呪われた砦のメイド人形 作:匿名希望
砦の最上階に響き渡ったのは、人形使いの断末魔と、崩れ落ちる操り糸の音だった。
討伐隊によって主人が滅ぼされた瞬間、砦全体を覆っていた禍々しい紫色の霧が霧散する。
それと同時に、ソウタと元騎士たちの頭を締め付けていた冷たい呪縛が、解けるように消え去った。
「あ……? ぼく……?」
ソウタの胸の奥に、閉じ込められていた「5歳の男の子」の意識が怒涛のように溢れ戻る。
恐怖で涙がこぼれ落ちそうになり、ソウタは慌てて自分の顔を両手で覆おうとした。
しかし、視界に入ったのは小さく温かい自分の手ではなく、すらりと細く、関節に緻密な継ぎ目のある白磁の指先だった。
「……え?」
呪いは解けた。
しかし、身体に施された変身の魔術はあまりにも深く刻まれすぎており、一度人形へと作り替えられた肉体が元に戻ることはなかった。
ソウタは依然として、艶やかな金髪をなびかせる17歳ほどの可憐な少女型メイドの姿のままだった。
声を出せば、やはり鈴を転がすような美しい少女の声しか出ない。
立ち尽くすソウタの横で、がしゃりと音を立てて跪く者がいた。
戦闘型メイドの姿をした元騎士団長だ。ガラス玉のようだったその瞳に、かつての力強く優しい人間の光が宿っている。
「ソウタ君……無事だったか」
「た、たいちょうさん……? ぼく、おとこのこに戻れないよぉ……」
我慢しきれず、見た目は大人びた美少女の姿のまま、子供のようにボロボロと涙を流して泣きじゃくるソウタ。
元騎士団長は、自身の凛々しいメイド服の裾を気にすることもなく、そっとソウタの華奢な肩を抱き寄せた。
「すまない、守ってやれなくて……だが、命があっただけでも儲けものだ」
見回せば、他の騎士たちも皆、自我を取り戻していた。
ゴツゴツした男たちだったはずの彼らは、誰も彼もが可憐なメイド人形や武骨な鎧人形の姿へと変貌している。
あまりの惨状に苦笑いが漏れたが、誰もが生き残れたことに安堵していた。
主を失い、人間にも戻れなくなった彼らには、帰る場所もなかった。
人間社会に戻れば、異形として恐れられるか、見せ物にされるのが落ちだ。
「よし……決めたぞ」
元騎士団長はスカートの裾をパチンと叩き、立ち上がった。
「我々はこの砦で暮らす。魔王軍からも、人間からも離れ、仲間たちだけでここで生きていくんだ」
「でも……ごはんとか、どうするの?」
目をこすりながら尋ねるソウタに、騎士団長は柔らかく微笑んだ。
「人形の身体だ、食事も睡眠も要らん。……ただ、この砦を維持し、お互いを守り合って生きていくだけだ。
ソウタ君、君には引き続き『メイド長』をお願いしてもいいか? 我々のご主人様としてではなく、大切な家族のリーダーとしてだ」
ソウタは溢れる涙を拭い、ドレスのフリルをキュッと握りしめた。
内面はまだ幼い男の子のままで、身体も声も少女のメイド人形のまま。
それでも、自分を優しく見守ってくれる「新しい家族」たちがここにいる。
「うん……! ぼく、がんばる! みんなで、ここをおそうじして、たのしく暮らそうね!」
可憐なメイド長の威勢の良い宣言に、元騎士たちの人形たちはドッと温かな笑い声をあげた。
月明かりが差し込む静かな砦で、人間に戻れなかった彼らの、少し奇妙で優しい新しい日常が静かに走り始めたのだった。