木の葉が風になびき、騒々しく音を出す。
空を見上げれば月と星が一面を埋め尽くす黒に光を灯していた。
その中で1人、ある者は佇んでいた。
目測り190cm以上の長身で、地面に身の丈ほどの大剣を突き立てている、黒い外套を纏う巨大な人影。遠目で見ればただの魔剣士だろうが、そうではないと確信させるものがあった。
頭部には本来あるべき肉や革、器官が無い。そこにあるのは牛のような黒い角を生やした不気味な頭蓋骨と目があるべき場所に揺蕩う青い双眸だった。
その怪物とも呼べる人物は地面に突き立てていた大剣を引き抜き、軽く振り払い、蒼い炎へと変えて手元から消した。
しかし、今や彼は
だが、この点に置いて
1つ、この世界は人々の知る文明が発展し、情報社会へと成った世界ではない。《魔力》と呼ばれるエネルギーが存在する。この世界では魔力は人間含む生命が持つものであり、それは空気中にも漂っている。
故に空気中の魔力を吸入する事でマスター無しでも現界が可能となっていた。
2つ、サーヴァントとは元の人格にプラスして、人々の考えや知り方、神話を元に人格が構築されている。
その為、多少人格が変化していたり、誇張されていたりすることがある。
だが、彼はまず、その根本から違った。
何を隠そう、彼は──────
(どこなんだよここォォォォォ!)
外面が同じなだけの、転生者の人格を持つ存在だ。
この世界に現界したサーヴァント・山の翁は外見上、能力、技術、その全てが山の翁の物だ。しかし、人格だけは違う。
人格の名を《
彼はソーシャルゲーム《FGO》をプレイしており、山の翁の存在も知っていた。それにFGOの中でもトップレベルに好きなキャラクターであり、グランドにもしていた程だ。
だからこそ、この世界に山の翁として生まれ変わったことに戸惑いを隠せていなかった。
「これってどう考えてもじぃじだよな?………すげぇ、この剣も片手で持てる……」
人間ではそもそも持ち上げることが出来ないような大剣を片手で易々と持ち上げる。
彼自身、健康の為という建前の元、モテたいという理由でジムに通っており、人よりかは筋肉がある程度だったが、流石にここまでの怪力は無い。その違和感から改めて山の翁の
「マスターが居ないのに現界出来てる……、じぃじは単独行動持ってるけどタイムリミットも感じない…、マスターも───多分居ない…。どうしてだ?」
サーヴァントだからからか、マスターがいないと直感的にわかる。だからこそ、謎が謎を呼んだ。
だが、そんな事を一々深々と考えてられるほど、脳に余裕はなかった。
直ぐさま手元から大剣を消し、腕を組んで頭を唸らせる。
幾らなんでもこの姿で人のいる場所を
5分程度、右往左往しながら考えた果てに諦めかけたその時。ハッと気づく。
「ジウスドゥラだ!」
ジウスドゥラ。古代シュメールの王であり、大洪水の災難から人類を救った英雄の名だ。それと同時にFGOにて、山の翁が自身を偽る為に使った名と姿である。
ジウスドゥラは人から見ればかなり強面の老人ではあるものの、そもそも人間かどうかすら怪しい山の翁の姿と比べれば百倍程度はマシな姿。ジウスドゥラの姿になれば人通りも歩けるだろう。
だが、問題はその姿になれるかだ。
FGOでは山の翁がどのような手法を取り、その姿に変装できたのかは明言されていない。
(とりあえず念じればなんとかなるか!じぃじだし!)
実に適当だった。しかし、基本大抵が
すると、身体を蒼い炎が包み込み、徐々に消えていく。
その下から現れたのは外套を纏い、フードを深く被った長い黒髭を持つ老人、ジウスドゥラの姿へと変わった山の翁だった。
「じぃじパワーすげぇー……」
そんな事を呟き、呆気に取られながらも木製の捻り曲がった長杖を着き、森の中を一人で歩いていった。
しかし、その森は異様に広かった。進めど進めど、周りの景色は同じと思う程には木や草が生い茂っていた。
そんな光景に山の翁は多少うんざりしながらも目を凝らし、周りを見渡していると、橙色の明かりが見えた。
その光を目印に森を足早に進んでいくと、そこで見た光景は残虐そのものだった。
「ヒャッハーーーーッ!!」
気狂いがいた。
黒く、流体するように
(すっげぇグロいな…………)
山の翁が最初に思ったのはその一言であると同時に、吐き気を覚えた。
山の翁は作中で「首を出せ」と斬首をしようとするセリフが目立つ、妖怪首はねオバケだが、この山の翁は中身は至って普通の男。山の翁が大丈夫な事なんて、この男からしたら大概が異常なことだ。
とにかく、その少年が危険なのを察し、スキル・気配遮断で木の影に隠れた。
幸いにもバレていない。殺そうとする相手がいない状態での気配遮断Aは伊達ではなかった。が、山の翁は1つ、見落としていた点があった。
それは、
「そこに誰かいるのー?早めに出てきた方が身のためだよー?」
見ているだけでも、バレるということだ。
山の翁は幽谷を渡り歩いた存在。その存在そのものが死を告げる告死の使いとなっていた。故に人間相手ならば気配遮断を使おうと、普通にバレる。そこに麹という
(あの子の強さが分からない異常、致しかなしか……!)
