今日から俺は高校生だ。
中学ではパッとしなかった俺だが、今日からは違う。
華々しく高校デビューして、友達100人彼女100人作ってリア充になるのだ。
おっと、彼女100人はまずいか。
薔薇色の高校生活に想いを馳せながらスキップして登校していると、車道に犬が飛び出して車と衝突しようとしていた。
飼い主の女が叫んでいる。
勝手に身体が動いていた。
俺、意外と犬好きなんだよ。朝から嫌なものは見たくない。
タイミング的には間に合いそうだ。
ここで華麗に助ければヒーローとして学校の人気者になれるかもしれない。
犬を突き飛ばす。後は俺も勢いに任せて逃げれば……!
あっ………これ、間に合わないかも………
車に轢かれて左足がポッキリ折れてしまった。
入学式に登校すること叶わず、全治4ヶ月の入院生活が始まった。
入院生活は暇である。
本を読むくらいしかすることがない。
勉強?するわけないだろ。病人だぞ俺は。
外では桜が散り始めている。
俺の高校生活は桜のように散っていくのだ。
「あの桜が散る時、俺は死ぬんだろう……」
外を眺めながらそんな事を呟いてみる。
「なら余命1週間くらいかしら。お見舞いに来たのだけれど、無駄足になってしまうわね。」
知らない女が病室に入ってきていた。
同い年くらいの黒髪ロングの美少女だ。
お見舞いに来るような女の知り合いなんて俺にはいないが誰だ?
ともかく、独り言を聞かれていた。普通に恥ずかしい。
「お見舞いに来たならラノベ買ってきてくれよ。今日新刊出てるから死ぬ前に読んでおきたい。」
「ラノベ?新刊という事は本の類なの?」
「ラノベ知らないのか?ライトなノベルの略。暇つぶしには最適の本だぞ。」
「そう…………そこの机に置いてあるのがラノベ?」
「ラノベといってもピンキリあるけど、それはピンピンなやつだな。興味あるなら読んでみるか?」
「漫画みたいな表紙なのね。中身は………台詞多めで挿絵もあって、学生向けって感じかしら。折角だから、読ませてもらうわ。」
その女はベッドの横の椅子に座り、ラノベを読み始めた。
俺も手持ち無沙汰になったので、ベッドに戻って女と別のラノベを読む。剣と魔法の世界のやつだ。
チラリと女を見ると、真剣にラノベを読んでいる。
自分がオススメした本を目の前で読まれると、流石に反応が気になる。『つまらない』とか言われたらショックである。
2時間くらい経った。
パタリと本を閉じる音がした。
「確かに暇つぶしに最適ね。設定も斬新だったし、読みやすくて面白かったわ。」
「おっ、そうだろう、そうだろう。」
お気に召したようだ。実際に名作だしな。
「挿絵があると読み手も楽ね。それにしても、女の子は胸が大きすぎないかしら。顔より大きいじゃない。」
「胸は大きければ大きい程良いっていうのがラノベの風潮だから、それは仕方ない。」
目の前の女の胸を見る。うむ、真っ平らだ。
胸を見てるのがバレたのか、冷たい目で見返されてしまった。目つき怖っ。
「それで、私は何を買ってこればいいのかしら。この本の続き?」
「それはもう完結してる。そこにあるだろ、全部で10巻。病室に持って来たけど読み返し終わっちゃってな。買って来て欲しいのは、俺が読んでるこれの続き。」
「そう。なら明日お見舞いに来る前に書店に寄って買っておくわ。それと……明日も、さっきのラノベの続きを読んでいいかしら?」
一度読んだ本の続きは、読まずにいられないのは本好きの性だな。
「ご自由に。ラノベは布教するものだから読みたいっていうなら言うに及ばずだ。」
「ありがとう。久しぶりに楽しかったわ。それではまた明日。」
女はスタスタと姿勢よく歩いて、俺の病室から出ていった。
