俺は2年生になった。
2年生になったからといって俺の何かが変わったわけじゃない。
しかし俺の周りの環境は変わっていく。
クラスメートは半数以上が変わった。まあ俺はクラスに馴染めていなかったから問題はない。新しいクラスには一年の時も一緒だった爽やかイケメンこと葉山隼人がいて、既にギャル3人陽キャ男3人と共に教室の真ん中で談笑している。
このクラスのトップヒエラルキーは彼らになるだろう。
葉山は一年の時から自分がクラスの中心になるように動いてる節がある。葉山のそういう性格は嫌いだが、一年の時はそれでクラスは上手く機能していたので必要悪とも言える。悪と思ってるのは俺だけかもしれんが。
昼休み。
教室の隅が俺と雪ノ下の定位置だ。
雪ノ下の手作り弁当を食べた後、今日は雪ノ下が手相を覚えたと言ってきたので、雪ノ下は俺の手を一生懸命触って、手相を見ている。
おっ、診断が終わったようだ。
「わかったわ。比企谷くん。あなたは不幸になるわ。」
「アバウト過ぎるだろ………詳細教えてくれ。」
「手相によると、死んだような目が腐り落ちるみたいね。」
「不幸の一言で済ませていい内容じゃないだろ。」
「手相によると、ラッキーカラーは赤ね。赤色の物を触ると幸せになれるそうよ?」
雪ノ下のトレードマークマークの赤い髪留めのリボンを見る。これのことかな。手を伸ばしてみると正解だったようで、雪ノ下が身体をこちらに寄せて触りやすくしてくれた。
「どうかしら?幸せになってる……?」
「一年前からずっと幸せだったし、違いがわからん。」
「そう。それならよかったわ。」
こんな感じで毎日過ごして居たら、いつのまにか総武高校の名物バカップルと言われていた。登下校は腕を組み、校内イベントはクラスを無視して常に2人で行動していたのだから無理もない。何言われても俺も雪ノ下も特に気にしてない。
放課後は部室へ移動する。
まあ部室といっても依頼者はこないので、部室でイチャイチャするだけなのだ。付き合って9ヶ月。登下校や教室と違って人目が無い場所では俺達はもっとべったりとくっついている。
俺は今は雪ノ下に膝枕で耳かきをしてもらっている。
雪ノ下の黒いニーソックスとスカートの間、いわゆる絶対領域に俺は顔を乗せている。ここにずっと住みたい。
膝枕と耳かきを楽しんでいると、ふと教室の扉に人影が見えた。平塚先生だろうか。迷惑なことに、あの教師は婚活が上手くいっていないとたまに教室に愚痴りにくる。結局、去年は成果無しだったようで今年はやさぐれ度が増している。
しかし、扉の前を行ったり来たりしていて、どうやら違いそうだ。あの教師は最速最短の行動を取るので、こんな迷ったような行動はしない。だからこそ失敗してるのだろうけど……。
雪ノ下も気付いたようで、耳かきをしていた手が止まる。
恐る恐るといった感じで扉が開いていく。
「えっと……おじゃましまーす…?」
「邪魔するんだったら帰ってくれ。忙しいんだよ。」
「えっ、?あっ、ごめんなさい!」
扉が閉まった。おっ、撃退できた。
よしよし、と思ったら扉が勢いよく開いた。
「って!違うし!!2人、奉仕部で相談事乗ってくれるっていうから来たのに帰らせないでよ!!ヒッキー忙しいって、膝枕されてるだけじゃん!!!」
やかましい女は嫌いだ……。奉仕部は気付かれにくくしてはいるが、別に隠してるわけじゃない。いつかはこんな風に相談者が来るだろうとは思っていたが、とうとう来たか。
「膝枕じゃなくて耳かきよ。比企谷くん。こっち側は終わったから反対を向きなさい。」
反対、つまり雪ノ下側を向く。雪ノ下はミニスカートだ。純白の布が目の前にある。ちっちゃいリボンも見える。このリボンって何の意味があるんだろうか。可愛い。
「あっ!!!雪ノ下さん!!ヒッキーがパンツ見てるよ!!!ヒッキー最低なんだけど!まじキモい!!」
「付き合ってるのだからそれくらい構わないわ。それで、あなたは由比ヶ浜さんでよかったわよね?相談事と言うのは何かしら。」