荒事になるんじゃないかとビクビクしながらも木の影からゆっくりと身を出し、茂みから出た。
「だいぶおじいちゃんだね。夜の散歩かな?」
(モラルとかオブラートとか無いのか?あのクソガキ)
山の翁から見た少年の最初の印象は最悪だ。最低オブ最低。それが山の翁が心の中で少年に対して下した結論だ。
「ふーーん、えいっ」
その瞬間、少年は山の翁に向かってローブから変質した刃を勢いよく伸ばし、切り裂こうとする。
だが、山の翁も無抵抗な訳では無い。手に持つ長杖でその刃を斬り落とし、防いだ。
「……汝、何者だ?」
麹は出来るだけ山の翁に口調を似せ、低い声で目の前の少年に問いかけた。
「今殺す気でやったんけど。そうだ!ねぇ、おじさん、一緒に陰の実力者目指さない?」
「……………」
(こいつ、気ぃとち狂ってんのか?)
話を聞かない、天上天下唯我独尊を悪い方向性で体現したかのような少年の立ち振る舞いに、山の翁は怒りや苛立ちを通り越し、一種の恐怖や畏怖の念を抱いた。
そもそもな話、目の前の少年の言う《陰の実力者》というものが分からなかった。
「断る」
「そう言わずにさぁ、お願い!この通り!」
両手の平を合わせ、掲げながら頭を下げる。
人格破綻者でプライドのプの字もない愚かな男なのか、等と思いながらも、少し頭を悩ませた。
(少し惹かれてる自分がいるのが恥ずかしい………っ!)
中身は
陰の実力者、という単語は彼の心の隅に置かれていた男心を再び燻らせた。
「汝に力を貸す道理が無い。断る」
それでも山の翁は断った。理由は確か男心は燻られるが、懇願している相手がナチュラルゴミ外道だからだ。
「絶対に君となら陰の実力者になれるんだよ!陰の実力者の右腕!それも超強い老人キャラ!ここまでの適任はいないんだ!本当にお願い!」
「止めろ、縋り付くでない」
泣き言手前の声で言いながら縋り付いてくる少年を振り払う。だが、さすがの山の翁もここまで来ると少年が少し可哀想に思えてきた。
「……良かろう、その転移案に乗ろう。だが、汝が仕えるに値しない者と判断した時、汝の首を刎る」
「えっ…、怖っ………」
この時、山の翁は本気で少年の首を斬り飛ばそうと思ったが、全力で踏み止まり、平常心を保った。
「まぁ、色々不安だけど、よろしくね!それで、君の名前は?」
「我の名、か……」
頭を少し悩ませた。
ここで真名を明かすか、明かさないか。サーヴァントにとって真名とは切り札のようなものだ。明かせば本来の力を出せるが、それと同時に自身の弱点も晒してしまう羽目になる。
強化であると同時に弱点。真名解放とはその両性質を有していた。
だが、山の翁はゲーム中でも召喚時には真名を晒していた。
厳密には名前なんて無く、〇〇のハサン等の固有名称もない。山の翁かハサン・サッバーハの2択だ。
それにそもそもこの世界にハサン・サッバーハの言い伝えがある訳でもないだろう。そう考え、山の翁は口を開いた。
「山の翁、我に名など無い。呼びやすい名で呼ぶがよい」
「うーん、じゃあ翁で!僕は《シド・カゲノー》、これからよろしくね、翁!」
「……請け負った」
山の翁は視線を少年───シドから逸らしながらもそう返した。
これは元々何の変哲もない、暗殺者へと変わってしまった男と厨二病を極限まで鍛えた男の数奇な