の損傷や欠損を復元する。
個性因子と身体の適合状態を調整する。
今なら、脳無化によって追加された部分を一つずつ整理し、白雲朧本人に由来する身体を基準として再構成できる。
「どこまで元へ戻すかは本人に確認した方がいいですね。外見だけなのか、身体構造も含めるのか。今の『ワープゲート』を残すかどうかでも処置は変わります」
『ワープゲートは残してほしい。公安所属で活動する条件の一つだからな』
「本人も了承しているなら問題ありません」
白雲朧が元々持っていた個性と、黒霧になった後の『ワープゲート』。
どこを残し、どこを変えるか。
そこは実際に本人を解析してから決めればいい。
◇ ◇ ◇
「ただ、これは今の契約とは別ですよね」
私が確認すると、公安側もすぐ認めた。
『その通りだ。全面戦争前に結んだ協力契約は、AFOと超常解放戦線への対処が目的だ。既に収監されている人間の治療まで含めたつもりはない』
「なら、別件でお願いします」
『報酬か?』
「そうですね」
お金でもいい。
ただ。
今の私には、それほど優先度が高くない。
それより、少し前から考えていたことがある。
卒業後。
会社を作る。
個性の検査。
取得。
治療。
調整。
除去。
移植。
一般社会に存在する個性については、事業を続けていれば自然と大量の情報が集まる。
個性に困っている人間。
自分の個性を詳しく調べたい人間。
別の個性が欲しい人間。
ヒーロー。
一般人。
医療関係。
合法的な窓口を作れば、表社会に存在する個性はかなり広く収集できる。
問題は。
そこへ来ない個性だった。
◇ ◇ ◇
「将来的に、刑務所の制度を変えてほしいです」
『刑務所?』
「危険な個性犯罪者を収監する時に、個性を一旦身体から外す制度を作ってください」
通話の向こうが静かになった。
私はそのまま説明する。
「服役中だけです。個性因子を安全に摘出して、外部で保存しておく。正規に刑期を終えたら本人へ戻す形でいいと思います」
個性があるから。
刑務所側は個性を封じる設備を用意する。
監視する。
使用された場合の対策を考える。
脱獄時にも、個性を使われる前提で警戒する。
なら。
最初から外しておけばいい。
「技術そのものを政府へ渡す必要はありません。私が起業した後なら、会社への業務委託にすればいいです」
刑務所内部に管理区画を置く。
私の個性兵を置く。
収監時に摘出。
保管。
釈放時に再移植。
脱獄した場合は当然返さない。
仕組みとしては難しくない。
問題になるのは法律だった。
『……それを、白雲朧の治療の対価に?』
「はい。どうせ将来必要になると思うので、先に制度だけ整えておいてもらえると楽です」
公安側からすれば。
かなり安い要求だと思う。
◇ ◇ ◇
ただ。
私にも理由はある。
「会社を始めれば、表社会にある個性はかなり集められると思います」
『集める?』
「研究データです」
私は訂正する。
個性そのものを全員から奪うという話ではない。
検査する。
構造を見る。
データを保存する。
必要なら本人の許可を取って再現する。
それだけでも、個性研究の対象はかなり増える。
「でも、犯罪組織や裏社会でだけ受け継がれている個性は、普通に会社をやっていてもあまり来ないでしょう」
わざわざ個性犯罪者が。
自分の能力を研究してくださいと。
合法企業へ来る可能性は低い。
「裏社会で生まれた個性の行き着く先の一つは刑務所です」
『……なるほど』
「なら、そこで個性を扱える仕組みを作るのは悪くないと思います」
もちろん。
全犯罪者の個性を研究する必要はない。
既知のもの。
特に珍しくないもの。
研究価値の低いもの。
そういう個性まで一つずつ調べても仕方がない。
だが。
珍しい個性。
危険な個性。
特殊な個性。
表社会ではまず見られない構造。
そういったものへ合法的に接触できる。
研究環境としては悪くなかった。
「それが条件でいいですよ」
私が言うと。
公安側から返事がない。
「聞こえていますか?」
『聞こえている』
「なら問題ありません」
『いや、少し待ってくれ』
何だろう。
◇ ◇ ◇
『今、君は何と言った?』
「刑務所で個性を一旦摘出して保管する制度ですか?」
『そうだ』
「危険個性を持ったまま収監するより安全だと思いますけど」
『……そうだな』
妙に声が低い。
何かを考えている。
『収監中なら、個性は本人の身体にない』
「はい」
『脱獄されても、個性は持っていけない』
「そうなります」
『収容設備側が、個性そのものへの対策を大量に用意する必要も減る』
「個性なしでも危険な人間は別ですけどね」