雪ノ下はこの女、由比ヶ浜の事を知っているようだ。雪ノ下のクラスメイトってことなのかな。耳かきが俺の耳に入っていきぞりぞりと耳垢を掻き出していく。他人に耳かきやって貰うとめちゃくちゃ気持ちいい。
「ちょっ!!耳かきやめて話聞いてよ!!相談あるんだってば!!」
「聞いてるからそのまま話して大丈夫よ。比企谷くんは耳かきに集中してなさい、私が後で依頼内容を教えるわ」
実際、目の前の絶景と耳の快感で話を聞くどころでは無かった。
癖になりそう……変な扉開いちゃったらどうしよう。
5分ほどで耳かきが終わり、俺も話に参加することにした。
「それで、どんな依頼内容だったんだ?」
「簡単に言えば、恩がある男子にお礼がしたいって依頼ね。」
「へー、どんな恩なんだ?」
「詳細は言えないけど、とても感謝しているみたいよ。ただ、一癖二癖ある相手みたいで、お礼をどうしたらいいか迷っているらしいわ。」
「えっと……その……ヒッキーは誰かを助けた事のお礼して貰うとしたら、どんなことされると嬉しい?」
「俺は誰かを助けたって経験自体がそもそも無いから難しい質問だな……人生経験が少な過ぎる」
「少ないのは人生経験じゃなくて友達でしょう?ぼっち。」
「それ言うなら雪ノ下もぼっちだろ。」
「私は比企谷くんが居れば友達は必要ないわ。」
「雪ノ下……!」「比企谷くん……!」
「ねぇ!!私まだいるんだけど!!2人の世界に入らないでよ!!2人とも教室でもイチャイチャしてるのにまだ足りないの!?」
由比ヶ浜に怒られてしまった。イチャイチャは足りないから仕方ないんだよ、ごめんな。それと、よくよく見てみると、由比ヶ浜は俺のクラスメイトだ。葉山グループの内の1人。ってことは恩があるのは葉山かな。
「その男が下心で由比ヶ浜を助けたなら話は別かもしれんが、そうじゃないならお礼を言うだけでいいんじゃないか?大切なのは気持ちってよく言うだろ」
由比ヶ浜は胸がデカい。その男は下心で助けた可能性がかなり高いと俺は考えてるが、流石にそんなことは言わない。
「気持ちかあ、ちゃんと伝えられるかな。実はその人と話した事あんまりなくて、私、助けてもらったのに酷いよね。お礼言わなきゃってずっと思ってたのに、言えなくて、それでずっとズルズル言えなくて、、、」
お礼言うだけの話だったのに泣かせてしまった。雪ノ下もどうしたらいいのか分からずといった感じだ。雪ノ下が『ノブレスオブリージュよ』とか言って奉仕部にした筈なんだけど、こういうポンコツなところも可愛い。ともあれ、先ずは由比ヶ浜だな。
「お礼を言うこと自体が難しいなら、まずはその男と仲良くなるところから始めたらどうだ?俺たちも出来ることあれば手伝うよ」
「うん、、、ありがと。ヒッキーやっぱり優しいよね。隼人君がヒッキーのことあんまり好きそうじゃないから、誤解してたかも、ごめんね。これからはクラスでも沢山話しかけるね!」
「俺じゃなくて、助けてくれた男に話しかけろよ……。しかし、これで依頼解決か?改善案話しただけって感じでスッキリはしてないが」
「ええ解決よ。私たちは解決への道を示すだけでいいの。さすがは私の比企谷くんね。明日は特別にマッ缶を飲んでいいわよ」
「マッ缶は好きに飲ませてくれよ……」
奉仕部的にはこれで解決したらしい。
報酬のマッ缶は平塚先生に奢って貰うことにしよう。
平塚先生は暴力教師で尊敬出来る点は皆無だが、漫画やアニメに造詣が深いので話しててそれなりにウマが合うのだ。
その後。
由比ヶ浜は宣言どおり、クラスでぼっちの俺にちょくちょく話しかけてくるようになった。雪ノ下とも仲はそれなりに良好で、たまに俺と雪ノ下の昼食にも参加するようになった。俺と雪ノ下がイチャイチャし始めるといつの間にか由比ヶ浜は消えているので、空気を読むのが上手い奴なんだろう。
助けてくれた男との仲についての進捗を聞いたら、上手くいってるから助けは要らないそうだ。
とりあえず、これで依頼解決だな。