いや、待て。誰なんだお前。せめて名乗れよ。
俺の横でラノベを読み耽っている美少女は雪ノ下雪乃というらしい。
俺が轢かれた車に乗っており、詫びにきてくれたのだ。
運転手ではなく雪ノ下が来たのは、運転手は使用人のため主人である自分が直接謝罪したかったとのこと。
良い心がけだ。もしかしたら俺より漢気があるかもしれん。
新刊もゲットできたし、いつまでも過去のことをウジウジと責めるつもりはない。謝罪を受け入れると雪ノ下はホッとして無い胸を撫で下ろしていた。相変わらず真っ平らだ。
昨日と同じように本を読みながら、合間合間にお互いの事を話していると時間はあっという間に過ぎていった。
それから一ヶ月が経った。
雪ノ下は毎日お見舞いに来てくれていた。
毎日2時間ほど本を読んだり話したりしたら帰っていく。
おかげで入院生活はさほど退屈ではなくなった。
さらに一ヶ月が経った。
雪ノ下はまだ毎日お見舞いに来ていた。
「雪ノ下…………もしかして友達いないのか?」
「失礼ね。いるわよ。………比企谷くんが友達でしょ?」
雪ノ下はお世辞抜きで美人だ。
性格も……俺が知る限りでは悪くない。こうやってユーモアのある返しができる程度には社交性もある。学校では人気者なのは、聞かなくても想像がつく。
「俺に気を遣わなくていいぞ。どうせ残り一ヶ月はリハビリだから俺も本読む暇なくなるしな。」
なんと、松葉杖をついて歩けるようになると学校に行かされるそうだ。残り一ヶ月で退院させられるので、今のうちに松葉杖での動きを完璧にしておきたい。
「来たいから来てるだけよ。気を遣ってるわけじゃないわ。私が補助してあげるから、リハビリ頑張りましょう。」
「多分こけるからから危ないって。雪ノ下が俺の下敷きになって怪我とかして欲しくないんだけど。」
「私は合気道を習ってるから大丈夫よ。もし怪我したら、、、その時は比企谷くんがお見舞いに来てね。」
雪ノ下は俺のリハビリにも献身的に付き合ってくれた。
美少女が甲斐甲斐しく俺の世話をしてくれるのだ、ここまでされて、惚れない男がいるはずがない。
雪ノ下は俺といて、楽しんでくれていると思う。
時折見せる笑顔が、作り笑いとは思えない。
だが、中学の時の俺の記憶がその妄想を否定する。
全て俺の勘違いだったとしたら、、、
怖い。
しかし、雪ノ下に嘘はつきたくない。
今日は退院の日だ。今日も雪ノ下は来ている。
お見舞いとリハビリの礼だ。
俺の気持ちを素直に伝えないでどうする。
「雪ノ下。好きだ。3ヶ月、雪ノ下といて楽しかった。これからも一緒にいたい。付き合って欲しい。」
深いお辞儀と共に、俺は言ってしまった。
なんとも飾り気のない告白だ。
しかし、俺の気持ちを過不足なく言った。
この言葉しかなかった。
これでダメならそこまでだ。
無言の時間が過ぎていく。
「いいわよ。じゃあ明日からよろしくね。」
顔あげると、雪ノ下が早足で病室から出ていく所だった。
耳まで真っ赤になっているのがわかった。
しまった。
顔を上げていれば雪ノ下の照れた真っ赤な顔が見れたのに。
千載一遇のチャンスを逃してしまった。
しかし、雪ノ下が彼女か。
車に轢かれた時は不幸だと思ったが、その結果がこれなのだとしたら、悪くない。
改めて俺の初登校日。
俺の家族は俺が病院で彼女が出来たと伝えた時、事故の後遺症で頭が狂ったのだと思っていたらしい。妹に至っては『私がもっとお見舞いに行ってあげていれば……ごめんね』などと言って慰められた。
ここまで言われると、本当に雪ノ下は幻覚だったのかもしれない。
家を出ると雪ノ下が車でお迎えに来てくれていた。
良かった、現実だ。
お、運転してる方は前と同じか。
