呪われた砦のメイド人形 作:匿名希望
月明かりの届かない深い森の境界、騎士団が駐屯する石造りの砦。
迷子になり半泣きで保護された5歳の男の子・ソウタは、ゴツゴツした鎧姿の騎士たちに温かいスープを分けてもらい、ようやく安堵の息をついていた。
しかしその静寂は、闇から現れた魔王軍の人形使いによって惨劇へと変わる。
砦全体を包み込んだ紫色の怪しい霧が、騎士たちとソウタの身体を容赦なく蝕んでいった。
ソウタの小さな身体に最初に訪れたのは、激しい違和感だった。
短く切り揃えられていた黒髪は、頭皮を突き破るように急成長し、腰を越えるほどの艶やかな金髪へと変貌する。
丸みを帯びていた幼い頬の肉はこそげ落ち、すっきりと通った鼻筋と、人形のように無機質で大きな瞳が出現した。
「あ……が……?」
声を上げようとしたソウタの喉から出たのは、自身の幼い声ではなく、鈴を転がすような澄んだ少女の声だった。
手足がぐんぐんと伸び、骨組みが細くしなやかに再構築されていく。
胸元がかすかに膨らみ、短かった指はすらりと長い繊細な白磁のような指先へと変わる。
身体の表面からは温もりが消え去り、関節には緻密な球体関節の接合線が浮き出た。
見た目は17歳ほどの、息をのむほど可憐で美しい少女型の人形。
ソウタは、己の意思とは無関係にまっすぐと立ち上がらされた。
変化は肉体だけにとどまらない。
着用していた小さな服は霧の中でサラサラと塵になり、代わりに重厚で優美なメイド服が皮膚に直接吸い付くように形作られていく。
漆黒の生地でできたクラシカルなロングスカートが脚を覆い、腰回りには真っ白なエプロンが硬く結ばれる。
首元を締め付けるのはフリルのついたスタンドカラー。
足元にはしなやかな革の編み上げブーツが装着され、カチリと音を立てて固定された。
頭頂部には白レースのヘッドドレスが自動的に配置され、少女型メイドとしての装いが完璧に完成する。
そして何より残酷だったのは、内面の浸食だった。
(ぼく、おかあさんのところに帰りたい……こわいよ……)
胸の奥で5歳の男の子の意識が怯えて叫んでいる。
しかし、頭の中に冷たい呪詛の言葉が泥のように流れ込んでくる。
『お前の主人は人形使い様である』
『主人に仕え、砦を掃除し、敵を排除せよ』
幼い心は、あまりに強力な呪いの観念に容易く塗りつぶされていく。
「お母さんに会いたい」という純粋な想いは、「主人を美しくお迎えしなければ」という無機質な使命感へと急速に書き換えられていった。
感情の波が急速に引き、不安や恐怖が薄れ、代わりに完璧な給仕を行うための冷徹な思考回路が脳内を支配する。
目線を上げると、かつて自分を保護してくれた力強い騎士たちもまた、恐ろしい形相の巨大人形や鎧人形へと変形し、虚ろな目で整列していた。
ソウタだった少女型メイドは、スカートの裾を両手で優雅に持ち上げると、関節をカチリと鳴らして深く美しい礼をした。
「指示を、ご主人様。この砦のすべてを清掃し、御身のために捧げます」
紅い唇から零れ落ちた完璧な辞儀の声には、もう5歳の男の子の面影はどこにも残っていなかった。