死柄木のように。
身体自体が改造されているなら、個性を全部抜いても普通の人間とは扱えない。
だが。
一般的な個性犯罪者なら。
かなり安全になる。
通話の向こうで。
別の人間の声がした。
小さいので内容までは聞こえない。
どうやら。
公安側で何人か話しているらしい。
しばらく待つ。
◇ ◇ ◇
『空木君』
「はい」
声が戻った。
先ほどより。
明らかに真剣だった。
『その制度、卒業後まで待つ必要があるか?』
「会社がないので、今やるなら別の契約になりますよ」
『契約は作る』
即答された。
「法制度も必要です」
『進める』
「個性の所有権や保存中の扱いも決めないといけません」
『司法と詰める』
早い。
「どうしました?」
一応聞いてみる。
公安担当者は少し間を置いてから答えた。
『タルタロスにいる』
それだけで。
誰の話か分かった。
「ああ」
オール・フォー・ワン。
◇ ◇ ◇
確かに。
分かりやすい。
今までは。
収監されていても。
オール・フォー・ワンは個性を持っていた。
そのせいで。
タルタロス側は常に個性使用を警戒しなければならない。
今回のように。
外部から奪還を狙われることもある。
そして。
もし脱獄された場合。
その瞬間から。
多数の個性を持つ危険人物として活動できる。
「抜けばいいですね」
私が言う。
『そうだ』
少し食い気味だった。
『少なくとも、奴の「オール・フォー・ワン」だけでも身体から外せないか?』
能力の中核。
他者の個性を奪い。
与える個性。
それがなければ。
少なくとも。
新しく個性を奪われる危険はなくなる。
『君の会社ができるまで待つ必要はない。司法側への説明はこちらでやる。必要な法的整理も進める』
「別に急がなくても、タルタロスに入っていますよ」
『昨日、そこから出されかけたんだ』
「そうでしたね」
それなら。
公安が急ぐ理由も理解できる。
◇ ◇ ◇
『頼む。白雲朧の件とは別に、正式な依頼として扱う』
「いいですけど」
難しいことではない。
技術自体は。
かなり前からある。
人体から個性因子を安全に摘出する。
保存する。
必要なら戻す。
それだけ。
今までオール・フォー・ワンへ使わなかったのは。
できなかったからではない。
頼まれていなかったからだ。
「本人の同意はどうします?」
『そこも司法と確認する。少なくとも、危険個性を保持したまま収監する現行制度を見直す根拠は十分ある』
「そうですか」
そこは私の担当ではない。
合法的な依頼として来るなら。
やればいい。
『それと』
「まだありますか?」
『もし制度化するなら、オール・フォー・ワンだけの特例ではなく、危険囚人全体へ適用できる形にしたい』
「その方が私も助かります」
研究対象が増える。
こちらとしては。
むしろその方がいい。
◇ ◇ ◇
話がまとまったところで。
本来の用件へ戻る。
『白雲朧の治療は?』
「受けます」
『条件は、今話した司法制度の整備を進めること』
「はい。起業までに形にしておいてください」
『分かった』
「オール・フォー・ワンの件は?」
『それより先に進める。正式な依頼書を用意する』
「分かりました」
これで。
話は終わり。
そう思ったが。
公安担当者が最後に確認した。
『白雲朧の身体は、どの程度戻せる?』
「本人が望むなら、かなり近づけられると思います」
黒霧として追加された身体構造を整理する。
不要な個性因子を外す。
必要な機能だけを残す。
白雲朧由来の身体を基準に再構成する。
治療というより。
再設計に近い。
「ワープゲートを残したまま、人間として生活できる身体へ調整すればいいんですよね」
『そうだ』
「なら問題ありません」
◇ ◇ ◇
通話を切る。
私は少しだけ。
今の話を整理した。
白雲朧の治療。
対価として。
危険囚人の個性を一時摘出し、刑務所側で保管する制度を作ってもらう。
その制度は。
卒業後の会社事業へ繋がる。
一般社会から集まる個性。
刑務所から集まる個性。
両方があれば。
研究対象の偏りはかなり減る。
「悪くないですね」
むしろ。
想定していた会社の使い方が一つ増えた。
そして。
予定外に。
その制度の最初の対象まで決まった。
オール・フォー・ワン。
他人の個性を奪う個性。
神野で。
私が安全な摘出技術を完成させるきっかけになった能力。
今度は。
その本人から。
こちらが外すことになるらしい。
「まあ」
依頼されるなら。
断る理由はない。
私は作業予定へ二つ追加した。
白雲朧。
身体再構成。
その下。
オール・フォー・ワン。
個性摘出。
「別にいいですけど」