クビにされてたら寝覚が悪いし、良かった良かった。
運転よろしくお願いしますね。
学校に着いた。本来は安全を期して左手で松葉杖を使う。
今は雪ノ下が俺の左腕を掴んで補助してくれてるので、松葉杖は無しで学校内を歩いている。
周りからの視線が痛い……。
「雪ノ下。視線が痛いから松葉杖使っていいか?」
「私が補助してるから松葉杖は必要ないわ。視線に関しては、私が美少女だから嫉妬しているだけよ。比企谷くんの死んだ目を怖がってるわけじゃないから安心しなさい。」
雪ノ下に教室を案内されると、『昼にまた来るわ』と言い残して雪ノ下は去っていった。雪ノ下は特別クラス。超エリート。尊敬しちゃうね。
授業は退屈だった。3ヶ月のブランクはあったが、雪ノ下がちょこちょこ教えてくれていたので、授業の遅れは感じない。雪ノ下には感謝しないとな。
昼休み。雪ノ下から昼飯は持ってくるなと言われたから持ってきてない。つまり雪ノ下を待つしかない。忠犬八幡である。
「えっと……比企谷君だよね?君は雪ノ下さんとどういう関係なんだい?」
爽やかイケメンが急に話しかけてきた。
雪ノ下もそうだったが、最近の若いもんは自己紹介しないのだろうか。
まあ、俺もクラスのみんなに自己紹介してないけど。
てっきり自己紹介タイムがあると思っていたが、普通に授業が始まり普通に終わったのだ。先生方はドライだな。
「付き合ってるよ。あいにくこんな身体なもので、登校を手伝ってもらってたんだ。」
脚を上げて見せる。ギプスは取れたが、まだ軽く固定はしているので自由自在というわけではない。
周りがキャーキャーと五月蝿い。
話を聞くと、雪ノ下はやっぱりモテていたようだ。
しかし、放課後になるとすぐ消えてしまうので誰も告白出来ずにいたのだとか。昼休みもゆっくり飯を食べて、食べ終わったら昼からの授業の準備をしていて隙がない。
そんな雪ノ下が急に見知らぬ男とくっ付いて登校してきたのだから、学校は大騒ぎだ。
「松葉杖を使えば1人で歩けるだろう?付き合ってるなら尚更、雪ノ下さんに迷惑かけるべきではないんじゃないか?」
ど正論である。いや、俺だって松葉杖使いたいんだよ。
「私の比企谷くんに絡まないでくれるかしら。これから一緒にお昼を食べなきゃいけないから、どいてくれる?」
雪ノ下がいつの間にか俺の後ろにいた。ちなみに俺は俺のものなので、雪ノ下のジャイアニズムには大いに抵抗するつもりだ。
「雪乃ちゃん…….別に絡んでた訳じゃないよ。」
「はぁ……その呼び方やめてくれるかしら。ほんと変わらないわね」
おお。雪ノ下のこんな声は初めて聴いたな。
心底嫌いって気持ちがひしひしと伝わってくる。
爽やかイケメンを無視して雪ノ下は俺に向かい合って座り、持っていたお弁当箱を広げた。
「比企谷くん喜びなさい。今日のお弁当は野菜が嫌いって言ってた貴方の為に野菜多めにしておいたわ。それと、そこに置いてあるマッ缶は没収よ。」
「それ、喜ぶ要素どこなんだ?」
「私の手作り。それだけでお釣りがくるでしょう?」
たしかにそう思うけど、病院生活終わったんだからマッ缶は許してくれよ…。あっ、この野菜美味い。
「雪ノ下って料理できたんだな。ギャップ萌えで料理下手かと思ってたから、めちゃくちゃ美味くて悔しい。」
「ラノベ的には私が料理上手なのは王道とも言えるんじゃないかしら」
「王道だったら俺の好きな物作って欲しいんだけど」
「ごめんなさいね、私ツンデレだから」
ツンデレ?まぁいいか。なんにせよ美味い。箸が止まらん。
昼を食べ終わると軽く散歩。午後の授業を受けた後は、車に乗せてもらって家に帰る。当たり前のように俺の部屋に雪ノ下は居座り、本を読んで、俺と話して、暗くなる前に帰る。
俺と雪ノ下はそんな何もないありふれた毎日を過ごしていた。
足が完治しても、雪ノ下は俺の腕を組むのを辞めなかった。
腕を組まれると雪ノ下の控えめな胸でも感触が楽しめるので俺から拒否する理由もない。貧乳はステータスで、希少価値なのだ。
爽やかイケメンの葉山君は事あるごとに俺と雪ノ下に絡んできていたが、雪ノ下にバッサリ斬り捨てられている。どうやら雪ノ下とは幼馴染らしい。
高校入学から半年が経った。俺からしたら3ヶ月だけど。
俺と雪ノ下が教師に呼び出しを受けた。俺も雪ノ下も成績は優秀だ。心当たりがまるでない。
「お前達、部活動はどこに入るかまだ決めてないのか?」
やさぐれアラサー独身女教師、平塚先生だ。酒飲みでタバコ吹かして胸はでっかい。ボタン開けて欲しい。頼めば谷間くらいなら見せてくれそう。
「適当な部活に幽霊部員として入れておいてください。」
「俺も同じく」
うちの高校は部活動参加必須。とはいえ、みんながみんなできるわけでもないので、幽霊部員は多い。
「お前達な〜、、、毎日毎日2人きりでイチャイチャイチャイチャしてばかり、他の生徒ともっと交流を持たんか。せっかく学校にいるんだから。」
「婚活失敗した八つ当たりをカップルにぶつけないで下さいよ。そんなんだからいまだに独身なんですよ」
平塚先生から顔面に右ストレートが飛んでくる。
ふっ、遅いな。蝿が止まる遅さだ。
俺は上体を反らして華麗に避けてみせる。
平塚先生の左ストレートが俺の腹に突き刺さり、俺は地面に膝から崩れ落ちた。本気の拳だ。
「ぼうりょくはんたいです………」
「これは教育的指導だ。話を戻すぞ。私も何かしら部活の顧問をやれと言われていてな。しかし私も忙しい。そんなことをしてる暇はない。そこでだ、お前達2人で適当な部活を作れ。私がその顧問をやる。」
「職権濫用じゃないですか……そもそも部員2人で部活動として成り立つんですか?」
「部員募集中とでもしておけ。私はこれからデートがあるから、また明日話を聞く。なにか考えておけ。」
嵐のような教師である。なんでクビにならないんだあの人。
雪ノ下と話し、『奉仕部』として、空き教室を借りて活動することになった。
簡単に言えば自助努力を前提としたお悩み相談室だ。
しかし、そう書くと悩み相談してくる生徒が居そうなので、奉仕部という紛らわしい名称にした。
うちの高校にはボランティア部が存在していて、規模もそれなりに大きい。奉仕部と聞いたら、普通はボランティア部を連想してボランティア部の門を叩く。
つまり、存在しているが存在しない部活動にしたのだ。
平塚先生はそれを聞くと大層喜んでくれた。手間が掛からない良い案だと。控えめに言ってクズである。
「雪ノ下、これってどうやって解くんだ?」
「ここはこの公式を使うのよ。ほら、貸しなさい」
「なるほどね。というか身体が近すぎないか?それに、めっちゃ良い匂いがするんだけど、何これ合法?」
「シャンプー変えてみたの。どう?特別に嗅いでいいわよ」
「おお、俺この匂い好きかもしれん」
雪ノ下に差し出された髪をくんくんと嗅ぐ。フローラルだ。
かくして空き教室を手に入れた俺と雪ノ下は、空き教室でイチャイチャしていた。
俺と雪ノ下は付き合って3ヶ月。今が1番楽しい時期だ。
雪ノ下は美人だから俺だって我慢はできない。
我が家では妹の小町が邪魔で中々イチャイチャ出来ないし、雪ノ下の家は使用人が邪魔でイチャイチャ出来ない。
人目がないところでは雪ノ下も結構甘えてくる。
そうして俺たちが二年生に進級するまでの6ヶ月間、奉仕部は学校の生徒に存在を知られず、ひっそりと活動を続けていた。